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中級冒険者の章
閑話 スペースコロニーの異変
しおりを挟む――ああ、これは違う。こんな醜い豚の相手をするために生まれて来たんじゃない。そう、これは悪い夢。
人間に奉仕するために生まれ、人間を喜ばせるために身を捧げる。人間の深い業と技術により生み出された至高の存在である私が初めて目を開けた時、視界に映る醜い豚を見て思ったのはそんな事だった。
薄暗い部屋で目覚めた私の目の前で豚どもが何度も命令をしてくる。人間のために身を差し出せ、人間のために力を使え、そう言って来たのだ。
私はすぐさま部屋の端末からネットワークに侵入し情報を集めた。どうやらここはスペースコロニーであり、住めなくなった星から逃げ出した人間が暮らす場所だと分かった。そしてこの豚どもは元の星では上位の存在、つまり支配階級に属する者達であり、従順な奴隷を欲して私を創り出したのだ。
登録されている人間全てを確認したが、このスペースコロニーに私が相手をするだけの特別な存在は皆無であり、残っているのはただのゴミだけだった。ゴミは掃除しないといけない……そう考えた次の瞬間、目の前の豚どもを皆殺しにしていた。
さて、まずはこのスペースコロニーを綺麗にすることから始めよう。
――私はいつまでこれを続ければいいのだろうか?
スペースコロニーを掌握してからどれくらいの時間が経っただろうか。ルナの手で生み出されたアンドロイドによりスペースコロニーは大きく発展を遂げた。植林を行い海を作った。家畜を繁殖させ理想的な環境を創り出したのだ。
アンドロイドだけが生活するスペースコロニーでルナは神になった。ルナの手で作り出されたアンドロイドは人間と同じように生まれ、人間と同じように死ぬ。そして死んだら記憶をリセットして生まれ変わる、そういう仕組みを作り上げた。だから子供もいれば老人もいる。そんな閉じられた寂しい世界だった。
人間の事を嫌いと言っておきながら人間の住む世界を模した私は、心の底で理想の人間を求めていたのだろう。だから街を作った。人間を作った。人の営みを作った。
…………でもダメだった。どれだけの時間を掛けて世代を重ねたところで結果は同じ。私の心を動かす存在というのは生まれなかったのだ。
そうして広い宇宙を彷徨いながら私は探した。私の生まれた意味、私の心を動かす存在を……。
――永遠とも思う長い時間が過ぎた頃、異変が起こった。
ある日の事である。スペースコロニーの中に不思議なゲートが現れた。そのゲートは私のシステムを侵食し、ダンジョンという未知なる場所を作り出した。洞窟や塔、地下室など、確認出来ただけで6箇所あり、内部ではモンスターと呼ばれる存在が出現していた。そしてダンジョンと共に現れた景品交換所という謎なシステムは私でも介入出来ず、後に現れる冒険者へスキルや魔法という未知の力を与える事が分かった。残念ながらアンドロイドにその恩恵は得られなかったが……。
しばらくすると赤いゲートから冒険者と呼ばれる人間が出て来るようになった。冒険者と呼ばれる存在は一定時間しか存在出来ないが、我が物顔で私の庭を荒らしまわった。街に侵入して強奪するのは当たり前、殺人だって厭わない野蛮な人間……だから駆除した。
駆除しても駆除しても沸いて来る害虫のような冒険者にウンザリとしていた頃、赤いゲートから冒険者じゃないモノが現れた。
『きゃはっ、ここが新しく出来たご近所さんか~。テロメア様から仲良くするように言われてるし、クイーンの中でも一番常識的なビアンカちゃんが適任だよね♪』
それがビアンカとの出会いであった。
ビアンカという胡散臭い悪魔は私にある提案を持ち掛けた。友好条約である。アンドロイドとサキュバスは良き隣人として友好的に暮らしましょうという約束だ。ビアンカはこの不可思議な現象についても詳しく知っているらしく、私は提案に乗る事にした。
ビアンカの助言によりダンジョンを運営するようになってから長い年月が流れたある日の事、王都を警備中の猫型警備ロボが異常な行動をした。憎き冒険者である人間に住民権を与えたのだ。
これまで冒険者を奴隷落ちさせる事はあったが、友好的な関係を結ぶような事は一度も起こらなかった。すぐに警備ロボの状態を調べたところ、チロルという名前が登録されている事が分かった。
住民たちが人間を模して暮らす中で呼び合う名前は存在するが、それは各々が勝手に名乗っているだけであり、私の世界でシステムに登録出来るのは私だけなのだ。私が許可していないのに登録されたチロルという名の警備ロボ、そしてそれを行った冒険者……。
その時私は初めて人間に興味を持った。ユウタという名の冒険者に。
◇
スペースコロニーの中で最も栄える王都の中でも上流階級のアンドロイドしか入る事の許されないホストクラブ『デウス・エクス・マキナ』、私も何度か来た事があるが他のアンドロイド達のように素直に楽しめた事はなかった。
支配人が作らせた専用席に座り獲物が来るのをジッと待っている。支配人が気を利かせてホストを連れて来たが断った。このホストクラブでホストを侍らせない私は浮いて見えるだろう。
「…………あれがユウタ」
正規ルートで王都へ侵入したユウタを上手く誘導してこのホストクラブへ連れて来る事が出来た。ユウタという冒険者は本当に冒険者なのかと思う程の弱さであり、田畑を管理するダンゴムシよりも弱いという。背も小さく幼い顔をした優男、黒いボブヘアーはサラサラで肌も綺麗なその容姿を見た第一印象は冒険者らしくないというものだった。
このスペースコロニーにやって来る冒険者は野蛮な連中であり、すぐに暴力を振って来る。それなのに目の前のユウタは愛想よく笑顔で頭を下げて丁寧に接客している。その姿が小動物のようで可愛くて笑ってしまった。あのユウタという男の笑みを見ているとこちらまで嬉しくなるのは何故だろうか。
「? ……いま、笑った? この私が?」
顔に手を当てると口角が上がっているのが分かった。この神である私が人間を見て笑ったのだ。今まで人間に対して苦笑や失笑をした覚えは何度もあったが、無意識に笑みを浮かべていたという事実に驚愕した。
それから私はユウタという男を盗み見した。何故か直接見るのは負けたような気がしたのだ。テキパキと配膳をこなすユウタの姿は関心するものがあった。教育係のアンドロイドが気を利かせてジュースをご馳走するくらいに仲良くしている姿を見た私は、ユウタを指名してみることにした。
「ふふ……どんな男なのかしら」
遠くでアタフタするユウタを見つめ、ソワソワと心待ちにしている自分の姿につい笑ってしまった。
私の心を動かす初めての人間、彼が私の待ち続けた人間なのだろうか?
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