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第4章 新たなる旅立ち

第95話 家族会議②

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 シーラが立ち去ったあとのリビングでは、3人で話し合いが続いていた。

「はぁ……ちょっときつく叱りすぎたかな? シーラ泣きそうだったね」

「兄さんも優しいよな。あれぐらいじゃ腹の虫が治まらねえよ」

「貴方たち、今回の件はこれでおしまいだから、今後はシーラを責めてはダメよ? あの子も反省しているのだから」

「わかってますよ。これ以上責めたら、今度はこっちがお門違いになってしまいますから。あとのことはケビンに任せますよ。それでいいよな、カイン?」

「俺としては、シーラにゲンコツしたいんだけどな、2人が言うなら我慢するさ」

 そんなことを3人で話していると、いきなりリビングのドアが開け放たれた。

「ケビンがっ! ケビンがっ!」

 ドアを開け放ち現れたのは、泣きながら入って来たシーラだった。

「ケビンがどうしたんだ! 目が覚めたのか!?」

「とりあえず落ち着こうか? シーラ」

「そうよ。落ち着いて話しなさい」

「ケビンが、目を覚ましたけど変なの!」

「変? 何が変なんだい?」

「目を覚ましたのは変じゃないけど、変なのよ!」

 シーラは混乱しているのか、支離滅裂なことしか言えないでいた。

「仕方ないわね」

 サラがシーラに向けて、軽く威圧を放った。

「――!」

「落ち着いたかしら? ケビンは部屋で寝てるのよね? ゆっくりでいいから話してくれる?」

「取り乱してごめんなさい。ケビンはベッドで横になってるわ」

 シーラは流れ落ちた涙を拭きとり、落ち着きを取り戻した。

「いいのよ。で、何があったの?」

「2階の部屋へ向かって中に入ると、ケビンが目を覚ましていたの。あまりにも嬉しくて、そのまま抱きついてしまったんだけど……」

「お前はまた……」

 カインが呆れ果てて頭を抱えた。

「今はそんなことどうでもいいわ。それより続きよ」

「で、声をかけてきたから、お腹が空いてるの? って聞いたの。そしたら、返ってきたのが『ケビンって俺の事ですか?』って言われて……頭がパニックになって、何言ってるのって聞き返したら、訳のわからないことを言い始めて、あなたはケビンよって伝えたら、今度は『貴女は誰ですか?』って言われて、その場にいるのが辛くなって、ここに来たの」

「アイン兄さん、どう思う?」

「可能性としては、先の件の一時的な後遺症かな? 記憶が一時的に混濁しているんじゃないかな?」

「シーラ、ケビンの感情はどうだったのかしら?」

「普通だったわ。ケビンの姿なのに、別人と話しているような感覚に陥ったけど」

「そうなると……」

 アインが考え込む様子を見せると、サラが問いかけた。

「アイン、何かわかったの?」

「多分憶測でしかないんだけど、現段階で感情があるなら、元に戻って喜ばしいことなんだけど、それとは別で、何かしらのショックが原因で、一時的に記憶がなくなったんじゃないかな」

「何かしらのショックって何だ?」

「それは、明らかに今回の事件だ。あの時、感情が爆発して無差別に威圧を解き放ったんだから、その時の気持ちを、無理に押さえつけている可能性もある」

「どこまでいってもケビンは優しいな。それに比べてお前は……」

 カインはシーラを一瞥するが、サラに止められる。

「カイン? さっき言ったわよね?」

「わかってるよ、母さん。まだ気持ちの整理がつかないだけだ」

「それならいいわ。で、現状どうすればいいかを、考えなくてはいけないわね」

「まずは、記憶がないのが一時的なのか恒久的なのか調べる必要があるし、記憶をなくした人が元に戻ったっていう、前例も探すべきだろうね。これは、カインには到底無理だから僕が当たってみるよ。学院の書庫を漁れば何かしら見つかると思う」

「兄さん、地味にトゲが混じってないか?」

「シーラを虐めた罰だよ」

「はぁ……シーラ、さっきは悪かった。すまない」

「いいの。私が悪かったのは変えられない事実だから」

「よし、方向性も決まったし、今日はもう寮に戻るよ。母さんはどうするの? ずっと王都にいる訳にはいかないでしょ?」

「そうねぇ、本調子ではないケビンを、ベッドから連れ出すのは憚れるのだけど……かと言って、ここにいてもすることはないのだし。明日には本宅へ戻るわ」

「わかったよ。それなら寮に戻る前に、ケビンに会っていこうかな。カインも来るだろ?」

「あぁ、また暫く会えなくなるしな」

 そう言って2人が席を立ち、ケビンの休んでる部屋へと行く。

 アインとカインが2階へと赴き、ケビンの様子を見に行った後、リビングにはサラとシーラが残っていた。

「シーラ、あなたはターニャちゃんのケアをお願いね。ケビンがこうなった原因を作ったのは許せないことだけど、ケビンはあの子のことを気に入ってるみたいだから」

「わかったわ。多分、私以上に自分を責めてると思うから。ケビンが責められた元凶でもあるし」

「そうね……ターニャちゃんが、もうちょっと強くて泣かなければ、今回のことにはならなかったでしょうね。思ってた以上に、ターニャちゃんはケビンのことを好きになってたのでしょうね」

「あの子は周りの貴族に見下されないように、気の弱い自分を偽るため、それっぽい貴族令嬢を演じてたから、見かけ以上に弱い部分があるの。今回は素のターニャが出てしまって、いつもの口調がなくなってたわ」

「貴族の娘も色々と大変ね。冒険者で良かったわ」

 そんな時、騒がしく走ってくる音がした。

(ドタドタドタ……)

(バタンッ!)

 勢いよくドアを開けたのは、カインだった。

「カイン、元気がいいのはわかるけど、もう少し静かにしなさい。ケビンが休んでるのよ?」

「母さん、大変だ! ケビンがいない!」

「――!」

 シーラは驚愕に目を見開くが、サラは落ち着いていたように見えた。

「……いないってどういうことかしら?」

 次の瞬間、サラの纏う雰囲気が変わり、威圧も殺気も出していないのにカインはたじろいだ。

「どういうことかって聞いているのよ! 答えなさい、カインっ!」

 落ち着いていたかと思ったら、全く落ち着いていなかった。寧ろ最悪だった……

(兄さんが母さんに知らせるように指示してきたのは、これを見越していたのか? さては兄さん、俺に押し付けてこの現状を回避しやがったな。《賢帝》の名は伊達じゃないか……)

 カインがアインの策略に気付いた時、サラが詰め寄ってきた。

「答えられないのかしら、カイン?」

 鬼気迫るサラが目の前に来たことにより、余計な事を考えている場合ではないと、カインは部屋での様子を答えた。

「俺と兄さんが部屋に入ったら、ベッドはもぬけの殻だったんだ。窓は閉まってたから、そこから外に出た可能性はないって、兄さんが言っていた」

「それならケビンは、普通に玄関から出たとでも言うのかしら?」

「それはわからない。玄関から出て行ったなら、使用人たちが目撃しててもおかしくないはずなんだが……」

「マイケルっ!」

「はっ、ここに」

「!!」

 相変わらずの登場の仕方に、久々のカインも驚いてしまった。

「ケビンが部屋にいないそうよ。家から出たのを誰か見ていないの?」

「先程、起きられたケビン様が、外へと出るのを私が見ております」

「貴方はそれをみすみす許したの?」

「はい。起きられて通路を歩いてお出ででしたので、ご体調を確認しましたら、ちょっと外に出ることと、体調はいいと申されておりましたので、いつも通りのケビン様の答え方だったこともあり、そのまま外へ出るのをお見送りしました」

 サラから溢れ出す存在感が周囲を満たす。執事であるマイケルは圧倒され、額から脂汗が滲み出る。カインとシーラに至っては無言のまま立ち竦むだけだった。

「そう……そうなのね……ケビンが記憶をなくしているのは、知っているかしら?」

「いえ、たった今、奥様よりお聞きしたのが、初めてであります」

 サラはマイケルに視線を向けると、先程の事がなかったかのように、圧倒される存在感が消え去り、落ち着きを取り戻して語りかける。

「マイケル、さっきは悪かったわ。頭に血が上っていたようね。それと、急いでケビンを捜しなさい。必要ならカレンも使って構わないわ。」

「畏まりました。先ずは、スラムに入った形跡がないか最優先で行い、邸宅周辺から貴族街を中心に捜していきます」

「わかったわ、頼むわね」

 サラからの言葉を聞くと、今まで確かにそこにいたはずの、マイケルの姿が霞のように消える。

「いつも思うんだけど、マイケルってどうやって、消えたり出てきたりしてるんだ? 消えるのはいいが、いきなり出てこられると吃驚するんだが」

「さぁ、どうなんだろうね。それよりも、僕は学院に戻るよ。調べ物もあるし、捜索の方は母さんに任せるよ」

 その場に雲隠れしていたアインが急に姿を現して、何事もなかったかのように、平然と会話に混ざった。

「に、兄さん……俺に押し付けるなんて、何気に酷いよな?」

「ん? 何のことだい?」

 カインの言葉に、平然とシラを切るアインに、これ以上言っても無駄だとカインは諦めるのだった。

「はぁ……俺も戻るかな。シーラはどうするんだ?」

「私も戻るわ。ターニャが心配だし」

「あぁ、あの女か」

 カインの中では、元凶であるターニャにあまりいい印象がなかった。

「カイン、本人のいない所ではいいが、目の前にしたらその態度は改めなよ?」

「そのくらい弁えてるよ。気持ちの整理がつくまでは、暫く顔も見たくねぇが」

「それなら大丈夫だ。あの子は暫く立ち直れない。寮から出てくる事はないと思うよ」

「それはわかりませんわよ。母様にターニャのケアをするように頼まれましたから」

「――! マジかよ、母さん! あいつはケビンがああなった元凶だぞ」

「それはそうだけど、ケビンがあの子のことを気に入ってたのよ。今はどうかわからないけど」

「ケビンが……?」

「そうよ。あまり人と関わろうとしないんだけど、あの子が近くにいるのを嫌悪した様子がなかったの」

「それなら、もう1人心当たりがあるんだけど……」

 おもむろにシーラが口を開く。

「あら、誰かしら?」

「カトレアって言うケビンの隣の席の子。友達だって言ってたわ」

「そんなやついたか?」

「確かに記憶にないね」

「いつもケビンの隣にいる子よ。去年の闘技大会の時もそうだったわ。それに、兄様たちが駆けつけた時には、既に気絶してたし……」

「それなら見落としてるのも納得だな」

「シーラはその子のこともお願いするわね」

「わかったわ」

「よし、話も纏まったし解散しよう。じゃあ母さん、何かわかったらここの使用人たちに知らせるよ。母さんの方もケビンが見つかったら教えてくれよ」

 3人はそれぞれの目的のため、学院へと戻って行った。ただカインだけが大した役目がないのは、本人の知るところではなかった……
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