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第三十二話「『運命の番』だから、好きになったんじゃない」
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「ん……っ」
俺の部屋に来た途端高築が眼鏡を外し、俺の顎を持ち上げてキスしてくる。
高築の全身から噎せ返るような甘い匂いがしてきて、あまりの強い匂いに眩暈がした。
「んぅ、は……、ぁ……」
舌で唇をこじ開けられて、そのまま俺の口内にぬめりと入りこむ。
湿った舌が甘くて、歯列をなぞられ俺の舌に絡められれば、後孔からじゅわりと蜜が垂れた。
必死に息をして高築の唇を貪る。
早く、アルファと繋がりたい。
……いや、高築と繋がりたい。
『運命の番』だからじゃなくて……大好きな人と、身体を一つにしたい。
「臼庭……いいの?」
「はぁ……っ、え、なにが?」
唇を離され、息を整えていると不安そうに瞳を揺らす高築が見えた。
「臼庭は東条さんと付き合ってるんだろう?」
「……は? なにそれ、どういうこと?」
「東条さんが一年と合同レッスンのときに言ってきたんだよ、臼庭と付き合ってるって。臼庭が自分に告白してきたから、恋人として過ごしてるって伝えてきたんだ」
はああ? あいつ、何言ってんだ?
事実でもなく証拠もない変な噂を流そうとするなんて、迷惑なことこの上ない。
……だから高築は、俺が東条と食事してたときに目が合ったら気まずそうに逸らしていたのか?
さっき練習室で振り向いたときもそうだ。
高築は俺が東条と付き合っていると勘違いしていたから、遠慮していた?
「だからお前、話しかけてこなかったのか?」
「うん。恋人同士の邪魔しちゃ悪いと思って……」
「……はぁ」
なんだか東条に俺たちの関係をかき回された感じがして、非常に腹が立つ。
ため息を吐いてから、誤解がないように高築に説明した。
「東条と俺は付き合ってないから。しかも俺が東条に告白とかそんなのするわけない。根っからの嘘だ。高築以外の奴にも言ってたのか?」
「いや、俺以外の人には言ってないと思う。もし言ってたら、とっくに臼庭の耳に入るほど噂になってただろうし……」
それもそうだ。
だとしたら、高築にだけ嘘を告げたのか? なんのために?
いや、もし……東条が入学式のラブレター騒動を俺たちの学年や先輩方に聞いたのなら。
恐らく、牽制として嘘を吐いたのだろう。
「……くだらな」
「じゃあ臼庭は、東条さんのことが好きじゃなかったの?」
「全然好きじゃない。好きだと思ったことなんか一つもない。鬱陶しいし」
高築はきょとんと首を傾げる。
「俺のことも、鬱陶しいって思ってたんじゃないの?」
「お前は、その……鬱陶しいっていうより、俺のこと知ろうとしてくれて嬉しかったから」
ベッドに腰かけて、素直に言葉を発するのが恥ずかしくて紛らわせるように首を掻く。
高築もベッドに腰を下ろして、俺の傍にぐいっと近づいた。
眼鏡をかけていない、整った真っ黒の双眸が俺を見据えている。
綺麗だな、と思った瞬間、高築はぐっと眉根を寄せた。
「え、本当に俺のことが好きなの?」
「す……っ、何回言わせればわかるんだよ」
「『運命の番』だから、好きってこと?」
「そんなんじゃない! 俺は本当に、いつからかわからないけど、いつも俺のこと気にかけてくれるお前のことが、す、好きで……」
ちゅ、と触れるだけのキスをされた。
高築の唇は少しだけ湿っていて、もっとキスがしたいだなんて思ってしまうほどの癖になるものだ。
バニラみたいな甘い匂いでくらくらして、好きって伝えるたびに全身が火照る。
「……俺も、『運命の番』だから好きになったんじゃない」
顔を上げると、高築が真剣な顔で俺と視線を合わせていた。
高築は少しだけ自分の過去を話してくれた。
中学時代、アルファだからって合唱コンクールの伴奏に選ばれたけれど、失敗して非難され、いじめに遭ったこと。
人生のどん底にいたとき、俺に出会って全てが変わったこと。
……俺に救われて生きたいと思い、ピアノをもう一度弾こうと思ったこと。
「臼庭は、俺に生きる気力を与えてくれた人。希望を与えてくれた人。全ての活力をくれた人。『運命の番』だから好きとかじゃないんだ。大学で何度か喋ったときだって、そのたびに好きって気持ちが増えていった。臼庭の演奏も好きだけど、素直じゃないところも好きだし、すぐに顔が赤くなるところも好きだし、食べる姿も発情する姿も、全部好き。臼庭の全部が、大好き」
「……っ!」
真っ直ぐ向き合って伝えられて、また涙がじわりと浮かんだ。
……高築は、『運命の番』だから俺のことが好きってわけじゃなかったんだ。
それは俺の勘違いで、高築は俺のことをずっとずっと――。
こんなに嬉しいって気持ちで満たされたことはない。
嬉しい、好き。
今は脳内がこれだけでいっぱいだ。
「……そういうとこ」
「え?」
「お前のそういう素直なところが、好き」
「……!」
笑って想いを告げたら、ぐるっと視界が回転して、押し倒された。
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