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第三章 消えた死体と笑う森
第二話 ヘデラとレイディ
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ヘデラの容疑はすぐに晴れた。
なんでもタルシア家での事件があった日は、現場から馬車で二日はかかる街へ宝石の買付に行っていたらしい。先方は由緒正しい宝石商で、信憑性のあるアリバイだそうだ。
そうして、翌日。私達はギルドに集まり難しい顔を見合わせていた。
ルード、ヘデラ、バルドルさんとナハト。そして、ユルゲンスさんも同席している。
「ごめんなさい……」
ナハトは私の隣に腰掛けて、しょんぼりと項垂れている。
「別にいいよ。すぐ容疑は晴れたわけだし。実害なかったし」
ヘデラは涼しい顔をして、バルドルさんが淹れた紅茶を飲みながらお菓子を摘んでいる。度胸が座ってるし、器が大きい。
「ヘデラはそんなに例の女に似ているのか?」
――レイディ。妖精姫ティーナやナハトに取り入って多くの妖精達を虐殺した、謎の女性。彼女が持ち去った妖精の小瓶は、いまだに見つかっていない。
ルードの質問に、ナハトはこくりと頷いた。
「うん……。雰囲気は、喋ってみたら全然違った。……でも、顔はそっくり。同じ服と髪型に揃えたら、見た目では区別つかないと思う……」
商人の元で修行していたため、人の顔を覚えるのには自信があると述べるナハトに、ユルゲンスさんが付け加える。
「ちなみに、ヘデラさんの似顔絵をジェラルド氏に見せてみたところ、『間違いなくレイディだ』とのことでした。ヘデラさんが例の女に似てるのは確定みたいですねぇ。……で。ヘデラさんにはお心当たりないですか?そのそっくりさんに」
「…………ないことは、ない」
その発言に、その場の全員が息を呑む。
ヘデラは紅茶のカップをソーサーに置くと、言いづらそうに話し始めた。
「……妹が、いるんだ。二個下の……。顔は、よく似てるって言われてた。たまに、お互いに間違えられたり……でも」
ヘデラは辛そうに口元を歪める。
「……死んでんだよ、二年前に。だから……やっぱり、あり得ない」
「……死因は?」
ルードの質問にあからさまに気分を害したように、ヘデラは答える。
「疑ってんのか?……埋葬にも立ち会った、間違いない」
「……あいにく薄明は、墓場から蘇って来た者が起こす事件を専門に扱っているんでね。例え死人でも容疑者からは外せない」
ルードとヘデラが睨み合い始めると、ナハトがおずおずと手を挙げて、口を出す。
「でも、レイディは……ちゃんと、生きた人間だったよ。普通に触れるし、飲んだり食べたりもしてた」
部屋の中が静まり返る。
ヘデラにそっくりだというレイディ。赤の他人同士が瓜二つになることと、死人が起き上がって悪事に手を染めること。どちらのほうが、現実に起こり得ることなのだろうか。
「……確かめる」
ヘデラは何かを決心したかのように言葉を発した。
「墓に行って、妹を掘り返す。そこに体があれば、妹は……フィミラは無実だ。それで文句ないだろ」
*****
その翌日、私とルードはヘデラとともに、彼女の故郷へ向かって馬車に揺られていた。今回はユルゲンスさんも加わっての四人旅である。ナハトは来たがっていたが、子どもにお墓を掘り返す手伝いをさせるわけにもいかず、バルドルさんと共にお留守番だ。
人違いの責任を感じていたのか、ナハトはとても残念そうにしていた。唇を尖らせる姿を思い出しながら出かける直前にもらった『お守り』を眺める。紫色の花の刺繍があしらわれたきれいな首飾りだ。
聞けば市場で見た瞬間、『なんとなく』私がこれを持って行ったほうが良いと思った、という。要領を得ない返答だったけど、気持ちが嬉しかったので有難く受け取った。
馬車の外を風景が流れていく。それを見つめるヘデラはどこか遠い目をしていた。
「妹さん……フィミラさん、って、どんなお嬢さんだったんですか?」
沈黙を破り、ユルゲンスさんが尋ねる。ヘデラは少し考えながら暗い声で話しだした。
「……大人しい子だった。アタシと顔は似てるけど、性格は真逆でさ。でも、姉妹仲はよかったんだ。……少なくともアタシはそう思ってた」
姉妹の生家であるイリーネ領は、包丁や工業用の刃物の産地として有名な地方である。しかしヘデラは幼い頃から彫金師に憧れ、子供ながらに自己流で作品作りをしていたという。
「それが師匠の目に止まって……十六歳のときに弟子入りして家を出たんだ。元々家は兄貴が継ぐのに決まってたし、実家はあんまり好きじゃなかった。……でも、フィミラのことは気がかりだった」
そこでヘデラは、暗い目をした。
「……昨日さ、フィミラの死因を聞かれたとき。アタシ、答えなかっただろ」
「ああ。教える気になったか?」
「……できるなら、言いたくなかった。あの子が死んだのは……アタシのせいだから」
ヘデラは辛そうに顔を歪め、しかし何かを決意したように視線を上げると私達三人を見回した。
「あの子は……フィミラは、自殺したんだ」
なんでもタルシア家での事件があった日は、現場から馬車で二日はかかる街へ宝石の買付に行っていたらしい。先方は由緒正しい宝石商で、信憑性のあるアリバイだそうだ。
そうして、翌日。私達はギルドに集まり難しい顔を見合わせていた。
ルード、ヘデラ、バルドルさんとナハト。そして、ユルゲンスさんも同席している。
「ごめんなさい……」
ナハトは私の隣に腰掛けて、しょんぼりと項垂れている。
「別にいいよ。すぐ容疑は晴れたわけだし。実害なかったし」
ヘデラは涼しい顔をして、バルドルさんが淹れた紅茶を飲みながらお菓子を摘んでいる。度胸が座ってるし、器が大きい。
「ヘデラはそんなに例の女に似ているのか?」
――レイディ。妖精姫ティーナやナハトに取り入って多くの妖精達を虐殺した、謎の女性。彼女が持ち去った妖精の小瓶は、いまだに見つかっていない。
ルードの質問に、ナハトはこくりと頷いた。
「うん……。雰囲気は、喋ってみたら全然違った。……でも、顔はそっくり。同じ服と髪型に揃えたら、見た目では区別つかないと思う……」
商人の元で修行していたため、人の顔を覚えるのには自信があると述べるナハトに、ユルゲンスさんが付け加える。
「ちなみに、ヘデラさんの似顔絵をジェラルド氏に見せてみたところ、『間違いなくレイディだ』とのことでした。ヘデラさんが例の女に似てるのは確定みたいですねぇ。……で。ヘデラさんにはお心当たりないですか?そのそっくりさんに」
「…………ないことは、ない」
その発言に、その場の全員が息を呑む。
ヘデラは紅茶のカップをソーサーに置くと、言いづらそうに話し始めた。
「……妹が、いるんだ。二個下の……。顔は、よく似てるって言われてた。たまに、お互いに間違えられたり……でも」
ヘデラは辛そうに口元を歪める。
「……死んでんだよ、二年前に。だから……やっぱり、あり得ない」
「……死因は?」
ルードの質問にあからさまに気分を害したように、ヘデラは答える。
「疑ってんのか?……埋葬にも立ち会った、間違いない」
「……あいにく薄明は、墓場から蘇って来た者が起こす事件を専門に扱っているんでね。例え死人でも容疑者からは外せない」
ルードとヘデラが睨み合い始めると、ナハトがおずおずと手を挙げて、口を出す。
「でも、レイディは……ちゃんと、生きた人間だったよ。普通に触れるし、飲んだり食べたりもしてた」
部屋の中が静まり返る。
ヘデラにそっくりだというレイディ。赤の他人同士が瓜二つになることと、死人が起き上がって悪事に手を染めること。どちらのほうが、現実に起こり得ることなのだろうか。
「……確かめる」
ヘデラは何かを決心したかのように言葉を発した。
「墓に行って、妹を掘り返す。そこに体があれば、妹は……フィミラは無実だ。それで文句ないだろ」
*****
その翌日、私とルードはヘデラとともに、彼女の故郷へ向かって馬車に揺られていた。今回はユルゲンスさんも加わっての四人旅である。ナハトは来たがっていたが、子どもにお墓を掘り返す手伝いをさせるわけにもいかず、バルドルさんと共にお留守番だ。
人違いの責任を感じていたのか、ナハトはとても残念そうにしていた。唇を尖らせる姿を思い出しながら出かける直前にもらった『お守り』を眺める。紫色の花の刺繍があしらわれたきれいな首飾りだ。
聞けば市場で見た瞬間、『なんとなく』私がこれを持って行ったほうが良いと思った、という。要領を得ない返答だったけど、気持ちが嬉しかったので有難く受け取った。
馬車の外を風景が流れていく。それを見つめるヘデラはどこか遠い目をしていた。
「妹さん……フィミラさん、って、どんなお嬢さんだったんですか?」
沈黙を破り、ユルゲンスさんが尋ねる。ヘデラは少し考えながら暗い声で話しだした。
「……大人しい子だった。アタシと顔は似てるけど、性格は真逆でさ。でも、姉妹仲はよかったんだ。……少なくともアタシはそう思ってた」
姉妹の生家であるイリーネ領は、包丁や工業用の刃物の産地として有名な地方である。しかしヘデラは幼い頃から彫金師に憧れ、子供ながらに自己流で作品作りをしていたという。
「それが師匠の目に止まって……十六歳のときに弟子入りして家を出たんだ。元々家は兄貴が継ぐのに決まってたし、実家はあんまり好きじゃなかった。……でも、フィミラのことは気がかりだった」
そこでヘデラは、暗い目をした。
「……昨日さ、フィミラの死因を聞かれたとき。アタシ、答えなかっただろ」
「ああ。教える気になったか?」
「……できるなら、言いたくなかった。あの子が死んだのは……アタシのせいだから」
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