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第17章 魔王軍との戦い

第546話 夢の中へ出張訪問

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 生徒たちが頑張り始めた翌月である5月のある日のこと、スヤスヤと眠っていた少女の夢の中に女神がその姿を現した。

「――イン……クイン……」

「……んぅ……」

「起きなさい、クイン」

「……お姉様……?」

 その少女は姉に起こされたと思い、現状が夢だとはわからずに言われるがまま目を覚まし起き上がると、そこは緑溢れる世界が広がりを見せていて、現実感のない光景に飲み込まれながら言葉を失う。

「クイン」

 そして再度呼びかけられたことでクインと呼ばれる少女は、その声の主に視線を流した。そこにはこの世のものとは思えないほどの存在感を放っている女性が立っており、クインは言葉を発せずにいる。

「……誰……ですか?」

 ようやく紡ぎだせた言葉は誰何するものであり、その言葉に対して目の前の女性が答えた内容はクインにとって信じられないものであった。

「私は女神です。今は貴女の夢の中にお邪魔しているところですよ」

「……夢……?」

「そう、夢……ここが何処だかわからないでしょう?」

 女神のその言葉にクインは改めて周りの景色を見回してみるが、緑溢れる景色の中に1軒だけログハウスが建っていることしかわからず、あとは見たこともない小動物が戯れている光景が視界に飛び込んできて、記憶の中にある光景のどの場所とも一致しなかった。

「ここは私の住む領域を貴女の夢の中に反映させた世界です」

「……女神様の世界……?」

「本当は起きている時に神託を下したかったのですが、貴女の負担が大きくなるので夢の中で伝えることにしたのです」

「――ッ!」

 その言葉を聞いたクインは一気に頭が覚醒してしまう。なぜならクインは【神託】というスキルを持った聖女として認定されているからだ。

「これから話すことは起きても忘れないように、貴女の記憶の中に定着させておきます。だからと言って、今から話す内容を聞かなくてもいいというわけではありません」

「は、はい!」

 クインはすぐさま居住まいを正し祈りを捧げる姿勢をとっては、女神から下される神託を待つ。

「魔王が現れました。しかも1人ではなく多数です。それゆえに魔族たちは未だかつてないほどの活発さを見せています。これから先は暗黒の時代となるでしょう」

「ゆ、勇者様たちを呼び戻さなければ――」

「それは無理です。貴女は教えられていないようですから、私が代わりに教えましょう。勇者たちは今現在、帝国に住んでいます。セレスティア皇国に戻ることはありません」

「ど……どうして……」

「教皇、枢機卿の悪事が勇者側に暴露されたのが原因です。もはや勇者たちは教団に対する信用を持ち得ていません」

「……うそ……聖下や猊下たちが……そんなわけ……」

「たとえ人を誤魔化すことができても、神である私を誤魔化すことはできません。今まで見逃していたのは取るに足らない存在だからです。それで滅びようと繁栄しようと、神である私からすればどうでも良いことなのです」

「で、では……神罰は……」

「当然ありませんよ」

 神罰がないという女神の言葉にホッと胸を撫で下ろすクインであったが、続く女神の言葉に安堵感が焦燥感へと変わってしまう。

「そのかわり魔王軍が攻めてきても、私が手を貸すことはありません」

「な、なぜですか?!」

「本来ならこの後に私の力を使って勇者召喚をするのですが、教皇たちは既に数多の勇者たちをこの世界に呼び寄せました。それは私の力を使ったわけではないので、生贄という代償を使っての行為でしたが」

「――ッ!」

 クインは『生贄』という女神からの言葉に対し、言葉すら出せずに沈黙してしまう。それはひとえにフィリア教という女神の教えを説く存在である聖職者たるものが、異端の行う悪しき方法とされる生贄を使っていたという事実が信じられずにいたからだ。

 更には女神からの言葉で真実であるということが、嘘であって欲しいというクインの微かな望みを塗りつぶしていく。だが、生贄と言えども小動物などを女神に捧げるという意味で使う神聖的なものもあるので、まだ諦めるには早いとクインは思っていたのだが、クインの儚き可能性としてそうあって欲しいという願いは、続く女神からの言葉で打ち消されてしまうのだった。

「ちなみに小動物などの野生動物ではありませんよ。勇者を召喚するのですから、人族、亜人族、魔族などの奴隷が生贄とされています」

「そんな……」

「ちなみに貴女はその事実を公表してはいけません」

「なぜですか?!」

 クインは夢から覚めたらすぐにでも行動に起こそうと思っていたのに、女神からそれを止められてしまい困惑が後を絶たないが、女神からの言葉はクインの身を案じるものであった。

「貴女はまだ若い。大きな闇を払拭するには力がなさすぎます。この場合の力とは、主に権力のことです。貴女が教皇たちの不正を口にしたところで、誰も耳を傾けないでしょう。それどころか気狂いしたとして幽閉される可能性もあります。最悪始末されてしまうでしょう」

「真摯に人々へ訴えかければ――」

「過去には教皇たちの不正を知り同じことをした聖職者がいましたが、その聖職者の中の聖職者とも言える人は、既にこの世にはいません。あまりにも不憫だったので、来世では幸せに暮らせるように私が輪廻の輪に還し転生させました」

「その方に幸ある未来があらんことを……」

 女神が来世を確約していることを聞いたクインではあったが、同じ聖職者として勇気あるその行動に敬意を表して、安らかなる来世を祈らずにはいられない。だが、それと同時に女神の言った事実が重くのしかかる。

 今まで教皇たちを信じ、聖女として生きてきた自分では、到底力になってくれる存在は家族くらいしかいない。その家族ですらも教団という大きな存在の前では、大した反抗もできないであろうことは幼いながらも感じてはいる。

「貴女のすべきことは魔王が現れたということを、教皇たちに知らせることです。それ以外のことは座して待ちなさい。間違っても教皇たちの不正を暴こうとはしないこと。貴女がこの世を去れば、私の言葉を伝える者がいなくなるということを重々心に刻んでおくのです」

「……女神様の仰せのままに」

「ふふっ、いい子ですね。いい子は好きですから、貴女が不幸な目に遭わないようおまじないをしておきます」

「おまじない……ですか?」

 クインが疑問に思っている中で、女神はサクサクと力を行使してはクインの体が淡く光に包まれてしまう。

「これでおまじないは終わりです。貴女が今のまま成長を遂げるのならば、そのおまじないは消えることはないでしょう。しかし、悪の道に踏み出した時点でその効果は失われ、貴女に不幸が押し寄せてくる諸刃のおまじないとなります」

 女神からおまじないの説明を受けたクインは女神からの加護を得たのだと思い至ると、今まで以上に女神への信仰を途絶えさせぬよう心に強く刻みつける。

「これで用件は終わりです。あとは目覚めたら先程伝えたことを遵守し、日々の生活を送りなさい」

「女神フィリア様のお言葉のままに」

「……そうですね、ついでに口外禁止で伝えておきます。私の名はフィリアではありません」

「…………へ?」

 唐突に告げられた女神からの言葉によって、クインは長い沈黙の後に間の抜けた声をこぼしてしまった。今までずっと『女神フィリア様』という名のもとに信仰を捧げてきたのに、本人から言われたのは『私の名ではない』というゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうな、いや、むしろ起こしてしまう突拍子もない新事実であったからだ。

「あ、あの……フィリア様ではないとは……いったい……?」

「どこでどう間違えたら私の名前が『フィリア』になるんでしょうね? 思い当たるのは遥か昔の時代に、後世に残す手段が口伝でしかなかったということでしょう。まぁ、下界の者たちが私をどう呼ぼうとどうでもいいことですけど」

「ど、どうでもいい……」

 奇しくも女神の言った『どうでもいい』宣言は、クインの心を深く抉ってしまった。確かに女神の名前を間違えた上で信仰を捧げられても、本人からしてみればどうでもいいという判断になってしまうのは致し方ないことだろうと思いつつも、今までの信仰はいったい何だったのかと思い返さずにはいられない。

「私の今までの信仰はいったい……」

「あ、名前を間違えていても祈りはちゃんと届いています。この世界を管理している神は私1人だけですので、神への信仰は必然的に私に届くようになっているのです」

 呆然とするクインに対して女神からフォローを入れられたとしても、クインのゲシュタルト崩壊は起こってしまっていた。今まで信じてきた教皇たちは悪に染まっており、信仰を捧げてきた女神の名前も実は間違っていて、今回の女神との初邂逅はクインにとって畏れ多くも嬉しいはずなのに、奇しくも踏んだり蹴ったりの出来事となってしまう。

「では、いま1度眠りにつきなさい」

「そ、尊名を――」

 混乱真っ只中のクインを他所に、もう用事は終わったとばかりに女神から眠らされてしまうクインは、最後の抵抗と言わんばかりの気迫で女神の名を知ろうと問いかけの言葉を口にすると、意識を失ったと言うよりも元々眠っていたので意識はないが、眠りにつかされたクインに向けて女神は自身の名を口にする。

「……私の名はソフィーリアよ」

「ソフィー……リア…………さ……」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 とある朝、神聖セレスティア皇国の皇城の1室にて少女が目を覚ます。

「…………ゆめ……?」

 その少女はクインその者であり、ソフィーリアとのやり取りをぼんやりとした目覚めたばかりの働かない頭で反芻していた。

「ソフィーリア様……フィリア様じゃなかった……」

 そしてクインが次第に覚醒していくと、夢の中でのやり取りが鮮明に思い出されていき、ただ事ではないとベッドから跳ね起きては身支度を整えていく。

「は、早く知らせないと!」

 それからクインは未だかつてない程の早さで身支度を整え終わったら、教皇や枢機卿たちに神託が下りたことを知らせるために、足早に向かっては面会の取り次ぎを行う。

 そして、神託という前代未聞の事態に対して、経験したことのない枢機卿たちは慌ただしく報告を受けるために集まり、経験したかどうかさえわからない年齢不詳の教皇も、老骨ならではといった感じでのろのろと報告の場へ姿を現した。

「では、教皇聖下もお越しになられたので、神託の内容を報告せよ」

 枢機卿内序列最下位のアルフィー枢機卿がそのように進行していくと、クインはソフィーリアから言われた魔王の情報のみを伝えるために口を開く。

「私の夢の中に女神様がご降臨されて、魔王の情報をいただくに至りました。まだ私が未熟ゆえにそのような形になったとのことです」

「夢の中にだと……?」

 クインの語る『夢の中』という情報により、枢機卿たちは『ただ夢を見ただけでは?』と怪訝な顔つきになるが、クインは端からソフィーリアからの情報を伝えることだけしか考えていないので、既に信用すらしていない教皇や枢機卿たちの反応など、もはやどうでもいいこととなっている。

「……続けよ……」

 枢機卿たちが怪訝な顔つきとなっている中で、あまり喋らない教皇が口を開いて先を促すと、クインは続きの言葉を口にし始める。

「女神様からの御言葉をお伝えします。魔王は1人ではなく多数いるとのことです。それにより、これからは暗黒の時代になるとも仰られておりました」

「「「「――ッ!」」」」
「……」

 魔王が1人ではなく多数存在するという前代未聞の事態に、枢機卿たちは驚愕し教皇が沈黙を保っている中で、クインは更なる言葉をこの場の者たちに伝える。

「女神様による勇者召喚は行われません。既に数多の勇者たちを召喚済みであるため、その御力を行使されないとのことです」

 クインのその言葉を聞いた枢機卿たちは愕然としてしまう。魔王が乱立するというのに、女神による勇者召喚が行われないというのだ。

 だが、自分たちが欲のために召喚した勇者たちに押しつけようにも、皇国内はおろか神殿内にすらいない。それどころか、継続して暗示させる目的と監視の意味合いで同伴させた神殿騎士テンプルナイツの団長たちとともに、一切の連絡が途絶えているのが現状であった。

 しかし、枢機卿たちはそのまま傍観するわけでもなく、調査のために派出した暗部からの報告によれば、勇者たちは帝国で暮らしているとの報告を受けている。早い話が頼みの綱である勇者たちは、送り込んだ帝国に取り込まれてしまったということであったのだ。だが、それと同時に報告された団長たちの行方については一切掴めていなかった。

 その後、報告を終えた聖女を下がらせた室内では、今後のことについてを可及的速やかに決めるために継続して話し合いの場が進んでいく。

「召喚した勇者たちは使えないでしょうな。人質として確保していた元奴隷たちも、親子もろとも忽然と姿を消していますので」

「監視の目が甘かったんだ!」

 序列3位のウォルター枢機卿の報告に対して怒鳴る序列2位のドウェイン枢機卿だったが、それに対して警備は万全だっとウォルター枢機卿が反論する。

「窓のない1室に全員を閉じ込めておき、唯一の出入口であるドアには騎士を2名ほど配置していましたのですが」

「その状態でどうしていなくなる?!」

「予想しうる可能性としては、帝国の魔王による転移魔法が1番高いでしょうな。お言葉ですが、ドウェイン枢機卿殿が暗部を使って刺激しすぎたことが原因では?」

「何だと!」

「うるさい! 貴様ら金食い虫はいがみ合うことしかできんのか! いがみ合う前に金を持ってこい! それができぬのなら実のある話をしろ! 時は金なりという言葉を知らんのかっ!!」

 ウォルター枢機卿とドウェイン枢機卿の口論に口を挟んだのは、序列1位のウォード枢機卿である。そしてウォード枢機卿にそう言われてしまえば黙るしかないのが、2人にとっての現状で取りうる唯一の最善策であった。

 その後、ウォード枢機卿の一喝によってこの場が沈黙してしまったのだが、アルフィー枢機卿は話を進めるために今後の方針をどうするのかお伺いを立てていく。

「……では、これから如何しましょうか?」

「晩餐の羊肉はどのくらいある?」 

 アルフィー枢機卿の言葉にそう問い返すのはウォルター枢機卿だが、返ってきた言葉は芳しくないものであり、前回ほどの羊肉はないとのことだった。

「しかしながら、前回ほどとは言わずともある程度の召喚ができるのではないか?」

「前回は質のいい者を召喚しようと数を揃えたら、質はともかくそのぶん数が揃ったな」

「召喚された勇者が良質な者なのか、それとも数が増えるのかがわからぬのが痛いところです」

「こればかりは女神を介して行うものではないため、如何ともし難いな……」

 ウォルター枢機卿の言葉に対してドウェイン枢機卿やアルフィー枢機卿がそうこぼすと、ドウェイン枢機卿もまたランダム性の高い勇者召喚に頭を悩ませていた。

「……再度召喚せよ……」

 そしてウォード枢機卿以外の枢機卿たちが頭を悩ませている時、唐突に教皇から発せられた言葉により、現状のままで再度勇者召喚を行うことが鶴の一声によって決まってしまう。

 これにより儀式を預かるウォルター枢機卿は、財政担当のウォード枢機卿から口やかましく金の事を言われずに安堵し、ウォード枢機卿は教皇からの言葉なので、その決定を素直に受け止めるのであった。
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