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気ままな魔石達

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「何であんなに不機嫌そうなんです? ティアさん。」
「ああ、昨日の夜、仕事で構ってやれなくてな。」
「ええっ、あの噂に聞く、新婚スイートで放ったからしにしたんですか?」
「何だ、あの部屋、嫌に女性好みな作りだと思ったが、新婚用だったのか。」
「何だじゃありませんよ、せっかくお二人の為に御用立てしましたのに、そりゃぁティアさん不機嫌にもなりますよ。」
「そうか、それは悪かった。」
「俺に謝られても。」
「そうだな。ちょっと宥めてみるか。」

街中の大通りを、男二人で何やらこそこそ話しているのを不機嫌そうに見ていたティアに、レイがこほん、と咳をして機嫌を伺うように見つめてくる。

「ティア、あ~、その何だ。よかったら手でも繋ぐか?」
「何で、レイの手をわざわざ繋いで歩かなくちゃならないのよ、子供じゃあるまいし。」

素っ気ないティアの言葉に、初めは面白そうにティアの顔を見ていたレイは、いよいよ困った顔をする。

ふん、せいぜいそこで困ってなさいよ。そんなことじゃ私の機嫌は直らないわよ!

「レイさん、そこの角に宝石店がありますよ、職人の腕が良くてオリジナルの品が結構あると評判です。ちょっと寄って見ていっては?」
「おお、そうか。ティア、ちょっとそこの店を覗いていこう。」

レイは強引に不機嫌なティアの手を取って、看板は古いが、石造りの立派な店構えの店に入って行く。レイの大きな温かい手の温もりを感じて、チョッピリ機嫌の直ったティアは、そのままレイに引っ張られて、頑丈そうな一枚板に彫刻がほどこしてある凝った作りの店の扉を潜った。

「いらっしゃいませ。おや? チリさん。今日はザビ様のお使いですか?」
「いえいえ、お客様にこの街をご案内しているところです。」

優しそうな年をとったおばあさんの店員に挨拶をしたチリは、こそっと彼女に告げる。

「あの、あちら新婚さん、なんですけど、旦那がヘマして奥さん怒らしちゃったみたいで、何かオススメのもの、ありませんか?ティアさんに似合うような。」
「まあまあ、それは大変ね、さてさて、あら随分お綺麗な方ねえ、品もあるし。これは下手なものは勧められないねえ。」

少し考え込んだおばあさんは、数々の宝石で細工が施してある装飾品に見とれているティアを見て、レイの方に向かってそっと聞いてくる。

「いらっしゃいませ、奥様への贈り物ですか?ご予算の程は如何程いかほどで?」
「ああ、いくら掛かってもいい。とりあえず機嫌を直してもらわないとな。」
「金貨何枚ぐらいまで、でしょうか?」
「大金貨もある、心配するな。」
「!、分かりました。それでは少々お持ちいただけますか?」

驚いた顔をしたおばあさんは、レイの首にぶら下がる首飾りに気づき、続いてティアの方を見て腕輪を素早くチェックする。
ニンマリ納得の顔をして、奥に下がるとしばらくして幾つかの古そうな箱と、キラキラ細工のされた箱を持って出てくるとカウンターに並べた。

「こちらの品々は、一般の方にはお勧め出来ませんが奥様は魔力持ちでいらっしゃるのでしょう。でしたら、ただの装飾品よりこちらの方が喜ばれると思いますよ。」
「魔石の装身具か。確かにそうだな。」

ずらりと並んだ幾つかの細工も見事な装身具は、魔石の色も濃く上等な品であることが伺える。

「俺は宝石のことはよく分からんが、これらは国宝級のモノに非常に似ているな。」
「よくお分かりで、流石ですね、貴方様のその金の髪と緑の目、年齢から察するに、もしや、型破りなお方だとお噂の、しる・・」
「レイだ!レイ、俺の名前はレイだ。」
「・・・なるほど、ではレイ様、どちらの品物を御所望でしょうか?」

これだから、年寄りは侮れん、とブツブツ言いながら、レイはティアを呼び寄せる。

「ティア、ちょっと、この中で君が好きな品、あるか?」

目を輝かせて店の品々を見ていたティアは、レイに呼ばれてカウンターに並べられた品々を見て、ほうっと溜息をついた。

凄い、多分全部名のある魔物の魔石だ・・・・

「凄いわ、どれも力の強い魔石ばっかり・・、この細工の見事な事。それにこれらは神殿で見かけたことがあるような・・・もしかして由緒ある品じゃない?」
「まあ、ほんとよくご存知で、そうですこれらは古代の遺跡の品々です。本来は王家などに進呈されるのですが、見つかった場所が他国の海だったそうで、そのまま漁師から私共の先祖に売られたのですよ。」
「成る程、他国のものでも買い取る分には問題無いな。」
「もちろんですとも。さ、どうぞゆっくりご覧になって下さい。」

燃えるような赤い魔石の指輪、黄色と緑の魔石の小さなティアラ、青と透明なキラキラ光る魔石の髪飾り。見事な細工の箱に入った装身具は古代の品ではないが色鮮やかな紫とピンクの花のブローチだ。

えっ、でも、こんな高価そうな装飾品・・・

一つ一つを確かめるように手にとってみて、レイは最後に髪飾りをティアの髪にあててそっと言った。

「俺たちが出逢った記念だ。ティアの髪の色にもピッタリだし、俺はコレがいいな。」
「確かに奥様の黒髪にはそちらも合いますが、こちらのティアラも黒に良く合いますよ。奥様はどれがお気に召されましたか?」

好きな人から、記念だなんて言われたら断れるはずがない。

レイの指す髪の色が、ティア本来の髪色、プラチナブロンドである事に気付いたティアは、嬉しそうに迷わず髪飾りを抱きしめた。

「コレがいい。」
「まあまあ、仲の良い事で。それではそちらをお包みしましょう。」
「あの。着けてみていいかしら?」
「もちろんですよ。こちらの品は、水龍にまつわるものと聞き及んでおります。」
「俺が着けてやろう。」

レイがティアの髪をそっと撫でて髪飾りをつけると、店の鏡で早速チェックしてみる。

「素敵!やっぱりすごく綺麗な髪飾り!」
「ティアの方が綺麗だ。」

照れもせず、堂々としたレイの褒め言葉に、ティアは思わず不機嫌だった理由も忘れて、テレテレと真っ赤になった。店のおばあさんも、チリも、ニコニコして二人を見ている。

もう、レイったら。こんな堂々と言われたら、いつまでも拗ねてられないじゃない・・・

「ティア、昨夜は悪かった、もっと早く帰るつもりだったんだが。今晩にでも埋め合わせをするから、な?」
「な、な、何を言い出すのよ、突然!」

真っ赤になったティアは慌てて、機嫌を直してくれ、と続けようとしたレイの口を塞ぎ、恐る恐る呆気にとられた観客二人の方へ目を向ける。
さっと目をそらした二人は、ええっと箱はどれだった、あっこんなところに埃が、と咄嗟に聞いてないフリをした。

ば、ば、ばかー、レイのばかー! なんて恥ずかしいことを他人の前で・・・

穴があったら入りたい、と思わず両手で頭を抱えたティア。その拍子にレイからの贈り物の髪飾りに手が当たった。
すると、髪飾りが一瞬眩く光って、その豪華な姿がフッとティアの髪の中に消えていく。

「へ?」
「なんだ? 消えた?」
「どうなさいました?」

鏡の中で髪飾りが消えていくのを一部始終見ていたティアは真っ青になって、ペタペタ、と髪飾りのあったあたりを触ってみる。

「やーん、髪飾りが・・」

一体どこにいっちゃたの?

するとまた、元の場所に髪飾りが現れる。どうなってるの?、と手を伸ばして取ろうとしても髪飾りは髪から外れない。ぎゃー、今度は外れない!

様子を見ていたレイが手を伸ばして取ろうとしても、頑として髪飾りはティアから外れなかった。

どうしよう、こんな豪華な髪飾り、街中でつけて歩いたら、即、強盗に襲われる・・・

帽子でもかぶって目立たなくするか、と考えてそれに触れると、またまた髪飾りは消えていった。

「はへ?」
「なるほど、ティア、心で、髪飾りに現れろ、と思ってみろ。」

心で? えーい髪飾り、出でよ!

すると髪の元の位置に髪飾りが現れる。ふんふん、と頷いたレイは、今度は消えろ、と思ってさわれ、と言ってくる。言われた通りにすると、髪飾りはすっと溶けるように消えていった。

「さすが魔石の装身具、任意で出し入れができるのだな。」
「はあ、私どもも、それは存じ上げませんでした。」

おばあさんは、感心したように見ている。

「まあ、例えば、他の髪飾りをつける時とかには、消えてもらったほうがいいだろ。」

そういって、レイがひょいと側にあったティアラをティアの頭に載せると、どこからか透明な手のようなものがティアの頭の上に現れて、ペイっ、とティアラを頭から払い除けた。

「・・・・・随分と心の狭い髪飾りだな・・・・・」

払い除けられたティアラがヒュンと飛んで元のカウンターの上に戻ったの見て、レイが呆れたように言った。

髪飾りはティアが願ってもいないのにいつの間にか現れ、ピカピカと存在を示すように頭の上で光りだした。

・・・もしかして、これで私、他の髪飾りをつけることは出来なくなったって事?

憤慨して今だに光って存在感を示している髪飾りを鏡越しに見て、そうっとティアは溜息をついた。

「まあ、アレだ。俺からの贈り物だしな。髪飾りはこれで他の男からは受け取れんだろ。」

同じ結論にたどり着いたレイは、結構自分本位な解釈をして納得している。そして幾らだ、とおばあさんに支払いをしにカウンターに近づいていった。

にこやかに毎度アリー、とおばあさんに見送られた3人は、そのまま大通りを道具屋が集まる通りへと歩いていく。機嫌は直ったが複雑そうな顔のティアを見て、今度は何だ?とレイはまた不思議そうな顔をした。

「ティア、機嫌は直ったか?」
「・・・そのデリカシーのなさ、何とかならないのかしら?」
「心外だ。これほど女性に気を使ったことはないぞ。」
「そりゃ、そうでしょうよ。」
「・・・」

レイのプレゼントしてくれた髪飾り以外、受け付けないこの状況。レイともう直ぐお別れだというのにティアの心境は嬉しいのか悲しいのか、自分でもよく分からないほど複雑だ・・・
けっこうな対応のティアに、あまり気を悪くした様子もなく、レイが助言を求めるようにチリを見るが、チリも何となくティアの反応に心当たりがあるのか、いや、まあ、確かにあそこであのセリフは恥ずかしい、とか言い出す始末だ。

「いや、でも僕は個人的にレイさんは男らしくて、凄い、と思いますよ。」

いっそ清々しい程です、と尊敬の目でチリはレイを見ている。

「まあ、でもティアさんは怒っているのではなくて、照れてるだけですよ、きっと。」
「そうなのか? 女性は扱いが難しいな。俺は男の兄弟しかいないから、よく分からん。その点チリは偉いな。」

ちゃんとティアの心がわかるのだな、と言いながらチリの頭を撫ぜる。見た目は同じぐらいの年なのに、やっぱりレイもチリをどうも年下扱いだ。

「そうか、照れてるのか。可愛いな、ティア。」
「! レイったら・・・」
「よしよし。今晩はたっぷり可愛がってやる。」
「こんのぉ、そのデリカシーのなさ、何とかしろ!」
「何だ、真っ赤になって、こらこら暴れるな。」

レイは堂々と通りの真ん中で、嫌がるティアを力づくで抱き寄せ、口づける。

「んん・・・」

目を白黒させているティアを、気が済んだのかチュッと唇を離すと、そっと耳に口を寄せて囁く。

「こら、それ以上暴れると、縛るぞ。」

途端に大人しくなったティアを見て、真っ赤になって見ていたチリが、ますます尊敬の眼差しでレイを見上げた。

「レイさん! 流石です。男らしいです。僕、尊敬します。」

何が、尊敬、よ~! 違うのよチリ、道を誤ってはいけないわ。私はレイに脅されただけで、決して服従した訳では・・・・・

しかし、頬を薔薇色に染め、今のキス騒ぎの注目の中、通りを堂々と歩くレイにしっかり手を繋がれ恥ずかしそうにレイの横を歩くティアはどう見ても甘い服従者だった・・・。


チリはそのまま、一軒のガラクタのような物が表に積み上げてある店に、’こんにちはー’ と入っていく。
いつの間にか道具屋街に来ていたらしい。
表に、’なんでもからくり屋’ と看板の掛かった薄暗い店は、何かしら得体の知れない道具が所狭しと並べてあった。
キーンと金属の切れる音と、火薬のような匂い。それに加えて何か得体の知れない道具類からカビ臭い匂いが辺りに漂う。

「すいませーん。ミドルサウス商会のものですけどー。」
「おー、今手が放せん! そのまま奥に来てくれー。」

溢れる道具を選り分けて、細い道を奥に行くと、髭面のおじさんがメガネをかけて何か溶接しているところだった。

「こんにちは、ミドルサウス商会のものですけど、ちょっとお尋ねしたいんですが。」
「あんだ、あの気取り屋親父のところの護衛じゃねえか。」
「あっ、はい、トクさん、お久しぶりです。あの、こちらのお二人なんですけど、非常に魔法に長けたお二方で、ファラドンまでの道を急いでらっしゃるようなので、もしや、こちらのお店で何か道具があれば、と思いまして。」
「あ?ファラドンまで?急いでいるなら早馬で行きゃいいじゃねえか。」
「いえ、多分ですけど、お二人とも、早馬より早い方法をお求めなんじゃないかと。お二人だけだと、早馬より速く走れますよね。」

チリはぐっすり寝てはいたが、その日のうちにミドルにたどり着いた経歴で、二人の身体能力の予想がついたらしい。

「ほう、そっちの美人の姉ちゃんもかい?そりゃ結構な才能だな。ちょっと待ってろ、これを仕上げたらそっちに行く。」

作業に戻ったトクを見て、チリは二人に向き直って挨拶をする。

「お二人とも、僕はここで失礼します。トクさんの腕は確かなので、何かしら収穫があるといいんですが。もし必要でしたら、店で早馬も用意できますので。もしまたミドルにいらっしゃる事があれば、いつでも気軽に当店にお立ち寄り下さい。必要なものはなんでも御用立ていたします。それでは失礼いたします。」

丁寧に腰を折って挨拶をすると、チリは二人を名残惜しそうに見ながら帰っていった。

「なんだか寂しいわね。」
「またこの街に寄った時に挨拶に行くさ。」
「そうね、勤めるお店はわかっているんだし。」

寂しそうなティアの肩を引き寄せて、髪に唇を落とすと、レイは優しくティアの背中を撫ぜる。ティアは大きな手の温もりを背中に感じながら、レイにもたれ掛かってトクの作業が終わるのをじっと見ながら大人しく待った。
そのうち、うーんと伸びをして魔道具の火を止め、よいしょ、とトクがこちらに向き直った。

「待たせたな、おや?あの護衛の片割れは帰ったのか。で、お前さん達早馬より早い移動手段を探してるって事だが、魔法はどれぐらい使えるんだ? ここにゃ持ち主の魔法量に反応する魔石を使った道具が多いからなぁ。普通の一般人でも使える魔道具を探してるなら、ここにはあんま無いぞ。」
「この店で一番自信のある魔道具を出してくれ。」
「ほう、大きくでたな。よしついて来い。」

そういうと、トクは店を出て裏の倉庫のようなところに二人を連れて行くと、ガラガラ、と扉を開ける。

「移動手段となると、馬が一番だが、二人で乗れて馬と同等かそれ以上の速さが出て、魔力が続く限り走り続ける魔道具があるぞ。まあ馬車の縮小版みたいなものだ。ほら、これだ、この馬車の車輪に当たるものが魔石の働きで勝手に回るんだ、このスティックで方向を定める、ここに座って・・・」

トクの説明を熱心に聞いているレイ。
ティアは、どうせレイ一人でファラドンまで行くのだから、と倉庫の様々な魔道具を好奇心もあらわに見て回る。
見た目は小さな箱だが、触ると何やら楽器の音が流れ出したり、人が入れるぐらいの箱で中を開けるとやたらと寒かったり、と変な魔道具がいっぱい並んでいる。

おもしろーい、とどんどん奥に入って行ったティアは、何やらいびつな形の白いものが目に入った。あれは何? と一番奥に埃を被っている、シーツをかぶせてある馬車程大きな物体に近づいていく。

誰も見てないよね、ちょっとだけ・・・そうっとシーツを持ち上げて中身を確かめてみる。

それは、不思議な色の、卵を横にしたような形をした物体だった。

好奇心に駆られてこっそり触ってみると、白い大理石色のそれは、木のような温かみがあるが金属のような硬さがあり不思議な感触だ。扉の形は見えるものの、少しの隙間もなく取っ手も見られない。

どうやって開けるの、これ? 

好奇心の赴くまま、ペタペタ扉に触れて取っ手を探してみる。
その時、ティアの髪に隠れていた髪飾りが光輝き、卵と共鳴しだした。

えっ? 何? 卵が振動してる?

目の前の扉が突然消え、ティアは前のめりに卵の中にどたん、と倒れこんでしまった。

痛っいー、突然なんなの・・・あれ、何、これ? 

手に触る、固い感触に、ハテナ?と視線を上げると、目の前に頭蓋骨。

「ひっ、い、やっー!!」

思わずあげた、高い悲鳴に、レイが乗っていた馬車から飛んでおりて駆けてくる。

「どうした! ティア! どこだ?!」
「レイ! 骨!・・・」
「今、行く! どこにいる?!」
「奥! シーツのかかった変な卵の中~」

あ、人の骨じゃない・・・これは、小動物?

床に疎らに落ちた小さい骨と人骨とは違う形の骨。ほうっ安堵のため息をつきながら、ゆっくり起き上がったティアは周りを恐る恐る見渡した。小さな振動は止まったが、どこからかブーンと微かな振動音は聞こえてくる。

「ティア! どうやってこの中に入るんだ? 開けてくれ!」

見ると扉が閉まっている。ええっと、確か手を扉に・・・

「レイ、手を扉に当ててみて!」
「扉に? よし。」
『新しい訪問者確認、進入を許可しますか?』
「きゃあ!」
「ティア! どうした?」

何か、知らない言語が卵の中に響き渡り、扉の壁に古代文字が現れる。

へ? これって古代の神聖文字よね? う~ん、確か・・・・

こんなの覚えてなんの役に立つの?と超身が入らなかった、古代歴史の授業。
居眠り半分で先生から及第点ギリギリだった宮殿の図書館での授業の記憶が蘇る。

えっと~、人? 許可? あ、レイを入れていいか聞いてるの?

確か、『はい』は・・・うろ覚えの文字を扉に指でなぞると、扉がヒュンと音を立てて突然消える。

「ティア! 無事か?」
「レイ! 大丈夫よ、心配かけてごめんね。そこに転がってる骨に驚いちゃって。」
「骨? ああ、何か小さな動物の骨だな。それにしても、これは何だ?」
「わからないわ、いきなり扉が開いちゃって。」
「おおーい、お前ら! どうやってこれの中に入れた? 俺も入れてくれ!!」
『新しい訪問者確認、進入を許可しますか?』
「何?」

トクの声が外から聞こえまた古代語と思われる言語が響き渡る。

「古代神聖語? 進入を許可するか聞いているな、それにこれは古代神聖文字だ。」
「わかるの?」
「ああ。剣の解読に一時期凝ってな。とりあえず、トクを入れるぞ。」
「彼の魔道具なんでしょ。もちろんよ。」
「よし、『許可する』」

扉は開かない。

「あれ? でもさっきは、あ、さっきは扉に文字書いたっけ。」
「こうか?」

やっぱり開かない。おかしいな、さっきは確かに・・・

「えっと、確か、『はい、許可する』」

ヒュン、と扉が開いて、待ち遠しそうに待っているトクが、目を見開いて驚いている。

「おお、スゴイ! 凄いぞ。遂に謎の卵の中身が!」
「えっ? これトクさんの作った魔道具では?」
「ない! これはな、何十年も前に、青湖の魔の森近くで発見された謎の卵だ。卵の形をしているのに扉がついていて、この大きさだろう? 材質も見た事もない珍しい物だったんでワシが引き取ったはいいが、扉がなあ、どうやっても開かなかったんだ。お前たち、どうやったんだ?」
「えっ? 扉に触ったら開いたけど・・・・」
「そんな馬鹿な! どうしても開かないってんで、火薬で爆破してもだめ、かすり傷もつかなかったんだぞ。」
「なるほどな、まあ何か、ティアが気に入ったらしいな。俺でも開かなかった。」
「何だ、お前さんもだめだったのか。お嬢ちゃん、稀に見る美人だしなぁ。まあ、いいか、で何だろうな?この卵・・・」
「何か乗り物の一部、らしいな、椅子があっちに見える。」
「それにしても、中は見かけと随分違うな、空間魔法か?」
「何でもいいから、この骨! どっかにやって~。」
「何だティア、魔物を平気で解体する癖に、こんなの骨だけじゃないか?」
「魔物は魔素で血が出ないじゃない! 正体のわからない骨はイヤ~。」
「ははは、面白いな。ほら外に出すぞ。トクも手伝え。」
「ありがと。」

だって、さっきはほんとビックリしたから、気味悪いんだもん・・・

二人が骨を片付けると、改めて卵を見渡したティアは椅子の方へ近づいていく。

へえ、何でこんなところに椅子? 座り心地は悪くないけど・・・・

『操縦者確認、飛行準備に入りますか?』
「へ? ナニコレ?」

いきなりアナウンスがまた聞こえて、目の前の卵の壁に現れた古代神聖文字。
?、さっきと同じでレイたちの許可? とりあえず、『はい、許可する』、と言った途端、壁いっぱいが透明なガラスの窓になり目の前にトクの倉庫の壁が見える。
その上何か、半球にレバーハンドルがついたものが椅子の前に床からせり上がってきた!

「ぎゃー、ナニコレ! レイー!」

ビックリして椅子から飛び上がると、いきなり警告音が響く。

ビービー、ビービー。
『警告します。飛行準備に入りますので椅子から立ち上がらないで下さい。繰り返します、椅子から立ち上がらないで下さい』
「レイー!なんか卵が言ってるー!」
「何だ、どうした?」

ぎゃーどうしよう、どうしたらいいの?

とりあえずビービーなる警告音に椅子に座りなおしたものの、パニックで心臓がばくばくいってる。
骨を捨てに外に出ていた二人が帰ってくると、警告がまたアナウンスされる。

『飛行準備に入ります。揺れますので椅子に着席するか手すりに捕まって下さい。』
「飛行? 飛ぶのか? この卵!?」
「何! 飛ぶだと? これがか?」
「俺が質問しているんだが。」
「知るかよ! こちとら中に入ったのも初めてなんだ。とりあえず止めないと。」
「確か・・・ ティア、『飛行、中止』と言ってみろ。」
「えっ、何? 『非業、中止?』
『中止、何を中止しますか?』
「『ひ、こ、う、』だ」
『飛行、中止』
『了解です。飛行準備中止します。』

だんだん高くなっていた、卵から聞こえる振動音がゆっくり静かになって行く。

はあー、なんか知らないけど、助かったー。

しっかりレイの腕にしがみ付いたティアは冷や汗を拭ってしまう。何が起こるか分からない為、念のため外に出た三人。レイは何かを考え込んでいたが、トクの方に向き直った。

「トク、もしよかったらこの卵、譲ってもらえないか?」
「えっ? こいつ引き取るつもりかい?ファラドンまでの魔道具、どうすんだ?」
「この卵でちょっとした実験をしたい。そこで何かあった時の為に買い取りたい。いいか?」
「まあ、どっちみち倉庫で何十年も眠ってたモノだし、いいよ、持ってけ。」
「いや、俺の考えている実験が成功すれば、その価値は計り知れん。そうだな、ちょっと待て。」

レイは、卵に戻ってペンダントからティアに譲ってもらった日の輪グマの魔石を取り出した。卵から出てきたレイの手にある魔石に、トクは目をみはる。

「これと交換、ではどうだ?」
「こ、こ、これは凄い! なんて大きい魔石だ、それにこの色!」
「不足か?」
「いや、とんでもない、充分どころか逆に過剰だ!」
「気にせず受け取れ、多分この倉庫、立て直しになる。」
「え? そりゃまあ、確かに、この頃雨漏りがひどくってな、そろそろ立て直さなきゃならねえんだがよ。」
「それは丁度良かった。では、これで交渉成立だな。」
「おう、ありがとうよ。」
「ちょっと、この倉庫借りるぞ。卵で確かめたいことがある。」
「いいけど、俺っちゃ、仕事に戻るぜ。急ぎの仕事があってな。」
「ああ、こちらは好きにやるから気にするな。もし倉庫が壊れたら、すまんな。」
「? いいってことよ。じゃあな。」

トクが魔石を手にホクホクしながら倉庫を出るのを見て、レイは腕にぶら下がっているティアの頭を撫ぜる。

「待たせたな、では行くか。」
「? え? どこに?」
「ファラドンに決まってる。出発するぞ。」
「・・・」

そうか、とうとうお別れの時が来たんだ。

しゅんとしたティアの目尻に涙が浮かんでくる。
潤んだ目でレイを見つめ、レイの温かい腕から身体を離して一歩下がったティアに、レイは、何だ?どうした?と聞いてくる。

「あの、今日まで、楽しかった。レイも元気で。ファラドンまでの旅、気をつけてね。」
「何を言っている? ティアも一緒に行くに決まってるだろ。」
「へ? でも、案内は魔の森からミドルまで、でしょう? レイ、ここから先は案内要らないよね?」
「ごちゃごちゃ言わずに一緒に来るんだ。ほら、出発だ。」
「きゃあ! レイ何する・・もご・」

なるべく別れが辛気臭くならないよう、目一杯の空元気で挨拶をするティア。
そんな健気な自称、か弱い乙女の身体中に、最初に海岸で縛られたように縄がいつの間にか巻きついていた。
口まで縛ったティアの身体を担ぎ、そのままレイと一緒に卵の中に連れこまれる。

「!#$%!」
「ああ、保護者のことを気にしているのか? 昨日、ハテの村役場に、ティアはファラドンまで連れて行く、と伝言したから大丈夫だ。それに、君もルナデドロップが王都で待つ病人の為だと知っているだろ。なら最後まで責任もって届けるのが筋というもの。」
「・・・・・」

・・・確かに、レイの堅い口から、呪詛系の病人がいる、それも若くない女性だ、と聞かされている。ルナデドロップは万病に効く魔草だが抽出が難しい、とスウも言っていた。

私の持ってるスウのポーションが何かの役に立つかもしれない・・・

大した説得もナシに、すんなり大人しくなったティアに口を塞いでいた縄を解いて、レイは念を押す。

「一緒に来るな?」
「わかった。」

ため息とともにどことなく嬉しそうに頷いたティアの肯定の返事に、身体を縛っていた縄がフッと消えた。
そのまま、ガシッとティアの身体をレイが捕まえて、激しい噛み付くようなキスをされる。

「ん・・んん」

自然に目を閉じて受け入れたお仕置きのようなそのキスは、激しかったが、乱暴ではない。

レイ・・レイ・・まだ一緒に居られるんだ・・・・・

ふつふつと嬉しさが心に湧いて、レイのキスに甘く唇を舐めて応える・・・

「っ、ティア・・・」
「っん・・・ふっ・・・」

甘える様にしなだれかかってくるティアの身体、それを支えるレイの瞳に、僅かな迷いの様な逡巡が映し出されたが目を閉じたティアは気付かなかった。

レイの逡巡を振り切る様に開いた唇に、ティアから舌を滑り込ませ、熱く二人の舌が絡み合った。
身体にレイの手が巻きつきティアも自分の腕をレイの逞しい身体にまわす。情熱が二人を捉え、そのまま何度も角度を変え長い口づけを交わして、確かめるように身体を押し付けあっていたが、やがて、レイがそっと身体を離す。

「続きは、今晩だ。さあ出発するぞ。」
「う・・ん、でも、あの、なんでここに戻ったの?」

卵の中を見渡して二人が入ってすぐに閉まった扉を見つめる。

「多分だが、この卵は元々大きな魔石そのものだ。魔石をくり貫いてこの魔道具はできているんだ。俺は、この剣の歴史に興味があって、古い文献の古代神聖語を解・・」
『聖剣、緑竜の剣を確認、継承者の登録完了。』
「継承者?・・・」
「・・ねえ、今、卵なんて言ったの?」

レイがペンダントから、街中を歩くので仕舞っておいたレイの剣を取り出した途端、卵が反応した。

「・・・ティア、君の剣を出してみてくれるか?」
「私の剣? これの事?」
『聖剣、蒼竜の剣を確認、蒼竜の涙と同じ継承者の登録完了。』
「・・・そうか! ティアの髪飾りに反応したのか。」
「ねえ、レイ、卵なんて言ってるの? 剣と竜の登録って何?」
「ティア、古代神聖語が分かるのか?」
「ええ、昔、小さい時に習ったのだけど、ちょっとうろ覚えで・・・」
「そういえば、最初に俺の許可を扉に書いた、と言っていたな。」
「恥ずかしいんだけど、授業中居眠りばっかりしてたから、『はい』の発音覚えてなくて・・・・」
「気にするな、少し分かるだけでも大したもんだ。さて、そこの椅子に座って。」

さっき、座った途端卵がなんか言ってきたんだけど、と言いながら二つある、不思議な素材の後ろに背もたれのついた座り心地の良さそうな椅子に、先ほどと同じように座って見る。
レイも隣に座るとやはり卵が話しかけてきた。

『操縦者確認、飛行準備に入りますか?』
『ああ、許可する。』

目の前の卵の壁に現れた古代神聖文字。
レイが返事をすると、ブーンという振動がだんだん大きくなる。また目の前に透明なガラスの画面が表れ、倉庫の壁が見える。

その上、また何か半球にレバーハンドルがついたものが椅子の前に床からせり上がってきた。

「ふむ、使い方がちょっと分からんな。『操縦、教える』」
『了解しました。操縦桿の操作をデモします。前の画面で確かめてください。』

次、次と目の前の画面に、半球レバーハンドルと説明らしい古代神聖語が現れる。分かりやすいリアルな説明に、ティアも何となく言葉はわからなくても図面で理解する。

これって空を飛ぶ魔道具なのね、それにしても画面で説明しているのが小竜って・・・

そうなのだ、画面で操縦桿を握ってデモをしているのは、紛れもない小さな竜。卵の声の持ち主はどうやらこの小さな竜らしい。可愛いいな・・・竜ってもっと恐ろしい魔物だと思ってたけど・・・

いつの間にかデモが終わり、またアナウンスが流れる。

『現在位置は障害物で、翼を広げることは不可能です。障害物を消しますか?それとも転移をしますか?』
「何? 転移だと! 文献には載っていたが、まさか本当に出来るのか?」
「なあに? 転移って確か移動魔法よね? 神殿で昔使われていたって言う。」
「そうなのか? 俺の国では幻の失われた魔法だ。よし、『転移、許可』」
『了解しました。転移開始、終了。翼準備完了、離陸可能です。』
「・・どこだここは?」
「あ、ここって来るとき通った河辺よ。」

いきなり目の前にあった壁が消え、景色が変わって、確かに、周りに障害物のない河辺の平らな土地の上に自分達はいる。卵の窓から外を見ると卵の脇?から鳥のような大きな翼が生えていた。

「よし、行くぞ。俺が先ず飛ばしてみる。」
「了解。」

さっきのデモで見た、中央の二つ並ぶレイ側の四角形を手で押すと、レイの操縦桿が光ってレイに操縦権がある事がわかる。そのまま数値らしき目盛りの横の操縦桿レバーをゆっくり手前に引っ張るとブーンと微かに大きくなる音とフワッと浮かび上がる浮上感、目の前の大きく足元から天井までいっぱいに広がる窓の風景がゆっくり変わってゆく。外の景色の目線が浮上して自分達が浮いているのが分かる。

「きゃあ! すごい、私たち浮いてる!」
「もっと上げないと、人や木にぶつかるな。」
「うーんそうね、いっその事、鳥たちが飛んでいる高さぐらいまで浮いちゃったほうがいいんじゃない?」
「そうだな、よし、と。」


少しずつ操縦桿レバーを手前に引いて上げていき、ここなら何もぶつからないだろう、と思われる高さまでやってきた。

「さあ、行くぞ。出発だ。」

レイが速さを調節する取っ手を推していき、卵はゆっくり前に飛び始めた。
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