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第二章 降霊あそびと秘密の小部屋

幕間 ルードとユルゲンス

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「ジェラルド氏が吐いた妖精瓶の隠し場所は、既にもぬけの殻でした。例の女レイディのこともなーんもわかりません」
「だろうな」

 とある日の午後。ギルドに訪ねてきたユルゲンスの報告を聞きながら、ルードは難しい顔で彼の持参した報告書に目を通していた。

「まぁ吐いた動機もわかりやすく金でしたからねぇ。小物で俗物、末端も末端なんでしょう。あ、彼の裁判結果、見ます?多分予想通りだと思いますけど」
「いや、いい」

 騎士の身分でありながら、保身のための殺人を犯したのだ。極刑は避けられないだろう。
 ――アリーを害そうとしたことだけでも極刑に値する。ルードは彼女の頬につけられた擦り傷を思い出し、自らの不甲斐なさに奥歯を噛み締めた。

 ――あの日、アリーの部屋の物音に気づいたルードはすぐに飛び起きて追跡したものの、追いつくのに存外時間がかかってしまった。その結果が彼女の怪我である。
 それに加え、先日の少年霊の件。『もっと遊んであげたかった』と。声を上げた泣き顔も思い出す。
 
 傷つけてばかりだ。身体も心も。この世でルードが守りたいと願う唯一人であるのと裏腹に。
 ――やはり、彼女には、再び会うべきではなかったのだろうか。 

「……いやぁ、物思いにふけるルードさんは、また一段と美術品みたいですねぇ」
「……は?」

軽口に現実へと引き戻され、ルードは眉間の皺を深くした。細い目を限界まで細めたユルゲンスは両手をいやいやと振りながら言う。
 
「いえいえ、アリーさんに向ける優しさの百万分の一でも、ルードさん狙いのご令嬢方に向けていただけていれば、こちらがフォローをすることもなかったなぁなんて思ってないです。思ってないですよー」
「……俺は誰とも結婚する気はない。下手に気を持たせるほうが失礼だろう」
「アリーさん以外とは、の間違いでは?」

 ルードの懊悩を知ってか知らずか、ユルゲンスはあくまで娯楽として消費することにしたらしい。

「……それはそうと、例の件はわかったか?」
「話題反らし露骨すぎません?」

 ならば無視するのが一番だと切り替えた。視線で促すと、ユルゲンスは唇を尖らせながらも別の書類を差し出した。
  
「ええと、ナハトくんと、ネルちゃん、ですね。二人の身辺調査の結果です。父親とそっち方の親戚は全員亡くなっているんですが……父方の曽祖母の旧姓が――『シシリ』でした」
「予言の賢者の血筋、なのか……!」
  
 『シシリ』。それは、かつてこの大陸で起こった大戦で、世界を滅亡の危機から救ったとされる人物である。予言の賢者の異名が示す通り、未来を見通す力を持っていたとされ時の王達を和解へ導いたという。
 平和な時代にあっても、その名はお遊びの降霊術を通じて人々に広く知られている。  

「ええ。世に有名な、予言の賢者『ムジーク・シシリ』まではあと数代遡らないといけないですけどね。血縁は間違いなくありますよ。……しかし、なんでわかったんです?」

 ルードは考え込みながらも、ユルゲンスの問いに答える。
 
「……ナハトは監禁されてから三日間、備蓄の食料と水で生き延びている。そんなものがあの家に元からあったとは考えにくい」

 食料は、ナハトら家族が家を出てから長らく無人だった家にあるには新しかった。また、新たな小屋の持ち主のヘデラは地下室の存在さえ知らなかった。
 
「……本人に聞いてみた。『なんとなく』置いておいたほうがいいと思い、数日前に運び込んでおいた、と……。何かしら、嘘をついている可能性を考慮して身辺を洗ったんだが……」

 極限状況下で未来視の能力が覚醒したとすると、辻褄はあう。もっとも本人は未来予知をしている自覚はないようだ。……にわかには信じがたいことには違いないが。
 
「……あの若者達は、図らずしも本物の『シシリ様』を呼び出していたことになるのか。……と、なると」

 ネルからのメッセージを思い出す。村の人間や、それより多くが『みんな死ぬ』という。――忌まわしい、妖精の瓶のせいで。

「例の小瓶の行方は優先度を上げて追うように、と。ボスからのお達しがありました。引き続き尽力します。……ルードさんも、何かあればご報告いただきたい」

 真剣な口調に戻ったユルゲンスに頭を下げられ、ルードは頷くのだった。
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