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第12章 イグドラ亜人集合国

第322話 アリスの初心者講習

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 とうとうケビンが旅へ出ようと決意する。ひと通り行事ごとも済んだのでもう出発してもいいだろうと判断した結果だ。

 旅のルートは一旦夢見亭へと転移して、そこからイグドラ亜人集合国へと向かう予定である。

 当日はケビンたちを見送るために居残り組は全員仕事を休んで、ケビンへ声をかけていく。

 奴隷たちの中にはぽっこりお腹となっている者たちが一部おり、それはひとえにジェシカイズムが流行ってしまったせいだ。奴隷以外ではアイリスがそのジェシカイズムを踏襲している。

 ぽっこりお腹のみんなは、揃いも揃ってそのお腹を触りながら「パパ頑張ってね」と口々に伝えてくるのだ。

 これに対してケビンは苦笑いするしかなかったが、「そのうち本物を授かれるようにするよ」と伝えると、みんなして顔を赤らめてケビンへキスのプレゼントをしていく。

 ケビンも他のみんなに対してキスをしていき、何かあったらすぐに連絡するようにケイトへと念押しをするのだった。

 こうしてケビンたちは女性たちに見送られながら夢見亭へと転移した。

 夢見亭へついたケビンはコンシェルジュたちを呼び寄せると、今から旅に出ることを伝えていく。

 ケイラが代表で旅の無事を祈る言葉をかけると、信者のマヒナがたまらずケビンへと抱きついた。

「ケビン様、どうかご無事でご帰還されてください」

「ありがとう。その時は一緒に帰ろうな」

「はい。お慕い申し上げております」

 マヒナが上目遣いでケビンを見つめていると、2人の顔は自然と距離がゼロとなる。

「んちゅ、くちゅ……んはぁ、ケビンさまぁ……くちゅ、ぬちゅ……」

 やがて自然と唇が離れると蕩けきった顔のマヒナがケビンから離れる。

「お帰りをお待ちしております」

 そして、マヒナの行動を見ていた他のコンシェルジュたちが次々とやって来ては、ケビンと熱烈なキスをしていくのだった。

「ケビン君って前より凄くなってない?」
「称号がヤバイ」
「お姉ちゃん、見てられない……」
「楽しくなりそうだよね」
「ケビン様は素敵な殿方だから当然です」
「くっ……私もして欲しい……」

 嫁たちとニコルがそれぞれの感想を抱いている中で、ケビンとコンシェルジュたちの口づけも終わりを迎えた。

「じゃあみんな、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、ケビン様」

 コンシェルジュ一同の見送りの声を背に受けて、ケビンたちはダンジョン都市の外へとその場から転移した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 街の外へ出たケビンたちがまず向かったのは、西方面にある近くの森である。

「ケビン君、サクサク進まないの?」

「ティナは悪い意味で冒険者慣れし過ぎだろ」

「え? 悪い意味なの?」

「アリスはステータスの基礎値が高いと言ってもまだレベル1だぞ?」

「ん?」

「ティナはやっぱり脳筋」

「脳筋だね」

「ちょっと2人ともどういうことよ!」

「実戦皆無」

「それで?」

「いきなり魔物と戦ってもいつも通り動けるかわからないでしょ? だからケビン君は近くにいる弱い敵から慣らしていこうとしているんだよ」

「そういうことだ。いつもみたいにティナの『ガンガンいこうぜ!』だと、アリスが戸惑うだろ? 中には人型の魔物もいるんだ。アリスが寸前で忌避して硬直したらどうする? それに連携の練習も兼ねているんだからな?」

「ティナってそこまでだったのね……」

「ティナさんは脳筋エロフですから!」

「ティナ様の意外な一面……」

「みんな酷い……」

 ティナがガクッと肩を落としたところで、ケビンは弱い魔物を捜してそちらへパーティーを誘導する。

 ケビンがまず選んだのはホーンラビットである。適度に逃げ足も早く攻撃も角を使った突進なので、アリスが初めて戦うにはちょうどいいだろうと判断した。

「アリス、ホーンラビットが初戦の相手だ。角を使った突進には気をつけるんだぞ」

「はい、頑張ります!」

 アリスの冒険者服装は戦闘スタイルに合わせて身軽な格好となっているが、当初はティナの影響かオープンカットの短袖シャツにショートパンツスタイルだったのだ。

 ケビンがそれを披露された時に胸元には見事な谷間が見えていて、更にはいつものドレス姿だと隠されている生脚まで見えてしまっていたので、すぐさま襲ってしまったのは言うまでもない。

 そして、アリスはアリスで襲われたことで喜んでしまい、お披露目のことは忘れてケビンとの快楽に溺れてしまっていたのだ。

 そういう経緯があったために、ケビンが他の男どもにアリスの谷間や生脚を見せたくないと独占欲を発揮したら、それを言われたアリスは喜んでネック付きの長袖シャツとロングパンツスタイルに切り替えて肌を晒す服装をやめた。

 ちなみに最初の服装はケビンと楽しむためにアリスが保管している。

 そんなアリスの防具はシンプルに、胸当てと篭手とすね当てしか装備されていない。

 基本がヒット・アンド・アウェイなので、1撃離脱を旨とする戦い方に重荷となる防具は最低限だけにして、動きが鈍重にならないようにしてある。

 続いてシーラの格好はニーナと似たようなもので、普段着の上からトレードカラーである青色のローブを羽織っている。

 普段着はケビン以外の男に肌を晒さないために露出のない服装となっており、ニーナのように三角帽子は被っておらず青色の髪をなびかせて、ケビンが贈った髪飾りをつけていた。

 最後にニコルの格好だが完全に騎士鎧となっている。ドワンに依頼した鎧なので軽量化はされているが、身体強化を使うのでそこまでの重さは感じないだろう。

 剣や盾、胸の部分にはいつの間に頼んだのか、それぞれエレフセリアの国章が刻まれている。その姿を見てニコルの騎士好きにはケビンも苦笑いするしかなかった。

 そして、そろそろホーンラビットの所へ辿りつこうかという時に、ケビンからパーティーへ指示が飛ぶ。

「ニコル、アリスが慣れるまではヘイトを稼げ、危険と判断したらトドメを刺していい」

「了解しました」

「ニーナとシーラは何かあった時のために回復準備と支援」

「了解」
「わかったわ!」

「クリスとティナは周りを警戒しつつ待機だ」

「了解よ」
「りょーかい!」

「アリス、気負わなくていいからな。素材価値なんか無視して攻撃していい。それと失敗してもいいが敵から絶対に目だけは離すな」

「はい、目を離さないようにします!」

「……で、ここまでを本来はティナにやって欲しかった」

「ぐっ……」

「初っ端からティナはダメだしだねぇ」
「初心者を含むパーティーのリーダーに慣れていない。ベテランで場馴れし過ぎた」
「ティナさん、ファイトです!」
「誰でも失敗を繰り返して成長するものよ」
「ティナ様、騎士道は1日にしてならずです」

 若干1名が騎士道を説いていたがケビンは構わずに歩みを進めていく。やがて視線の先にホーンラビットを捉えると、アリスへ振り向き頷いてみせる。

 アリスも頷き返して腰から短剣を引き抜くと、静かに間合いを詰めていく。緊張で手に汗を握る中、アリスは一気に間合いを詰めた。

「クキュ?」

 何かを察知したように見えるホーンラビットが少し動いてしまったために、アリスの攻撃は浅くなってしまい1撃で仕留めることができなかった。

 すかさず離脱したアリスと入れ替わりでニコルが前面へ出ると、盾を構えてホーンラビットの突進を警戒する。

 斬られたホーンラビットは目の前のニコルを敵と定めて、お得意の突進攻撃を繰り出すが、ニコルの盾術によって軽くいなされてしまう。

 手加減しているニコルがシールドバッシュを軽く当てながら注意が自分へ向くように仕向けていると、2撃目を放つためにアリスがホーンラビットの背後から詰め寄った。

 すれ違い様に一閃するが動き回る魔物との戦闘に慣れてないためか、中々致命傷を与えるまでには至っていない。

 アリスの中でジワジワと焦りが見え始めて、それは戦い慣れしている者にとっては目に見えてわかる光景だったが、アドバイスはケビンが止めているために誰も口を開かず見守っていた。

「やっぱり殺しに忌避感がありそうだな」

「アリスはカワイイものが好き。ぬいぐるみ集めてる」

「この前のサラ様のうさぎが頭の中にあるのかもね」

「でも今のうちに慣れさせておかないと、いざって時に躊躇いがでるよ」

「性格が基本的に優しすぎるのよ。あんなの氷漬けにすればいいのに」

 後方で待機している5人はアリスの実戦でそんな感想を漏らしていた。

 やがて何度も斬られていたせいか、ホーンラビットは動かなくなり息を引き取る。

 立ち尽くしているアリスにケビンが近寄ると、短剣を持っている手が震えていたのを見て取れたケビンは自然と名前を口にする。

「アリス……」

 ケビンの呼びかけに対してアリスは反応を見せるが、視線の焦点はどこか合っておらず呆けているようで、そんなアリスをケビンは優しく抱きしめた。

「ぁ……」

「頑張ったね」

 ケビンに声をかけてもらったことで現実へと引き戻されたのか、アリスは手の力が抜けて短剣を落としてしまう。

「ちゃんとできずにごめんなさい」

「いいんだよ、誰だって最初は躊躇うものだ。その上、アリスは優しいからね、殺してしまうのが怖かったんだろ?」

「私は冒険者のお仕事を舐めていました。簡単に命を奪えると思っていたのに……倒さないと力のない民が危険なのに……」

「辛いなら辞めるかい? アリスなら他にも政務をするっていう道もあるよ」

「……いえ、ケビン様のお傍が私の居場所です。頑張りますから続けさせてください」

「無理そうだったらすぐに言うこと。約束できる?」

「はい、お約束します」

「それじゃあ、頑張ろうか」

「はい、このまま帰ってはレティに笑われてしまいます」

「ははっ、レティなら笑わないよ。きっとアリスを慰めるためにずっと傍にいるだろうからね」

「ふふっ、そうですね。レティはお優しいですから」

 それからケビンは短剣を拾って魔法で綺麗にしたら、アリスに渡さずクリスへと渡した。

「クリス、アリスの立ち位置で動きを見せてやってくれ。クリスならできるだろ?」

「短剣かぁ……扱うのは久しぶりだけど何とかやってみるよ」

「アリスはクリスの動きを見て学ぶんだよ。学院でやる訓練と実戦とでは動き方が多少変わってくるからね」

「はい! クリスさんよろしくお願いします」

「アリスのスピードに合わせるから見逃すことはないし、すぐに覚えられるよ」

「他のみんなはさっきと同じ作戦でいく。まぁ、クリスがやるから後衛組は見学だな。ニコルもアリス相手のサポートだと意識して動いてくれ」

 作戦を伝えたケビンは次の標的もホーンラビットに定めて、お手本を見せるクリスへ位置を教える。

 クリスは少し進んだ先にいたホーンラビットに近づくと、アリスのスタイルを真似ながら的確にダメージを与えていく。1撃で仕留めるようなことはせずにどこを斬れば動きを止めることができるのか、それを教えるようにして数回に分けて斬っていきホーンラビットを仕留めた。

 その作業を数回したのちにアリスが自分の意思をケビンに伝えてクリスと交代すると、クリスの動きをトレースしながらホーンラビットを仕留めることに成功する。

 まだ躊躇いは少しだけ見られるものの最初の時よりも動きがスムーズになっており、無事に倒すことができたことでアリスにも自信がついて実戦を続けていると、最終的には躊躇うことなくホーンラビットを仕留められるようになった。

 アリスの戦闘が安定したところでお昼休憩を取ると、食休みのあとは人型のゴブリンへ挑戦することが話し合いで決まる。

 そして迎えたゴブリン戦で、ホーンラビットより遥かに醜悪な姿をしたゴブリンに対して、アリスは忌避するどころかサクッと倒してしまう。

「あれ……? アリス……人型だったのに大丈夫なの?」

「はい、ゴブリンはホーンラビットと違って可愛くありませんから」

 どうやらニーナが予想していた通りで、アリスがホーンラビットに手こずっていたのはうさぎに角が生えただけという見た目が、アリスにとっては可愛かったらしく、人を襲う魔物だと自分に言い聞かせながら心を鬼にして倒していたみたいであった。

 それによって今後も見た目が可愛い魔物が出ると、アリスが戦闘で躊躇ってしまうことが起こるのではないかと新たな問題点が浮上したが、それはそれということでアリスがもう躊躇わない意志をみんなに伝えるのだった。

「可愛くても魔物は魔物ですから、民が傷つくくらいなら可愛くても排除することにしました」

 予定よりも早くアリスが順応したため、ケビンは戸惑いつつも進路をイグドラへ変更してアリスのための初心者講習を終えるのであった。
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