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第5章 交易都市ソレイユ

第145話 ギルドでの諍い

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――宿屋・ケンたちの部屋

 ここで1人、読書に耽る女性がいた。何を隠そうニーナである。彼女は程々にケンを1人で行動させることがあった。

 それは、ケンがあまり束縛されるのを好まないからである。その気持ちを尊重して、ケンが1人で行動している時は読書をしながら時間を潰すのである。

(ケン君、今頃何してるのかなぁ?)

 ニーナがケンを気遣っても、ケンを想っている女性はもう1人おり、その女性は気遣いよりも自身の欲求を優先する。ケンが嫌がらない限りは、グイグイと攻めていくタイプの女性なのだ。

(ティナを見かけないし、きっとケン君のところよね。迷惑かけてなきゃいいけど)

 ニーナが1人で過ごすときには、決まって読書をするのだが、必ずしもそれに時間を取られるということはない。大体がケンのことを想い、読書は捗らないのだ。

(はぁ……ケン君に会いたい……お姉ちゃんをこんな気持ちにさせるなんて、罪な人ね)

 そんな事を思いながら時間を潰していると、部屋のドアがいきなり開け放たれた。

「あ、いた」

(えっ!? ケン君!? どうして? 私の想いが通じたの!?)

 ケンは何も言わずニーナに近寄ると、ティナの指令通りにお姫様抱っこをした。

「ふぇ?」

 ニーナがキョトンとするも、何も気にせずケンは動き出す。

(えっ!? 何? 何なの!?)

「お姫様を攫いに来たんだよ」

(えっ!? お姫様? 私、お姫様になったの!? ケン君に攫われちゃうの!? いや、むしろ喜んで攫われるよ!!)

 それだけ伝えると、ケンはギルドへ向かって駆け出すのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


――冒険者ギルド

「ただいま」

 ケンが声を掛けると、ティナが反応した。

「おかえり、ケン君。お姫様はちゃんと攫えたようね」

「……へ? ……え?」

 ニーナは、未だ状況を掴めずに混乱していた。

「ふふっ、ニーナのその顔を見れて大満足だわ」

「ティナさんは、性格が悪いですよね」

「あら、ケン君だってノリノリだから、お姫様抱っこしてきたんでしょ?」

「まぁ、そうですけどね」

 ニーナが混乱したまま、2人は会話に勤しんだ。

(おいっ! あのガキ、今度は美少女をお姫様抱っこしてきたぞ!)

(何であのガキばかり、美味しい思いをしてるんだよ!)

(さっきは、エルフの美少女に抱っこされて、次は、別の美少女をお姫様抱っこだと……ガキのくせにハーレムかっ!!)

(あぁ……わたしも、お姫様抱っこして欲しい……)

(あの輪の中に混じりたいなぁ……ショタ最高……)

 冒険者たちもそのケンの行動に目を見張り、ザワザワと好き勝手に騒いでいた。

「さぁ、ニーナ。貴女のギルドカードを出しなさい」

「意味不明。説明を求む」

 ニーナは混乱から立ち直ったはいいが、いきなりギルドカードを出せと言われても、全く意味がわからなかった。

「ケン君が偽物扱いを受けるのよ? それでいいの、貴女は?」

 その言葉を聞くや否や、未だお姫様抱っこの状態のニーナは、目にも止まらぬスピードで、ギルドカードをカウンターに叩きつけた。

「論より証拠」

「ほら、証拠は出揃ったわ。ギルドマスターは、私たちのカードを確認して、その内容に整合が取れてるか見てくれるかしら?」

「あ、あぁ……何かよくわからんことが次から次に起こっているが、とりあえず、お前らのカードの中身を確認しよう」

 それからギルドマスターは、他の魔導具でティナとニーナの討伐欄を表示させて、中身の確認作業を行った。

「お前たちも一応見るか? 本人だから見ても問題ない」

「そうね。最近は、見てなかったからこれを機会に見てみるわ」

「私も見る」

 2人が意思表示をすると、ギルドマスターは、魔導具をケンの内容を表示させている物の横に並べた。

「このままだとニーナさんが見づらいですね。小さくてすみません」

「そんなことない。どんなケンでも大好き」

「ちょっと見えるようにしますね。俺も見てみたいし」

 ケンは、いつも移動に使ってる魔法を使うと床から浮かび上がり、魔導具の表示内容が見える高さまで上がった。

「へぇー……2人とも結構魔物を狩ってますね」

「ケン君に比べたら序の口よ。それに、討伐数が増えたのもケン君とパーティーを組んでからだし」

「ケンと組んでから飛躍的に伸びた」

 和気あいあいと話している3人に、空気と化しているギルドマスターが声をかけた。

「お楽しみのとこ悪ぃんだが、お前たちの討伐欄を見る限り、こっちの坊主の内容は、共通点がある部分は間違ってないことがわかった」

「共通点だけじゃないわ。全部合ってるわよ」

「それが真実。魔導具は嘘をつかない」

「それにしてもケン君、王都で狩ってた魔物の数が半端ないわね。本当に2日でこの量を狩るなんて、害虫駆除みたいね」

「全部で3桁超える」

「あの時は、解体場が魔物で一杯になりましたからね。改めて見ると、ライアットさんには本当に迷惑かけてましたね」

 ギルドマスターそっちのけで、またもや3人で話に花を咲かせると、そっちのけのギルドマスターから、質問が飛んできた。

「王都で冒険者登録をして、2日でCランクか? 俄には信じられんが、この表示内容が仮に合っているなら仕方ない。そもそも、これを見る限りでは討伐内容はBランクだろ? 何で王都のギルマスは、Cランクで止めたんだ?」

「俺に言われてもわかりませんよ」

「それと、それ以降の討伐を見る限り、Bランクを超えている。お前、ソロで本当にこれだけ討伐したのか?」

「さっきからそうだって言ってるじゃない」

「疑り深い」

「まぁいい。それで、何か用があったのか?」

「ランクアップ条件の確認をお願いしたら、そこの受付嬢が叫んで、貴方を呼んだのよ」

 そう言ってティナは、単に受付嬢に視線を向けただけだが、その視線を感じた受付嬢は、如何にも悪いのは叫んだ自分の方であり、そのことを責められているかのように解釈し、“自分が悪いわけがない”と、その行為を正当化して騒ぎだした。

 実際のところ、良いも悪いもなく、ただ単に、受付嬢が勝手に騒いだだけであることは、当の本人は気付きもせずに。

「仕方ないでしょ! 普通ならありえない討伐欄なのよ! ギルドマスターを呼ぶに決まっているじゃない! その子供がCランクなのも驚きだけど、討伐欄はAランク冒険者並なのよ! 魔導具が故障したって思うのが当然でしょ!」

「実際、壊れてなかったじゃない」

 ティナが事実を淡々と返すが、受付嬢は、興奮のあまり冷静になることができずに、あるまじき失態をしでかしてしまうのであった。

「だから、その子供がありえないのよ! 何でそんな子供がいるのよ! 子供のなりして中身は化け物じゃない!」

 聞き捨てならない最後の言葉を聞いたニーナが、その怒りを顕にして、カウンターを強く叩いた。

「ふざけるなっ! お前の無能さ加減を、ケン君のせいにするなっ! ケン君は、化け物じゃない! ちゃんとした人間だっ!」

「そうね。貴女、さっきの言葉は大失言よ。子供に対して、化け物呼ばわりしたのよ? もしこれでケン君が冒険者を辞めたらどうするの? 有能な冒険者が去るっていうのは、ギルドにとって多大なる損失なのよ? そんなのも理解できないなら、ニーナの言う通り貴女は無能よ!」

「化け物を化け物と呼んで何が悪いっ!」

 売り言葉に買い言葉で、後に引けなくなった受付嬢は、さらに暴言を吐くという愚行を繰り返してしまった。

 ケンとしては、他人の評価などどうでもよかったので、受付嬢の言葉はただ静かに聞き流していただけだったが、ニーナが怒りを顕にしたのを初めて見た上に、ティナまで静かに怒っているのがわかったので、これ以上、大事にならないよう事態の収拾に動いた。

「もう行こう。カードは回収したし」

 ケンは、3人分のギルドカードを【マップ】を使って、収納へと回収すると、何事もなかったかのように踵を返し始めた。

「だって、ケン君! こいつは、ケン君に言ってはいけない言葉で罵ったのよ!」

 ニーナは受付嬢に指をさし、ティナもそれに便乗する。

「そうよ! ニーナの言う通りよ!」

 そんな興奮冷めやらぬ2人に対して、ケンは静かに語りかける。

「ニーナ、君までそんな口調を使って“こいつ”呼ばわりしてたら、そこの受付嬢みたいに、堕ちるところまで堕ちるよ。俺は、そんなニーナは見たくないよ」

「……」

「ティナも、俺のために怒ってくれてありがとう」

「……ケン君……でも……」

「こんなところにもう用はないし帰ろう」

 ケンにいきなり呼び捨てにされたことで、2人は、ある程度落ち着いて冷静になったことを確認したケンは、ニーナをお姫様抱っこしたまま、ティナを連れて帰ろうとするが、フロアに出てきたギルドマスターに呼び止められた。

「待て、坊主!」

 ギルドマスターに呼び止められたケンは、止むを得ず振り返って返事を返した。

「何でしょうか?」

「そっちの嬢ちゃんたちが、暴言を吐いたことは不問にするから、ちょっとギルド長室で続きの話をしないか?」

 その言葉に、今まで穏やかでいたケンの心に変化が生じた。こともあろうか、受付嬢のことには触れず、こちらの非だけを述べて不問にすると言ったのだ。

 それだけで、ケンが怒るには充分だった。ケンのことを想い、あれ程に怒りを顕にした2人だけを悪者にして、それを躊躇いもなく言葉にしたのだ。

「何を言ってるんだ、あんたは?」

 ケンが静かにそう口にすると、ケンの体から静寂の如し威圧が放たれていき、それはまるで一切の喧騒がなかったかのように、辺りを包み込む。

 周りの冒険者たちは、ケンから放たれる威圧の余波によって、立っていることは出来ずに、膝をついて耐え忍んでいる。

 ギルドマスターに何故かついてきていた受付嬢は、全身をガタガタと震えさせ、立っていることが出来ずにその場で座り込んでしまい、足の間からは、温かいものが流れ出して水溜まりを作っていた。

 ギルドマスターに至っては、元一流冒険者と言うこともあり、膝をつくだけで済んでいるが、とてもまともに動けるとは思えない。

 ティナとニーナに関しては、その対象から外れており、2人が初めて目にするケンの怒りを、目の当たりにして困惑していた。

「くっ、これ程か……威圧を解くんだ。今ならまだ不問にしてやる」

 どこまでも上から目線のギルドマスターに、ケンは先程の質問を再度投げかける。

「俺は、お前に“何を言ってるんだ?”と聞いているんだが、答える気はあるのか? それとも、言葉の意味が理解できないのか?」

 ケンの冷ややかな視線がギルドマスターを貫くが、それでもギルドマスターが折れることは無かった。

「……だから、威圧を解け! お前こそ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」

「お前は何を勘違いしてるんだ? 今、この場を支配しているのは俺だぞ? 何を偉そうに上から目線で指図してるんだ?」

「その気になれば、お前に対して討伐依頼を出せるんだぞ。危険人物として、盗賊と同じ扱いだ!」

「そうか……受付嬢が受付嬢なら、お前もお前なんだな。お前がそんなんだから、そこの受付嬢の程度が低いんだろう」

 そんな言葉を口にしたケンは、ギルドマスターの後ろにいる受付嬢に視線を向ける。

「ひっ! ……化け……物……」

 その言葉を最後に、受付嬢は気を失った。

「……化け物か……」

 ケンは、受付嬢の言葉にボソッと独り言ちるが、その独り言をティナとニーナは逃さず耳にしていた。

「さぁ、威圧を解け! 今なら俺に慰謝料を払うだけで許してやる」

 ケンは、ギルドマスターが発した言葉で、とことん腐っていることに気づき、もう救いようのないところまできているのだと感じていた。

(どこの組織でも、トップに腐っているやつがいるのは一緒か……よくこんなやつを、ギルドマスターのままにしてて苦情が挙がらないな。影でコソコソ横領とかしてそうだ)

「お前が、救いようのないクズなのはわかった。討伐依頼を出したきゃ出せばいい。俺はその尽くを返り討ちにしてやる」

「くっ、化け物め! その言葉、後悔させてやる!」

「そうだ、俺は化け物だ。その化け物に喧嘩を売ったんだ。タダで済むと思うなよ?」

 ケンは、その言葉を最後にして、ギルドマスターへ、殺気を乗せた威圧を解き放った。

「ひっ!!」

 ケンの殺気を乗せた威圧を、直接受けたギルドマスターは、泡を吹いて失禁しながら気を失った。

 それを確認したケンは威圧を解き、周りの冒険者たちに頭を下げて謝罪した。

「すみません、皆さん。ご迷惑をお掛けしました」

 そう言い残したケンは、ティナたちと共にギルドを後にした。

 宿屋までの帰り道は、誰も口を開かずただ無言の時間が過ぎていく。

 宿屋へついて部屋へ戻ると、それぞれ腰を落ちつけて、何とも言えない雰囲気が漂っていた。

「はぁ……」

 静かな部屋に、ケンの溜め息がこぼれる。

「……グスッ……」

 泣いている雰囲気を察して、ケンが視線を向けると、ニーナが俯いて涙をこぼしていた。

「何で泣いてるの?」

「……ッ……だって……ケン君が……グスッ……化け物って……」

「仕方ないよ。俺は化け物だから」

「……ちが……違う! ……グスッ」

 ケンの言葉を聞いてニーナは否定するが、ケンの心は、本人の自覚のないままダメージを負っていた。それが、言葉となりて自然と自らを化け物と認めてしまっていた。

「……ッ……グスッ……」

 また、別のところでも泣いている者がいた。

「ティナさんは、何で泣いてるの?」

「……ッ……ケン君……ッ……ケン君……」

 ティナは言葉に出来ずに、ただただケンの名前を呼ぶだけだった。

(これは困った……どうしよう……罵られたのは俺なのに、何故2人がここまで泣くんだ?)

「ニーナさん、泣きやみましょうよ」

「……グスッ……ケン君……ケン君……」

「ティナさんも」

「ッ……ッ……ケン君……グスッ……ケン君……」

(お手上げだぁ……収拾つかない……とりあえず寝かせてみるか)

 ケンは、未だに泣きやまない2人を、寝かしつけることにした。

「ニーナさん、失礼しますよ」

「……ッ……ッ……ケン君……」

 まずは、ニーナをお姫様抱っこで抱え上げると、そのままベッドに寝かせた。

「ティナさんも、失礼しますよ」

「……ッ……ケン君……ッ……」

 次は、ティナをお姫様抱っこすると、ニーナと同じようにベッドに寝かせた。

(よし、これで泣く子は、寝かしつけることに成功した……のか?)

「「……グスッ……グスッ……」」

 未だに泣きやまない2人を見ると、寝付けていないことが当たり前だがわかる。ケンは他に思いつくことがなく、添い寝をしてみることにした。

「俺も一緒に寝ますから、泣きやみましょうね」

 ケンは、2人の真ん中に移動すると横になって、それぞれに腕を伸ばして抱き寄せるようにした。

 ニーナがケンの体に引っ付くと、堰を切ったように泣き出した。

「……ふ……ふえぇぇぇぇん……ゲンぐーん……」

 ティナも同じようにケンの体に引っ付くと、堰を切ったように泣き出す。

「……ケン君……ケン君……ぅ……うわあぁぁぁぁん……」

(余計に酷くなったぁ!?)

 ケンは、少しでも落ち着いてもらおうと、ゆっくりと2人の頭をそれぞれ撫で続けるのだった。

 しばらくして落ち着いてきたのか、2人はやがて、静かに寝息を立てて眠りについた。

「「……スゥ……スゥ……」」

 2人は、ケンから離れたくないのか、服の端をしっかりと握り締めており、ケンはベッドから抜け出すのを早々に諦める。

「今日は、このまま寝るしかないな」

 この日は、当然他のメンバーと会うこともなく、静かに夜を過ごして、次第に眠りについたのだった。
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