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第17章 魔王軍との戦い
第560話 エレフセリア学園 ~武闘会~ ①
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ケビンがサキュバスや鬼人族の一部を避難させてから、2種族ともが新天地での生活にも慣れた頃、季節は秋となる9月に入った。
そんなある日のこと、ケビンは夕食時に子供から毎年恒例のイベントを告げられる。
「父上、今年の武闘会の時期が決まりました」
咀嚼していたものを飲み込み口元を拭いてから言葉を発したのは、アリスの息子であるアレックスだ。それを聞いたケビンは、子供たちの座る席に視線を移しながら感慨深く答える。
「もうそんな時期になったのか……エミリーたちは今年で最後だな。仕事の予定が入らなければ、最後だし応援に駆けつけたいな」
ケビンがサーシャの娘であるエミリーに視線を向けると、エミリーは自信なさげにそれに答えた。
「わたし……武闘会、苦手……」
戦うのがあまり得意ではないエミリーがそう答えて俯くと、それを励ますかのようにして隣に座るニーナの娘であるニーアムが、エミリーの頭を撫で始める。
「大丈夫。わたしと一緒に頑張る」
そのようにしてニーアムが励ましている中で、スカーレットの娘である双子のフェリシアとフェリシティが胸を張って口を開く。
「今年も勝つのはわたしとティだよ!」
「シアとわたしは最強!」
双子が意気込みを口にしながら盛り上がっているところに、参加したくても参加することができない血気盛んなヴァレリアが、隣に座る息子のヴァンスに発破をかけていた。
「ヴァンス! 今年こそはクラウスをけちょんけちょんにしてしまえ!」
「無茶言うなよ、母ちゃん……」
クララの息子であるクラウスを倒すように仕向けるヴァレリアの無茶ぶりにヴァンスが溜息をこぼしていると、余裕の貫禄を見せつけるかのように対面側に座っていたクララが静かに口を開いた。
「ヴァリーよ、そう無茶を言うものではない。いくら鬼の血を引いていようとも、龍の血には敵うわけなかろう」
「そんなわけあるか! ケビンは人族だけどクララに勝っただろ!」
「主殿は規格外ゆえ、常識には当てはまらん」
そう言うクララの言葉を聞いたヴァレリアが天啓を得たとばかりに、バッとヴァンスに視線を向けると、その視線に嫌な予感しかしないヴァンスはビクッと反応して身構えてしまう。
「ヴァンス、規格外になれ!」
「……母ちゃん……」
無理難題を押しつけてくる母親にヴァンスが頭を抱えていると、別の場所では別の母親が口を開く。
「実際のところ、1番強いのってクラウスなの?」
そう口にするティナに言葉を返したのは相方のニーナではなく、バッと立ち上がって胸を張るシーラであった。
「1番強いのはシーヴァよ! 私とケビンの自慢の息子なんだから!」
「さすが母さん! その通りだぜ!」
自信満々に息子自慢を始めてしまうシーラの言葉を聞いたシーヴァは、母親同様に自信満々と相槌を打つ。
そのように武闘会話で盛り上がっていた様子を見ていたケビンが、ふと皆の思いがけないことを口からこぼしてしまう。
「1番ならテオだろ」
その言葉を耳にする家族たちの視線が、黙々とご飯を食べていたテオに対していっせいに突き刺さる。
「……? どうかしましたか?」
他の子供たちとは違い、学園には通わずソフィーリアによる英才教育を受けているテオがキョトンとして首を傾げていると、ケビンによる「1番ならテオ」という言葉でニコニコとしているソフィーリアが、隣に座る息子の疑問に答えてあげるのだった。
「お父さんが1番強いのはテオって言ったのよ」
「それは間違いですよ。1番強いのはお父さんです」
誇らしげにそう語るテオに対して、ソフィーリアが追加で「子供たちの中での強さ」と付け加えると、納得顔になったテオは少し考え込んでから口を開く。
「……そういうことでしたら、恐らく1番は僕でしょうか」
特に自慢する雰囲気でもなく、ありのままの事実を淡々と語るかのように落ち着いて口にしたテオに対して、うちに秘めたる闘志を刺激されてしまったアレックスが、落ち着いた表情を崩さずに待ったをかける。
「兄上。いくらなんでもそれは早計というものではないでしょうか?」
それに続くのは同じく刺激されてしまったクラウスだ。
「兄貴。いつもソフィ母さんの仕事を手伝ってることに関しちゃあ尊敬するけどよ、兄貴が1番強いってゆーのは自惚れが過ぎるんじゃねぇか?」
その光景を楽しそうに見つめるソフィーリアが、からかうようにしてケビンに向けて口を開いた。
「あらあら……あなたがテオを1番にしたから、アレックスたちがやる気になってるわよ」
「そうは言ってもなぁ……」
飄々としているテオとうちに秘めたる闘志を滾らせるアレックスやクラウスが、目には見えない火花をバチバチとしていたら、考え込んでいたケビンが再び口を開く。
「……よし、今年はスペシャルゲストでテオも参加しろ。武闘会で誰が強いか決めればいい」
こうしてケビンが名ばかりの理事長権限で強権を発動すると、学園生ではないテオの武闘会参加が決まってしまうのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さぁ、この日がとうとうやってきました! 毎年恒例のエレフセリア学園武闘会! 実況はこの私、ヨルス・ジョッキウと、解説はAランク冒険者である【午後の女王】ネーボさんです! ネーボさん、今日はよろしくお願いいたします!」
「……朝イチは辛い……眠い……」
テンションアゲアゲなヨルスとは違い、眠さゆえなのか瞼が半分も開いていないネーボは今にも寝てしまいそうで、ゆらゆらと船を漕いでいる。
「なんと、ネーボさん。見てわかる通りで朝にはめっぽう弱く、午後からしか依頼を受けないことから、いつしか【午後の女王】という二つ名を得るに至った有名な冒険者でもあります! 二つ名と言えば、数多いる冒険者たちの憧れでもありますが、私としては【午後の女王】なんて二つ名は遠慮したいところです!」
「……」
ヨルスがズケズケと言う中で、ネーボはそのことに関してどうでもいいのか、はたまたただ眠いだけなのかどうかは知らないが、現在進行形で船を漕ぎ続けている。
「そして、朝が弱いと豪語するネーボさんが、どうして朝からある解説の依頼を受けたのか、私としては疑問でもあります!」
「……報酬がいい」
「なんと!? 反応を返してくれたネーボさんが言うには、お金に目がくらんでこの依頼を受けたそうです!」
あけすけなヨルスのトークで会場が笑いの渦に包み込まれていると、舞台の準備が整ったのか、ヨルスは武闘会の説明を始める。
「この武闘会は各闘技場において学年ごと行われる個人戦・ペア戦があり、それらが終わると学年問わず行われる無差別の個人戦・ペア戦があります。舞台には特殊な結界が張られていますので、観客席に魔法が飛んでくるようなことはありません。次に――」
ネーボが夢現の中でも関係なく続くヨルスの説明が終わると、いよいよもって舞台の左右にある選手入場口から少女がそれぞれ姿を現す。
「この闘技場において第1回戦目を飾るのは、アドラ選手対ドゥルセ選手です。今年入学を果たしたピカピカの1年生である2人ですが、なんと2人は皇帝陛下の御息女たちで、資料によりますと龍人族という希少種族でもあります。その背に生える翼とピコピコと動いている尻尾がとてもキュートです!」
それから、ヨルスの選手紹介を耳にする2人が気負うこともなく舞台に上がると、応援に駆けつけている皇族専用席の母親たちが娘たちへ声援を送る。
「アドラ、いつも通りやりなさい」
ケビンパレスのNo.2であるアブリルが落ち着いてそう告げれば、負けじと同じくケビンパレスのドロシーが熱意を込めて声を上げる。
「ドゥルセ! アブリルの娘に負けないよう頑張るのですわ!」
アブリルとドロシーの声が聞こえたのか、アドラとドゥルセが実況席とは真向かいにあたる反対側の皇族専用席へ視線を向けると、2人の母親が応援している姿を目にする。
そして、その皇族専用席の真ん中にはケビンの姿があり、ニッコリと微笑みを向けられた2人のやる気は急上昇していき、尻尾が忙しなくブンブン動いていた。
「負けない」
「負けませんわ!」
力強く睨み合う2人が互いに開始線についたのを審判が確認し、審判はブレスレット型の魔導具を起動させると自身に結界を張る。
実はこの魔導具、ケビン作の魔導具であり、選手の身近に立つ審判を保護するために学園へ寄付したものだ。
これにより審判の安全は確実なものとなるのだが、いくら結界が張られていようとも自身に魔法の流れ弾が飛んでくるようなことになれば、無防備にそれを受けるという恐怖には逆らえないようで、自ら障壁を張ったり避けたりしているためか未だにその効果が目にされたことはない。
そして、いよいよ審判の開始の合図とともに2人の戦いが始まり、龍族のお家芸ともいえる肉弾戦が開始されたのだった。
「やっ!」
「はっ!」
ちょこちょこと動き回り攻撃を繰り出すその光景は、傍から見れば小さな少女の頑張りが窺えてほんわかしそうな雰囲気ではあるものの、それは打撃音がなければという前提であり、打撃音が聞こえてしまう現状況ではとてもほんわかできる雰囲気ではなかった。
「おぉーっと! 可愛らしげなその姿とは矛盾して聞こえる、歴戦の戦士確たるやと言わんばかりのこの打撃音! いったい誰が想像できたでしょうか!? 私は全く想像できませんでした! そこのところネーボさんはどう思われますか?」
「……すぴー……」
「寝てるぅぅぅぅ!? 皇帝陛下もいるというのに【午後の女王】はふてぶてしくも健在! もうこの人は【午後の女王】ではなく【惰眠の女王】でいいような気がします! 職務放棄です! これでお金が貰えるなんて羨ましいです! Aランク冒険者の【惰眠の女王】ネーボ! 是非皆さんも広めてください!」
このようにヨルスによってネーボの二つ名が、【午後の女王】から【惰眠の女王】に変えられようとしている中でも、アドラとドゥルセの戦いは終わらない。
「早く負けて」
「アドラの方こそさっさと負けてくれてもよろしくてよ!」
アドラが拳を振り抜けばドゥルセもそれに合わせて拳を振り抜き、尻尾で殴打しようとも同じく尻尾で返されてしまい、2人の実力は全くと言っていいほど差がなく拮抗していた。
「ホホホ、さすが私のドゥルセですわ! アブリルなんかに負けませんわよ!」
勝ち誇った顔をして我が娘を褒めるドロシーに、アブリルは溜息をつきつつ呆れた顔をして言葉を返す。
「はぁぁ……ドロシーはバカね。あそこにいるのは私ではなく、娘のアドラよ。ドゥルセは頭が母親に似ずに良かったわね」
「んなっ!? ケビン様との愛の結晶のドゥルセを馬鹿にするんですの!」
「馬鹿にしているのはドゥルセのことではなくて、ドロシーのことよ」
「ケ、ケビン様! アブリルが馬鹿にしますわ!」
落ち着いた雰囲気で返すアブリルに対して、落ち着きなく反応を返してしまうドロシーによって、場外戦とも言える戦いが皇族専用席にて繰り広げられる。それによりお鉢が回ってきたケビンは、娘の応援をするようにとドロシーを宥めるのだった。
そして場外でそのようなことが起きている中で、事態が動かないことに痺れを切らしたドゥルセが、勝負に出ようとしてアドラから距離を取ると、間髪入れずにブレスを吹きつけた。それに対してアドラは、咄嗟に両腕を交差して防御体勢に入ると守りを固める。
「――ッ!」
ブレスに包まれるアドラを見た観客たちのほとんどの者は、息を飲みながらもこれで勝負がついたと思っていた。だが、その観客たちの中でも勝ち誇った顔をしているドロシーとは違い、アブリルは特に焦るでもなく落ち着いた雰囲気を維持している。
そして舞台ではドゥルセによるブレスが止むと、そこにはうつ伏せで倒れているアドラの姿があり、それを目視した審判がカウントを開始した。
「ふぅ……つい本気を出してしまいましたわ」
審判によるカウントが始まったのを確認したドゥルセが肩の力を抜いて独り言ちると、それを待っていたかのように狙い澄まして、ドゥルセの背後から魔法の矢が雨あられのごとく降り注ぐ。
「なっ――!」
驚愕した表情を見せるドゥルセは、完全に油断して無防備となっていたこともありそれを躱すことができずに、背後からどんどんと攻撃を受けては倒れ伏してしまう。
「なんと!? アドラ選手が倒れてカウントが始まったと思っていたら、後を追うように倒れてしまったドゥルセ選手! いったい何が起きたのか!?」
ヨルスが実況しながら舞台の状況把握に努めていたら、倒れ伏したドゥルセと代わるようにしていつの間にかアドラが立っており、次から次へと魔法名を口にしてはドゥルセに浴びせていく。
「何が起きたかはこれを見れば一目瞭然! 倒れたと思っていたアドラ選手はうつ伏せで顔が見えないのをいいことに、しれっと魔法の準備をしていたようです! それを油断していたドゥルセ選手がまともに受けてしまい、手痛いしっぺ返しを受けたがゆえのダウン! そして、ダウンしてからも抜かりなく攻撃を続けていくアドラ選手! 姉妹でありながらも容赦ないその攻撃! そこに姉妹としての情けはないのかぁぁぁぁ!?」
解説者なんていらないのではないかというくらい、ヨルスが説明もおりまぜて興奮しながら実況する中で、その声を聞いて我に返った審判が慌ててアドラに制止の声を上げる。
「ア、アドラ選手! カウントを取るから攻撃をやめるんだ!」
全くやめる気配のないアドラの攻撃は審判からの指示によってようやく終わりを迎え、それにより審判はドゥルセに近づきカウントを取り始める。
「果たしてドゥルセ選手は立ち上がることができるのか!? 私だったらもう瀕死というか死んでいるほどの攻撃を受けていますが、初見である観客の皆さん、どうかご安心を。この舞台の中では死ぬことがないそうです! 何故かと言われても私にはわかりません! 何故なら私には専門外であり陛下が作った物ですから! そういうものだと理解して、私とともに納得しましょう!」
自信満々にわからないと言ってのけるヨルスに対して、初見である観客たちも専門外なら仕方がないと思い、ブーイングを浴びせることはなかった。何故ならこの帝都に住んでいる者たちの間で、理解不能なことは「陛下だから」の合言葉によって片付くことが、多々あることを知っているからだ。
「――9……10っ! 勝者、アドラ選手!」
そして、審判による勝利者宣言が行われると、会場は第1回戦目から熱い戦いが見れたことで大いに沸き立ち、両選手を称えるかのように拍手喝采が送られていく。
そのような中でアドラはケビンのいる方へ体を向けたら、勝利のVサインとともに満面の笑みを見せ、それを見たケビンは笑顔とサムズアップで返し、アブリルは娘の成長に頷き返していた。
「うぅぅ……私のドゥルセが負けてしまいましたわ……」
「勝負がついていないのに油断するところは、母親の貴女に似たようね」
愛娘の敗北に肩を落とすドロシーであったが、舞台でも同じく立ち上がって肩を落とした涙目のドゥルセを見ると、よく頑張ったと励ましの言葉をかけては母親らしく慰めるのだった。
そしてその後も1年生の戦いは続いていき、個人戦では別クラスにいる残る龍人族の娘たちが奮闘するも、アドラが龍人娘筆頭の意地を見せて勝利し、学年別の個人戦優勝を手にしたのであった。
そんなある日のこと、ケビンは夕食時に子供から毎年恒例のイベントを告げられる。
「父上、今年の武闘会の時期が決まりました」
咀嚼していたものを飲み込み口元を拭いてから言葉を発したのは、アリスの息子であるアレックスだ。それを聞いたケビンは、子供たちの座る席に視線を移しながら感慨深く答える。
「もうそんな時期になったのか……エミリーたちは今年で最後だな。仕事の予定が入らなければ、最後だし応援に駆けつけたいな」
ケビンがサーシャの娘であるエミリーに視線を向けると、エミリーは自信なさげにそれに答えた。
「わたし……武闘会、苦手……」
戦うのがあまり得意ではないエミリーがそう答えて俯くと、それを励ますかのようにして隣に座るニーナの娘であるニーアムが、エミリーの頭を撫で始める。
「大丈夫。わたしと一緒に頑張る」
そのようにしてニーアムが励ましている中で、スカーレットの娘である双子のフェリシアとフェリシティが胸を張って口を開く。
「今年も勝つのはわたしとティだよ!」
「シアとわたしは最強!」
双子が意気込みを口にしながら盛り上がっているところに、参加したくても参加することができない血気盛んなヴァレリアが、隣に座る息子のヴァンスに発破をかけていた。
「ヴァンス! 今年こそはクラウスをけちょんけちょんにしてしまえ!」
「無茶言うなよ、母ちゃん……」
クララの息子であるクラウスを倒すように仕向けるヴァレリアの無茶ぶりにヴァンスが溜息をこぼしていると、余裕の貫禄を見せつけるかのように対面側に座っていたクララが静かに口を開いた。
「ヴァリーよ、そう無茶を言うものではない。いくら鬼の血を引いていようとも、龍の血には敵うわけなかろう」
「そんなわけあるか! ケビンは人族だけどクララに勝っただろ!」
「主殿は規格外ゆえ、常識には当てはまらん」
そう言うクララの言葉を聞いたヴァレリアが天啓を得たとばかりに、バッとヴァンスに視線を向けると、その視線に嫌な予感しかしないヴァンスはビクッと反応して身構えてしまう。
「ヴァンス、規格外になれ!」
「……母ちゃん……」
無理難題を押しつけてくる母親にヴァンスが頭を抱えていると、別の場所では別の母親が口を開く。
「実際のところ、1番強いのってクラウスなの?」
そう口にするティナに言葉を返したのは相方のニーナではなく、バッと立ち上がって胸を張るシーラであった。
「1番強いのはシーヴァよ! 私とケビンの自慢の息子なんだから!」
「さすが母さん! その通りだぜ!」
自信満々に息子自慢を始めてしまうシーラの言葉を聞いたシーヴァは、母親同様に自信満々と相槌を打つ。
そのように武闘会話で盛り上がっていた様子を見ていたケビンが、ふと皆の思いがけないことを口からこぼしてしまう。
「1番ならテオだろ」
その言葉を耳にする家族たちの視線が、黙々とご飯を食べていたテオに対していっせいに突き刺さる。
「……? どうかしましたか?」
他の子供たちとは違い、学園には通わずソフィーリアによる英才教育を受けているテオがキョトンとして首を傾げていると、ケビンによる「1番ならテオ」という言葉でニコニコとしているソフィーリアが、隣に座る息子の疑問に答えてあげるのだった。
「お父さんが1番強いのはテオって言ったのよ」
「それは間違いですよ。1番強いのはお父さんです」
誇らしげにそう語るテオに対して、ソフィーリアが追加で「子供たちの中での強さ」と付け加えると、納得顔になったテオは少し考え込んでから口を開く。
「……そういうことでしたら、恐らく1番は僕でしょうか」
特に自慢する雰囲気でもなく、ありのままの事実を淡々と語るかのように落ち着いて口にしたテオに対して、うちに秘めたる闘志を刺激されてしまったアレックスが、落ち着いた表情を崩さずに待ったをかける。
「兄上。いくらなんでもそれは早計というものではないでしょうか?」
それに続くのは同じく刺激されてしまったクラウスだ。
「兄貴。いつもソフィ母さんの仕事を手伝ってることに関しちゃあ尊敬するけどよ、兄貴が1番強いってゆーのは自惚れが過ぎるんじゃねぇか?」
その光景を楽しそうに見つめるソフィーリアが、からかうようにしてケビンに向けて口を開いた。
「あらあら……あなたがテオを1番にしたから、アレックスたちがやる気になってるわよ」
「そうは言ってもなぁ……」
飄々としているテオとうちに秘めたる闘志を滾らせるアレックスやクラウスが、目には見えない火花をバチバチとしていたら、考え込んでいたケビンが再び口を開く。
「……よし、今年はスペシャルゲストでテオも参加しろ。武闘会で誰が強いか決めればいい」
こうしてケビンが名ばかりの理事長権限で強権を発動すると、学園生ではないテオの武闘会参加が決まってしまうのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さぁ、この日がとうとうやってきました! 毎年恒例のエレフセリア学園武闘会! 実況はこの私、ヨルス・ジョッキウと、解説はAランク冒険者である【午後の女王】ネーボさんです! ネーボさん、今日はよろしくお願いいたします!」
「……朝イチは辛い……眠い……」
テンションアゲアゲなヨルスとは違い、眠さゆえなのか瞼が半分も開いていないネーボは今にも寝てしまいそうで、ゆらゆらと船を漕いでいる。
「なんと、ネーボさん。見てわかる通りで朝にはめっぽう弱く、午後からしか依頼を受けないことから、いつしか【午後の女王】という二つ名を得るに至った有名な冒険者でもあります! 二つ名と言えば、数多いる冒険者たちの憧れでもありますが、私としては【午後の女王】なんて二つ名は遠慮したいところです!」
「……」
ヨルスがズケズケと言う中で、ネーボはそのことに関してどうでもいいのか、はたまたただ眠いだけなのかどうかは知らないが、現在進行形で船を漕ぎ続けている。
「そして、朝が弱いと豪語するネーボさんが、どうして朝からある解説の依頼を受けたのか、私としては疑問でもあります!」
「……報酬がいい」
「なんと!? 反応を返してくれたネーボさんが言うには、お金に目がくらんでこの依頼を受けたそうです!」
あけすけなヨルスのトークで会場が笑いの渦に包み込まれていると、舞台の準備が整ったのか、ヨルスは武闘会の説明を始める。
「この武闘会は各闘技場において学年ごと行われる個人戦・ペア戦があり、それらが終わると学年問わず行われる無差別の個人戦・ペア戦があります。舞台には特殊な結界が張られていますので、観客席に魔法が飛んでくるようなことはありません。次に――」
ネーボが夢現の中でも関係なく続くヨルスの説明が終わると、いよいよもって舞台の左右にある選手入場口から少女がそれぞれ姿を現す。
「この闘技場において第1回戦目を飾るのは、アドラ選手対ドゥルセ選手です。今年入学を果たしたピカピカの1年生である2人ですが、なんと2人は皇帝陛下の御息女たちで、資料によりますと龍人族という希少種族でもあります。その背に生える翼とピコピコと動いている尻尾がとてもキュートです!」
それから、ヨルスの選手紹介を耳にする2人が気負うこともなく舞台に上がると、応援に駆けつけている皇族専用席の母親たちが娘たちへ声援を送る。
「アドラ、いつも通りやりなさい」
ケビンパレスのNo.2であるアブリルが落ち着いてそう告げれば、負けじと同じくケビンパレスのドロシーが熱意を込めて声を上げる。
「ドゥルセ! アブリルの娘に負けないよう頑張るのですわ!」
アブリルとドロシーの声が聞こえたのか、アドラとドゥルセが実況席とは真向かいにあたる反対側の皇族専用席へ視線を向けると、2人の母親が応援している姿を目にする。
そして、その皇族専用席の真ん中にはケビンの姿があり、ニッコリと微笑みを向けられた2人のやる気は急上昇していき、尻尾が忙しなくブンブン動いていた。
「負けない」
「負けませんわ!」
力強く睨み合う2人が互いに開始線についたのを審判が確認し、審判はブレスレット型の魔導具を起動させると自身に結界を張る。
実はこの魔導具、ケビン作の魔導具であり、選手の身近に立つ審判を保護するために学園へ寄付したものだ。
これにより審判の安全は確実なものとなるのだが、いくら結界が張られていようとも自身に魔法の流れ弾が飛んでくるようなことになれば、無防備にそれを受けるという恐怖には逆らえないようで、自ら障壁を張ったり避けたりしているためか未だにその効果が目にされたことはない。
そして、いよいよ審判の開始の合図とともに2人の戦いが始まり、龍族のお家芸ともいえる肉弾戦が開始されたのだった。
「やっ!」
「はっ!」
ちょこちょこと動き回り攻撃を繰り出すその光景は、傍から見れば小さな少女の頑張りが窺えてほんわかしそうな雰囲気ではあるものの、それは打撃音がなければという前提であり、打撃音が聞こえてしまう現状況ではとてもほんわかできる雰囲気ではなかった。
「おぉーっと! 可愛らしげなその姿とは矛盾して聞こえる、歴戦の戦士確たるやと言わんばかりのこの打撃音! いったい誰が想像できたでしょうか!? 私は全く想像できませんでした! そこのところネーボさんはどう思われますか?」
「……すぴー……」
「寝てるぅぅぅぅ!? 皇帝陛下もいるというのに【午後の女王】はふてぶてしくも健在! もうこの人は【午後の女王】ではなく【惰眠の女王】でいいような気がします! 職務放棄です! これでお金が貰えるなんて羨ましいです! Aランク冒険者の【惰眠の女王】ネーボ! 是非皆さんも広めてください!」
このようにヨルスによってネーボの二つ名が、【午後の女王】から【惰眠の女王】に変えられようとしている中でも、アドラとドゥルセの戦いは終わらない。
「早く負けて」
「アドラの方こそさっさと負けてくれてもよろしくてよ!」
アドラが拳を振り抜けばドゥルセもそれに合わせて拳を振り抜き、尻尾で殴打しようとも同じく尻尾で返されてしまい、2人の実力は全くと言っていいほど差がなく拮抗していた。
「ホホホ、さすが私のドゥルセですわ! アブリルなんかに負けませんわよ!」
勝ち誇った顔をして我が娘を褒めるドロシーに、アブリルは溜息をつきつつ呆れた顔をして言葉を返す。
「はぁぁ……ドロシーはバカね。あそこにいるのは私ではなく、娘のアドラよ。ドゥルセは頭が母親に似ずに良かったわね」
「んなっ!? ケビン様との愛の結晶のドゥルセを馬鹿にするんですの!」
「馬鹿にしているのはドゥルセのことではなくて、ドロシーのことよ」
「ケ、ケビン様! アブリルが馬鹿にしますわ!」
落ち着いた雰囲気で返すアブリルに対して、落ち着きなく反応を返してしまうドロシーによって、場外戦とも言える戦いが皇族専用席にて繰り広げられる。それによりお鉢が回ってきたケビンは、娘の応援をするようにとドロシーを宥めるのだった。
そして場外でそのようなことが起きている中で、事態が動かないことに痺れを切らしたドゥルセが、勝負に出ようとしてアドラから距離を取ると、間髪入れずにブレスを吹きつけた。それに対してアドラは、咄嗟に両腕を交差して防御体勢に入ると守りを固める。
「――ッ!」
ブレスに包まれるアドラを見た観客たちのほとんどの者は、息を飲みながらもこれで勝負がついたと思っていた。だが、その観客たちの中でも勝ち誇った顔をしているドロシーとは違い、アブリルは特に焦るでもなく落ち着いた雰囲気を維持している。
そして舞台ではドゥルセによるブレスが止むと、そこにはうつ伏せで倒れているアドラの姿があり、それを目視した審判がカウントを開始した。
「ふぅ……つい本気を出してしまいましたわ」
審判によるカウントが始まったのを確認したドゥルセが肩の力を抜いて独り言ちると、それを待っていたかのように狙い澄まして、ドゥルセの背後から魔法の矢が雨あられのごとく降り注ぐ。
「なっ――!」
驚愕した表情を見せるドゥルセは、完全に油断して無防備となっていたこともありそれを躱すことができずに、背後からどんどんと攻撃を受けては倒れ伏してしまう。
「なんと!? アドラ選手が倒れてカウントが始まったと思っていたら、後を追うように倒れてしまったドゥルセ選手! いったい何が起きたのか!?」
ヨルスが実況しながら舞台の状況把握に努めていたら、倒れ伏したドゥルセと代わるようにしていつの間にかアドラが立っており、次から次へと魔法名を口にしてはドゥルセに浴びせていく。
「何が起きたかはこれを見れば一目瞭然! 倒れたと思っていたアドラ選手はうつ伏せで顔が見えないのをいいことに、しれっと魔法の準備をしていたようです! それを油断していたドゥルセ選手がまともに受けてしまい、手痛いしっぺ返しを受けたがゆえのダウン! そして、ダウンしてからも抜かりなく攻撃を続けていくアドラ選手! 姉妹でありながらも容赦ないその攻撃! そこに姉妹としての情けはないのかぁぁぁぁ!?」
解説者なんていらないのではないかというくらい、ヨルスが説明もおりまぜて興奮しながら実況する中で、その声を聞いて我に返った審判が慌ててアドラに制止の声を上げる。
「ア、アドラ選手! カウントを取るから攻撃をやめるんだ!」
全くやめる気配のないアドラの攻撃は審判からの指示によってようやく終わりを迎え、それにより審判はドゥルセに近づきカウントを取り始める。
「果たしてドゥルセ選手は立ち上がることができるのか!? 私だったらもう瀕死というか死んでいるほどの攻撃を受けていますが、初見である観客の皆さん、どうかご安心を。この舞台の中では死ぬことがないそうです! 何故かと言われても私にはわかりません! 何故なら私には専門外であり陛下が作った物ですから! そういうものだと理解して、私とともに納得しましょう!」
自信満々にわからないと言ってのけるヨルスに対して、初見である観客たちも専門外なら仕方がないと思い、ブーイングを浴びせることはなかった。何故ならこの帝都に住んでいる者たちの間で、理解不能なことは「陛下だから」の合言葉によって片付くことが、多々あることを知っているからだ。
「――9……10っ! 勝者、アドラ選手!」
そして、審判による勝利者宣言が行われると、会場は第1回戦目から熱い戦いが見れたことで大いに沸き立ち、両選手を称えるかのように拍手喝采が送られていく。
そのような中でアドラはケビンのいる方へ体を向けたら、勝利のVサインとともに満面の笑みを見せ、それを見たケビンは笑顔とサムズアップで返し、アブリルは娘の成長に頷き返していた。
「うぅぅ……私のドゥルセが負けてしまいましたわ……」
「勝負がついていないのに油断するところは、母親の貴女に似たようね」
愛娘の敗北に肩を落とすドロシーであったが、舞台でも同じく立ち上がって肩を落とした涙目のドゥルセを見ると、よく頑張ったと励ましの言葉をかけては母親らしく慰めるのだった。
そしてその後も1年生の戦いは続いていき、個人戦では別クラスにいる残る龍人族の娘たちが奮闘するも、アドラが龍人娘筆頭の意地を見せて勝利し、学年別の個人戦優勝を手にしたのであった。
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お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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