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第三章 消えた死体と笑う森

第十話 僕に勇気をくれたもの

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「嫌な話がわかりましたよぉ」

 ――翌日。ユルゲンスさんはいつもの調子で報告書をひらひらさせながら、宿に戻ってきた。

「起き上がってきた死体達の死亡推定時期ですが、状態が悪いものも多くて分かりづらいみたいですが、せいぜいここ数ヶ月以内とのことです。イリーネ男爵はあくまで埋葬された死体を魔物に与えていただけで、その頻度は年に十数回程度。死体の量がそんなに増えてた、なんてことは寝耳に水って感じでした」

 そう、なんだ。少しホッとして、窓辺に佇むヘデラを見る。彼女は話を聞いているのかいないのか、ぼんやりと外を眺めていた。
 
「そして、パーツが増えてた死体なんですが……これは、何人かのものをツギハギにくっつけて作ってるみたいです」
「……くっつけ、て……?」
「ええ。女の体に男の足が増えてたり、老人の身体に若者の手がくっついてたり。接着面は綺麗なもんでまるでそこから生えてきてるみたいでしたがね。……そしてここからが、とっておきの嫌ポイントです」

 ユルゲンスさんは一段、声を低くする。

「……多くの死体に、花の入れ墨が見つかりました。場所は右手の甲。……まぁ、何本も手があるやつの場合は、右手かどうかはちょっと怪しいんですけど……」
「花の入れ墨……?まさか」

 目を見開くルードに、ユルゲンスさんは頷く。
 
「そのまさかです。『鉄線てっせんつる』。世界最悪の奴隷商がその商品に入れる入れ墨、ですね」

 鉄線の蔓。私も、名前だけは聞いたことがある。非合法に人を攫い、商品として売買の対象にする、裏世界の住人だ。……実在してたんだ。

「ちなみに、アリーさんのつけてるそれ。その花が鉄線のトレードマークに使われてる花ですよ」
「え?」

 胸元には、紫色の花をあしらった刺繍の首飾りがある。ここに来る前、ナハトにもらったお守りだ。

「鉄線の別名は――『クレマチス』。蔓を巻き付けて成長することから、花言葉は『束縛』」

 ルードが私の首飾りを見ながら、続ける。その顔はどこか痛みを堪えているように見えた。

「……その首飾りを見て、生前の記憶が蘇ったんだろう。自分達を奴隷として虐げた人間がつけていたマークに怯えて、逃げた……。おかげで、隙ができた」
「ナハトくん、お手柄ですねぇ」

 首飾りに触れる。助かった、のはいいけれど。彼らの悲痛な声を思い出して胸が痛んだ。酷い扱いを、されていたんだろうな……。
 彼らの魂は、救われたんだろうか。

「餌にされていたのは、売買された奴隷だったというわけか……しかし」
「ええ。食べ残しが多すぎます。餌にするため、というよりは、死体の廃棄場所としてあそこを利用していたという線が濃厚ですね。……わかったのは以上です。ああ、それと……ヘデラさん」

 ユルゲンスさんは窓辺で外を眺めていたヘデラに声を掛けると、その隣まで移動した。
 
「お隣良いですか?」
「……なに」

 ヘデラは、ユルゲンスさんを見もせずに、そっけなく答える。ユルゲンスさんは気を悪くした様子もなく、いつもの笑顔で続けた。
  
「回収された遺体はすべて二十代以上。成人男女のものと推定されました。十代前半で亡くなったフィミラさんのものはありません」 
「……そう」
「それと、お父様ですが、罪状は墓荒らしになります。しかし、町ぐるみで事情を了解していたことと、長年、領地内外の慈善事業に私財を投げ打っておられたことから減刑の嘆願は受け入れられやすいかと。極刑にはならないでしょう」
「…………」

 フィミラは、生きているかもしれない。でもそれは手放しで喜べることではないだろう。父親のことも……複雑なはずだ。イリーネ家も、今後どうなるかわからない。

「……僕ねぇ、強いじゃないですか」
「は?」

 唐突な自分語りに、ヘデラは顔を上げてユルゲンスさんの顔を見る。ユルゲンスさんはにこにこと続けた。

「僕、南方の草原に住んでた少数民族の出身なんですけどね。その一族の身体能力が馬鹿高いってんで、時の王様に睨まれちゃいまして。一族みんな皆殺しにされたんです」

 明るい口調にそぐわない壮絶な過去に、絶句する。ユルゲンスさんに、そんな過去があったのか。ヘデラも驚いたように彼を見ている。
 
「僕が十歳のときです。たまたま集落の外に遊びに出かけてた僕だけ助かって。命以外、ぜーんぶ失いました。人生どん底の瞬間ですね。今のヘデラさんみたいに」
「……喧嘩売ってんの?」

 とんでもないと手を振って、ユルゲンスさんはどんどん続ける。

「そんなとき、ある人に言われたんです。『お前の能力を平和のために使わないか』って。……もう、僕の一族みたいに理不尽に殺される人間を増やさないための仕事をしないかと。……それからは、それが僕の生きる理由です」
「……生きる、理由……」

 ヘデラが繰り返すと、ユルゲンスさんは深く頷く。

「……どん底にいるときは、前を向く理由が必要です。……僕は、そんな感じでしたけど、ヘデラさんにはもう、あるでしょう」

 そう言って、ユルゲンスさんは左耳につけていた飾りを外し、手のひらに乗せてヘデラに差し出した。

「いやぁ、いつバレるかなぁとヒヤヒヤしてたんですが、意外と気づかれないもんですねぇ」

 少し照れくさそうに頭をかきながら、ユルゲンスさんはヘデラの手に、それを握らせた。
 それは、緑の宝石を加工した耳飾りのようだった。ヘデラはそれを手に取りしげしげと眺めると、何かに気づいたように目を丸くする。
 
「……これ、昔、アタシが作った……?」
「そうです!はは、実は以前からファンでした。後でこれに銘入れてもらえません?」

 ヘデラは、口をポカンと開けてユルゲンスさんを見上げる。

「……これを露店で見たとき、感動したんです。この緑が、よく晴れた日の故郷の草原みたいにとても綺麗で。人工物がこんなに綺麗に輝くものだなんて、それまで知りませんでした」

 ヘデラの手の中を見るユルゲンスさんは、耳飾りを通して、彼の幸せな懐かしい過去を見ているようだった。

「これを見てると、もう無い故郷と、死んだ家族を思い出します。そして……まだ、前を向けるって思うんですよね」
「アタシの……作品で?」
「はい。ヘデラさんの作品に心を救われた人間が、少なくともここに一人」

 そう、言うと。ユルゲンスさんは、これまで一番の笑顔で自分の顔を指差した。
 ヘデラはそれを見つめて――くしゃりと顔を歪める。そうして、両手で、顔を覆ってしまった。

「……あれ?泣いてます?」
「……泣いてない!」
「いや泣いてるでしょ!?参ったなそんなつもりでは」
「泣いてないって言ってんだろ!!」

 ――その声は完全に涙声だったけど。
 フィミラの件はまだ解決していない。相変わらず問題は山積み。……だけど、ヘデラはもう、大丈夫そうだ。
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