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第16章 魔王対勇者
第539話 調子に乗ってボロを出す
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休憩を終えたケビンが無敵たちの所へ向かうと、魔王が近づいてきたことで無敵たちは身構えてしまう。何故なら乱入されるまで戦っていた頃とは違い、現在進行形で幻夢桜が処罰されているので、身に感じる危機感が警鐘を鳴らし、今までにない沸き起こる緊張感が後を絶たない。
「再開するとしようぞ、勇者たちよ」
相変わらずな魔王役のケビンに勇気を持って声を上げたのは、無敵ではなく百鬼であった。
「さっきの魔剣はナシだし! トイレに行けなくなったら困るし!」
「ん……トイレ? 催すのか? ここだと野ションしかできぬな……仕方がない、トイレを作ってやろう」
百鬼の言葉を完全に勘違いしたケビンは、即席でその場にトイレを作り出してしまうのだが、それを見た百鬼は『そういうことじゃないし!』と反論するも、ケビンがトイレを回収しようとしたら『せっかくだから使うし!』と言って、意気揚々とトイレの中へ消えていく。
「よくわからぬな」
ケビンがそう呟いてから数分後、トイレ休憩を終えた百鬼が興奮冷めやらぬ感じでトイレの使用感を口にしだした。
「ウォシュレットだし! 〇姫付いてるし! ちょー気持ちいいんだって!」
「夜行……女の子なんだから少しは恥じらいを持ちなさいよ」
恥じらいなくトイレの使用感を口にしてしまう百鬼によって、千手が頭を抱えながらそれを窘めるも、百鬼の興奮は収まらない。
「奏音と千代も使いなって! 戦闘中にお漏らしとかありえないっしょ!」
「使うぅぅぅぅ!」
百鬼という第1使用者が出たためか、もしくは実のところトイレを我慢していたのかはわからないが、千喜良は百鬼同様に意気揚々とトイレの中へ消えていく。
そして、数分後……
「ヤバいぃぃぃぃ! 奏音ちゃんも使いなよ! 絶対ハマるって! ポットンじゃないんだよ、ポットンじゃ!」
「千代、貴女まで……女の子なんだから『ポットン』なんて連呼しないの」
「別に使いたくないなら使わなければいいだけだし? うちと千代だけがお得感なだけっしょ!」
「お得ぅぅぅぅ!」
恥じらいなくトイレ使用後の感想を女子2人から聞かされてしまった千手は、考えないようにしていたのにトイレのことを考え出してしまうと、今までなかった尿意が急に襲いかかってくるのだった。そして、内股になりつつケビンにチラチラと視線を向けていたら、ケビンはなんてことのないように口にする。
「使うがよい。回収するのは待ってやろう」
ケビンからのゴーサインが出たため、千手は百鬼や千喜良のように意気揚々とはいかず、お淑やかに歩きながらトイレの中へ消えていく。
そして待つこと数分後、スッキリした顔つきで千手がトイレから出てきたら百鬼たちの所へ向かい、恥じらいを持ちつつコソコソとトイレの使用感を語っていた。
「無敵よ、そなたたちはよいのか?」
「さすがに女子が使ったあとのトイレは使えねぇだろ。何を言われるかわかったもんじゃない」
「ふむ……では、男子用を作ってやろう」
そう言うケビンがサクッと男子用トイレを作り出してしまうと、無敵や十前もトイレ休憩に入ることとなると、その間のケビンは女子用トイレを回収して、トイレ製作で消耗した魔力を補うためにマナポーションを飲み始めて時間を潰すのだった。
それから百鬼によって急遽始まったトイレ休憩も終わり双方の準備が整うと、ケビンは魔剣ではなく宝樹ミスティルテインのようなものを手にする。
「百鬼が魔剣を使うなと言うのでな、この宝樹ミスティルテインでお相手をしよう」
『未だにその“名もなき棒”を宝樹ミスティルテインという図々しさ!』
《そこにシビれもしないし、憧れないわよ》
『うっ……システムちゃんに先を越されました……』
サナが決めゼリフをシステムに取られたことで落ち込んでいる中、ケビンと無敵たちの第2ラウンドが始まった。
「《ダークネスアロー》」
「ほう……闇属性とは中々に大魔王をしているではないか。どうだ? 我の部下にならぬか? さすれば世界の半分とは言わずとも、トイレの1個くらいはくれてやらんこともないぞ?」
「ちょー欲しい!」
「欲しいぃぃぃぃ!」
「ちょっと! 夜行、千代。トイレくらいで魔王の仲間になったりしないでよ?!」
無敵に対するケビンの質問に対して、その無敵ではなく百鬼と千喜良が反応すると、千手はその2人の発言に対して下手したらありえそうな未来が簡単に想像できてしまい、頭を抱えながらもケビンに魔法を撃ち放っていく。
そして、無敵の牽制から始まったこのバトルは剣戟の鳴り止まない(注:魔王は木の棒)クロスレンジでのやり取りとなり、無敵や十前が果敢に攻めていき、隙を見ては千喜良がお得意の『背後からグサ攻撃』を織り交ぜ、百鬼は式神頼りの他力本願でケビンを攻め立てていた。
「煌めけ、宝樹ミスティルテイン!」
ケビンが《魔剣解放》の時のようにそう声高に叫ぶと、宝樹ミスティルテインのようなものから眩しい光が発せられ、無敵たちはその光によって目くらましを受けてしまう。
「くっ!」
『目がぁ、目がぁぁぁぁっ!』
《サナちゃん……》
だがそれはただの光属性の《フラッシュ》であり、宝樹ミスティルテインのようなものは全くもって関係ないのだが、それを知るのはごく一部の者たちだけである。
『まさかまさかのなんちゃって《宝樹解放》! 何としてでも宝樹ミスティルテインに見せかけようとするその心意気!』
《シビれない、憧れない》
『システムちゃん……』
そしてケビンは無敵たちとの間合いを開くと、声高々にノリノリで詠唱を紡いでいく。
「万物を隠す闇黒よ 底知れぬ深淵よ――」
「気をつけろ! 大魔法がくるぞ!」
未だ視界の戻らない無敵が警戒心を強めて仲間たちにそう声を挙げていくが、ケビンの詠唱はまだまだ続いていた。
「其は闇 其は深淵――」
「千手っ、百鬼っ! 回復魔法だ!」
「ちょっち、待って!」
「今やるから!」
「ああ、罪深き咎人よ――」
そして無敵の視界が回復魔法によって元に戻ると、視界に飛び込んできたのは目の前に立つケビンの姿であり、無敵が腹部に痛みを感じた時には既に蹴り飛ばされていたのだった。
「ぐふっ……魔法じゃ……」
「一体いつから――――」
蹴り飛ばされた無敵に心配の声を上げる十前だが、無敵は無敵で大魔法が放たれると思っていたので、現在の状況に困惑したままケビンを見つめていた。
「――――詠唱の次は魔法が発動すると錯覚していた?」
『キタコレー!』
「「「「「キター!」」」」」
サナとともに興奮しているのは何を隠そう、相対する者を倒してこの場に戻ってきた【オクタ】のメンバーである。
「さすまお!」
「まさかリアルで言ってのける人がいようとは?!」
「これは名シーンですぞ!」
「拙者もいつか言ってみたいでござる!」
「私もいつか言ってみせる!」
「はぁぁ……晶子ったら……」
「魔王様はさすがだね」
「もはやオタクとしか言いようがないね」
そのようなバカ騒ぎが行われている中で、無敵が立ち上がりケビンを見据えると、十前に対し声をかける。
「虎雄、ここから挽回するぞ」
「ああ」
『まさかっ!?』
「「「「「まさかっ!?」」」」」
『「「「「「〇解っ?!」」」」」』
「いや、それはないよ……」
「無理だよね……」
「さすがにね……」
興奮絶頂のギャラリーが見守る中で、無敵たちは再びケビンに挑みかかっていく。そのような中でもケビンは、盛り上がるギャラリーに気分を良くしたのか更に調子に乗り始めた。
「煌めけ、宝樹ミスティルテイン!」
「宝樹ミスティルテインですとっ!?」
「伝説の武具でごわす!」
「やはり魔王様は教団と違ってわかっていますぞ!」
「素晴らしいでござる!」
「それ、欲しい!」
オタクたちが騒ぐ中でその言葉を聞いた無敵たちは同じ手を2度も食うものかと腕や手で目を隠すが、今度は何も起こらずに視界を自ら隠した十前が蹴り飛ばされてしまうのである。
「ぐっ……」
「一体いつから――――」
「まさかの2度目!?」
「来るでごわす!」
「ワクワクしますぞ!」
「次はどのような錯覚でござるか?」
「悔しいぃぃぃぃ! 私も言いたい!」
「――――ただの棒切れを宝樹ミスティルテインだと錯覚していた?」
「何ですとぉぉぉぉ!?」
「伝説の武具ではないのでごわす!?」
「むしろ十前殿たちだけに留まらず、拙僧たちにも言っていますぞ!」
「見事に騙されたでござる!」
「それを欲しいっと言った過去の自分が恨めしい!」
まんまと騙されていたオタクたちもそうだが、無敵たちもまた騙されていたので何とも言えない感情が心を支配していく。
「虎雄、あいつの言葉にもう耳を傾けるな。あいつの行動は全て嘘だと仮定した上でやるぞ」
「ここまで見事に騙されるといっそ清々しいがな」
それから再開されるバトルは無敵と十前がケビンに絶え間なく剣戟をあびせていき、突拍子もない行動はさせないと言わんばかりであった。
そのような2人の猛攻に対して千喜良は攻撃の合間に参加することができずに、あまり自信のない魔法で支援することになる。そして百鬼は式神で支援をし、千手は魔法にて支援を行っていく。
すると、遊び感覚でやっているケビンが勇者の持つ特攻効果で押され始めると、無敵と十前の合わせ技で鋭い蹴りを2人からもらってしまい後方に吹き飛ばされてしまう。
「これでさっきの借りは返したぞ」
「やり返せたな」
「くっ……やはり勇者か……この我がこうも押されてしまうとは……」
「そろそろ降参しろ。勇者と魔王じゃ相性が最悪だろ?」
「クックック……フハハハハ……ハァーハッハッハッハ!! 相性が最悪なのは百も承知! 我は創造魔王! 七大罪の憤怒の魔王! たとえ相手が召喚された勇者たちであろうとも、決して退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! イベントの取りこぼしはありえないのだぁぁぁぁ!!」
その瞬間ケビンの体から漆黒の魔力が溢れ出し、それは奔流となりてケビンを包み込む。
『なんとっ!? 皇帝ケビン! 今こそ魔帝十字陵を作る時っ!!』
「まさかの死亡フラグ重ねがけですとっ!?」
「3日持たないのでごわすか?!」
「やはり本能寺フラグが折れてませんでしたぞ!」
「このままでは、秀吉役の無敵殿に負けるでござる!」
「さあ来るがいい、無敵よ! 我の最高の奥義でもって相手をしようぞ」
そして駆け出す無敵と十前は、再び魔王に剣閃を浴びせていく。そしてそれをサポートするのは女子3人組である。苛烈極まりない無敵たちの攻撃にケビンも応じていくが、やはり押されてしまうのは致し方のないことで、機を見た無敵が百鬼に指示を出す。
「一気に畳み掛けるぞ! 百鬼、アレを使えっ!!」
「え……ヤだし……テディが違う方向に走っていくし……」
「つべこべ言ってる場合か?!」
「フハハハハ! そちらも奥義があるというのか! ならば見せてみよ、我の最終奥義で迎え撃ってくれようぞ!」
何がなんでも拒否しようとする百鬼に対して、他の4人から槍玉という名の説得をされてしまい、渋々、もの凄く消極的に了承すると百鬼の奥義がやけくその叫び声とともに発動する。
「もう、どうにでもなれ! 【百鬼夜行】!!」
すると、百鬼の背後に異界の門が開き、おどろおどろしい煙とともに魑魅魍魎が次々と姿を現していく。
「みんな行けっ! うちの恥とともに魔王を飲み込んじゃえ!」
だがしかし、それを見てしまったケビンは、百鬼の不本意極まりなく意図していない思わぬところでのボケを見せつけられてしまい、盛大に腹を抱えて笑ってしまう。
「ぶっ……ハハハハハ! 百鬼夜行! 百鬼夜行って! 鬼っ娘が百鬼夜行!! ブハハハハ!!」
「笑うなぁぁぁぁっ!」
たとえ大爆笑をしようともケビンは己に纏っている魔力を操作して、魑魅魍魎を飲み込ませ滅ぼしていくが、未だ大爆笑が止まる様子はない。
「百鬼夜行が陰陽師で奥義が百鬼夜行?! お前どんだけ好きなんだよ! それ、ソフィに絶対からかわれてるぞ! ひー腹痛え……百鬼の奥義に笑い死にさせられてしまうぅぅぅぅ!」
もう既に立ってはおらず笑い転げているケビンに対して、プンスカ怒っている百鬼以外の無敵たちは唖然としている。それもひとえに、ケビンが笑い転げながらしっかりと魑魅魍魎を排除しているという、わけのわからない器用さを見せつけられているせいでもある。
「無理ぃぃぃぃ! 腹がねじきれるぅぅぅぅ! 自己紹介を想像すると笑いが止まらねぇ! 『氏名は百鬼夜行です。職業は陰陽師で、奥義は百鬼夜行です』って言うの? 言っちゃうの?!」
「ムカつくぅぅぅぅ! マジ卍だし! 無敵っ、さっさとやっちゃってよ! うちのテディがおかしくなる!」
そう言う百鬼から催促を受けた無敵は、目の前の笑い転げている魔王に困惑しながらも、ケビンの発した言葉の端々で違和感を感じてしまい、今ならいけるだろうとそれを口にするのだった。
「おい、ケビン。あまり百鬼をからかうな」
「いや、だっ……て……」
不意に無敵から名前を呼ばれたことにより、ケビンが素直に返答してしまうと、それに気づいたケビンがあからさまに狼狽し始める。
「どうした、ケビン?」
「にゃ、にゃにを言ってるのかな? わ、我は魔王ダークネスシュナイダー・アビスゲートである。そのような名の者ではない」
「にゃ仲間がいるにゃ!」
猫屋敷が相変わらず『にゃ』に反応を示していると、もう既に魑魅魍魎はいなくなっておりケビンは取り繕いながらその場で立ち上がる。
「ふむ、少々笑いすぎたようだ。我を笑わせるなど中々にやるではないか。褒めて遣わすぞ、百鬼とやら」
かなり強引な雰囲気作りでケビンが語っていると、疑惑の視線がケビンに向けてあちこちから突き刺さっていく。
「さ、さて、戦いを再開するとしよう」
「……かなり無理があるぞ」
「無理だな」
「あいつケビンだったのか?!」
「無理ぃぃぃぃ!」
「ボロが出たわね」
「小生もビックリな件……」
「捜し人が見つかったでごわす」
「意外なところにいたですぞ」
「イグドラのお礼をするでござる」
「魔王がハーレム冒険者……??」
「確かに女性ばかり連れてる」
「確かお嫁さんだよね?」
「確定的?」
そのようなところにトドメとなる追い討ちをかける者が現れた。それは何を隠そう勅使河原たちを倒し終えて、先程から戦闘を眺めていたケビン大好きな生徒会長である。
「旦那様っ!!」
勢いよく魔王姿のケビンに抱きつく生徒会長は、ケビンが反論する余地も与えずに顔を隠していた仮面を取ってしまうのだった。
「も、百っ!?」
「やっぱり旦那様なのか!! 私のミートソーススパゲティセンサーに狂いはなかったのだな。変装するなんて私と会うのが恥ずかしかったのか?」
「そんなわけねぇだろ! どうすんだよ、シナリオがむちゃくちゃになったじゃないか!」
「それよりも旦那様、敵を倒してきたからミートソーススパゲティを出してくれ。もちろん抹茶付きだ」
「前祝いとかで前払いしただろ!」
「ああ、それと私の背中を見てくれないか? 幻夢桜少年に背中から斬りつけられて、傷跡が残ってるかもしれないんだ」
「……なに?」
「旦那様の説明通りに回復技を使ったけど、背中を見ることができなくてな。旦那様は傷跡のある私でも娶ってくれるか?」
「……少し待て」
ケビンは生徒会長が告げた内容を聞くと雰囲気が変わり、そのまま2号に声をかける。
「そいつを八つ裂きにしろ。もちろん殺すなよ?」
「わかってる」
戦いに敗れてからずっと拷問を受けている幻夢桜に対して、2号は更に苛烈な攻撃を繰り出すが結界によって消音にされているので、幻夢桜の悲鳴は外に漏れることはなかった。
「旦那様……」
「何だ?」
「今……旦那様が私のために怒ってくれているってわかったら、胸がキュンってしたんだ。やっぱり私は旦那様のことが好きみたいだ」
「そうか」
「だから旦那様……」
「そうそう、背中の傷だったな」
「違う……ミートソーススパゲティと抹茶を用意してくれ」
「……」
もはや生徒会長節に終わりはないようで、背中の傷跡よりも己が欲求であるミートソーススパゲティを優先するその信念に、ケビンは沈黙せざるを得ない。
「旦那様?」
「……テーブルに出しておいた。食べてこい」
「本当かっ!? 旦那様、愛してる!」
言うが早いか行うが早いかという俊敏な動きでケビンから離れた生徒会長は、瞬く間にテーブルにつくと用意されていたミートソーススパゲティを堪能し始めるのだった。
そして残されたケビンは台風のような生徒会長がいなくなったことで、この場の空気をどうしたものかと考えると、生徒会長が立ち去る際に手渡した仮面を再びつけて口を開く。
「さあ、戦いを再開するとしようか。勇者たちよ」
「いや、無理だろ」
「無理だな」
「馬鹿じゃね?」
「馬鹿だぁぁぁぁ!」
「同情するわ……」
「我にその物言いは不遜である。百鬼夜行にチェケラッチョ!」
「百鬼夜行言うなし! うちは百鬼夜行だし!」
「チェケラッチョじゃないもん! 千喜良千代だもん!」
「鬼っ娘、チェケラ……この場に鬼神を召喚されたいのか? 何やら『グサ神』というあだ名を付けたみたいだな?」
「ごめんなさい!」
「許してください!」
ケビンによる指摘によって百鬼と千喜良は、ものの見事な手のひら返しでケビンに対して平伏するが、ケビンはケビンでしれっと九鬼に連絡を取るのだった。
「ちょっと待て……ふむ……そうか……」
百鬼と千喜良をそっちのけで、ケビンが1人納得している仕草を見せると、やり取りが終わったのか再び2人に対して口を開いた。
「九鬼からの伝言だ。『そいつらなんかどうでもいい』だ、そうだ」
「伝言越しのグサ……」
「魔王越しのグサ……」
それから開き直ったケビンが無敵に対して再開を提案すると、無敵は今まで得てきた情報からケビンが皇帝ケビンであることに思い至り、今までの戦いも本気と言いながら本気を出していないことがわかると、ケビンとの戦いをやめることにしたのだった。
「え、戦わないのか? テンプレの魔王対勇者なんだぞ?」
「手加減されているのがわかってんだ。本気なら有無を言わさず俺たちを殺せただろ? 皇帝ケビンの伝説は、以前にギルドの受付嬢から嫌というほど聞かされたしな」
「マジか……勇者を倒してフィナーレに持っていきたかったのに……とんだ誤算だ」
そのようなことを考えていたケビンだったが、ふと思い出したのか無敵に気になることを尋ねていく。それは、ベッファが魔導具を利用して無敵たち勇者に植えつけた内容であり、魔王であるケビンと普通に会話を成し得ている無敵たちの態度が、どうにも腑に落ちなかったのだ。
それに答えた無敵の回答は、タイラーから事前に魔導具の効果について聞かされていたというもので、タイラー以外の団長が近くにいる際には百鬼の陰陽術で外の音を遮断するという結界を張って、難を逃れたというものである。
「あのやる気のない団長がわざわざ教えてくれたんだ。嘘か真実かわからなくても、試してみる価値はあるだろ」
「タイラーのことは信用していいぞ。あいつは部下思いで、お前たちが死にに行く戦いなんて参加させたくないって言ってたしな」
「やけに親しげだな。内通者にしているのか?」
「いや、単なる飲み仲間だ」
「敵国同士で責任ある立場のやつらが飲み仲間とはな」
「まぁ、タイラーは飲み仲間を否定するだろうけどな。俺とは極力会いたくないみたいだし」
結局のところケビンと無敵たちの戦いは、うっかりケビンの身バレによって流れてしまい、ケビンはイベントの終結をするために次なる行動に取り掛かるのであった。
「再開するとしようぞ、勇者たちよ」
相変わらずな魔王役のケビンに勇気を持って声を上げたのは、無敵ではなく百鬼であった。
「さっきの魔剣はナシだし! トイレに行けなくなったら困るし!」
「ん……トイレ? 催すのか? ここだと野ションしかできぬな……仕方がない、トイレを作ってやろう」
百鬼の言葉を完全に勘違いしたケビンは、即席でその場にトイレを作り出してしまうのだが、それを見た百鬼は『そういうことじゃないし!』と反論するも、ケビンがトイレを回収しようとしたら『せっかくだから使うし!』と言って、意気揚々とトイレの中へ消えていく。
「よくわからぬな」
ケビンがそう呟いてから数分後、トイレ休憩を終えた百鬼が興奮冷めやらぬ感じでトイレの使用感を口にしだした。
「ウォシュレットだし! 〇姫付いてるし! ちょー気持ちいいんだって!」
「夜行……女の子なんだから少しは恥じらいを持ちなさいよ」
恥じらいなくトイレの使用感を口にしてしまう百鬼によって、千手が頭を抱えながらそれを窘めるも、百鬼の興奮は収まらない。
「奏音と千代も使いなって! 戦闘中にお漏らしとかありえないっしょ!」
「使うぅぅぅぅ!」
百鬼という第1使用者が出たためか、もしくは実のところトイレを我慢していたのかはわからないが、千喜良は百鬼同様に意気揚々とトイレの中へ消えていく。
そして、数分後……
「ヤバいぃぃぃぃ! 奏音ちゃんも使いなよ! 絶対ハマるって! ポットンじゃないんだよ、ポットンじゃ!」
「千代、貴女まで……女の子なんだから『ポットン』なんて連呼しないの」
「別に使いたくないなら使わなければいいだけだし? うちと千代だけがお得感なだけっしょ!」
「お得ぅぅぅぅ!」
恥じらいなくトイレ使用後の感想を女子2人から聞かされてしまった千手は、考えないようにしていたのにトイレのことを考え出してしまうと、今までなかった尿意が急に襲いかかってくるのだった。そして、内股になりつつケビンにチラチラと視線を向けていたら、ケビンはなんてことのないように口にする。
「使うがよい。回収するのは待ってやろう」
ケビンからのゴーサインが出たため、千手は百鬼や千喜良のように意気揚々とはいかず、お淑やかに歩きながらトイレの中へ消えていく。
そして待つこと数分後、スッキリした顔つきで千手がトイレから出てきたら百鬼たちの所へ向かい、恥じらいを持ちつつコソコソとトイレの使用感を語っていた。
「無敵よ、そなたたちはよいのか?」
「さすがに女子が使ったあとのトイレは使えねぇだろ。何を言われるかわかったもんじゃない」
「ふむ……では、男子用を作ってやろう」
そう言うケビンがサクッと男子用トイレを作り出してしまうと、無敵や十前もトイレ休憩に入ることとなると、その間のケビンは女子用トイレを回収して、トイレ製作で消耗した魔力を補うためにマナポーションを飲み始めて時間を潰すのだった。
それから百鬼によって急遽始まったトイレ休憩も終わり双方の準備が整うと、ケビンは魔剣ではなく宝樹ミスティルテインのようなものを手にする。
「百鬼が魔剣を使うなと言うのでな、この宝樹ミスティルテインでお相手をしよう」
『未だにその“名もなき棒”を宝樹ミスティルテインという図々しさ!』
《そこにシビれもしないし、憧れないわよ》
『うっ……システムちゃんに先を越されました……』
サナが決めゼリフをシステムに取られたことで落ち込んでいる中、ケビンと無敵たちの第2ラウンドが始まった。
「《ダークネスアロー》」
「ほう……闇属性とは中々に大魔王をしているではないか。どうだ? 我の部下にならぬか? さすれば世界の半分とは言わずとも、トイレの1個くらいはくれてやらんこともないぞ?」
「ちょー欲しい!」
「欲しいぃぃぃぃ!」
「ちょっと! 夜行、千代。トイレくらいで魔王の仲間になったりしないでよ?!」
無敵に対するケビンの質問に対して、その無敵ではなく百鬼と千喜良が反応すると、千手はその2人の発言に対して下手したらありえそうな未来が簡単に想像できてしまい、頭を抱えながらもケビンに魔法を撃ち放っていく。
そして、無敵の牽制から始まったこのバトルは剣戟の鳴り止まない(注:魔王は木の棒)クロスレンジでのやり取りとなり、無敵や十前が果敢に攻めていき、隙を見ては千喜良がお得意の『背後からグサ攻撃』を織り交ぜ、百鬼は式神頼りの他力本願でケビンを攻め立てていた。
「煌めけ、宝樹ミスティルテイン!」
ケビンが《魔剣解放》の時のようにそう声高に叫ぶと、宝樹ミスティルテインのようなものから眩しい光が発せられ、無敵たちはその光によって目くらましを受けてしまう。
「くっ!」
『目がぁ、目がぁぁぁぁっ!』
《サナちゃん……》
だがそれはただの光属性の《フラッシュ》であり、宝樹ミスティルテインのようなものは全くもって関係ないのだが、それを知るのはごく一部の者たちだけである。
『まさかまさかのなんちゃって《宝樹解放》! 何としてでも宝樹ミスティルテインに見せかけようとするその心意気!』
《シビれない、憧れない》
『システムちゃん……』
そしてケビンは無敵たちとの間合いを開くと、声高々にノリノリで詠唱を紡いでいく。
「万物を隠す闇黒よ 底知れぬ深淵よ――」
「気をつけろ! 大魔法がくるぞ!」
未だ視界の戻らない無敵が警戒心を強めて仲間たちにそう声を挙げていくが、ケビンの詠唱はまだまだ続いていた。
「其は闇 其は深淵――」
「千手っ、百鬼っ! 回復魔法だ!」
「ちょっち、待って!」
「今やるから!」
「ああ、罪深き咎人よ――」
そして無敵の視界が回復魔法によって元に戻ると、視界に飛び込んできたのは目の前に立つケビンの姿であり、無敵が腹部に痛みを感じた時には既に蹴り飛ばされていたのだった。
「ぐふっ……魔法じゃ……」
「一体いつから――――」
蹴り飛ばされた無敵に心配の声を上げる十前だが、無敵は無敵で大魔法が放たれると思っていたので、現在の状況に困惑したままケビンを見つめていた。
「――――詠唱の次は魔法が発動すると錯覚していた?」
『キタコレー!』
「「「「「キター!」」」」」
サナとともに興奮しているのは何を隠そう、相対する者を倒してこの場に戻ってきた【オクタ】のメンバーである。
「さすまお!」
「まさかリアルで言ってのける人がいようとは?!」
「これは名シーンですぞ!」
「拙者もいつか言ってみたいでござる!」
「私もいつか言ってみせる!」
「はぁぁ……晶子ったら……」
「魔王様はさすがだね」
「もはやオタクとしか言いようがないね」
そのようなバカ騒ぎが行われている中で、無敵が立ち上がりケビンを見据えると、十前に対し声をかける。
「虎雄、ここから挽回するぞ」
「ああ」
『まさかっ!?』
「「「「「まさかっ!?」」」」」
『「「「「「〇解っ?!」」」」」』
「いや、それはないよ……」
「無理だよね……」
「さすがにね……」
興奮絶頂のギャラリーが見守る中で、無敵たちは再びケビンに挑みかかっていく。そのような中でもケビンは、盛り上がるギャラリーに気分を良くしたのか更に調子に乗り始めた。
「煌めけ、宝樹ミスティルテイン!」
「宝樹ミスティルテインですとっ!?」
「伝説の武具でごわす!」
「やはり魔王様は教団と違ってわかっていますぞ!」
「素晴らしいでござる!」
「それ、欲しい!」
オタクたちが騒ぐ中でその言葉を聞いた無敵たちは同じ手を2度も食うものかと腕や手で目を隠すが、今度は何も起こらずに視界を自ら隠した十前が蹴り飛ばされてしまうのである。
「ぐっ……」
「一体いつから――――」
「まさかの2度目!?」
「来るでごわす!」
「ワクワクしますぞ!」
「次はどのような錯覚でござるか?」
「悔しいぃぃぃぃ! 私も言いたい!」
「――――ただの棒切れを宝樹ミスティルテインだと錯覚していた?」
「何ですとぉぉぉぉ!?」
「伝説の武具ではないのでごわす!?」
「むしろ十前殿たちだけに留まらず、拙僧たちにも言っていますぞ!」
「見事に騙されたでござる!」
「それを欲しいっと言った過去の自分が恨めしい!」
まんまと騙されていたオタクたちもそうだが、無敵たちもまた騙されていたので何とも言えない感情が心を支配していく。
「虎雄、あいつの言葉にもう耳を傾けるな。あいつの行動は全て嘘だと仮定した上でやるぞ」
「ここまで見事に騙されるといっそ清々しいがな」
それから再開されるバトルは無敵と十前がケビンに絶え間なく剣戟をあびせていき、突拍子もない行動はさせないと言わんばかりであった。
そのような2人の猛攻に対して千喜良は攻撃の合間に参加することができずに、あまり自信のない魔法で支援することになる。そして百鬼は式神で支援をし、千手は魔法にて支援を行っていく。
すると、遊び感覚でやっているケビンが勇者の持つ特攻効果で押され始めると、無敵と十前の合わせ技で鋭い蹴りを2人からもらってしまい後方に吹き飛ばされてしまう。
「これでさっきの借りは返したぞ」
「やり返せたな」
「くっ……やはり勇者か……この我がこうも押されてしまうとは……」
「そろそろ降参しろ。勇者と魔王じゃ相性が最悪だろ?」
「クックック……フハハハハ……ハァーハッハッハッハ!! 相性が最悪なのは百も承知! 我は創造魔王! 七大罪の憤怒の魔王! たとえ相手が召喚された勇者たちであろうとも、決して退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! イベントの取りこぼしはありえないのだぁぁぁぁ!!」
その瞬間ケビンの体から漆黒の魔力が溢れ出し、それは奔流となりてケビンを包み込む。
『なんとっ!? 皇帝ケビン! 今こそ魔帝十字陵を作る時っ!!』
「まさかの死亡フラグ重ねがけですとっ!?」
「3日持たないのでごわすか?!」
「やはり本能寺フラグが折れてませんでしたぞ!」
「このままでは、秀吉役の無敵殿に負けるでござる!」
「さあ来るがいい、無敵よ! 我の最高の奥義でもって相手をしようぞ」
そして駆け出す無敵と十前は、再び魔王に剣閃を浴びせていく。そしてそれをサポートするのは女子3人組である。苛烈極まりない無敵たちの攻撃にケビンも応じていくが、やはり押されてしまうのは致し方のないことで、機を見た無敵が百鬼に指示を出す。
「一気に畳み掛けるぞ! 百鬼、アレを使えっ!!」
「え……ヤだし……テディが違う方向に走っていくし……」
「つべこべ言ってる場合か?!」
「フハハハハ! そちらも奥義があるというのか! ならば見せてみよ、我の最終奥義で迎え撃ってくれようぞ!」
何がなんでも拒否しようとする百鬼に対して、他の4人から槍玉という名の説得をされてしまい、渋々、もの凄く消極的に了承すると百鬼の奥義がやけくその叫び声とともに発動する。
「もう、どうにでもなれ! 【百鬼夜行】!!」
すると、百鬼の背後に異界の門が開き、おどろおどろしい煙とともに魑魅魍魎が次々と姿を現していく。
「みんな行けっ! うちの恥とともに魔王を飲み込んじゃえ!」
だがしかし、それを見てしまったケビンは、百鬼の不本意極まりなく意図していない思わぬところでのボケを見せつけられてしまい、盛大に腹を抱えて笑ってしまう。
「ぶっ……ハハハハハ! 百鬼夜行! 百鬼夜行って! 鬼っ娘が百鬼夜行!! ブハハハハ!!」
「笑うなぁぁぁぁっ!」
たとえ大爆笑をしようともケビンは己に纏っている魔力を操作して、魑魅魍魎を飲み込ませ滅ぼしていくが、未だ大爆笑が止まる様子はない。
「百鬼夜行が陰陽師で奥義が百鬼夜行?! お前どんだけ好きなんだよ! それ、ソフィに絶対からかわれてるぞ! ひー腹痛え……百鬼の奥義に笑い死にさせられてしまうぅぅぅぅ!」
もう既に立ってはおらず笑い転げているケビンに対して、プンスカ怒っている百鬼以外の無敵たちは唖然としている。それもひとえに、ケビンが笑い転げながらしっかりと魑魅魍魎を排除しているという、わけのわからない器用さを見せつけられているせいでもある。
「無理ぃぃぃぃ! 腹がねじきれるぅぅぅぅ! 自己紹介を想像すると笑いが止まらねぇ! 『氏名は百鬼夜行です。職業は陰陽師で、奥義は百鬼夜行です』って言うの? 言っちゃうの?!」
「ムカつくぅぅぅぅ! マジ卍だし! 無敵っ、さっさとやっちゃってよ! うちのテディがおかしくなる!」
そう言う百鬼から催促を受けた無敵は、目の前の笑い転げている魔王に困惑しながらも、ケビンの発した言葉の端々で違和感を感じてしまい、今ならいけるだろうとそれを口にするのだった。
「おい、ケビン。あまり百鬼をからかうな」
「いや、だっ……て……」
不意に無敵から名前を呼ばれたことにより、ケビンが素直に返答してしまうと、それに気づいたケビンがあからさまに狼狽し始める。
「どうした、ケビン?」
「にゃ、にゃにを言ってるのかな? わ、我は魔王ダークネスシュナイダー・アビスゲートである。そのような名の者ではない」
「にゃ仲間がいるにゃ!」
猫屋敷が相変わらず『にゃ』に反応を示していると、もう既に魑魅魍魎はいなくなっておりケビンは取り繕いながらその場で立ち上がる。
「ふむ、少々笑いすぎたようだ。我を笑わせるなど中々にやるではないか。褒めて遣わすぞ、百鬼とやら」
かなり強引な雰囲気作りでケビンが語っていると、疑惑の視線がケビンに向けてあちこちから突き刺さっていく。
「さ、さて、戦いを再開するとしよう」
「……かなり無理があるぞ」
「無理だな」
「あいつケビンだったのか?!」
「無理ぃぃぃぃ!」
「ボロが出たわね」
「小生もビックリな件……」
「捜し人が見つかったでごわす」
「意外なところにいたですぞ」
「イグドラのお礼をするでござる」
「魔王がハーレム冒険者……??」
「確かに女性ばかり連れてる」
「確かお嫁さんだよね?」
「確定的?」
そのようなところにトドメとなる追い討ちをかける者が現れた。それは何を隠そう勅使河原たちを倒し終えて、先程から戦闘を眺めていたケビン大好きな生徒会長である。
「旦那様っ!!」
勢いよく魔王姿のケビンに抱きつく生徒会長は、ケビンが反論する余地も与えずに顔を隠していた仮面を取ってしまうのだった。
「も、百っ!?」
「やっぱり旦那様なのか!! 私のミートソーススパゲティセンサーに狂いはなかったのだな。変装するなんて私と会うのが恥ずかしかったのか?」
「そんなわけねぇだろ! どうすんだよ、シナリオがむちゃくちゃになったじゃないか!」
「それよりも旦那様、敵を倒してきたからミートソーススパゲティを出してくれ。もちろん抹茶付きだ」
「前祝いとかで前払いしただろ!」
「ああ、それと私の背中を見てくれないか? 幻夢桜少年に背中から斬りつけられて、傷跡が残ってるかもしれないんだ」
「……なに?」
「旦那様の説明通りに回復技を使ったけど、背中を見ることができなくてな。旦那様は傷跡のある私でも娶ってくれるか?」
「……少し待て」
ケビンは生徒会長が告げた内容を聞くと雰囲気が変わり、そのまま2号に声をかける。
「そいつを八つ裂きにしろ。もちろん殺すなよ?」
「わかってる」
戦いに敗れてからずっと拷問を受けている幻夢桜に対して、2号は更に苛烈な攻撃を繰り出すが結界によって消音にされているので、幻夢桜の悲鳴は外に漏れることはなかった。
「旦那様……」
「何だ?」
「今……旦那様が私のために怒ってくれているってわかったら、胸がキュンってしたんだ。やっぱり私は旦那様のことが好きみたいだ」
「そうか」
「だから旦那様……」
「そうそう、背中の傷だったな」
「違う……ミートソーススパゲティと抹茶を用意してくれ」
「……」
もはや生徒会長節に終わりはないようで、背中の傷跡よりも己が欲求であるミートソーススパゲティを優先するその信念に、ケビンは沈黙せざるを得ない。
「旦那様?」
「……テーブルに出しておいた。食べてこい」
「本当かっ!? 旦那様、愛してる!」
言うが早いか行うが早いかという俊敏な動きでケビンから離れた生徒会長は、瞬く間にテーブルにつくと用意されていたミートソーススパゲティを堪能し始めるのだった。
そして残されたケビンは台風のような生徒会長がいなくなったことで、この場の空気をどうしたものかと考えると、生徒会長が立ち去る際に手渡した仮面を再びつけて口を開く。
「さあ、戦いを再開するとしようか。勇者たちよ」
「いや、無理だろ」
「無理だな」
「馬鹿じゃね?」
「馬鹿だぁぁぁぁ!」
「同情するわ……」
「我にその物言いは不遜である。百鬼夜行にチェケラッチョ!」
「百鬼夜行言うなし! うちは百鬼夜行だし!」
「チェケラッチョじゃないもん! 千喜良千代だもん!」
「鬼っ娘、チェケラ……この場に鬼神を召喚されたいのか? 何やら『グサ神』というあだ名を付けたみたいだな?」
「ごめんなさい!」
「許してください!」
ケビンによる指摘によって百鬼と千喜良は、ものの見事な手のひら返しでケビンに対して平伏するが、ケビンはケビンでしれっと九鬼に連絡を取るのだった。
「ちょっと待て……ふむ……そうか……」
百鬼と千喜良をそっちのけで、ケビンが1人納得している仕草を見せると、やり取りが終わったのか再び2人に対して口を開いた。
「九鬼からの伝言だ。『そいつらなんかどうでもいい』だ、そうだ」
「伝言越しのグサ……」
「魔王越しのグサ……」
それから開き直ったケビンが無敵に対して再開を提案すると、無敵は今まで得てきた情報からケビンが皇帝ケビンであることに思い至り、今までの戦いも本気と言いながら本気を出していないことがわかると、ケビンとの戦いをやめることにしたのだった。
「え、戦わないのか? テンプレの魔王対勇者なんだぞ?」
「手加減されているのがわかってんだ。本気なら有無を言わさず俺たちを殺せただろ? 皇帝ケビンの伝説は、以前にギルドの受付嬢から嫌というほど聞かされたしな」
「マジか……勇者を倒してフィナーレに持っていきたかったのに……とんだ誤算だ」
そのようなことを考えていたケビンだったが、ふと思い出したのか無敵に気になることを尋ねていく。それは、ベッファが魔導具を利用して無敵たち勇者に植えつけた内容であり、魔王であるケビンと普通に会話を成し得ている無敵たちの態度が、どうにも腑に落ちなかったのだ。
それに答えた無敵の回答は、タイラーから事前に魔導具の効果について聞かされていたというもので、タイラー以外の団長が近くにいる際には百鬼の陰陽術で外の音を遮断するという結界を張って、難を逃れたというものである。
「あのやる気のない団長がわざわざ教えてくれたんだ。嘘か真実かわからなくても、試してみる価値はあるだろ」
「タイラーのことは信用していいぞ。あいつは部下思いで、お前たちが死にに行く戦いなんて参加させたくないって言ってたしな」
「やけに親しげだな。内通者にしているのか?」
「いや、単なる飲み仲間だ」
「敵国同士で責任ある立場のやつらが飲み仲間とはな」
「まぁ、タイラーは飲み仲間を否定するだろうけどな。俺とは極力会いたくないみたいだし」
結局のところケビンと無敵たちの戦いは、うっかりケビンの身バレによって流れてしまい、ケビンはイベントの終結をするために次なる行動に取り掛かるのであった。
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