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第10章 ひとときの休息

第267話 帝城での顔合わせ

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 ティナたちがカロトバウン家を出発して2ヶ月後、帝都へと何事もなく無事に到着することができた。

 ティナたちはまず宿屋を確保してから情報収集を行う。アリシテア王国の国王と王妃がどこに住んでいるのかを確認するためだ。

 だが、意外にも居場所は秘匿されておらず、すんなりと知ることができたティナたちは面会の予約を入れるためその場所へと向かう。

 空き地に建てられていた屋敷は簡素なものであり、とても国王夫妻が住んでいるとは思えなかった。

 そしてティナたちが門番に国王夫妻への取り次ぎを予約すると、順番を待つこともなくすぐに許可がおりたことに驚き、そこへ案内の者が現れる。

 案内に従いティナたちが通されたのは簡素な応接室であった。そこには既に国王夫妻が座って待ち構えており、ティナたちは入ってすぐに跪き頭を垂れる。

「面を上げよ」

 ティナたちが国王の言葉に従い顔を上げると、国王の隣にいたマリーがソファへ座るように促す。

「久しぶりね、見たところ悲しみは癒えたのかしら?」

 マリーの質問にティナが代表して答える。

「はい。いつまでも悲しんでいてはケビン君が戻ってきた時に、逆に悲しませてしまいますので」

「前向きでいい心がけよ」

「ところで、どうしてこのようなお屋敷に住まわれているのですか?」

「儂らはよそ者じゃ。豪華な屋敷でも建てようものなら皇帝の空位を狙って侵略に来たと民衆から疑われてしまう。そのような形でケビンの築いた平和を壊すわけにはいかぬのじゃ」

「そのような理由でしたか。面会の取り次ぎが早かったのは他に予定者がいなかったのですか?」

「ふふっ、いずれ家族となる人たちを待たせるわけがないでしょう? それで今日はどうしたの?」

「実は――」

 ティナは帝都へ来た経緯を国王夫妻へと話した。それを聞いた国王夫妻はティナたちの申し出を快く了承して、橋渡し役をしているマリーから協力を得られることになる。

 そして翌日、マリーの案内のもとティナたちは帝城へと足を運ぶ。門を守っている衛兵とは培ってきた信頼からか、特に止められることもなく城内へと入ることができた。

 マリーは勝手知ったるやで歩みを進めていき、ティナたちはその後をついて行くが、すれ違う女性や遠巻きにいる女性たちから好奇の視線を浴びてしまう。

 やがて到着した謁見の間には、何故かこの場に不釣り合いなテーブルと椅子があり、そこへ腰掛けている女性にマリーが声をかける。

「ケイトさん、ご機嫌よう」

 マリーの声に反応したケイトが椅子から立ち上がり、歩み寄ってマリーを出迎える。

「王妃殿下、いらしていたのですか? 言ってくださればお出迎え致しましたのに」

「いいのよ、いきなり来た私が悪いのですから」

「それで、そちらの方々は?」

「ケビン君の婚約者たちよ」

「この方々が話に聞いた……」

「ティナさん、こちらの方がこの帝城の代表で女帝をしているケイトさんよ」

「王妃殿下、その呼び方はやめて下さい」

「ふふっ、ケビン君がそう決めたんだもの」

「もう、あの人は面倒くさいことを全部私に丸投げするんですから」

 それからティナたちは1人ずつ自己紹介をしていき、全員で椅子に腰掛けると話を再開した。

「それで、ティナ様たちは何をしにこちらへ? 見てわかる通りここにご主人様はいませんよ」

「貴女方の支援をしに来たの」

「支援?」

「そう、男の人がついてくると買いづらい物とかあるでしょう? その時に代わりの護衛をしようかと思ったのよ。ケビン君が守っている人たちだもの。私たちにも守らせて欲しいの」

「そういうことですか……是非お願いします」

 ティナの申し出をケイトはありがたく受けるのであった。実際、護衛たちは気を利かせて店から少し離れた所で待ってくれていたりはするものの、やはり気恥ずかしさがあり、極力1度で済ませられるように回数を減らしたりもしていたのだ。

「ティナさんたちが来てくれて良かったわ。私たちも威圧行動と取られないように必要最低限しか護衛を連れてきていなかったから」

 マリーがお茶を口にしてそう伝えると、ティナは現状での注意点などを聞くために、ケイトへと質問するのであった。

「何か女性たちのことで注意することはある?」

「そうですね……1人、近づくのを避けて欲しい人がいます。慣れれば構わないのですがそれまではやめておいた方がいいでしょう」

「どのような人なの?」

「本人を連れてきますので少々お待ちください」

 ケイトはその場を後にして一旦退室すると、ティナがマリーへと話しかける。

「王妃様はその女性と会われたことがあるのですか?」

「あるわ。でも未だに慣れて貰えなくて近づくことができないの」

 そこへ再びケイトが入室してくるとテーブルには近づかずそのまま扉の傍で立ち止まると、ケイトと手を繋いでいる少女が扉の所で立たされる。

「パメラ、あちらにいるのはご主人様の婚約者たちよ」

 ケイトに連れてこられた少女はぎこちなくティナたちへ視線を向ける。

「……ごしゅじん……さま」

「まだ、あの人は帰ってきていないわ」

「……あいさつ……」

「そうね、帰ってきたら挨拶しようね」

 ケイトはパメラから視線を外して、ティナへ向くと言葉をかける。

「ティナ様、この子が注意して欲しい子です。何故注意が必要なのかは近づけばわかります」

「でも、近づいたらいけないんじゃ……」

「近づかないと注意の必要性がわからないと思いますので」

 ティナが怪訝に思いながら歩き出すとパメラへの距離を詰めていく。ティナが近づくにつれてパメラは震えだし、やがて10メートルを切ろうかとした時、それは起きた。

「――ッ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」

 パメラはケイトの手を振りほどき、扉を背にへたり込むと体を震えさせてひたすら謝り続けた。いきなりの変わりようにティナはその場で立ち尽くしてまう。

「ティナさん、離れて!」

 マリーの言葉にハッとしたティナは急いで距離を取り、元のテーブルの位置まで離れた。

「ごめんね、パメラ。もう大丈夫だから手を繋ごう?」

 パメラがやがて落ち着くとケイトの手を握りしめて立ち上がる。

「ティナ様、この子を部屋へ連れて帰りますので今しばらくお待ちを」

 そして、ケイトは来た時と同様にパメラと手を繋いでこの場を去るのであった。

「ビックリしたでしょう? 私も知らずに近づいてあの洗礼を受けたのよ」

「あの子はどうして……」

「皇帝の奴隷だったのよ。その時に鞭で打たれすぎてああなったみたい。それを気に入った皇帝が更に鞭で打つというのを繰り返してね」

「酷い……」

 それから王妃はケイトから聞いた内容を語りだした。最初はケビンと皇帝の奴隷たちしかいなかったから、男性に反応しているんだろうとケビンとケイトが判断したことを。周りにいた他の奴隷たちにしてもそうだ。

 そしてパメラ自身も周りの奴隷が近づいても反応しなかったので、それが間違った確信に辿りついてしまったのだと。

「男性だけではなかったと?」

 ティナの疑問に王妃は答える。パメラの世話は基本的にケイトがしていて、ケイトが見れない場合は悪い意味で付き合いの長い、皇帝の奴隷仲間に頼んでいたことを。

「そして、私が初めてここへ訪れた時に、あの子と一緒にいたケイトに近づいて反応が出たのよ」

「それでどうなったんですか?」

「私もビックリしたけど、一緒にいたケイトもビックリよ。思わず私に『貴女は変装した男ですか!?』って問いただしてきたくらいだもの」

「え……でもケビン君の結界があるから男は入れないんじゃ……」

「そのくらい気が動転してたってことよ」

 その当時、ケイトはいきなり変化したパメラの反応を見て気が動転してしまったのだ。そのことがあり今後のことも踏まえて、パメラが誰に対して反応を示してしまうのか検証が行われることになった。

 その他の奴隷に対しては謝り続けることはなくとも多少の違いはあれ、体が震えていたりしていることがわかり、パメラが大人しくしていられるのは同じ時を過ごした皇帝の奴隷だった者たちだけだと判明した。

 その時に、元奴隷だったアルフレッドたちにも協力してもらい反応を見たが、男性たちの場合は元奴隷だろうと関係なく反応してしまい論外であった。

 こうして、パメラの身の回りのことはケイトが基本的に行い、手の回らない時には皇帝の奴隷だった者たちが行うように決まったのだった。

 そこへパメラを部屋へと連れ帰ったケイトが戻ってくると、マリーの話に追加で補足をする。

「先程のでご理解いただけたかとは思いますが、皇帝が死んで数ヶ月経った今でも慣れない人が近づくとああなってしまうのです。唯一あの子自身が心から近づこうとするのはご主人様だけです。私でさえ寄ってこずにこちらから近づかなければなりません」

「ケビン君は男性なのに?」

 ティナの疑問に、ケビンがここで何を為していたのかをケイトが語りだした。

 その内容は皇帝との戦いの後、ケビンの表情が乏しくなって言葉もぶっきらぼうであったものの、かける声音は優しさに満ちていたと。パメラの時は言葉さえも優しくなりとても気遣っていたことを。

「表情を失ってたのに……」

「あの御方は決して表情を失って大量殺人ができるような非情な人間になったわけではありません。その理由として、私たち奴隷に復讐の機会を与えましたが、決して殺させようとはしませんでした。最後の一線は越えさせなかったのです」

 ティナとニーナは思い出す。ケビンは2人が殺人を犯さないようにいつも自身の手を汚していたことを。冒険者である以上、盗賊とかち合えば否応なく殺さなければならないのに。

「それに、その後行われた悪人の処刑は私を傍から離そうともしました。見ていても気持ちのいいものではないと。ですが、例え相手が救いようのない悪人であっても、人を殺し続けて心が平気なはずはありませんので、私は傍に残り続けました」

 ティナたちはその光景を想像してしまう。表情に変化がなく淡々と人を殺し続けているケビンの姿を。その度に心に傷を負っているのではないかと。

「でもお風呂では僅かに表情の変化がありましたので、表情が今後も戻らないということはないはずです」

 ティナとニーナは思い出す。一緒にお風呂に入った時のケビンの微笑みを。

「「……?」」

 そして、何となく拭いきれない違和感を感じてしまった。

「お風呂……?」

「はい、ご主人様と奴隷のみんなでお風呂に入った時です」

「え……ケビン君とお風呂に入ったの? 奴隷のみんなが?」

「ええ、ご主人様と離れたくなくて後から乱入した形です。やはり酷い環境から救って頂いても心のケアまではその時に治るわけでもなく、不安な心を落ち着けるためにも安心できるご主人様の傍へみんなで参った次第です」

「ケビン君、嫌がったんじゃない?」

「最初は渋っていましたが理由を伝えると、お風呂が大きすぎて1人で使うにはもったいないと感じていたらしく、一緒にいることを許してくれました」

「はぁぁ……ケビン君、ここの女性たち全員の裸見たんだ……」

「誤解のないように伝えておきます。ご主人様の感情は薄れていましたので、私たちをいやらしい目で見るということはありませんでした。むしろ違うものに興味を持たれていましたので」

 ティナたちは女性たちの裸体よりも興味を持つものが何なのか気になり、ケイトに教えてもらうことにした。

 そしてケイトはそれに答えるのである。

「ジェシカという、うさぎ族の獣人の耳です」

 ティナたちには意味がわからなかった。何故目の前に広がる女性たちの裸体よりも耳に興味を示したのか。それが表情に出ていたのかケイトが笑いながらその時のことを語りだす。

「ジェシカのスタイルが悪かった訳ではありません。むしろ羨ましいくらいのスタイルです。しかも、手をつけられていない生娘です。ですが、ご主人様はその体よりも『ただ単に耳を触りたかった』と申したのです」

「ケビン君、感情が薄れておかしくなったのかな?」

「女性の体に興味なし?」

「性欲が薄れたのは確かだと思うよ」

「耳ですか……不思議ですね」

「ふふっ、ケビン君らしいわね」

 三者三様な意見が飛び交う中、ケイトがその時に起きたティナたちにとって見過ごせない重大なことを伝える。

「ジェシカの耳を後ろ向きに抱っこして触られている時に、表情の希薄なご主人様が微笑まれたのですが、それはもう柔らかい上に優しくて、その場にいたほとんどの奴隷たちをメロメロにしていましたね。かくいう私も胸がキュンとしてしまいました」

「ケビン君……笑ったんだ……」

「良かった……」

「治る見込みが出てきたね」

「それほど戦後は酷かったのでしょうか?」

「私は戦後のケビン君を見ていないから、どれほどの差があるのかわからないわ」

 ティナたちはケビンが微笑んだことを喜び、ケビンを見ていないスカーレットとマリーは記憶にあるケビンからは想像もつかず、いまいち喜びを共有できなかった。

「そして、その後色々と話していましたが恥ずかしながら私が泣いてしまい、その時にジェシカと交代で向かい合う形で抱っこされてしまいましたが……あれは格別としか言いようがありません。あの御方の腕の中は安心に満ち溢れています」

 その後もケイトの話は続き、護衛の件などそっちのけで女性たちによるケビン談議に花を咲かせるのである。

 話を聞き付けた奴隷たちも次第に集まりだして、謁見の間はケビンの昔話を聞く女性たちで埋め尽くされるのであった。
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