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第17章 魔王軍との戦い
第572話 戦争というもの
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バタンっと勢いよく開いたドアの音によって、会議室にいた者たちは色々な思考を遮断され、そのドアへ強制的に視線を向けることになる。
「ケビンさん、大変です!」
そこへドアを開けると同時に入り込んできたのは、ケビンの嫁の1人であり、イグドラ亜人集合国においてダークエルフ族の代表を務めるヴァリスだ。
「どうした? そんなに慌てて」
ケビンはヴァリスに対してまずは落ち着くように言うと、自身でも慌てていた自覚があったのか、ヴァリスは深呼吸をして落ち着きを取り戻していく。
そして、佇まいを正したヴァリスは一礼すると、まずは会議中の席に立ち入ったことを詫びた。
「お話し合いを中断させてしまい、申し訳ありません」
それに対してケビンは特に問題ないとして、ヴァリスを咎めるようなことは言わなかった。
「で、報告は? ヴァリスが慌てるようなことが起きたんだろ? まぁ、おおよそイグドラ関連だと察しはつくけど」
「はい。内通者によって魔王軍が国内へ手引きされました」
ヴァリスの報告を聞いた者たちは言葉を失う。自国に魔王軍を手引きするなど、滅ぼしてくださいと言っているようなものだからだ。
特にイグドラに対して思い入れの強い【オクタ】の四たちは、信じられないとざわめき始めてしまう。
そのような中で、ケビンはヴァリスに話を進めるように促した。
「内通者を出したという時点で、イグドラとしては大いに恥を晒すことになりますが、この場合において、運がいいと言っては不適切なのは重々承知していますけど、私の管理するダークエルフ族ではありません」
「まぁ、そうだろうな」
特に安堵するわけでもなく、知っていたかのように相槌を打つケビンによって、それを不思議に思ったのか前世で健の姪っ子だった結愛が問いかける。
「健兄は知っていたの?」
「ん? 消去法でわかるだろ」
「いや、わからないから聞いているんだけど……」
ジト目を向ける結愛の反論に、双子の妹たちである陽炎や朔月もウンウンと頷く。
そう言われてしまったケビンが周りの参加者たちへ視線を流してみると、言葉足らずなケビンに対して呆れている者や、理由を話して欲しそうに前のめりになっている者はまだいいとしても、抹茶が入っていた湯のみを指さして無言でおかわりを要求する者や、それと同じように空いたケーキのお皿を指さして、無言でおかわりを要求する者を目にしてしまう。
「まぁ、静かにしてくれているからいいんだけどな……」
ケビンは好物に関して騒ぎ立てる筆頭2人が静かにしているので、それを継続してもらうためにも、おかわりの要求を受け入れて差し出すのである。
そして、それが終わったケビンは、結愛が疑問に思っていたことに対しての回答を行った。
「正信たちなら知っているだろうが、イグドラへの入国を認められた人族ってのは、近づいてはならない場所があるとまずは注意喚起を受ける」
「そうなの? 四君」
結愛がイグドラ滞在歴のある四に問いかけると、四は頷いてから答えた。
「小生たちは玄関口とも言える最初の村にて、ケビン氏の言う通り、その場所へは近づかないよう助言されたであります」
四の答えた内容によって、一部の者たちは『へぇー』といった感じで、立ち入ったことのないイグドラの流儀に興味津々である。
「で、その近づいてはならない場所ってのが消去法に関係してくる。まずはドワーフ族。こう言っては何だが、この種族は基本的に鍛冶や酒にしか興味がない」
ケビンの説明に対して、それを聴く者たちは『あぁ……』と納得顔をする。この世界の本で読むような知識通りの人柄であるからだ。
「次にエルフ族。この種族はことさら自種族以外に排他的だ。長命であることから、そういう考えを持つ者たちがまだ生きているゆえの特性だな。若者に至ってはその限りではないが。あと、美人だ」
ケビンがそう言うと、ダークエルフ族のヴァリスはちょっと嫉妬したのか眉根を寄せ、その行動が可愛く見えたのかケビンは小さく笑みを浮かべる。
「次はダークエルフ族だな。よく言われるのが魔に魅入られたエルフの成れの果てや、禁忌を犯したエルフの成れの果てとかだな。実際はただ肌の色が違うエルフ族だ。もちろん世間で言われているような怖いところはないし、ヴァリスを見ればわかる通りで、飛びっきりの美人さんだ」
ケビンがそう言ったことでヴァリスは嬉しかったのか、平静を装っているようではあるが、ニマニマとした口元は隠せていないようだ。
「そして最後に、獣人族。この獣人族は各種族の中で1番派生数が多い大所帯となる。この城にいる俺の嫁でも兎人族、猫人族、狼人族がいる。イグドラに行けば、更に多い種族の獣人族が生活している」
そこで一区切りつけたケビンは、カップを口につけると喉を潤した。
「で、話に出てくる立入禁止区域ってのは、獣人族の集落の一部だ。ここは別に神聖な場所であるとか、そういう理由で立入禁止区域になっているわけじゃない。そこは人族排斥主義の総本山だからだ。血の気の多い右翼が住みついているから、人族は立入禁止になっている。種族で言えば、獅子人族や虎人族、熊人族とかの喧嘩っぱやそうな種族だな」
イグドラの内部事情を知らなかった者たちは、聞くからにヤバそうな場所だと思ってしまい、ケビンが消去法でわかると言っていた言葉を思い返していた。
「今回の内通者は獣人族から出たんだろ?」
ケビンがヴァリスにそう問いかけると、ヴァリスは肯定の意を示す。
「結愛、今の消去法でわかっただろ? 恐らく人族排斥主義の連中が人族を追い立てるために、自国へ魔王軍を引き込んだんだろうな。契約内容としては獣人族には手出しをしないことと、後の継続的な自治権くらいか? 人族は好きなだけ蹂躙して構わないとか言ったんだろうな。むしろ、人族と戦うのに手を貸すくらいは言っていそうだ」
ケビンの立てた予想が思いのほか手に入れた情報と類似していたのか、ヴァリスはその内容を訂正することなく補足説明をするだけに至る。
「それで、その魔王軍がイグドラを抜けて、アリシテア王国へ向かう途中なのです。このことに関して代表会議を開きましたが、獣人族の代表が責任を取るとかで魔王軍に攻撃を仕掛けようとしており、エルフ族の代表に至っては、自種族に被害が出ないのならそのまま行かせてしまえという始末で……」
「で、ダークエルフ族の代表としては俺の嫁だから判断を仰ごうとして、ドワーフ族に至っては『ケビンに伝えておけ』とかでも言われたか?」
ヴァリスの話をケビンが先取りしたことによって、その通りだったのかヴァリスは肩を落とし俯いてしまう。
「お役に立てずごめんなさい」
「いや、役に立つ立たないとかを俺は嫁に求めてない。俺が求めているのはいつも言っているからわかるだろ?」
そう促すケビンに対して、ヴァリスはボソッとそれを口にする。
「幸せになる……こと……」
「わかってるならそれでいい。とりあえずヴァリスはイグドラに戻って、先走る獣人族代表を止めてくれ。責任を取るのなら、同種の手網の握り方を考えておけってな。魔王軍に関してはエルフ族代表の主張通りで、素通りさせていい。後のことは俺が始末をつける」
「ケビンさん……」
サクサクと決めてしまうケビンに見蕩れるヴァリスだったが、ケビンは手をパンパンと叩いてヴァリスを正気に戻すと、無駄な被害を出さないようにするため、獣人族代表を止めるように急がせるのだった。
「あっ、忘れてた! ついでに、獣人族が魔王軍に参加していたら、そのまま誤って殺してしまうかもしれないって伝えておいて」
「はい! では、イグドラへ戻ります!」
やって来た時と同様にバタバタとしながら、足早に去るヴァリスが姿を消すと、ケビンは中断されていた会議を再開する。
「能登、喜べ。お前の正義感を振りかざす場面ができたようだ。お前が守るのは、同盟国であるアリシテア王国の民たちだ。アリシテアの兵ならお前だけを矢面に立たせることはせず、肩を並べて戦ってくれる」
ケビンからいきなりそのようなことを言われてしまった能登は、理解が追いつくと正義感を燃やそうとして意気込みを見せるが、ケビンの次の言葉で冷水を浴びせられる。
「人殺しをする覚悟を決めておけよ」
「…………え?」
能登はいったい何を言われているのかわけがわからなかった。わからなかったがゆえに戸惑いを見せていたが、案の定な反応を見せている能登にケビンが溜息をつく。
「やっぱりな。能登……お前は夢を見すぎだ。もっと現実を見ろ」
「現実……?」
呆然とする能登に対して、ケビンは能登の自覚していない部分を突きつけていく。
「相手は魔物の他に魔族も混じっているんだぞ? 下手したら内通者になった獣人族もだ。種族に“人族”とつく以上、姿形は人族とさして変わらないってことだ。俺の嫁の魔族である鬼人族や獣人族を見かけたことはあるだろ? お前の正義感はそういう相手を殺そうとしているんだ」
「いや……魔族は悪いやつで……魔王の部下で……」
ケビンに言われたことを受け入れられないのか、現実逃避を始めようとする能登に対して、ケビンは呆れたように話しかける。
「はぁぁ……能登。元の世界で同じ人間にも悪いやつはいただろ? この世界では魔族がことさら悪いって決まっているわけじゃない。教団の奴らだって同じ人族なのに絵に書いたような悪者だったはずだ。お前にもわかりやすく言うと、早い話が人種差別で戦争を繰り返しやっているのがこの世界だ。そして、話し合いで解決できるなんて平和的なことはない。殺すか殺されるかだ」
「そんな……僕は……ただ……」
能登が頭を抱えてブツブツと呟き始めると、ケビンは他の勇者たちにも釘を刺しておくことにした。
「非戦闘要員以外はちゃんと聞いておけ。戦争に参加するってのは種族は違えど人を殺すってことだ。平和的な話し合いで解決ってのは、圧倒的優位性を武力で示してから、その後で行われる不平等条約のことになる。敵に情けをかけて生かしたら、情けをかけた敵は隣にいる友だちを殺すと思っておけ。つまり、友だちを殺したのは情けをかけたお前たち自身になる」
ケビンの話を聞いた戦闘要員は隣に座る友だちや、離れたところに座っている友だちにも視線を向ける。
それは、今まで話にしか聞いたことのなかった戦争というものが、本来はどういったものなのか、ケビンの話した内容を咀嚼しているような感じでもある。
「それと、能登みたいに夢物語を描いているやつは戦争に参加するな。自分が死ぬのは別に自業自得だが、それを助けようとして仲間が死ぬ場合もある。人殺しに忌避感のあるやつは別にここで待機していてもいい。俺は責めることはしないし、周りのやつらにも責めさせはしない」
ケビンの意外な温情処置を聞いてしまった勇者たちは、驚きで目を見開いてしまう。てっきり覚悟を決めさせられて、戦争に参加させられると思っていたからだ。
「おい、何だその視線は……俺は夜行みたいにそこまで鬼じゃないぞ。人殺しをしたくないやつに人殺しをさせるわけがないだろ。現に俺は余程のことがない限り、嫁にだって戦争に参加させてはいない。盗賊とかを殺すのもさせてはいない」
ケビンがそう言うと、話の種に使われた者が抗議をする。
「うちは鬼じゃないし! 鬼は九――」
そこまで口にした百鬼がハッとして慌てて口を手で押さえるも、場の空気を変えようとしたケビンがニヤつきながら揚げ足を取ってしまう。
「ほう……夜行は九鬼が鬼だと言いたいのか。確かに【鬼神】と恐れられているからな。夜行のリクエストに応えて、九鬼には金棒でも装備してもらうか? あとは装飾品で角でも作っておくのもいいし、服装はやっぱり虎柄だよな」
ケビンがそのようなことを言うと、本当にやりかねないと知っている九鬼はコスプレさせられてしまうと思い、元凶の百鬼をギロリと睨みつける。その視線を受けた百鬼は慌てふためいて、急いで千喜良の背に顔を隠す。
「夜行ちゃん……」
「夜行……」
百鬼の行動に呆れ返る千喜良と千手だったが、百鬼のその行動によって緊張に包まれていた会議室の雰囲気が弛緩し、所々で小さく笑う声がこぼれる。
「夜行のことは放っておくとして、魔王軍がアリシテア王国領へ入るのにはまだ日にちがあるから、その期間を使って戦争に参加するかしないかを決めておいてくれ」
そう告げたケビンは、アリシテア王国の国王であるヴィクトールに連絡をするため、勇者たちを会議室に残して執務室へと足を運ぶのであった。
「ケビンさん、大変です!」
そこへドアを開けると同時に入り込んできたのは、ケビンの嫁の1人であり、イグドラ亜人集合国においてダークエルフ族の代表を務めるヴァリスだ。
「どうした? そんなに慌てて」
ケビンはヴァリスに対してまずは落ち着くように言うと、自身でも慌てていた自覚があったのか、ヴァリスは深呼吸をして落ち着きを取り戻していく。
そして、佇まいを正したヴァリスは一礼すると、まずは会議中の席に立ち入ったことを詫びた。
「お話し合いを中断させてしまい、申し訳ありません」
それに対してケビンは特に問題ないとして、ヴァリスを咎めるようなことは言わなかった。
「で、報告は? ヴァリスが慌てるようなことが起きたんだろ? まぁ、おおよそイグドラ関連だと察しはつくけど」
「はい。内通者によって魔王軍が国内へ手引きされました」
ヴァリスの報告を聞いた者たちは言葉を失う。自国に魔王軍を手引きするなど、滅ぼしてくださいと言っているようなものだからだ。
特にイグドラに対して思い入れの強い【オクタ】の四たちは、信じられないとざわめき始めてしまう。
そのような中で、ケビンはヴァリスに話を進めるように促した。
「内通者を出したという時点で、イグドラとしては大いに恥を晒すことになりますが、この場合において、運がいいと言っては不適切なのは重々承知していますけど、私の管理するダークエルフ族ではありません」
「まぁ、そうだろうな」
特に安堵するわけでもなく、知っていたかのように相槌を打つケビンによって、それを不思議に思ったのか前世で健の姪っ子だった結愛が問いかける。
「健兄は知っていたの?」
「ん? 消去法でわかるだろ」
「いや、わからないから聞いているんだけど……」
ジト目を向ける結愛の反論に、双子の妹たちである陽炎や朔月もウンウンと頷く。
そう言われてしまったケビンが周りの参加者たちへ視線を流してみると、言葉足らずなケビンに対して呆れている者や、理由を話して欲しそうに前のめりになっている者はまだいいとしても、抹茶が入っていた湯のみを指さして無言でおかわりを要求する者や、それと同じように空いたケーキのお皿を指さして、無言でおかわりを要求する者を目にしてしまう。
「まぁ、静かにしてくれているからいいんだけどな……」
ケビンは好物に関して騒ぎ立てる筆頭2人が静かにしているので、それを継続してもらうためにも、おかわりの要求を受け入れて差し出すのである。
そして、それが終わったケビンは、結愛が疑問に思っていたことに対しての回答を行った。
「正信たちなら知っているだろうが、イグドラへの入国を認められた人族ってのは、近づいてはならない場所があるとまずは注意喚起を受ける」
「そうなの? 四君」
結愛がイグドラ滞在歴のある四に問いかけると、四は頷いてから答えた。
「小生たちは玄関口とも言える最初の村にて、ケビン氏の言う通り、その場所へは近づかないよう助言されたであります」
四の答えた内容によって、一部の者たちは『へぇー』といった感じで、立ち入ったことのないイグドラの流儀に興味津々である。
「で、その近づいてはならない場所ってのが消去法に関係してくる。まずはドワーフ族。こう言っては何だが、この種族は基本的に鍛冶や酒にしか興味がない」
ケビンの説明に対して、それを聴く者たちは『あぁ……』と納得顔をする。この世界の本で読むような知識通りの人柄であるからだ。
「次にエルフ族。この種族はことさら自種族以外に排他的だ。長命であることから、そういう考えを持つ者たちがまだ生きているゆえの特性だな。若者に至ってはその限りではないが。あと、美人だ」
ケビンがそう言うと、ダークエルフ族のヴァリスはちょっと嫉妬したのか眉根を寄せ、その行動が可愛く見えたのかケビンは小さく笑みを浮かべる。
「次はダークエルフ族だな。よく言われるのが魔に魅入られたエルフの成れの果てや、禁忌を犯したエルフの成れの果てとかだな。実際はただ肌の色が違うエルフ族だ。もちろん世間で言われているような怖いところはないし、ヴァリスを見ればわかる通りで、飛びっきりの美人さんだ」
ケビンがそう言ったことでヴァリスは嬉しかったのか、平静を装っているようではあるが、ニマニマとした口元は隠せていないようだ。
「そして最後に、獣人族。この獣人族は各種族の中で1番派生数が多い大所帯となる。この城にいる俺の嫁でも兎人族、猫人族、狼人族がいる。イグドラに行けば、更に多い種族の獣人族が生活している」
そこで一区切りつけたケビンは、カップを口につけると喉を潤した。
「で、話に出てくる立入禁止区域ってのは、獣人族の集落の一部だ。ここは別に神聖な場所であるとか、そういう理由で立入禁止区域になっているわけじゃない。そこは人族排斥主義の総本山だからだ。血の気の多い右翼が住みついているから、人族は立入禁止になっている。種族で言えば、獅子人族や虎人族、熊人族とかの喧嘩っぱやそうな種族だな」
イグドラの内部事情を知らなかった者たちは、聞くからにヤバそうな場所だと思ってしまい、ケビンが消去法でわかると言っていた言葉を思い返していた。
「今回の内通者は獣人族から出たんだろ?」
ケビンがヴァリスにそう問いかけると、ヴァリスは肯定の意を示す。
「結愛、今の消去法でわかっただろ? 恐らく人族排斥主義の連中が人族を追い立てるために、自国へ魔王軍を引き込んだんだろうな。契約内容としては獣人族には手出しをしないことと、後の継続的な自治権くらいか? 人族は好きなだけ蹂躙して構わないとか言ったんだろうな。むしろ、人族と戦うのに手を貸すくらいは言っていそうだ」
ケビンの立てた予想が思いのほか手に入れた情報と類似していたのか、ヴァリスはその内容を訂正することなく補足説明をするだけに至る。
「それで、その魔王軍がイグドラを抜けて、アリシテア王国へ向かう途中なのです。このことに関して代表会議を開きましたが、獣人族の代表が責任を取るとかで魔王軍に攻撃を仕掛けようとしており、エルフ族の代表に至っては、自種族に被害が出ないのならそのまま行かせてしまえという始末で……」
「で、ダークエルフ族の代表としては俺の嫁だから判断を仰ごうとして、ドワーフ族に至っては『ケビンに伝えておけ』とかでも言われたか?」
ヴァリスの話をケビンが先取りしたことによって、その通りだったのかヴァリスは肩を落とし俯いてしまう。
「お役に立てずごめんなさい」
「いや、役に立つ立たないとかを俺は嫁に求めてない。俺が求めているのはいつも言っているからわかるだろ?」
そう促すケビンに対して、ヴァリスはボソッとそれを口にする。
「幸せになる……こと……」
「わかってるならそれでいい。とりあえずヴァリスはイグドラに戻って、先走る獣人族代表を止めてくれ。責任を取るのなら、同種の手網の握り方を考えておけってな。魔王軍に関してはエルフ族代表の主張通りで、素通りさせていい。後のことは俺が始末をつける」
「ケビンさん……」
サクサクと決めてしまうケビンに見蕩れるヴァリスだったが、ケビンは手をパンパンと叩いてヴァリスを正気に戻すと、無駄な被害を出さないようにするため、獣人族代表を止めるように急がせるのだった。
「あっ、忘れてた! ついでに、獣人族が魔王軍に参加していたら、そのまま誤って殺してしまうかもしれないって伝えておいて」
「はい! では、イグドラへ戻ります!」
やって来た時と同様にバタバタとしながら、足早に去るヴァリスが姿を消すと、ケビンは中断されていた会議を再開する。
「能登、喜べ。お前の正義感を振りかざす場面ができたようだ。お前が守るのは、同盟国であるアリシテア王国の民たちだ。アリシテアの兵ならお前だけを矢面に立たせることはせず、肩を並べて戦ってくれる」
ケビンからいきなりそのようなことを言われてしまった能登は、理解が追いつくと正義感を燃やそうとして意気込みを見せるが、ケビンの次の言葉で冷水を浴びせられる。
「人殺しをする覚悟を決めておけよ」
「…………え?」
能登はいったい何を言われているのかわけがわからなかった。わからなかったがゆえに戸惑いを見せていたが、案の定な反応を見せている能登にケビンが溜息をつく。
「やっぱりな。能登……お前は夢を見すぎだ。もっと現実を見ろ」
「現実……?」
呆然とする能登に対して、ケビンは能登の自覚していない部分を突きつけていく。
「相手は魔物の他に魔族も混じっているんだぞ? 下手したら内通者になった獣人族もだ。種族に“人族”とつく以上、姿形は人族とさして変わらないってことだ。俺の嫁の魔族である鬼人族や獣人族を見かけたことはあるだろ? お前の正義感はそういう相手を殺そうとしているんだ」
「いや……魔族は悪いやつで……魔王の部下で……」
ケビンに言われたことを受け入れられないのか、現実逃避を始めようとする能登に対して、ケビンは呆れたように話しかける。
「はぁぁ……能登。元の世界で同じ人間にも悪いやつはいただろ? この世界では魔族がことさら悪いって決まっているわけじゃない。教団の奴らだって同じ人族なのに絵に書いたような悪者だったはずだ。お前にもわかりやすく言うと、早い話が人種差別で戦争を繰り返しやっているのがこの世界だ。そして、話し合いで解決できるなんて平和的なことはない。殺すか殺されるかだ」
「そんな……僕は……ただ……」
能登が頭を抱えてブツブツと呟き始めると、ケビンは他の勇者たちにも釘を刺しておくことにした。
「非戦闘要員以外はちゃんと聞いておけ。戦争に参加するってのは種族は違えど人を殺すってことだ。平和的な話し合いで解決ってのは、圧倒的優位性を武力で示してから、その後で行われる不平等条約のことになる。敵に情けをかけて生かしたら、情けをかけた敵は隣にいる友だちを殺すと思っておけ。つまり、友だちを殺したのは情けをかけたお前たち自身になる」
ケビンの話を聞いた戦闘要員は隣に座る友だちや、離れたところに座っている友だちにも視線を向ける。
それは、今まで話にしか聞いたことのなかった戦争というものが、本来はどういったものなのか、ケビンの話した内容を咀嚼しているような感じでもある。
「それと、能登みたいに夢物語を描いているやつは戦争に参加するな。自分が死ぬのは別に自業自得だが、それを助けようとして仲間が死ぬ場合もある。人殺しに忌避感のあるやつは別にここで待機していてもいい。俺は責めることはしないし、周りのやつらにも責めさせはしない」
ケビンの意外な温情処置を聞いてしまった勇者たちは、驚きで目を見開いてしまう。てっきり覚悟を決めさせられて、戦争に参加させられると思っていたからだ。
「おい、何だその視線は……俺は夜行みたいにそこまで鬼じゃないぞ。人殺しをしたくないやつに人殺しをさせるわけがないだろ。現に俺は余程のことがない限り、嫁にだって戦争に参加させてはいない。盗賊とかを殺すのもさせてはいない」
ケビンがそう言うと、話の種に使われた者が抗議をする。
「うちは鬼じゃないし! 鬼は九――」
そこまで口にした百鬼がハッとして慌てて口を手で押さえるも、場の空気を変えようとしたケビンがニヤつきながら揚げ足を取ってしまう。
「ほう……夜行は九鬼が鬼だと言いたいのか。確かに【鬼神】と恐れられているからな。夜行のリクエストに応えて、九鬼には金棒でも装備してもらうか? あとは装飾品で角でも作っておくのもいいし、服装はやっぱり虎柄だよな」
ケビンがそのようなことを言うと、本当にやりかねないと知っている九鬼はコスプレさせられてしまうと思い、元凶の百鬼をギロリと睨みつける。その視線を受けた百鬼は慌てふためいて、急いで千喜良の背に顔を隠す。
「夜行ちゃん……」
「夜行……」
百鬼の行動に呆れ返る千喜良と千手だったが、百鬼のその行動によって緊張に包まれていた会議室の雰囲気が弛緩し、所々で小さく笑う声がこぼれる。
「夜行のことは放っておくとして、魔王軍がアリシテア王国領へ入るのにはまだ日にちがあるから、その期間を使って戦争に参加するかしないかを決めておいてくれ」
そう告げたケビンは、アリシテア王国の国王であるヴィクトールに連絡をするため、勇者たちを会議室に残して執務室へと足を運ぶのであった。
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