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第18章 新章(仮)

第637話 止める必要のない理由

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 マリアンヌは困惑する勅使河原てしがわらに対して、ケビンが怒っているけれど止めるほどは怒っていないということを、どのようにして説明しようかと考え始めた。

 そして、マリアンヌの頭の中で考えが纏まったのか、勅使河原てしがわらに対して語り始める。

「レイラはケビンがどういう経緯で皇帝になったかを知っているかしら?」

「いえ……教団にいた頃の座学では、教会を潰してまわる“悪しき魔王”としか教えていただいておりませんでしたので……」

「そう……ケビンってね、昔は心が壊れていたらしいの。そんな風には見えなかったのだけれどね」

「心が……?」

 その言葉によって勅使河原てしがわらが考えついたのは、過去に精神的なショックを受けるような出来事でもあったのだろうかと推測する。日本での教育が下地にあるため、メンタルダウンという言葉がすぐに頭に思い浮かんだのだ。

「あの子が初めて人を殺したのは8歳の時よ」

「8歳っ!?」

「しかも相手は冒険者を含めた大人のゴロツキたちよ」

 勅使河原てしがわらは、その言葉がとても信じられなかった。8歳と言えば、日本で言うところの小学2年生だからだ。それが勅使河原てしがわらの頭の中では前提にあるため、果たして8歳の子供が大人たちを相手にして殺すことができるのかという疑問が後を絶たない。更には、相手が冒険者を含めたゴロツキであるということも後押ししている。

「人攫いのグループでね、子供のケビンを執拗く尾行していたみたい。それで、ウザいという理由だけでケビンが殺したの。スラムの路地裏に引き込んでね」

「8歳で人殺し……」

 未だに信じられない勅使河原てしがわらは、その話を聞いても理解が追いつかない。自分が8歳の頃には何をしていたのだろうかと想像をしてみるも、鮮明ではないが小学校へ通っていたり、社交場で会った幻夢桜ゆめざくら弥勒院みろくいんと話していた気がするくらいだ。

「その後くらいかしら……ケビンがとある出来事で憤慨したのよ」

 それから語られるのは、公式には魔導具の暴走という発表がなされているが、知る人ぞ知る、ケビンがフェブリア学院生時代に引き起こした無差別威圧事件である。

「それはもう、王都は大混乱よ。まぁ、結局はそれをサラが収めたのだけれど」

「それほどまでの……」

「その後は後遺症なのかどうなのかはわからないけれど、ケビンが記憶をなくしたの」

「き、記憶喪失っ!?」

 驚きの内容を聞いてしまった勅使河原てしがわらは、現代知識を有しているうえ財閥令嬢ということもあって英才教育を受けていたため、精神的なショックで記憶を失ったのではないかという当たりをつける。

(やはり8歳で人を殺すなんて異常なのですわ。その時の精神的負担が無自覚に心を蝕んでいき、記憶を封印するに至ったのでは……)

「それも結局はサラのおかげで戻り始めたのよねぇ……」

(またサラ様のお名前が……)

「それからはのびのびと過ごしていたわね。15歳までは」

「また……何かあったのですか?」

「カゴン帝国、アリシテア王国、ミナーヴァ魔導王国の三国が参加した戦争が起きたのよ。今となってはいがみ合ってたみたいにして三国戦争なんて言われているけど、実際はカゴン帝国が大陸制覇を目指してアリシテアやミナーヴァに対して戦争をしかけてきたのよ」

 マリアンヌが語る三国の国名のうち、勅使河原てしがわらはアリシテアやミナーヴァの国名は知っていたのだが、カゴン帝国については心当たりが全くない。そのような国名は、教団にいた頃の座学では出てこなかったからだ。

 そのことから鑑みて、カゴン帝国は力を付け始めた中小国家の一国ではないのかと当たりをつけてみたが、マリアンヌの話を思い返し、それはないとすぐに否定することになる。

 仮にも大国であるアリシテアとミナーヴァの二国を相手取って、中小国家の一国が戦争を吹っかけるとは思えないからだった。

 そうなると、勅使河原てしがわらが次に考えるのはケビンが皇帝になった経緯の話だ。その過程でケビンの子供の頃の話が何故出てくるのかと疑問に思う点ではあるが、もっと簡潔に説明してくれとは口が裂けても言えない。

(カゴン帝国というのは二国との戦争に負けて滅ぼされた……? その後釜にケビンさんが皇帝の座に就いたのかしら? ケビンさんは元々帝国の皇太子だった……?)

 ケビンの過去を知らない勅使河原てしがわらは、想像できうる範囲で予想を立てていくが、その最中であってもマリアンヌの話は当然のことながら続いていく。

「そして、その戦争中に事件が起きたの。これもよくある話なんだけど、カゴン帝国って武力国家だったのよね。一人一人の兵士の練度が高くて、更には大軍だったものだから最前線にいた辺境伯が敗走したのよ。その時に殿を務めたのが、ケビンの実家でもあるカロトバウン家から派出された兵たちよ」

「カロトバウン家……」

 その時にカシャンと陶器のぶつかり合う音が響く。それを耳にした勅使河原てしがわらが音の発生源に視線を向けると、シーラがティーカップを落としてしまったようであった。

 だが、すぐさまプリシラが駆け寄り後始末を始めていたので、勅使河原てしがわらは特に気にもせず、手が滑っただけなのだろうと判断した。

「シーラ、辛いのなら席を外していても構わないのよ?」

 その言葉を聞いた勅使河原てしがわらは、先程の出来事からすぐに思い至る。ケビンの嫁でもあるシーラは、同じくしてケビンの姉でもあったからだ。先程のティーカップを落としたのは当時の戦争のことを思い出して、亡くなった兵士のことを考えてしまい動揺でもしたのだろうと結論づけた。

「大丈夫です。もうケビンに癒してもらっていますから。それに……あの時、一番辛い思いをしたのはケビンだから……」

(ケビンさんが辛い思い……? もしかして、殿を務めていた兵の中にいたのかしら? 15歳で成人として扱われるのなら、兵士として参加していた? 仮にそうであるのならば、目の前で自領の兵たちが倒れていく様を見てしまうのは、確かに辛いですわね)

 事情を知らない勅使河原てしがわらはそのようなことを思うが、それも致し方のないこととも言える。わざわざ暗い過去話を吹聴して回るような者が、ケビンの家族にはいないからだ。ゆえに、当時のことを知るのは、ケビンの家族の中ではごく一部の者のみとなる。

 そして、マリアンヌがシーラに向かって詳細を話してもいいのかどうかの確認を取り、シーラが了承したことによってマリアンヌは当時のことを端折ることなく語り出した。

「さっき言った殿の部隊には、シーラとその兄のカインも加わっていたの」

「え……」

 それを聞いた勅使河原てしがわらは困惑してしまう。てっきりケビンが殿の部隊にいたと思っていたのが、まさかのシーラとその兄のカインだと聞かされたのだ。

「その2人や兵たちのおかげで、辺境伯は命拾いをしたわ。だけど、カインは捕虜として捕まり、シーラは皇帝への貢物として帝都へ送られた」

「貢物って……」

「言わなくてもわかるわよね? 女としては最悪の展開よ」

「そんな……」

 マリアンヌの話を受け、戦争において捕まった女性がどういう扱いを受けるのかは、勅使河原てしがわらとて無垢ではないため理解してしまう。

 そして、恐る恐る勅使河原てしがわらがシーラへ視線を向けてみると、シーラは落ち着きを払って紅茶を口にしていた。いや、落ち着くために紅茶を口にしているのかもしれないが。

「まぁ、結論から言うとシーラは性的な意味で手を出されていないわ。鞭でいたぶられてはいたみたいだけど」

 その言葉を聞いた勅使河原てしがわらは安堵する。鞭打ちは痛いだろうが強姦されていないことを知って、最悪の状況には至らなかったのだと。

「そして、そのことをケビンが知ってしまったの。それからのケビンは戦場跡地で痕跡を探しつつ、砦に囚われているカインを見つけたわ。そこからはケビンによる殺戮劇ね。砦にいた帝国兵を一人残らず殺し、カインを救い出した」

「一人残らず……」

「たった一夜にして砦は生者のいない拠点となったわ。いるのはケビンに惨たらしく殺された死体だけ」

「それが止めなくてはいけないほど怒った時の状態なのですか?」

「いいえ、ここで終わりではないわ。この時はまだ、シーラを助け出していないもの。それで、カインを助け出した翌日になると、今度はサラを連れて戦地へと赴いたの」

(ここでもサラ様が……)

「カインの受けた傷を見たサラが怒り、アリシテアの戦地で暴れたわ。たった1人で何万という兵士に立ち向かって。サラだからできることよね」

 そのことを想像してしまった勅使河原てしがわらは戦慄する。勅使河原てしがわらにとって万単位の敵というのはオークエンペラーとの戦いで経験しており、それがどれほどの圧力を持っているのかは身を持って知っているからだ。

 その圧倒的数の暴力を前にして自分は1人で立ち向かえるだろうかと考えてはみるものの、すぐに頭を降って自分では足がすくんでしまい無理だということを理解した。

「それでサラが暴れている頃ケビンは何をしていたかと言うと、隣国のミナーヴァに向かっていたのよ。そして、王城で国王や王妃を攫って戦場へ連れていったの」

「えっ!?」

(く、国のトップを誘拐したんですの!? ケビンさん、やることが無茶苦茶ですわ!)

「それからミナーヴァの戦地に到着したケビンは、国王たちに兵士が邪魔をしないよう伝えるように言ったの。それだけのために国王や王妃を攫っていくなんて、さすがケビンね」

「さすケビだな!」

 そこで急に相槌を打ったのは我が道を行く九十九だ。静かに抹茶を飲んでいるかと思いきや、いつの間にケビンへ注文したのか、九十九の前にはミートソーススパゲティがあった。いつものことながら抜け目のないことである。

(な、なぜ……ミートソーススパゲティが……ということは、まさか!?)

 九十九へ視線を向けていた勅使河原てしがわらは第六感が働いたのか、はたまたいつもの流れで条件反射となってしまったのかは定かではないが、相方の弥勒院みろくいんを見てみれば、そこには何故かケーキがあった。

香華きょうかまで!? 貴女、さっきまで泣いていませんでした?! 何故に笑顔でケーキを頬張っていますの!?)

 相も変わらずな2人を見てしまった勅使河原てしがわらは、シリアス展開だったこの場の空気を返せと言いたくなるが、2人が我が道を行ってもシリアスな空気は何故か漂っているのだった。

 きっとシリアスというものに自我があったとすれば、2人のことは気にするだけ無駄という諦めの境地に至っていたのかもしれない。

「それで、ケビンもミナーヴァに攻めてきた数万の敵兵を相手に、1人で戦うことになったのよ」

(マリアンヌ様がスルーしましたわ!?)

「ケビンがそこでしたことと言えば、数万の敵兵が誰一人として逃げられないように結界の中に閉じ込めたの。そこからは相手にしてみれば地獄よね。身動きの取れない自分たちの上空から、ケビンの魔法である光線が降り注いだんだもの」

(数の暴力に対する大規模魔法……コズミックレイ……)

「そこには恐らく……上からの命令で仕方がなく戦争に参加していた兵士もいたでしょうね。だけどケビンは、相手が泣き喚こうが何をしようが関係なく全てを殺したわ」

「もしかして、それが止めるべき時なのですか? 大量殺人を犯さないために……」

「違うわね」

 その返答を聞いた勅使河原てしがわらは、危うくガクッとしてしまいそうになる。だが、そこは淑女として何とか耐えて見せた。

 そして、好い加減ケビンを止める時とはどのような時なのか、結論を伝えて欲しいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。

 これが仮に高齢者相手なら、勅使河原てしがわらとて“年寄りの話は長い”ということを知っているので、相手を敬うという意味で我慢はできただろうが、勅使河原てしがわらから見るマリアンヌは高齢者の域に達していない。見た目年齢を参考にしすぎた弊害がここで出てしまったようだ。

 だがここで、思いもよらぬ救世主が現れた。

「マリーさん、結局いつケビンくんを止めたらいいの?」

 そのような発言をしたのは、口元に生クリームを付けた弥勒院みろくいんだ。この状況で言ってのけた弥勒院みろくいんを褒めてやりたい気持ちになる勅使河原てしがわらだったが、子供のように素で生クリームをつけてしまっている弥勒院みろくいんを見てしまい、母親のごとく甲斐甲斐しくハンカチで口元を拭っていく。

「んぐぅ」

香華きょうか、貴女はもう人妻なんですから、いつまでも子供のようでいてはいけませんわ」

「んー……でも、ケビンくんはクリームついてるのが好きみたいだよ? ペロって舐めてきて、その後に舌が口の中に入ってくるんだよ」

「なっ、破廉恥ですわ!」

 いきなり起こってしまった弥勒院みろくいんのカミングアウトによって、勅使河原てしがわらは頬が熱くなり顔が赤く染っていく。

「それよりも続きだよ、続き。ケビンくんをいつ止めるのか聞いておかないと」

 自分の発言で勅使河原てしがわらがあわあわとしていることなど露知らず、弥勒院みろくいん勅使河原てしがわらと違って恐れを知らずにマリアンヌに先を促すのだった。

 しかし、それを受けたマリアンヌは怒るようなこともせず、ニコニコとしながら弥勒院みろくいんの要望に応えようとする。

 それもひとえに、気を許した相手限定ではあるが、人懐っこい弥勒院みろくいんがケビンの嫁たちからマスコットキャラクターのごとく可愛がられ気に入られているからだ。それは、マリアンヌとて例外ではない。

「ふふっ、キョウカが待ちきれないみたいだから続きを話そうかしら」

 それから語られたのはケビンがミナーヴァの戦争を終わらせ、その後にアリシテアの戦争も終わらせてしまったことだ。

 それを耳にする勅使河原てしがわらは、ケビンがいったいどれだけの人間を手にかけたのか想像だにできない。仮に勅使河原てしがわらにも想像しやすく伝えるとすれば、日本においての〇〇市の人口を一人残らず殺したという物騒な例え話しかないが、マリアンヌはそれを知る術がない。

「そして、とうとうケビンがシーラを助け出すために帝城へ乗り込んだの。当然騎士たちが無法者を止めようとして襲いかかってきたらしいけど、全て返り討ちにして殺しているわね」

 もう勅使河原てしがわらとしても、どう反応していいのかわからない。それほどまでに話の中で、ケビンが大勢の人を殺しているのだ。

「それからケビンが皇帝と相対したのだけれど、相手がただの人ならケビンの圧勝だったわ。だけど、結果は違った……」

「え……?」

 勅使河原てしがわらは、マリアンヌの言った言葉が上手く耳に入ってこなかった。いや、入ってはいるのだが、頭が理解するのを拒んでいるかのようだ。

 そして、マリアンヌが語る内容は、勅使河原てしがわらにとって信じられないものとなる。それは絶対強者としてのイメージしかないケビンの、初めての敗北というものだった。

「相手は人の身にして魔王となった皇帝だったのよ。確か……【強欲】という称号持ちだったらしいわ。そして、この時のケビンはまだ魔王になっていない人の身。勇者ではないケビンでは勝ち目がなく、倒れてしまったの」

「そ……それで……」

 いつしか勅使河原てしがわらだけではなく、他の新妻たちも前のめりでマリアンヌの話に惹き込まれていく。その皆が一様に思うのは、あのケビンが負ける姿なんて想像できず、話の続きがとても気になるというものだ。

「それで……ケビンの力をもっと引き出して能力を奪おうとしていた皇帝が次に目をつけたのは、ケビンが助けようとしたシーラだったのよ」

「シーラさんが……!?」

「それから皇帝がシーラのドレスを破ったことによって、シーラは泣き叫んだわ。そして……ケビンが激怒して、手をつけてはいけない力に手をつけた」

「手をつけてはいけない力……?」

「その力の概念は“死”らしいわ」

「え……“死”って……?」

「ありとあらゆるものの“死”よ。レイラもさっき見たでしょう? ゴブリンヒューマンの剣が朽ちていくのを」

 マリアンヌのその言葉によって、勅使河原てしがわらは朽ちた斬馬刀に視線を向ける。そして思い出すは、ケビンが斬馬刀を掴んだ手から出していたあの漆黒の魔力だ。

「まさか……あの漆黒の……」

 勅使河原てしがわらが呟いた言葉を拾ったのか、マリアンヌは正解とばかりに微笑みを向ける。

「その力の由来はケビンの過去に関することだから、本人に尋ねるといいわ。私の口からは言えないし、このことを知っているのはごく一部の妻たちだから、適当に尋ねて回っても空振りするか顰蹙ひんしゅくを買って、レイラの立場が悪くなるだけね」

「……わかりましたわ」

 勅使河原てしがわらとしてはその話を聞いてみたかったのだが、人の隠している過去を暴くというのは淑女としてどうなのかというよりも、人としてどうなのかという考えが先に来たため了承するに留まるのだった。

「それじゃあ話を戻すけど、その力に手をつけたケビンは皇帝を圧倒したわ。当たり前よね、あらゆるものの“死”を操るんだから。だけど、当時はその力を制御できていなかったから、ステータスアップした力で圧倒したという感じかしら」

「圧倒するほど力が増したのですか?」

 その話によって勅使河原てしがわらは、自身の予想が外れたことを知る。均衡していた戦闘力が皇帝の力の解放によって崩れ、ケビンの敗北が濃厚となったことで、ケビンが力を解放しても相手は魔王であるため、せめぎ合う形での戦いになると実は考えていたのだ。

「そうよ。最初は互角の戦いからスタートして、皇帝が力を解放してからは均衡が崩れ、皇帝有利になったところでのケビンのパワーアップ。皇帝側に傾いていた天秤は一気にケビン側へ傾き、一方的な戦いになったらしいわ。そして、ケビンは皇帝を殺すに至った」

 そこで話を区切ったマリアンヌはプリシラに紅茶のおかわりを頼むと、未だゴブリンヒューマンを痛めつけているケビンへ視線を向ける。そして、新しく入った紅茶を一口飲むと、再び口を開いた。

「カゴン帝国の国色は実力至上主義。今あるケビンの治世もそうだけど、今と違うのはカゴン帝国では武力だけが認められていて、皇帝の地位すら武力で決めていたわ。だから兵士の練度が高く、武力国家と言われていたのだけれど。そして、その国で一番強い皇帝を倒したケビンは、当然のことながら次代皇帝となるはずだった……だけど、そうはならず皇帝の座は空位となった」

「え……それはどういう……」

 勅使河原てしがわらとしては、ケビンが皇帝を倒したことによりもう話の結末と思っていたところだったので、まだ続きますと言わんばかりのマリアンヌの話し方によって、結局のところ、ケビンはいつ皇帝になったのか予想しづらくなってしまう。

 だが、そのような勅使河原てしがわらの苦悩などわかっていない者が声を上げた。

「わかった! ケビンくんが面倒くさがって皇帝にならなかったんだ! それで、みんなから説得されて、渋々引き受けて皇帝になったんだ!」

 元気よくそう解答したのは弥勒院みろくいんである。最近ではケビンが面倒くさいと思ったことは自身でやらず、人に丸投げすることを理解し始めていた。

 よって、皇帝などという如何にも面倒くさいことになりそうなことからケビンが逃げてしまい、皇帝の座が空位になってしまったのだと予想したのだ。

「ふふっ、キョウカはケビンのことがよくわかっているのね」

 マリアンヌがそう告げた言葉によって、弥勒院みろくいんは褒められたと思って喜ぶのだが、勅使河原てしがわらはそうもいかない。まさか、そのような安易な解答が正解であるはずがないと思っているからだ。

 物事をあまり深く考えない弥勒院みろくいんと、物事を深く考え過ぎる勅使河原てしがわらの差がここで現れた。

「でも、空位になった理由はそれじゃないの。確かにケビンは面倒くさがって、妻の1人であるケイトを暫定で女帝の座につけたわ。そして、私たちが皇帝になるよう仕向けたのも事実。だけど、空位になった理由は皇帝との戦いでケビンが傷ついたからなの。恐らくあの戦争でケビンが殺した敵の数は10万人を超えるでしょうね。そして、心を痛めてしまったケビンは、周りが気を使わないでいいようにひっそりと誰もいないところで療養するに至ったのよ」

 想像もつかないほどの人数を殺したというケビンの過去話を聞いた新妻たちは、一様に顔を俯かせ暗い雰囲気となる。自分たちも人ではないが、人型の魔物を初めて殺した時には気分が落ちたのだ。それを考えると同じ人間のうえ、たった一人殺しただけでも心にのしかかる重圧は計り知れないだろうと誰しもが思った。

「だから、私たちは二度とケビンが傷つかないように、手をつけてはならない力に手をつけようとしたら、何がなんでも止めなきゃならないの。これは第1夫人が決めた、私たち妻が守るべき最優先事項よ」

 こうしてマリアンヌはケビンの過去話とともに、今の現状でケビンを止める必要性がないことを、質問者でもある勅使河原てしがわらを含めた新妻たちに教えこんでいくのであった。
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