上 下
25 / 36
第三章 消えた死体と笑う森

第二話 ヘデラとレイディ

しおりを挟む
 ヘデラの容疑はすぐに晴れた。
 なんでもタルシア家での事件があった日は、現場から馬車で二日はかかる街へ宝石の買付に行っていたらしい。先方は由緒正しい宝石商で、信憑性のあるアリバイだそうだ。

 そうして、翌日。私達はギルドに集まり難しい顔を見合わせていた。
 ルード、ヘデラ、バルドルさんとナハト。そして、ユルゲンスさんも同席している。

「ごめんなさい……」

 ナハトは私の隣に腰掛けて、しょんぼりと項垂れている。

「別にいいよ。すぐ容疑は晴れたわけだし。実害なかったし」

 ヘデラは涼しい顔をして、バルドルさんが淹れた紅茶を飲みながらお菓子を摘んでいる。度胸が座ってるし、器が大きい。

「ヘデラはそんなに例の女レイディに似ているのか?」

 ――レイディ。妖精姫ティーナやナハトに取り入って多くの妖精達を虐殺した、謎の女性。彼女が持ち去った妖精の小瓶は、いまだに見つかっていない。
 
 ルードの質問に、ナハトはこくりと頷いた。
 
「うん……。雰囲気は、喋ってみたら全然違った。……でも、顔はそっくり。同じ服と髪型に揃えたら、見た目では区別つかないと思う……」

 商人の元で修行していたため、人の顔を覚えるのには自信があると述べるナハトに、ユルゲンスさんが付け加える。

「ちなみに、ヘデラさんの似顔絵をジェラルド氏に見せてみたところ、『間違いなくレイディだ』とのことでした。ヘデラさんが例の女に似てるのは確定みたいですねぇ。……で。ヘデラさんにはお心当たりないですか?そのそっくりさんに」
「…………ないことは、ない」

 その発言に、その場の全員が息を呑む。
 ヘデラは紅茶のカップをソーサーに置くと、言いづらそうに話し始めた。
  
「……妹が、いるんだ。二個下の……。顔は、よく似てるって言われてた。たまに、お互いに間違えられたり……でも」

 ヘデラは辛そうに口元を歪める。

「……死んでんだよ、二年前に。だから……やっぱり、あり得ない」
「……死因は?」

 ルードの質問にあからさまに気分を害したように、ヘデラは答える。

「疑ってんのか?……埋葬にも立ち会った、間違いない」
「……あいにく薄明ここは、墓場から蘇って来た者が起こす事件を専門に扱っているんでね。例え死人でも容疑者からは外せない」

 ルードとヘデラが睨み合い始めると、ナハトがおずおずと手を挙げて、口を出す。

「でも、レイディは……ちゃんと、生きた人間だったよ。普通に触れるし、飲んだり食べたりもしてた」

 部屋の中が静まり返る。
 ヘデラにそっくりだというレイディ。赤の他人同士が瓜二つになることと、死人が起き上がって悪事に手を染めること。どちらのほうが、現実に起こり得ることなのだろうか。

「……確かめる」

 ヘデラは何かを決心したかのように言葉を発した。

「墓に行って、妹を掘り返す。そこに体があれば、妹は……フィミラは無実だ。それで文句ないだろ」

*****
 
 その翌日、私とルードはヘデラとともに、彼女の故郷へ向かって馬車に揺られていた。今回はユルゲンスさんも加わっての四人旅である。ナハトは来たがっていたが、子どもにお墓を掘り返す手伝いをさせるわけにもいかず、バルドルさんと共にお留守番だ。

 人違いの責任を感じていたのか、ナハトはとても残念そうにしていた。唇を尖らせる姿を思い出しながら出かける直前にもらった『お守り』を眺める。紫色の花の刺繍があしらわれたきれいな首飾りだ。
 聞けば市場で見た瞬間、『なんとなく』私がこれを持って行ったほうが良いと思った、という。要領を得ない返答だったけど、気持ちが嬉しかったので有難く受け取った。
 
 馬車の外を風景が流れていく。それを見つめるヘデラはどこか遠い目をしていた。

「妹さん……フィミラさん、って、どんなお嬢さんだったんですか?」
 
 沈黙を破り、ユルゲンスさんが尋ねる。ヘデラは少し考えながら暗い声で話しだした。

「……大人しい子だった。アタシと顔は似てるけど、性格は真逆でさ。でも、姉妹仲はよかったんだ。……少なくともアタシはそう思ってた」

 姉妹の生家であるイリーネ領は、包丁や工業用の刃物の産地として有名な地方である。しかしヘデラは幼い頃から彫金師に憧れ、子供ながらに自己流で作品作りをしていたという。

「それが師匠の目に止まって……十六歳のときに弟子入りして家を出たんだ。元々家は兄貴が継ぐのに決まってたし、実家はあんまり好きじゃなかった。……でも、フィミラのことは気がかりだった」

 そこでヘデラは、暗い目をした。
 
「……昨日さ、フィミラの死因を聞かれたとき。アタシ、答えなかっただろ」
「ああ。教える気になったか?」
「……できるなら、言いたくなかった。あの子が死んだのは……アタシのせいだから」

 ヘデラは辛そうに顔を歪め、しかし何かを決意したように視線を上げると私達三人を見回した。

「あの子は……フィミラは、自殺したんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

ハーフエルフと魔国動乱~敵国で諜報活動してたら、敵国将軍に気に入られてしまいました~

木々野コトネ
恋愛
 アリシア=クロス=サリヴァンは『アメリア=レッツェル』と名を改め、敵国である魔国ティナドランでメイドとして働きながら、日々諜報活動を行っていた。ある日、屋敷の主人であるブルメスターから王宮使用人に推薦したいと言われ、試験を受けて無事に採用される。諜報員であるアリシアは王宮でも静かに、目立つことなく堅実に過ごしたい。そう願っていたが、何故か魔国ティナドランのハルシュタイン将軍とリーネルト将軍に気に入られてしまう。いやいや!この二人、2年前に亡くなった父サリヴァン将軍が最も手強いって褒めてた将軍でしょう!?しかも魔国でも有名人。その上まだ若くて未婚、彼女無し。予想通り嫉妬した使用人から嫌がらせが・・・。お願いですハルシュタイン将軍本当に面倒なだけなので構ってこないで。・・・え?魔王暗殺?内乱の可能性?人が死ぬなんて嫌なんですけど!仕方ないからちょっとくらいなら協力はしますけど・・・。  そんなハーフエルフのアリシア奮闘記。ちゃんと最後はハッピーエンドです。 ***** 数年前に公開していた『ハーフエルフと魔国動乱』を書き直しています。多少変えていますが、話の流れは同じです。 初めての方も、一度読んでくださった方もお楽しみいただけると幸いです。

処理中です...