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第7章 ダンジョン都市
第189話 先生と生徒
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ケビンたちがダンジョン攻略を進めている中、鮮血の傭兵団はケビンたちを捜し回っていた。
「おい、まだガキの冒険者は見つからねえのか?」
「未だギルドにも姿を現してません」
「ったく、ダンジョンにも張り付いているってのに、何で見つからねえんだ?」
茶髪の幹部がクランメンバーに問いかけるも、返ってくるのは芳しくない情報ばかりであった。
鮮血の傭兵団が、幾らギルドやダンジョンで張り込みをしてても見つからないのは、偏にケビンの転移魔法が原因である。
ケビンはギルドに素材買取をする以外は、転移魔法で部屋とダンジョンを行き来するようになって無駄な時間を省いていた。
鮮血の傭兵団も住んでいる場所を特定することはできたが、如何せんケビンの住んでいるのは最上階であり、専用のカードキーがないと立ち入り不可となっている。
唯一立ち入ることができるのは許された職員のみで、専属となるコンシェルジュを始めとする一部の者たちだけだ。
よって、鮮血の傭兵団は人目の多い宿屋で待ち構えるより、ダンジョンで待ち構えることを選んでおり、ダンジョンの出入り口に張り込んでいた。
それでも、いくら待てどもダンジョンから出てくるところはおろか、入るところすら見ないので、街中にも捜索隊を配置していたのだ。
「俺たちに気づいて、街を出たとかじゃないですか?」
「それはないだろ。数日前は普通に素材の買取でギルドに姿を現してるんだ。ギルドに溜まってる連中の話じゃ、数日に1回位の割合で来ているらしいからな」
「それじゃあ、もうそろそろギルドに顔を出すってことですね」
鮮血の傭兵団がそんな予想を立てている中、話題の中心であるケビンはダンジョンで滅茶苦茶楽しんでいた。
ようやく、ティナたちと一緒に戦闘をするようになって、4人で取る連携を色々と試しているのであった。
元よりバトルジャンキーの称号を持っているので、本人に自覚はなくとも、力を制限した状態で戦う戦闘に嬉嬉として喜びを感じていた。
そんな状態であるケビンは、素材を買い取らせるためにギルドへ行くことなど、頭の中からすっぽりと抜け落ちているのである。
ティナたちも特にお金を使うような場面が出てこない上、貯蓄が溜まりに溜まっているので、素材買取を指摘するような考えは端から持ち合わせていなかった。
そんなこともあり、鮮血の傭兵団は無駄に待ちぼうけや捜索をするという、無意味な行動を繰り返すのである。
更に数日が経ったある日、鮮血の傭兵団の幹部はイライラが頂点に達しようとしていた。
「何で何処にもいやがらねえんだ!」
「わかりません」
「ダンジョン内にも捜索隊を出しているんだぞ?」
「そもそもガキは到達階層記録を更新していますので、俺たちには辿り着けない階層にいる可能性があります」
「それでも48階層まで下りてるんだろ!?」
「ガキの記録は、わかっている段階で55階層です」
「何だと!?」
「それも1週間くらい前の話ですので、更に下の階層へと至っている可能性が高いかと」
「何でそれをもっと早く言わねぇ! 浅層に回している奴らを最前線へ回して攻略スピードを上げさせろ!」
「わかりました」
報告に来ていたクランメンバーが立ち去ると、茶髪の幹部は独りごちる。
「こりゃあ、俺たちが出張らねえといけねぇかもな。団長に相談してみるか」
茶髪の幹部は団長に対して、総力を持ってダンジョン攻略を進めるべきだと進言しに、その場を後にするのであった。
一方でケビンたちは90階層のボス部屋まで到達していた。ケビンが戦闘メンバーに入ったことにより攻略スピードが必然的に上がり、ティナたちが苦戦することもなくなってダンジョンの深層へと到達していたのだった。
「やっと90階層だね」
「思ってたより日にちが掛かったわね」
「魔物も強くなってる」
「ケビン様が参戦なさらなければ、まだ70階層を越えたあたりだったかも知れません」
「それはあるわね。ケビン君がいないと絶対ここまで来れてないわ」
「70階層を越えたあたりから敵が一段と強く狡猾になってたからね」
「強くて狡賢い」
「さて、90階層のボスでも拝みに行こうか」
ケビンがボス部屋の扉を開けて入口すぐ側で足を止めて中を見渡す。それに続いてティナたちも中へと入って行った。
待ち構えていたのは、身の丈10メートルはありそうな2つの頭を持つ獣……双頭の犬オルトロスであった。
「こいつはヤバいね」
「苦戦しそうなの?」
「スピードタイプだから、1番素早さの低いニーナさんが狙い撃ちにされる。向こうからしたら狩りみたいなものだね」
「え……」
ニーナは自分が狙い撃ちにされると聞き、表情が強ばって額から冷や汗を流す。
「ルル、ニーナさんを守りながら戦える?」
「任せてくださいと言いたいところですが、さすがに厳しそうです。確実に怪我をさせてしまうと思います」
「それがわかってて任せるわけにもいかないか」
「力が及ばず申し訳ありません」
「いいよ。ルルは自分の持ち味を活かして。ティナさんは難しいだろうけど矢で攻撃していってくれる?」
「ケビン君、私は? 足手纏い?」
ニーナは泣きそうな顔をするとケビンに問いかけるが、ケビンはそんなニーナに優しく答える。
「俺が1度でもニーナさんに足手纏いだなんて言ったことある?」
「……ない」
「それに、素早さのないニーナさんだからこその特権もあるんだよ?」
「……特権?」
「こういうことだよ」
ケビンはニーナをお姫様抱っこして笑いかけると、ニーナはわけもわからず混乱してしまう。
「え!?……え!?……」
「今回はこのまま一緒に戦おうね?」
「いいわね、ニーナは。普通ボス戦でそんなことしてくれるのは、ケビン君くらいよ。他の人だったらありえないわ」
「羨ましいです」
「うぅ……」
ニーナは恥ずかしさからかケビンの体に顔を隠してしまう。そんなニーナの反応を楽しみつつも、ケビンは戦闘開始の合図を出す。
「さぁ、始めようか」
「「Waoooooh!」」
ケビンの号令とともにそれぞれが動き出し、オルトロスも雄叫びとともに戦闘を開始する。
そんなオルトロスにティナが先制の矢を放つが、オルトロスは簡単に避けてしまう。
ルルはオルトロスに張り付きながらも攻撃を繰り出そうとするが、オルトロスの方が上手で、ルルの攻撃を躱しながらしっかりと反撃を行っていた。
「ニーナさん、見せ場だよ。敵の攻撃は気にしなくていいから、魔法を撃っていって。威力よりも速度重視で敵の出鼻を挫く感じでね」
「……うん、わかった」
ニーナは発動速度が早く威力の低いアロー系の魔法を選び、詠唱が終わっては順次発動させていく。
両手が塞がっているケビンも、同じように魔法にて応戦することにして、どの魔法を使おうかと考えていた。
そこで考え出した結論は、この際オルトロスを利用してニーナへの魔法講義をしてしまおうということであった。
「ニーナさん、今から講義を始めるよ。先生のやることをちゃんと見て、言っていることを理解するんだよ?」
「? ……うん」
「《ファイアアロー》」
ケビンが魔法を発動させると無数のファイアアローは飛んでいかず、そのまま頭上に静止した状態で留まっていた。
「これが【状態維持】」
次にケビンがとった行動は、空中に浮かぶ無数のファイアアローから1つを選び、オルトロスへ向けて発射した。
「これが【選別発動】」
特に当てようともしていないファイアアローは、オルトロスに差し迫ると難なく避けられてしまう。
ティナたちは何をしているのか気になるようでケビンたちをチラ見するが、オルトロス相手にそれを続ける余裕もなく、すぐさま思考を目の前の敵に切り替えた。
ケビンは再び1つのファイアアローを選んで発射すると、今度はオルトロスの間近でその勢いを止めて空中に留まらせ、オルトロスに張り付かせていた。
「これが【停止維持】」
停止したまま張り付いているファイアアローが気になるのか、オルトロスの注意力が若干ファイアアローに注がれ、先程よりも動きが鈍くなっていた。
それでも、オルトロスからしてみれば微々たる誤差でしかないので、ティナたちは相変わらず有効打を決めることができずに苦戦している。
「見てもわかる通り、オルトロスはあのファイアアローを気にしていて、気もそぞろになっているだろ? 俺たちだって、近くに攻撃魔法が待機していたら気になって戦いに集中できない。これが、今回の魔術師の取るべき戦術だよ」
「みんなが戦いやすいように、相手を追い詰める?」
「そうだよ。威力の高い魔法でドカンとするのもありだけど、スピードタイプにそれは愚策だし、何より近くにいる仲間に被害を出す可能性もある。そうなると、あとは如何にして前線で戦う仲間が攻撃を当てやすくなるのかを考えて、導き出した結果を実行すればいい」
「今回は私がルルの役割?」
「そうなるね。敵を魔法で翻弄して集中力を散漫にする。さぁ、やってみようか? 先ずは【状態維持】から。失敗してもいいからできるだけ留めておくように意識して」
ニーナはケビンのファイアアローと区別をするため、ウォーターアローを頭上に形成するが、1発で成功とはならずにオルトロスへ向けていつも通り発動してしまう。
ケビンはニーナが練習している間、ティナたちのフォローをするべく適度にファイアアローをオルトロスに発射していた。
絶妙なタイミングで飛来するファイアアローと、何でもない時に飛来するウォーターアローによりオルトロスは多少の混乱をきたしていたが、それはティナたちも同様で、ケビンが絡んでいる以上何かやっているのだと思い至って、オルトロスほどの混乱は見受けられなかった。
少しずつニーナもコツを掴んできたのか、1、2発ほどその場に留まるような動きを見せていた。
「だいぶ良くなってきたね」
「まだ難しいよ」
「そんな頑張り屋の生徒さんに、ヒントをあげるよ」
「ヒント?」
「次に実行する時に【魔力探知】で相手の魔力ではなく、自分の魔力を見てごらん。集中して意識すれば魔力の流れがわかるはずだよ」
「やってみる」
ニーナは再びウォーターアローの詠唱に入ると言われた通りに集中して、【魔力探知】で自身を見ていた。
次第に視界には自身の体の中から魔力が杖に流れて、その杖から頭上に魔力が流れていく様を認識すると、頭上に一定量が流れた時点でその流れが止まり、ウォーターアローが形成されつつあった。
そのまま眺めているとアローの生成が終わったのか、停滞していたそれぞれのアローの魔力がひときわ強くなり一斉に飛んで行く。
飛来していくアローの後尾から魔力の帯が流れており、それは頭上の魔力溜りから伸びているようであった。
全てのアローが飛来していったことで、頭上の魔力溜りもなくなり何もない状態へと変化していた。
「見えたかな?」
「見えた。初めて自分の魔法がどの様に作られ、発動しているのかがわかった」
「それは良かった。そのまま俺が維持していたり張り付けているファイアアローを見てごらん」
ニーナはケビンの頭上にあるファイアアローを【魔力探知】で見ると、一定の魔力のまま停滞しており、張り付いている方は帯が伸びたまま澱みなく魔力が維持され、オルトロスとの距離に合わせて伸びたり縮んだりしていた。
「凄い綺麗……」
「これが今回教えたかったことだよ。【魔力探知】は本来、【気配探知】と同様に相手の魔力を探知する使い方だから、こういう使い方を知っておくとただの同じ魔法でも使い方にバリエーションが増えて、魔術師として大成するよ」
「ありがとう、先生!」
ニーナは魔術の真髄に近づけたことが余程嬉しかったのか、ケビンの頬に顔を近づけるとキスをした。
「それじゃあ、さっきの練習の続きをしてみて。【魔力探知】と【魔力操作】を併用すれば、さっきよりも格段に制御しやすくなるよ」
「やってみる!」
ニーナは水を得た魚のように、先程とは打って変わって順調に【状態維持】を身に付けていく。
その間にケビンは、オルトロスに張り付けているアローの数を増やして、オルトロスの行動を制限していった。
前線のティナたちは、ケビンのフォローにより次第にオルトロスへとダメージを与えられるようになり、少しずつだが追い詰めていき攻撃を繰り返していた。
やがてニーナが【状態維持】をマスターして【選別発動】に入ると、戦況は見る見るうちにケビンたちへと傾きだして、オルトロスの焦りが目に見えてわかるようになる。
オルトロスがルルに攻撃を仕掛けようとすると、ケビンの張り付けているファイアアローがその機先を制して足元に突き刺さり、立ち止まったところへ今度はルルが近づき攻撃を仕掛ける。
ティナはその後に矢を撃ち放ち、それがオルトロスの体躯へと突き刺さると、ニーナも頭上に待機させていたウォーターアローを発射して、攻撃を仕掛けていた。
その攻撃を避けようとするオルトロスに、ケビンのファイアアローが行く手を遮って邪魔をする。
上手く連携が繋がり出すと、オルトロスは攻撃をする暇さえ与えられずに、ジワジワとなぶり殺されていくのだった。
そうしているうちに、とうとうオルトロスは息絶えてその体を光の粒子へと変えていった。
「ようやく終わったわね」
「執拗かったですねぇ」
「ところでケビン君、私たちが頑張っている間、ニーナと何をしていたの?」
「魔法の講義だよ」
「戦闘中にラブラブするだけでは飽き足らず、そんな特典まで付けてたの?」
「別にラブラブはしてないよ。真面目に講義してたし」
「何やら『先生』って言って、ニーナがキスしているところを見たんだけど?」
「……羨ましいです」
ニーナはティナの言葉に先程感極まってキスしたことを思い出して、ケビンの腕の中で顔を赤らめるのであった。
「まぁ、戦力アップに繋がったのは間違いないんだから、それくらいにしておきなよ」
「それはわかってるわよ。途中からニーナが、ケビン君みたいな魔法の使い方をして戦闘に余裕ができたのも事実だし。あれって私にも教えてくれるのよね?」
「ティナさんって【魔力探知】持ってないでしょ? 相当努力しないといけないし苦労するよ」
「じゃあ、【魔力探知】を先に教えてよ」
「弓を使うティナさん向きじゃないんだけどなぁ。処理しきれないでしょ? 矢を放ちながら魔法も制御するんだよ?」
「うぅ……」
「それをやるぐらいなら、魔法と同時に矢を放つぐらいのデュアルアタックをした方がいいと思うよ。ゴーレムの時はニーナさんとしていたでしょ? 魔法は発動させるだけで難しい制御はしなくていいんだから」
「確かに……」
「ケビン様、ケビン様! 私には何かないのでしょうか?」
「ルル自身はどうなりたいの?」
「元々は隠密行動を得意としていましたので、その線を伸ばしていければと」
「そっちは出来上がってるからねぇ……暗器も既に使えてるし」
「では、サラ様のようになりたいです」
「そうなると、片手直剣から細剣もしくはレイピアに変えなきゃいけなくなるんだよね。それと、母さん並みに素早さがないといけないし……」
「難しいですか?」
「別のアプローチとして二刀流をやってみる? 母さんの戦闘スタイルは、速さに重きを置いた手数を増やす方法だから、習得は難しいだろうけど二刀流なら手数は確実に増えるよ」
「是非!」
「それなら、今から利き手とは逆で戦闘を繰り返していって。利き手と同じくらいに扱えるようになったら、二刀流を少しずつ慣らしていこうか?」
「わかりました! 頑張ります!」
ケビンたちはこの日の攻略は終わらせて、ティナたちの新しい目標とともに部屋へと帰るのであった。
「おい、まだガキの冒険者は見つからねえのか?」
「未だギルドにも姿を現してません」
「ったく、ダンジョンにも張り付いているってのに、何で見つからねえんだ?」
茶髪の幹部がクランメンバーに問いかけるも、返ってくるのは芳しくない情報ばかりであった。
鮮血の傭兵団が、幾らギルドやダンジョンで張り込みをしてても見つからないのは、偏にケビンの転移魔法が原因である。
ケビンはギルドに素材買取をする以外は、転移魔法で部屋とダンジョンを行き来するようになって無駄な時間を省いていた。
鮮血の傭兵団も住んでいる場所を特定することはできたが、如何せんケビンの住んでいるのは最上階であり、専用のカードキーがないと立ち入り不可となっている。
唯一立ち入ることができるのは許された職員のみで、専属となるコンシェルジュを始めとする一部の者たちだけだ。
よって、鮮血の傭兵団は人目の多い宿屋で待ち構えるより、ダンジョンで待ち構えることを選んでおり、ダンジョンの出入り口に張り込んでいた。
それでも、いくら待てどもダンジョンから出てくるところはおろか、入るところすら見ないので、街中にも捜索隊を配置していたのだ。
「俺たちに気づいて、街を出たとかじゃないですか?」
「それはないだろ。数日前は普通に素材の買取でギルドに姿を現してるんだ。ギルドに溜まってる連中の話じゃ、数日に1回位の割合で来ているらしいからな」
「それじゃあ、もうそろそろギルドに顔を出すってことですね」
鮮血の傭兵団がそんな予想を立てている中、話題の中心であるケビンはダンジョンで滅茶苦茶楽しんでいた。
ようやく、ティナたちと一緒に戦闘をするようになって、4人で取る連携を色々と試しているのであった。
元よりバトルジャンキーの称号を持っているので、本人に自覚はなくとも、力を制限した状態で戦う戦闘に嬉嬉として喜びを感じていた。
そんな状態であるケビンは、素材を買い取らせるためにギルドへ行くことなど、頭の中からすっぽりと抜け落ちているのである。
ティナたちも特にお金を使うような場面が出てこない上、貯蓄が溜まりに溜まっているので、素材買取を指摘するような考えは端から持ち合わせていなかった。
そんなこともあり、鮮血の傭兵団は無駄に待ちぼうけや捜索をするという、無意味な行動を繰り返すのである。
更に数日が経ったある日、鮮血の傭兵団の幹部はイライラが頂点に達しようとしていた。
「何で何処にもいやがらねえんだ!」
「わかりません」
「ダンジョン内にも捜索隊を出しているんだぞ?」
「そもそもガキは到達階層記録を更新していますので、俺たちには辿り着けない階層にいる可能性があります」
「それでも48階層まで下りてるんだろ!?」
「ガキの記録は、わかっている段階で55階層です」
「何だと!?」
「それも1週間くらい前の話ですので、更に下の階層へと至っている可能性が高いかと」
「何でそれをもっと早く言わねぇ! 浅層に回している奴らを最前線へ回して攻略スピードを上げさせろ!」
「わかりました」
報告に来ていたクランメンバーが立ち去ると、茶髪の幹部は独りごちる。
「こりゃあ、俺たちが出張らねえといけねぇかもな。団長に相談してみるか」
茶髪の幹部は団長に対して、総力を持ってダンジョン攻略を進めるべきだと進言しに、その場を後にするのであった。
一方でケビンたちは90階層のボス部屋まで到達していた。ケビンが戦闘メンバーに入ったことにより攻略スピードが必然的に上がり、ティナたちが苦戦することもなくなってダンジョンの深層へと到達していたのだった。
「やっと90階層だね」
「思ってたより日にちが掛かったわね」
「魔物も強くなってる」
「ケビン様が参戦なさらなければ、まだ70階層を越えたあたりだったかも知れません」
「それはあるわね。ケビン君がいないと絶対ここまで来れてないわ」
「70階層を越えたあたりから敵が一段と強く狡猾になってたからね」
「強くて狡賢い」
「さて、90階層のボスでも拝みに行こうか」
ケビンがボス部屋の扉を開けて入口すぐ側で足を止めて中を見渡す。それに続いてティナたちも中へと入って行った。
待ち構えていたのは、身の丈10メートルはありそうな2つの頭を持つ獣……双頭の犬オルトロスであった。
「こいつはヤバいね」
「苦戦しそうなの?」
「スピードタイプだから、1番素早さの低いニーナさんが狙い撃ちにされる。向こうからしたら狩りみたいなものだね」
「え……」
ニーナは自分が狙い撃ちにされると聞き、表情が強ばって額から冷や汗を流す。
「ルル、ニーナさんを守りながら戦える?」
「任せてくださいと言いたいところですが、さすがに厳しそうです。確実に怪我をさせてしまうと思います」
「それがわかってて任せるわけにもいかないか」
「力が及ばず申し訳ありません」
「いいよ。ルルは自分の持ち味を活かして。ティナさんは難しいだろうけど矢で攻撃していってくれる?」
「ケビン君、私は? 足手纏い?」
ニーナは泣きそうな顔をするとケビンに問いかけるが、ケビンはそんなニーナに優しく答える。
「俺が1度でもニーナさんに足手纏いだなんて言ったことある?」
「……ない」
「それに、素早さのないニーナさんだからこその特権もあるんだよ?」
「……特権?」
「こういうことだよ」
ケビンはニーナをお姫様抱っこして笑いかけると、ニーナはわけもわからず混乱してしまう。
「え!?……え!?……」
「今回はこのまま一緒に戦おうね?」
「いいわね、ニーナは。普通ボス戦でそんなことしてくれるのは、ケビン君くらいよ。他の人だったらありえないわ」
「羨ましいです」
「うぅ……」
ニーナは恥ずかしさからかケビンの体に顔を隠してしまう。そんなニーナの反応を楽しみつつも、ケビンは戦闘開始の合図を出す。
「さぁ、始めようか」
「「Waoooooh!」」
ケビンの号令とともにそれぞれが動き出し、オルトロスも雄叫びとともに戦闘を開始する。
そんなオルトロスにティナが先制の矢を放つが、オルトロスは簡単に避けてしまう。
ルルはオルトロスに張り付きながらも攻撃を繰り出そうとするが、オルトロスの方が上手で、ルルの攻撃を躱しながらしっかりと反撃を行っていた。
「ニーナさん、見せ場だよ。敵の攻撃は気にしなくていいから、魔法を撃っていって。威力よりも速度重視で敵の出鼻を挫く感じでね」
「……うん、わかった」
ニーナは発動速度が早く威力の低いアロー系の魔法を選び、詠唱が終わっては順次発動させていく。
両手が塞がっているケビンも、同じように魔法にて応戦することにして、どの魔法を使おうかと考えていた。
そこで考え出した結論は、この際オルトロスを利用してニーナへの魔法講義をしてしまおうということであった。
「ニーナさん、今から講義を始めるよ。先生のやることをちゃんと見て、言っていることを理解するんだよ?」
「? ……うん」
「《ファイアアロー》」
ケビンが魔法を発動させると無数のファイアアローは飛んでいかず、そのまま頭上に静止した状態で留まっていた。
「これが【状態維持】」
次にケビンがとった行動は、空中に浮かぶ無数のファイアアローから1つを選び、オルトロスへ向けて発射した。
「これが【選別発動】」
特に当てようともしていないファイアアローは、オルトロスに差し迫ると難なく避けられてしまう。
ティナたちは何をしているのか気になるようでケビンたちをチラ見するが、オルトロス相手にそれを続ける余裕もなく、すぐさま思考を目の前の敵に切り替えた。
ケビンは再び1つのファイアアローを選んで発射すると、今度はオルトロスの間近でその勢いを止めて空中に留まらせ、オルトロスに張り付かせていた。
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それでも、オルトロスからしてみれば微々たる誤差でしかないので、ティナたちは相変わらず有効打を決めることができずに苦戦している。
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「そうだよ。威力の高い魔法でドカンとするのもありだけど、スピードタイプにそれは愚策だし、何より近くにいる仲間に被害を出す可能性もある。そうなると、あとは如何にして前線で戦う仲間が攻撃を当てやすくなるのかを考えて、導き出した結果を実行すればいい」
「今回は私がルルの役割?」
「そうなるね。敵を魔法で翻弄して集中力を散漫にする。さぁ、やってみようか? 先ずは【状態維持】から。失敗してもいいからできるだけ留めておくように意識して」
ニーナはケビンのファイアアローと区別をするため、ウォーターアローを頭上に形成するが、1発で成功とはならずにオルトロスへ向けていつも通り発動してしまう。
ケビンはニーナが練習している間、ティナたちのフォローをするべく適度にファイアアローをオルトロスに発射していた。
絶妙なタイミングで飛来するファイアアローと、何でもない時に飛来するウォーターアローによりオルトロスは多少の混乱をきたしていたが、それはティナたちも同様で、ケビンが絡んでいる以上何かやっているのだと思い至って、オルトロスほどの混乱は見受けられなかった。
少しずつニーナもコツを掴んできたのか、1、2発ほどその場に留まるような動きを見せていた。
「だいぶ良くなってきたね」
「まだ難しいよ」
「そんな頑張り屋の生徒さんに、ヒントをあげるよ」
「ヒント?」
「次に実行する時に【魔力探知】で相手の魔力ではなく、自分の魔力を見てごらん。集中して意識すれば魔力の流れがわかるはずだよ」
「やってみる」
ニーナは再びウォーターアローの詠唱に入ると言われた通りに集中して、【魔力探知】で自身を見ていた。
次第に視界には自身の体の中から魔力が杖に流れて、その杖から頭上に魔力が流れていく様を認識すると、頭上に一定量が流れた時点でその流れが止まり、ウォーターアローが形成されつつあった。
そのまま眺めているとアローの生成が終わったのか、停滞していたそれぞれのアローの魔力がひときわ強くなり一斉に飛んで行く。
飛来していくアローの後尾から魔力の帯が流れており、それは頭上の魔力溜りから伸びているようであった。
全てのアローが飛来していったことで、頭上の魔力溜りもなくなり何もない状態へと変化していた。
「見えたかな?」
「見えた。初めて自分の魔法がどの様に作られ、発動しているのかがわかった」
「それは良かった。そのまま俺が維持していたり張り付けているファイアアローを見てごらん」
ニーナはケビンの頭上にあるファイアアローを【魔力探知】で見ると、一定の魔力のまま停滞しており、張り付いている方は帯が伸びたまま澱みなく魔力が維持され、オルトロスとの距離に合わせて伸びたり縮んだりしていた。
「凄い綺麗……」
「これが今回教えたかったことだよ。【魔力探知】は本来、【気配探知】と同様に相手の魔力を探知する使い方だから、こういう使い方を知っておくとただの同じ魔法でも使い方にバリエーションが増えて、魔術師として大成するよ」
「ありがとう、先生!」
ニーナは魔術の真髄に近づけたことが余程嬉しかったのか、ケビンの頬に顔を近づけるとキスをした。
「それじゃあ、さっきの練習の続きをしてみて。【魔力探知】と【魔力操作】を併用すれば、さっきよりも格段に制御しやすくなるよ」
「やってみる!」
ニーナは水を得た魚のように、先程とは打って変わって順調に【状態維持】を身に付けていく。
その間にケビンは、オルトロスに張り付けているアローの数を増やして、オルトロスの行動を制限していった。
前線のティナたちは、ケビンのフォローにより次第にオルトロスへとダメージを与えられるようになり、少しずつだが追い詰めていき攻撃を繰り返していた。
やがてニーナが【状態維持】をマスターして【選別発動】に入ると、戦況は見る見るうちにケビンたちへと傾きだして、オルトロスの焦りが目に見えてわかるようになる。
オルトロスがルルに攻撃を仕掛けようとすると、ケビンの張り付けているファイアアローがその機先を制して足元に突き刺さり、立ち止まったところへ今度はルルが近づき攻撃を仕掛ける。
ティナはその後に矢を撃ち放ち、それがオルトロスの体躯へと突き刺さると、ニーナも頭上に待機させていたウォーターアローを発射して、攻撃を仕掛けていた。
その攻撃を避けようとするオルトロスに、ケビンのファイアアローが行く手を遮って邪魔をする。
上手く連携が繋がり出すと、オルトロスは攻撃をする暇さえ与えられずに、ジワジワとなぶり殺されていくのだった。
そうしているうちに、とうとうオルトロスは息絶えてその体を光の粒子へと変えていった。
「ようやく終わったわね」
「執拗かったですねぇ」
「ところでケビン君、私たちが頑張っている間、ニーナと何をしていたの?」
「魔法の講義だよ」
「戦闘中にラブラブするだけでは飽き足らず、そんな特典まで付けてたの?」
「別にラブラブはしてないよ。真面目に講義してたし」
「何やら『先生』って言って、ニーナがキスしているところを見たんだけど?」
「……羨ましいです」
ニーナはティナの言葉に先程感極まってキスしたことを思い出して、ケビンの腕の中で顔を赤らめるのであった。
「まぁ、戦力アップに繋がったのは間違いないんだから、それくらいにしておきなよ」
「それはわかってるわよ。途中からニーナが、ケビン君みたいな魔法の使い方をして戦闘に余裕ができたのも事実だし。あれって私にも教えてくれるのよね?」
「ティナさんって【魔力探知】持ってないでしょ? 相当努力しないといけないし苦労するよ」
「じゃあ、【魔力探知】を先に教えてよ」
「弓を使うティナさん向きじゃないんだけどなぁ。処理しきれないでしょ? 矢を放ちながら魔法も制御するんだよ?」
「うぅ……」
「それをやるぐらいなら、魔法と同時に矢を放つぐらいのデュアルアタックをした方がいいと思うよ。ゴーレムの時はニーナさんとしていたでしょ? 魔法は発動させるだけで難しい制御はしなくていいんだから」
「確かに……」
「ケビン様、ケビン様! 私には何かないのでしょうか?」
「ルル自身はどうなりたいの?」
「元々は隠密行動を得意としていましたので、その線を伸ばしていければと」
「そっちは出来上がってるからねぇ……暗器も既に使えてるし」
「では、サラ様のようになりたいです」
「そうなると、片手直剣から細剣もしくはレイピアに変えなきゃいけなくなるんだよね。それと、母さん並みに素早さがないといけないし……」
「難しいですか?」
「別のアプローチとして二刀流をやってみる? 母さんの戦闘スタイルは、速さに重きを置いた手数を増やす方法だから、習得は難しいだろうけど二刀流なら手数は確実に増えるよ」
「是非!」
「それなら、今から利き手とは逆で戦闘を繰り返していって。利き手と同じくらいに扱えるようになったら、二刀流を少しずつ慣らしていこうか?」
「わかりました! 頑張ります!」
ケビンたちはこの日の攻略は終わらせて、ティナたちの新しい目標とともに部屋へと帰るのであった。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
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