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魔の森の案内人

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「え~、なんで私が、あいつの案内人?」
「ソフィラティア様、言葉使い。」
「ごめんなさい、スウ、でもどうして?」
「あの者はどうやらファラメルンの騎士らしく、任務を受けて魔の森に万能薬魔草ルナデドロップを採取しに行くそうです。ただ、幻の薬草の自生地が分からず薬草と魔の森に詳しい案内人が必要だと、私とジンが呼ばれたのですけど、ジンは薬草に詳しくないし、私は今、先週捻った足で満足に歩けませんから、案内出来ない。と言うことで、ティア様のことを村長から聞いたらしくて、指名してきたのですよ。」

がーん、思いっきり拒絶したい、していいですか?・・・

「謹んで、辞退させて・・・」
「ダメですよ、ティア様、ファラメルンの騎士と争う訳には参りません。自生地まで行って帰ってくるだけなのですから、近道をすれば、まあ、昼過ぎに出発しても明々後日には帰って来れますよね。4日の辛抱です。」

そんなぁ・・・拒否権なしですか? あのとんでもなく失礼な奴らとまた顔合わせるの?・・・はあ~、と思い切りため息をついたティアに、ジンは細い剣を掲げた。

「ティア様、念の為、こちらをお持ち下さい。」
「えっ、これはジンの大事にしているレイピアじゃあ・・・」
「これは、代々、シアン家に伝わる剣です。マリス大公がこれだけは、と私にティア様の為、家宝を託されたのです。今まで私がご一緒していたので、機会がありませんでしたが、今回はティア様お一人の指名なので一緒に参るわけには。なのでこちらをお持ち下さい。」

ティアの本名はソフィラティア・シアン、祖国は水の豊かなアズラン連邦、父のマリス大公が治めるマリス公国だった。
過去形なのはマリスは今、隣のイリス国を巻き込んでの戦火の下にあり、ティアは内戦を逃れてこの国に、元側近であったスウとジンと亡命してきたからだ。追っ手を逃れてここに隠れ住んでいる以上、スウの言う通り、ファラメルンの騎士といざこざを起こすなど、できる訳が無い。

気を取り直して、普通の剣とはちょっと違う手触りの剣を受け取り、握ってみる。
ジンから渡された剣は、ティアの手にすぐに馴染んで、試しに振ってみたが、驚くほど見た目より軽い。

(うわー、軽い。これなら剣に振り回されることもないわ。)

普通の剣では重すぎて、短剣を持ち歩いていたが、剣の使い方はジンから教わっている。腰にレイピアを下げて準備万端のティアは、じゃあ、ちょっと行ってくる、とスウとジンに挨拶をして、住み慣れた我が家を後にした。


ううっ、何で私がこんな事・・・・何か納得できないが、スウとジンの為、とティアは道中自分に言い聞かせ、落ち合うことになっている森の入り口までやって来た。

木に寄りかかってこちらを見つめるエメラルドグリーンの瞳は、ティアを興味深そうに眺めている。
レイ、と名乗った若者しか見当たらず、キョロキョロと周りを見渡すと、荷袋の一つも背負わず、腰に長剣をさしただけの軽装の男に聞いてみる。

「あれ、えーと、イズミとゼロだっけは?」
「イゼル、とジュノ、だ。魔の森に入るのに4人を守るのは少々荷が重い。二人には先に王都に帰ってもらった。」
「えー! じゃあ、もしかして、私、あんたと二人っきりで四日過ごすの?」

うわあ、なんてついてないんだろ。

顔はいいかも知れないが、こんな失礼な奴と朝晩顔をつき合わさなきゃならないなんて・・・それに、森に入るのにその軽装? これだから王都育ちのぼんぼんは・・・ますます先行きが思いやられる、と顔をしかめたティアにレイは不思議そうに聞き返す。

「四日? ルナデドロップは湖の対岸側に自生していると先ほど聞いた。強行軍で行っても軽く一週間はかかるのだろう?」
「ああ、今回は近道をするわ。」

アンタと二人きりで一週間なんてとんでもない・・・サッサと行って帰って来るわよ! 今朝の事、まだ忘れてないんだから・・・

無駄話はコレで終わり、とさっさと歩き出したティアの隣にレイは肩を並べて歩く。

「近道? 湖の周りには魔物がウジャウジャいると聞いたが、それを迂回できるのか?」
「まあ、完全に、ではないけど、大丈夫よ、任せて。」

自信たっぷりに言うティアをますます不思議そうに眺め、レイは会話を続けてくる。

「お前、出身はどこだ? イゼルも言っていたが王国ではないよな?」
「アズロンよ、9歳の時に移民して来たの。」
「そうか、アズロンからの難民は内乱が起きた10年前から増える一方だ。海を渡って逃げて来る程、国が安定していないのだろう。」

このファラメルンは、代々王家が治める豊かな大地に恵まれた王国で、政治的にも経済的にも非常に安定している。一方、レイが指摘したように、大海を超えて位置するアズロン連邦は、小国どうしが小競り合いを昔から繰り返していて政治的にも経済的にも近年ますます不安定だった。
比較的安定していたティアの父、マリス大公が治めていた水に恵まれたマリス公国が内乱で侵略されてから、内戦はひどくなる一方で、年を追うごとに安定した衣食住を求めてアズロンからの移民、難民が増えている。

「そうねえ、アズロンに比べればこのファラメルンは平和よ。代々西大陸一の王国として栄えて来たのも頷けるわ。比較的自由な国だけど、制度がしっかり行き届いているし、王家に対する信頼度も高いわね。」
「そうか、それはよかった・・・」

自分の仕える国を褒められて、レイは嬉しそうだ。その心からの笑顔に、ティアは初めて、レイって悪い奴ではないのかも、と少し見方を上方修正した。

騎士だ、というから、もっと威張った感じか、横柄な態度かと思ったら、案外話しやすい。

(これから短い間とはいえ、寝食共にするのだから、仲良くやっていかなきゃね。)

「それに、この国は地理的にも恵まれているわ。このハテは最南端に位置しているけど、ここから西は絶壁の崖と北に跨る大霊山脈で敵の侵略は不可、たとえそれを越えても魔の森が待ってるし、東には王都に続く街々に衛兵が配置されてるし、このハテぐらいよ、衛兵が配置されてないの。」

そうなのだ、だからティア達のような訳ありが結構住み着いたハテは、王国の衛兵こそいないが、自分達の楽園を守る為、村の小さな者までしっかり自衛手段を身に付けており、忘れた頃に魔の森から彷徨って出る魔物の一匹2匹ぐらいでは慌てない。ティアの説明にレイは頷いて賛同した。

「そうだな、衛兵の派遣を、という声も上がっていたのだが、ここは自治意識が強くてな、なまじ衛兵団一隊より実力があるという報告が上がっている。税もきちんと払っているし、まあ、こういう街が一つぐらいあってもいいだろう、と中央から見逃されている。」
「そうよね、村役場にある高価な魔道具のお陰で情報だけは入って来るし、王国からの介入は少ないしで、結構住み心地いいわよ。ここ。」

思ったより喋りやすい、よかった・・・ティアは少し安心して、そんな感じで会話をしながら森を進んでいると、周りの灌木や木が一層深くなり、心なしか空気もひんやりしてきた。

「ここら辺りから、魔の森の入り口よ、周りを十分警戒して進むわよ。」
「お前、女の身で森が怖くないのか?」
「10年も住んでいれば慣れるわよ。」
「そんなものか?」

それに私には魔法があるしね・・・ティアは口には出さなかったが、その一向に怯えた気配のないティアを、やはり珍しい生き物を見るような好奇の目でレイは見ている。

もう失礼しちゃうわね・・・何でそんな目で見るわけ?

「その珍獣を見るような目で見るのやめてくれる?・・・ほら、早速お客さんのお出迎えよ。」
「ああ、ここは任せろ。」

ふうん、この気配がわかるんだ? やっぱり、さっき私の魔法を消したのは伊達ではない・・か。どれどれ、実力拝見、と。

ティアが黙って茂みから遠ざかると、レイが剣を構えて前へ出る、と同時に炎の輪が飛んできてレイの防御バリアに弾かれた。

ま、まずい! これは・・・

「レイ、そいつは火の輪グマよ、近づくと口からの火炎放射で黒焦げよ!」
「わかった、近づかなければいいんだな。」

のしのし姿を現した、大人の倍はある背の高さ、それに見合った巨大な熊にレイは驚きもせず、冷静に攻撃魔法で威力抜群のウオーターカッターをお見舞いするが、大きな体に似合わず俊敏な動きでかわされてしまう。

なんで、こんな大物が森の入り口付近をうろうろしてるわけ?!・・・ええい、呑気に見物してる場合じゃない!

レイは今度は何十個ものウオーターカッターを出現させて応戦するが、鋼のような毛のクマにはほんのかすり傷程度の傷しかつかない。

凄い! あんな数のウオーターカッターを、いっぺんに操れるなんて、でも・・・・

走り出しながら、ティアはレイへ叫んだ。

「私が囮になるから、レイは後ろの星マークに剣を叩き込んで。そこ以外は硬くてはじかれるわよ!」
「お前、無茶を、・・・わかった、星マークだな!」

既にクマの前に走り出しているティアを止めるのは無理だ、と判断して、レイは素早くクマの背後に回り込む。

あちっ、あっちっち、このお、乙女の肌が火傷おったらどうしてくれるのよ!)

身体強化で走りながら、防御バリアと水の壁を後ろに展開して火炎放射に耐えるが、一瞬で岩をも溶かす熱の余波に、ティアはもう一回食らうのは勘弁、と懸命に走る。

(ちょっとー、任せて大丈夫なんでしょうね? さっさと始末して!)

クマがもう一度、とためを始めたのを感覚で感じる・・・きゃあ、また来るー、ティアが覚悟をして魔法を展開しようと心積もりをした途端、後ろの気配が変わった。

ピギャーと断末魔の声をあげて、崩れたクマの背中にはレイの放った剣が深々と刺さっており、念のため構えを解いていないレイが倒れたクマの背後に見えた。

(はあー、助かったー。どうやら実力は本物・・カナ?)

物凄いスピードで走る、四つ這い走りのクマに追いついて上から正確に一点を狙い撃ち、その上反撃を予想して構えを解いていない・・・ジンと少なくとも同等の実力はあるってことか・・・

クマがピクッとも動かなくなったのを見て、やっと構えを解いたレイを、ちょっと見直したティアは、レイの次の一言で笑い出した。

「おいお前、女の身で無茶するな。それにしてもここはこんなのが普通にうろうろしているのか? 化け物だらけじゃないか。こんな所、王都に近くなくてよかった。命がいくつあっても足りんぞ。」
「こいつはボス級の魔物よ。いつもは森の奥に生息してるんだけど・・・まあ、滅多に現れない珍しい魔物にお目にかかれてラッキーじゃない?」
「・・・・・お前、一体何をしているんだ?」
「えっ? 魔石回収と今日の晩御飯調達。決まってるじゃない。あっ、思った通り大きい魔石、色、綺麗だし。」

嬉々としてさっさとクマを解体し始めたティア。それを呆れた様子で見ていたレイも、ティアが取り出した魔石の赤い輝きに目を見張る。

「これは・・・凄いな、これだけの魔石であれば相当な魔道具が・・」
「ん?これ欲しい? そうね、クマはあんたが倒したんだし、いいわよ、はい。」

あっさり渡された魔石をびっくりした様子のレイが取り落としそうになる。

「お前、いいのか? これだけの魔石、宝石としても、価値は計り知れん・・そんなあっさり手放して・・」
「ああ、いいのよ。あんたが倒したんだから正当な報酬よ。騎士の給料がいくらか知らないけれど、少しは足しになるでしょ。それより、このお肉美味しいのよ~、さあ手伝って。今日は熊鍋よ!」

嬉しいな~、美味しんだよね、この熊の魔物肉、ちょっと加工しなきゃならないけど・・いそいそと解体を進めるティアに、とうとうレイはお腹を抱えて笑い出した。

「はは、お前、ははは・・・」
「どうしたのよ?熊鍋食べたことないの?」
「ははは、熊鍋か・・あるが、まあそこまでのものだったかな?」
「まあ、見てなさいよ、魔物の肉で作った鍋は一味違うわよ~。」

せっせと解体して腕輪に肉塊をしまい込むティアを、やがて、笑いながらもレイは手伝い始めた。レイが解体してティアがサッサと仕舞う、二人の連携作業であっという間にクマが頭と骨だけになる。

「皮も爪も高く売れるから、残しちゃダメよ。」
「はいはい、了解だ。それにしてもお前のその腕輪、凄い魔道具だな・・・」
「これは、モチという瞬間移動できる魔物の魔石で作ったの。中々珍しいでしょ、荷物を収納できるから便利よ。」
「確かに珍しい物だ。モチは人前に姿を現さず、捕まえる事は出来ない、と聞いている。」

市場にも出ず、非常に高価な魔石で全て王家が買い上げている。空間収納の魔道具の類は偶然死体が見つかったモチから抜き取った魔石で普通作るので、せいぜい10人分が運べる荷物を収納できる程度の魔道具がほとんどだが、ティアの腕輪はクマ一頭丸々入れても魔石の色が変わらない、ということは容量が余裕なのだろう。

「ああ、これはモチの一番太った奴を狙い撃ちして仕留めたのよ。容量が多くて助かるわ~。」
「・・・そうか、太ったモチ、成る程。」

魔の森には、腕に覚えのあるハンターが質の良い魔石の一攫千金を夢見て狩りをしに、たまーにだが訪れることがある。けれども、魔の森は王国でも難易度が一番高く、出現する魔物は大型かつ凶暴な物が多く、位置的にも王国の外れの外れで訪ねてくるだけでも時間がかかる。
その分魔石の質は良いが、魔の森を甘く見て訪れたハンターは、いずれ命からがら逃げ帰ることになる。

大霊山脈の連なりのもっと東、王都に近い数々の森の方が、あまり狂暴な魔物が出現せず、ハンター達は交通も便利、安全に狩りができるそちらに集まる。
ティア達は目立つことを避けているので、狩った魔物の戦利品はたまに商人に売ったりする以外は、自分たちの生活に役立てることが多い。幸いスウが器用なので、ティア達オリジナル魔道具が結構ある。

こうして道々魔物の気配を察知すれば迂回し、向かってくるなら倒し、二人は日が暮れる頃にはティアの初日の目標地であった湖の縁まで無事、たどり着くことができた。

対岸の見えない大きな湖を前に、う~ん、と伸びをしながらティアは、今日はここまでね、暗くなる前に寝床を確保しましょ、とせっせと火を起こし始めた。

「ここで今日は泊まりか?」
「そうね、暗くなると流石に、ちょっと無理をしなきゃいけなくなるし、魔物は夜、活発になるから無理は禁物。それに休みはちゃんと取らなきゃ、身体がもたないわよ。」
「成る程、では俺は水を汲んでこよう。」
「そのまま飲んじゃダメよ。いったん浄化の火を通してから口に入れて。」
「よし、わかった。」

魔法の扱いに長けたレイなら、神聖魔法の浄化火を生成できるだろう、と気軽に注意したが、やはり、かの魔法を使えるらしいあっさりした答えに、ティアはちょっと感心してしまう。

神聖魔法の生成は、スウによると資質に大きく左右されるらしい。マリス公国では1位2位を争う魔法騎士だったジンは、実はこの魔法が苦手で、指先にちょっぴり浄化の火を灯らせるのがせいぜいだ。その分、炎の魔法の火力でカバーしているが。
ティアは生まれつき魔法の才能に恵まれており、神聖魔法も難なく扱う事が出来た。

レイもきっと、魔法の使い手としては一流なのね。魔力も半端ないし。

ティアの防御バリアの魔法陣を魔力をぶつけて破壊したのだ。相当な魔法のセンスと魔力がないとこんな力技、できる筈がない。
ティアだって、そこそこどころかかなりの魔力はある筈、今まで狩りに出て魔力が尽きた事はない。それにティアの魔法は一流だと魔法の教師でもあるスウとジンが保証してくれている。

レイはその上、剣の腕も確かな事はここまでの魔物との交戦でわかっていた。

・・・ふうん、まあ、騎士というからには、ある程度、家柄と腕がなきゃ、務まらないんでしょうけど・・・。

陽も沈んで辺りに熊鍋のいい匂いが漂う頃、二人は椅子代わりの丸太に座り豪勢な夕食を前にお腹を空かせ、目を輝かせた。

「うわあ、美味しそう、レイ、見直したわ。長年ここで野宿をしてるけど、甘芋や木苺の場所は知らなかった・・。」
「ああ、水を汲みに行く時、偶然見つけた。」

そのほかにも、彼は木の実や香辛料になる葉っぱを見つけて、両手に抱えて帰ってきたのだ。
甘芋と木の実のサラダに、木苺のデザート、美味しそうな熊鍋。野外にしては規格外の豪勢さだ。

案外、使えるのね、この男、・・王都育ちのボンボンだと思ってたけど・・・大いに見直した、とティアはご馳走を前にしてご機嫌だ。

星空が広がる暗い夜空に明るい浄化火の火の粉が舞って、優しく二人を照らしだす。パチパチと燃える薪の音を心地よく聴きながら、二人で作った夕食を、ありがたく美味しそうに食べる。

「いただきまーす。」
「ん、美味いな、この熊鍋。」
「そうでしょ、魔物の肉は、浄化の火を通せばおいしく安全に食べれるものが多いのよ。魔物が近づかないよう、どうせ浄化火を起こすのだから、ついでに炙れば一石二鳥よ。」
「・・・・・お前といると面白いな・・・まだまだ世の中知らない事が多い、と思い知らされる。」
「何言ってるのよ、あんたも若いんだから、まだまだこれからよ。ねえ、騎士の仕事ってどんな事をするの?」
「そうだなあ、国の為に日夜せっせと働く、かな。」
「具体的には?」
「諍いを治めたり、悪人を摘発したり、たまにはこうやって命令で魔の森に来たり、だな。」
「ふうん、まあ私にはよくわからないけど、この国が平和なのも、あんたみたいな騎士や衛兵がこの国を守っているからだし、せいぜい頑張って国を守って頂戴。」

火に照らされた、逞しい横顔を見ながら、ちょっと疲れた目をしているレイをティアは励ます。

そうよね、一人でこんなところまできて命令を遂行するなんて、実力も相当だけど、忠誠心もなきゃ挫けるわよね・・・

火の輪グマ級の魔物はあれ以降出没しなかった。それでも、二人とも魔物への応戦で結構クタクタだ・・。

パチン、と火が弾ける音がして、薪を付け足したレイが聞いてきた。

「お前は、こんなところに住んでいて、不満はないのか? 俺の知っている年頃の娘は、ドレスや舞踏会、それこそさっきの魔石のような宝石に夢中だぞ?」
「ドレスでお腹は膨れないわよ。そうねえ、興味ない、と言えば嘘になるかな・・・」

お洒落もアクセサリーも、もちろん興味ある。

女の子だし、たまにいい生地が手に入ると、ウキウキして新しいドレスに袖を通す・・・けど、いまの生活に特別不満があるわけではない。


9歳まで宮廷で過ごしたティアは、華やかなドレス、賑やかな夜会、美しい音楽に囲まれて育った。

母はしつけには厳しく、礼儀作法は徹底的に教育されたが、政治、経済、法律と基本魔法に関しては、ほんの触り程度の教養で良いと家庭教師に任せっぱなしだった。シアン家の姫としてある程度熱心な教育は受けたが、それも弟が生まれるまでの話だ。

父のマリス大公は公正だが変わった人で、こっそり城を抜け出しては母に叱られていた。幼かったティアを時々連れ出して、賑やかな市場、町のお祭りに紛れ込んだのを今でもティアは覚えている。

退屈な大人たちの会話が延々と続く夜会や、幼かった為、着飾って踊る男女を見ているだけの舞踏会。そんな城の中の単調な生活より、父と街を出歩くのは刺激があってとても面白かった。

「ティア、私達はこの市民に支えられて生きているんだよ。だからまつりごとも国同士の都合だけではなく、市民の意見を反映しなければいけない。彼らも国の将来を担う大切な一環なのだ。」

楽しそうに町の祭りで踊る父と交わした会話・・・・・こっそり二人で抜け出した楽しい日々、はもう帰ってこない。

「あなたは騎士、という事は、爵位のある家柄に生まれたのよね。あなたの知っている娘さん達、というのは貴族の娘たち、よね・・・確かに綺麗なドレスや宝石で着飾るのは楽しいわ。女性であれば当然よ。その上、上流階級の人たちは、さらに惜しみなく衣食住にお金をかけられる。だけど、それらは全て民の血税で賄われている、ということを忘れてはいけないわ。」
「・・・・」

ティアの国の内戦も、元はと言えば、市民の間で隣の国の様子がおかしい、との噂が広がったのが発端だった。

取引が横暴になってきたと陳述書が提出されたのに役所で握り潰されてしまい、市場が崩れた。これがさらに暴動につながり、そこから内乱が勃発した。
スウが教育熱心なお陰で、いまでは全て隣国の仕込んだ事と予想がついたが、あの時いち早く市民の声に耳を傾けていれば、違う結末があったのでは・・・と思わずにはいられない。

つい昔懐かしく語ってしまった・・・ハッと気がついて、急いで笑って誤魔化す。

「ね、ねえ、そんな事より、もうさっさと寝ましょ。明日には湖の向こう側に着きたいし、夜明けとともに出発するわ。あんたも疲れたでしょ?」
「あんた、ではない、レイ、だ。」
「はいはい、じゃあレイ、これ、毛布。」
「お前の分はあるのか?」
「お前、じゃないわ、ティアよ。大丈夫、4人だと思ってたし、予備を持ってきたの。」
「見張り交代はどうする。」
「心配しなくていいわ、私には優秀な見張りがついてるから、何かあれば起こしてくれる。」

湖の水の精霊たちが、月に照らされた水面を飛び交っている。

立ち上がったティアは湖に近付いて手を差し出した。水の精霊たちがティアの周りに集まってくると、ティアの手に乗った一際身体の大きい水の精に向かってお願いする。

「今日も平和に眠れるように見守っててくれる?」

ニッコリ笑って、水の精は頷くと、湖の上空で鬼ごっこのような遊びを始めた。楽しそうな水の精霊たちに微笑んでティアは野営に戻ってくる。

ティアの様子を眺めていたレイは、目を細めて認めるように頷いた。

「ティア、君は水の加護を受けているのだな。」
「ええ、大切なお友達よ。」
「なるほど、それなら見張りはいらないな。じゃあ明日に備えて、寝るとしよう。」

ティアが毛布を持って移動しようとすると、レイが呼び止めた。

「ティア、離れていてはいざという時、守れない。俺の横で寝ろ。」

ええ~? でも・・・いや確かに、スウやジンと野宿する時もかたまって寝ている・・

レイの整った顔に、真剣な眼差しを見つけ、気がつくと頷いていた。

本当に心配してくれてるんだ、この人・・・今朝会った時は、嫌な奴、と思ったけど、話してみると、至極まともで、真剣に国のことを考えているようだし、案外頼りになる。

ティアはおとなしくレイの隣で横になり、目を瞑った。
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