37 / 51
第三十七話「初めての夜会」
しおりを挟む
グランとも無事剣術を教えてもらう約束をして、カルヴェと魔術をたくさん練習する日々が続いた。
そして、夜会の日。
「お似合いですよ、殿下」
俺は第一王子用の純白のタキシードを着て、馬車で会場に向かうところだった。
俺には何人もの護衛がつき、グランとカルヴェも含まれている。
俺が学院に行っている間にも何度か夜会が開催されていたが、α限定だったり、番を探す者限定だったりしていたようだ。
今日みたいなα、β、Ωの貴族みんなが参加するパーティーは俺が成人してから初めてらしい。
俺は性別を大っぴらに明かしていないから、α限定の夜会の招待状などを貰っていたらしいが……俺の知らないうちにカルヴェが全て断っていたそうだ。
「カルヴェ、ありがとう。そろそろ行ったほうがいいかな?」
「そうですね……王子が遅刻してはなりませんから。護衛を連れて、馬車で向かいましょう」
時刻は夜の六時。
会場は六時半に開かれる。
普段は七時頃から行うのだが、今回の夜会は人数が多いため多くの人と交流できるように六時半かららしい。
グランとカルヴェ、他の護衛を連れて馬車が繋がれているところへと向かう。
グランもカルヴェも夜会の正装であるタキシードを着ている。
……交流するための夜会とは言われているが、正直カルヴェとグラン以外の人間と関わりたくなかった。
抑制剤は飲んできている。
だけど、αに何か勘づかれたら困るし、αはレヴィルのような差別主義者が多い。
カルヴェやグランのようにΩの俺を大事にするほうが珍しいのだ。
貴族でαの奴らなんて、貴族のΩの者たちを劣等種として見ないわけがないだろう。
「殿下、お手を」
カルヴェに手を差し出されて馬車に乗っている間も、俺は夜会に行くのが不安で仕方なかった。
「うわ、すご……」
会場に着くと、受付の人に名前を聞かれる。
俺は王子だから顔パスだったが、カルヴェとグランは名簿にサインをしていた。
会場内は既に多くの人がいて、ボーイが配っているシャンパンを揺らして飲んでいる。
女性はレースがふんだんに使われた華やかなドレスを着ていて、一人一人違う刺繍が施されていた。
今までならこういう綺麗な女性を見て誰と婚約しようかな~なんて考えていたけど、もうそんな思考はなくなってしまった。
Ωの王子と結婚したいだなんて思うはずがない。
「殿下! こんばんは! ミラード伯爵家の長男の、リールドル・ミラードです。学院でお世話になっております。この度は夜会に来ていただけて歓迎です」
「あ、ああ……こんばんは」
会場内に一歩入っただけで話しかけてきた。
ミラード伯爵家の長男……確か同じ講義を受けていた気がする。
「私、殿下と一度話したかったんですよ。学院ではあまり話しかけられなくて……。良ければ一曲踊りませんか?」
「え、いや、俺は……」
戸惑って辺りを見回す。
学院でも会話をしていないし、いきなり踊るというのもちょっと気が引けるというか……。
一番はカルヴェかグランと踊りたかったからな……。
俺の思いに反して、リールドルはキラキラと瞳を輝かせている。
迷っていると、「殿下」とまた名前を呼ばれた。
振り向くと、そこには……。
一番会いたくないやつが唇に弧を描いて立っていた。
「またお会いしましたね。レヴィルですよ、学院ではお世話になりました」
思わず俺は鋭くレヴィルを睨みつけた。
食堂でも距離を置いたのに、どうして近づいてくるんだ、こいつは。
レヴィルはにやにやと口角を上げていて、俺のことを舐めるようにつま先から頭まで眺める。
「……ふーん、よく見れば綺麗な身体をしているじゃないか」
ちょうど曲が奏でられ、レヴィルの呟きが聞こえなかったが、彼はリールドルを肩でどかして俺の前に立ってきた。
「一曲踊りませんか? 殿下」
俺に手を差し伸べてくる。
もちろんその手を取ることはない。
「殿下、無視はよくないですよ? 俺と一緒に踊りましょうよ。それとも殿下は、踊りたい意中の相手が?」
「それは……っ」
声が耳に吹きかけられてくすぐったい。
思わず身を捩ったら、抵抗されないように二の腕を掴まれた。
どうしよう、今すぐ逃げたい。
なのに、力が強くて抵抗できない。
こいつ、なんでいつも俺につっかかってくるんだよ……!
「いいでしょう、殿下。俺と踊りましょうよ。そのあと奥の部屋にでも――」
「殿下、何をなさっているのですか? 一曲目は私と踊る予定だったでしょう」
「……! カルヴェ!」
焦燥に駆られていたとき、カルヴェが俺の目の前に現れた。
一気に安堵して、力が抜けてくる。
カルヴェはレヴィルを睨みつけ、俺の二の腕を掴んでいた手を思いきりはがした。
「……強引に踊りに誘うのは、よくありませんよ」
「……」
レヴィルは大きく舌打ちをして去っていく。
リールドルも、いつの間にかいなくなっていた。
辺りは男女や同性同士で曲に合わせて踊っていて、俺とカルヴェだけが取り残されている。
「カルヴェ、ありがとう」
「いえ、このくらい大したことありませんよ。それより、あの男はなんなんですか? いきなり強引に殿下の腕を掴んだりなんてして。失礼すぎます」
「彼はレヴィル・クワラード。オーレリアン宰相の息子なんだ。だから、仕方ないと思う……」
「でも、殿下は嫌だったでしょう」
「え……」
「嫌なら嫌と言っていいんですよ」
カルヴェが柔らかく微笑む。
その優しさに、俺は涙腺が僅かに緩んでしまった。
慌てて目尻を擦って、カルヴェと目を合わせる。
嫌なら嫌と言っていい。それは、前世でもできなかったことで、今まで誰からも言われなかったことだった。
安心するような温かい言葉を聞いて、俺はすごく嬉しい。
カルヴェは少しだけ屈んで俺と目線を同じくらいにし、手を差し伸べてきた。
「一曲踊っていただけませんか? 殿下」
「あ……ああ、お前となら、踊りたい」
俺が笑って言うと、カルヴェは「……こほん」と咳払いをして俺の手を握った。
そのままステップを踏んで踊り始める。
カルヴェは俺が踊りやすいようにリードしてくれて、気づけばいろんな貴族がこちらをちらちらと見ていた。
カルヴェとなら、安心して踊ることができる。
温かい手。香ってくる爽やかな匂い。大きな胸板。全てが俺の緊張を解いてくれる。
ふと視線を合わせると、シャンデリアに照らされた瞳がすっと細められた。
……少しだけときめいてしまったのは、カルヴェには内緒だ。
そして、夜会の日。
「お似合いですよ、殿下」
俺は第一王子用の純白のタキシードを着て、馬車で会場に向かうところだった。
俺には何人もの護衛がつき、グランとカルヴェも含まれている。
俺が学院に行っている間にも何度か夜会が開催されていたが、α限定だったり、番を探す者限定だったりしていたようだ。
今日みたいなα、β、Ωの貴族みんなが参加するパーティーは俺が成人してから初めてらしい。
俺は性別を大っぴらに明かしていないから、α限定の夜会の招待状などを貰っていたらしいが……俺の知らないうちにカルヴェが全て断っていたそうだ。
「カルヴェ、ありがとう。そろそろ行ったほうがいいかな?」
「そうですね……王子が遅刻してはなりませんから。護衛を連れて、馬車で向かいましょう」
時刻は夜の六時。
会場は六時半に開かれる。
普段は七時頃から行うのだが、今回の夜会は人数が多いため多くの人と交流できるように六時半かららしい。
グランとカルヴェ、他の護衛を連れて馬車が繋がれているところへと向かう。
グランもカルヴェも夜会の正装であるタキシードを着ている。
……交流するための夜会とは言われているが、正直カルヴェとグラン以外の人間と関わりたくなかった。
抑制剤は飲んできている。
だけど、αに何か勘づかれたら困るし、αはレヴィルのような差別主義者が多い。
カルヴェやグランのようにΩの俺を大事にするほうが珍しいのだ。
貴族でαの奴らなんて、貴族のΩの者たちを劣等種として見ないわけがないだろう。
「殿下、お手を」
カルヴェに手を差し出されて馬車に乗っている間も、俺は夜会に行くのが不安で仕方なかった。
「うわ、すご……」
会場に着くと、受付の人に名前を聞かれる。
俺は王子だから顔パスだったが、カルヴェとグランは名簿にサインをしていた。
会場内は既に多くの人がいて、ボーイが配っているシャンパンを揺らして飲んでいる。
女性はレースがふんだんに使われた華やかなドレスを着ていて、一人一人違う刺繍が施されていた。
今までならこういう綺麗な女性を見て誰と婚約しようかな~なんて考えていたけど、もうそんな思考はなくなってしまった。
Ωの王子と結婚したいだなんて思うはずがない。
「殿下! こんばんは! ミラード伯爵家の長男の、リールドル・ミラードです。学院でお世話になっております。この度は夜会に来ていただけて歓迎です」
「あ、ああ……こんばんは」
会場内に一歩入っただけで話しかけてきた。
ミラード伯爵家の長男……確か同じ講義を受けていた気がする。
「私、殿下と一度話したかったんですよ。学院ではあまり話しかけられなくて……。良ければ一曲踊りませんか?」
「え、いや、俺は……」
戸惑って辺りを見回す。
学院でも会話をしていないし、いきなり踊るというのもちょっと気が引けるというか……。
一番はカルヴェかグランと踊りたかったからな……。
俺の思いに反して、リールドルはキラキラと瞳を輝かせている。
迷っていると、「殿下」とまた名前を呼ばれた。
振り向くと、そこには……。
一番会いたくないやつが唇に弧を描いて立っていた。
「またお会いしましたね。レヴィルですよ、学院ではお世話になりました」
思わず俺は鋭くレヴィルを睨みつけた。
食堂でも距離を置いたのに、どうして近づいてくるんだ、こいつは。
レヴィルはにやにやと口角を上げていて、俺のことを舐めるようにつま先から頭まで眺める。
「……ふーん、よく見れば綺麗な身体をしているじゃないか」
ちょうど曲が奏でられ、レヴィルの呟きが聞こえなかったが、彼はリールドルを肩でどかして俺の前に立ってきた。
「一曲踊りませんか? 殿下」
俺に手を差し伸べてくる。
もちろんその手を取ることはない。
「殿下、無視はよくないですよ? 俺と一緒に踊りましょうよ。それとも殿下は、踊りたい意中の相手が?」
「それは……っ」
声が耳に吹きかけられてくすぐったい。
思わず身を捩ったら、抵抗されないように二の腕を掴まれた。
どうしよう、今すぐ逃げたい。
なのに、力が強くて抵抗できない。
こいつ、なんでいつも俺につっかかってくるんだよ……!
「いいでしょう、殿下。俺と踊りましょうよ。そのあと奥の部屋にでも――」
「殿下、何をなさっているのですか? 一曲目は私と踊る予定だったでしょう」
「……! カルヴェ!」
焦燥に駆られていたとき、カルヴェが俺の目の前に現れた。
一気に安堵して、力が抜けてくる。
カルヴェはレヴィルを睨みつけ、俺の二の腕を掴んでいた手を思いきりはがした。
「……強引に踊りに誘うのは、よくありませんよ」
「……」
レヴィルは大きく舌打ちをして去っていく。
リールドルも、いつの間にかいなくなっていた。
辺りは男女や同性同士で曲に合わせて踊っていて、俺とカルヴェだけが取り残されている。
「カルヴェ、ありがとう」
「いえ、このくらい大したことありませんよ。それより、あの男はなんなんですか? いきなり強引に殿下の腕を掴んだりなんてして。失礼すぎます」
「彼はレヴィル・クワラード。オーレリアン宰相の息子なんだ。だから、仕方ないと思う……」
「でも、殿下は嫌だったでしょう」
「え……」
「嫌なら嫌と言っていいんですよ」
カルヴェが柔らかく微笑む。
その優しさに、俺は涙腺が僅かに緩んでしまった。
慌てて目尻を擦って、カルヴェと目を合わせる。
嫌なら嫌と言っていい。それは、前世でもできなかったことで、今まで誰からも言われなかったことだった。
安心するような温かい言葉を聞いて、俺はすごく嬉しい。
カルヴェは少しだけ屈んで俺と目線を同じくらいにし、手を差し伸べてきた。
「一曲踊っていただけませんか? 殿下」
「あ……ああ、お前となら、踊りたい」
俺が笑って言うと、カルヴェは「……こほん」と咳払いをして俺の手を握った。
そのままステップを踏んで踊り始める。
カルヴェは俺が踊りやすいようにリードしてくれて、気づけばいろんな貴族がこちらをちらちらと見ていた。
カルヴェとなら、安心して踊ることができる。
温かい手。香ってくる爽やかな匂い。大きな胸板。全てが俺の緊張を解いてくれる。
ふと視線を合わせると、シャンデリアに照らされた瞳がすっと細められた。
……少しだけときめいてしまったのは、カルヴェには内緒だ。
5
お気に入りに追加
498
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる