魔女な令嬢は抗えない禁断愛にため息をつく

藤谷藍

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恋の虜囚 3

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三国会談への強制参加をイザベルがありがたく承ってから、さらに時が過ぎたある日の朝。
逃げ腰のイザベルを尻尾で鷲掴み馬車に押し込めたイグナスは、珍しく車窓へ蛇頭を乗り出してきた。

「イザベル! 今日はさっさと帰ってこい。夕食を共にするぞ」
「え、食事を……? ーー分かりましたわ」

帰りを急かされるなんて初めてで驚いたが、淡々と返事をするとさらにイグナスは念を押してくる。

「いいな、たとえ登城を促されても断れ。時間厳守だ」

ーーそんな無茶な! 相変わらずの強引さだわっ! 
とは思うものの、本当は嬉しかったからコクリと頷いた。すると馬車がゆっくり動き出す。
いかにも平然と返答したイザベルは、土魔法で平らにした森道を抜ける頃には涼しい顔を保てなくて口元を緩ませる。
ーーこれって、二人で夕食をと誘われたの……? もちろん職務放棄などしないけど、ええっと……とにかく課せられた割り当てノルマをこなして……
あとは、予定をいくつか前倒しすれば早退はもぎとれるだろう。
浮かれてしまう自分を抑えつつノルマを超特急で達成すると、イザベルは待機していた馬車に文句も言わず乗り込んだ。
二人での晩餐は久しぶりだ。
イグナスから言い出すなんてほんと信じられないけれど。ウキウキと帰宅すると、さっそく湯浴みや身支度を念入りに整える。メイドと部屋を出たら、思いがけなく背の高い姿が扉前にいてびっくり。仕立てのいい服を着たイグナスに心臓が飛び跳ねた。
っドキン。
ーーこんな早くからの姿で……? 珍しいというか、邸内をうろうろして大丈夫かしら? メイドも変に思っていないみたいだけどーー……
不思議に思ってよく見ると、その耳には見慣れないイヤーカフが嵌まっている。……認識障害の魔道具だ。もしかして、昼間はこの姿で出かけたり? まあ、イザベルは仮にも宮廷魔導士だから、この程度の魔法は効かないのでかまわないけど。

「……何かあったのですか?」
「ーー珍しい肉が手に入った。せっかくだから、ベルとゆっくり味わいたい」

落ち着いた声のイグナスだが、気のせいか語尾が震えたような。そういえば、食通の子爵も良い食材が手に入ると目に見えて興奮していた。
ーーよほど楽しみなのね。
差し出された手を取るとついまた口元が緩みそうになる。
そのまま腰を抱かれダイニングに入ると、テーブルの上には見たこともない骨付き肉が大皿に綺麗に盛られていた。部屋中に肉汁の匂いが漂っている。

「これは……なんの肉ですか?」
「ポルカディアだ」

何気に告げられた最高級の食材に息を呑む。

「あ……はじめてですわ。見るのも食べるのも」
「ーーそれはよかった。さあ、食事にしよう」

わざわざイグナス自身が取り分けてくれたロースト肉は、王侯貴族でも入手が難しいと聞く。試しに一切れ口にしたら、今まで食べたどの肉より美味しかった。食通の子爵にあやかって時折珍しい肉を口にしたけど、これは確かに群を抜いている。肉汁たっぷりで、舌が蕩けそうだ。
これほどの食材ならば帰宅を強制させられたのも頷けると、普段はそれほど大食いしないイザベルもついつい食が進んでしまい……
匂いだけで酔いそうな芳醇なワインを手に、ポルカディアの生態を楽しそうに語るイグナスにつられてほろ酔い気分だ。

晩餐を終えて弾んだ気分のまま部屋に戻ると、珍しく酔ったイグナスにそのまま寝台に押し倒された。その身体の重みに気を取られているうちに、素肌をカプッと甘噛みされる。

「ぁんっ……」
「今夜は、溺れるほど気持ちよくしてやる」

ーーいつの間に! 
ドレスはすっかり脱がされて、逞しい身体に組み敷かれて……
ぽうとしたままのイザベルのこめかみに小刻みなキスの雨が降ってくる。イグナスが耳たぶを口に含んだままくぐもった声で「……ベル」と囁いた。
ゾクゥゥッ……
その甘い含みにイザベルの全身が粟立つ。

「もうこんなに濡れている……私の声だけで感じたのか?」

骨ばった指が濡れそぼった秘所に忍び込み、くぷっと侵入してきた。そのまま中をまさぐられる。
あぁ……エスコートされて夕食とか、そのままベッドに押し倒されるとかーー……
イザベルの胸はキュンと疼いた。
花芽を愛でるそのぬるりとした感触に、思わず爪を立てる。鮮やかなターコイズ青緑の髪が鎖骨でサラリと触れ、キスが下へ下へと移動した。脇やへそ周りがくすぐったい。

「どこもかしこも甘い……熱い蜜を溢れさせて誘ってくる」
「んふぅ……」
「いくら抱いても、抱き足りないな。いっそこのまま、誰の目にも触れぬ部屋に閉じ込めるか」
「……お好きなだけ抱いて……くださ、ぁ、んーー」

内腿を舐められたイザベルは、自然と足を開いた。ちゅっ。柔らかい肌にイグナスの熱い息がかかる。
ねっとりした愛蜜で濡れた花びらを押し広げられて、膨らんだ花芽にまでイグナスの吐息が届く。くちゅ、くちゅと音がするたび、イザベルも秘めやかな息を漏らした。
唾液たっぷりの柔らかな舌に侵される感触がたまらなくて、舌先で花芽を弄られると頭の芯がクラクラする。

「ふ、あ、ぁっ……まっ、イっ、ああぁっ!」
「いくらでもイクといい。愛らしい姿を見せてくれ」

甘い痺れが次々と打ち寄せてくる。剥かれた花芯をぬるついた舌でやんわり舐め上げられ、足の指先をぴんと伸ばしたまま、イザベルは恍惚とした表情を浮かべた。イグナスは流れ出る愛蜜を貪り尽くす勢いで、足の間でじゅるじゅると音を立てている。

「甘く熟れた果実だ……ベルの味はクセになる」

強く吸い上げられると息が苦しい……それほど鋭い快感にうっとりとして、イザベルは腰を浮かせては弛緩するを繰り返した。
抑えきれない快楽に涙が滲む。「気持ちいいか?」と聞かれてもすぐには答えられない。口を閉じられなくて、喘ぎまじりで声を押し出した。

「……ん、んんぅ~、い、い……ですわ。……もっ、と……」

あえかな吐息をこぼし、足の間でうごめく髪を掻き回していると、やがてイグナスは唐突に舌を引き抜いた。

「ベル……触れてくれ」

胸を上下させて懸命に息を整えると小さく頷く。
何度見ても立派な雄芯だ。
いきり立つソレを直視するのはまだ恥ずかしいけど、顔を近づけ、透明な滴が浮いた先端にそっと舌を這わすと手の中でそれはピクんと脈打つ。
不思議だ。舐めて、吸って、ほとばしる熱を飲み干してしまいたい。そんな愛おしさに駆られる。

「ん………」

はむっと咥えると、彼の望み通りできる限り深く含んで唇を上下させた。

「……快いな、顔を見せろ……」

低い唸り声に全身が慄いた。優しく髪を梳き上げられて、咥えたまま視線を上げると欲情の熱で濡れ光るマリンブルーの瞳が見下ろしてくる。
なお一層、心を込めて丁寧に奉仕する頭にイグナスの大きな手がかかって、髪の生え際にその指先が食い込んだ。頭が固定される。

「くっ……」

まもなく喉奥に吐き出された熱い精液をイザベルは最後の一滴まで口内に収めた。が、飲み干しはしない。今夜こそ……と密かな願いをかけつつ、手に持った屹立へ粘り気のある白濁を垂らした。雄々しく回復の兆しを見せる雄芯へ馴染ませるようにまんべんなく塗り広げる。
目を見開くイグナスに妖艶に笑いかけると、好奇心に満ちた瞳を見つめながら硬い筋肉の胴を跨いで、自ら足を開いた。
自分でれる淫蕩さに心臓が飛び出しそうだが、顔に出ていないといい。
白く濁った体液はうまい具合に潤滑油の役割を果たし、硬いイグナスがじゅぷっと蜜口を押し開いた。

「あっ、あぁ、っ深ぃーー……」

でも、もっと奥まで……
ついにイグナスを根元まで飲み込んだイザベルは、満足そうに吐息を吐いた。
このまま突いて。気持ちよくなって。そして今日こそ、膣中なかで果ててほしい。

「こうして……下から眺めるのも色っぽいな」

イグナスは腰をゆっくり動かし始める。
こんな淫らに振る舞ったらどう反応されるかは、賭けだったが。いかにも満ち足りたマリンブルーの瞳がこの趣向は気に入ったと伝えてきた。
イザベルも気持ちよさそうなイグナスと目を合わせ繋がっていくのは、思いがけず気分が高揚した。マウントを取ったような……なんともいえない充実感で満たされる。
幸せだーーこれは淑女の嗜みを代償にしても、十分お釣りがくる。

「あ、だめ、イグナス様はじっとしてて……」
「無理を言うな。こんな色っぽい誘惑に、応えずにいられるか」

せっかく主導権を握ったと思ったのに、あっという間に体勢を入れ替えられた。引き締まった胸や腹部は明らかに鍛えられたもので、腰を抱えられると逃げ出せない。

「さて、どうしてくれようか」

ぐりっと腰を回されてイザベルはビクンと震えた。ズルい。こうなるともう翻弄されるばかりだ。
ズッ、ズズッと出し入れされる熱い杭に快感の波が押し寄せてきて、イザベルはシーツを掴み身をよじらせた。

「はっ……あっ……ん……あ、ぁっ……あぁぁ」
「煽ったからには、楽しませてもらう」

ずり上がりそうになる腰をがっちり掴まれ、感じるあまり目尻を涙で濡らすイザベルに、イグナスは満足げに身体を折って耳元で囁いてくる。

「好きなだけ啼け。最後まで意識があれば、あとは好きにするがよい」
「あ、もう……ひっ、ああん~~」
「今日は手加減しない」

くびれまで引き抜いた屹立を一気に最奥まで貫く容赦ない攻めに、身体を反らし大きく喘ぐ。

「ふあ、んぁ、あっーー」
「ッ……締まるーー……こんな手管をどこで……奮い立たせる表情や仕草をするようになった……」

奥に当てられると感じすぎて、イグナスの独り言のような呟きはイザベルには聞こえない。

「もしや、他の男に触れられてなど……」

聞こえていれば、大いに憤慨しただろう。イグナス以外に触れさせるわけがない。
だけど今は激しい抽送についていくのがやっとで、意識もそこそこ。
抱いて欲しい……そう目論んで毎回慣れない行為を仕掛けるけれど。イグナスの濃密な攻めに何度も達して、途中から記憶があいまいになってしまい自動で発動する魔法陣を組んでおかないと解呪もできない。
感じすぎて濡れた頬を両手で挟まれ、噛みつくような激しいキスをされて、息継ぎも追いつかず唾液が垂れるまま口も閉じれない。
手で顔を覆ってしまいたい……ぼんやりそう思ってもどうすることもできない。
喉元まで垂れ落ちた唾液を舐め上げるイグナスは男の色香にあふれていてーーーー……
愛の女神は、なんて意地悪なのだろう。
獣じみたその仕草は魔獣でも人でも、信じられないほど魅力的だ。ゆっくり口元を拭うイグナスにますます全身が熱っぽく火照り出す。

「イグナス様……もっともっと……お願い」

うわ言のようにねだる。

「言われなくとも、この程度で済ませる気はない」

指を絡ませた手をぐっとシーツに押し付けたイグナスは、組み敷いた身体の奥に硬い屹立を深々と埋め込んだ。重量感のある突き上げにイザベルの身体が弓形に仰け反る。あられもない声で激しく身悶えた。

「あぅ……あ……っそこ……ぁ……っだめ……」
「ふっ、つれないことを言うな……こんなに熱く絡みつかせて」

いったん根元まで押し込んだ屹立を、先端だけ残して引きずり出され再び突き上げられる。
繋がった秘所が焼けるように熱い。快感のうねりが次々押し寄せてくると、もうだめだ。正気を保てない。甘い痺れが脳天まで届く。

「あぁ、イグナス様! 怖いわっ」
「私がいる。好きなだけ溺れるがよい」

鼻先を擦れ合わせたイグナスは、腰を回して子宮口を擦りイザベルを喘がせた。
与えられる悦楽は尋常ではない。めったにうろたえない人形のようなイザベルをいともたやすく生身の女に変えてしまう。いまだ慣れないこの錯乱しそうな官能に、胸奥に秘めた傷つきやすい心を剥き出しにされる。

「お願い、ずっと離さないでっーー」

何をされてもいい。魔力も何もかもすべてを奪われても、側にいられるなら。

「可愛いことを……っ、ベルーー……」

抽送が本気の追い上げにとって変わり、イザベルは言葉にならない喘ぎを放ち、何度も意識がふわりと浮いた。痺れるような甘い感覚にふっと頭がブランク、気がつくとマリンブルーの瞳に囚われて身体が揺れている。

「……熱い……の……とけ……ちゃう……溶け……んあ……はっ……もっ……ダメぇ……」

感覚だけで口にする言葉に、イグナスの抱擁がさらにきつくなった。

「あと少し……付き合え……」

どこか苦しそうなイグナスの声に切迫感が増して、逞しい腰の抽送が一段と勢いづき膣中なかを掻き回される。
ーークる。……大波が……もう……だ、めっーーーー
雷に打たれたように甘い痺れが身体中に広がった。
打ち震え激しく仰け反る身体をイグナスは強引に引き寄せると、熱い吐息を奪い唇を塞ぐ。

「ーーーー……っ」

バッチィンーーッ‼︎
衝撃的な魔法の弾ける音はどこか現実味がなくて、キスに応えるのが精一杯でーーーー……
イザベルの唾液を飲み込むイグナスは低く呻いて腰を引く。
あ、いやっっ! いやよっ、行かないでーーーー…… 
叫んだつもりで、喉の奥で嗚咽が漏れた。
っけど、願い叶わず腹部にかけられた熱い迸りに目の前が暗くなる。
闇に呑まれていくーーーーーー……
気を失いぐったり横たわった裸身を逞しい腕が抱き寄せた。

「ベルーーーー……」

白い肌や赤い唇、額や髪にも唇を寄せ、動かないその身体にしがみつくようにイグナスはイザベルをいつまでも抱きしめていた。けれどもやがてーー重い重いため息をゆっくり吐き出し、諦めたように身体を離した。


真夜中過ぎに吹き付けた夜風で、イザベルの寝室の窓がガタッと揺れた。
……低い声がどこからともなく聞こえてくる。暗闇の中でそよ風に素肌を撫でられたイザベルは、ウトウトしつつもを無意識にそれらを拾いだした。

「……このまま出発なさる……」
「……さらっていくよりマシだろう……」

……ーーイグナス。と、聞き覚えのある声。

「でしたらーーせめて記憶を……」
「却下だ。……恩を仇でなど……期日が迫って……合流が難しいと急かしたのはお前だ……」

夢見心地のイザベルの頭に、途切れ途切れの会話が入ってくる。

「……閣下がここまで溺れるなど……まさに傾国の……あちらに知れたら確実に狙われ……」
「わかっている……うまく…………は手放す……」

イグナスの語気が強くなって会話が途切れた。イザベルの疲れた身体は、眠くて眠くて目蓋も持ち上がらない。声も聞こえないならと、イザベルは再び眠りの世界へと落ちた。


カァーーカァーー……
朝の森から、早起き鳥のさえずりというにはあまりにも不気味な黒鳥の鳴き声が聞こえる。
聞き慣れた夜明けの兆しと頬をかすめるひんやりした空気に、イザベルは珍しく目をぱちっと開いた。妙な胸騒ぎがする。
ーーイグナスはーーーーどこに? 
バルコニーへ出る窓が開いている。なら散歩だろうか......こんな朝早くから? 
急に感じた不安に、落ち着こうと澄んだ空気を吸い込んだけど胸騒ぎは広がるばかり。部屋はまだ暗く、空が白む前だから誰も起きている気配はない。
裸身にシーツを巻いたまま床に降りようとして、イザベルはふと枕元の紙に気づいた。

”しばらく留守にする。身体を大事にしろ”

癖のある筆跡の短い書き置きは、誰からとも誰宛てとも書かれていない。
けれども。紙を握り締めたイザベルの手は小さく震え出す。
大丈夫。きっと何でもない。ーーそう思うのに…………
無意識に首に手を当てたイザベルは、真っ青になった。
ない……ないないナイっ! イグナスと魔力で繋がった隷属の感覚が痕跡もなく消えている!

「あ、あぁぁぁ……」

ーー嘘っ……! こんなにあっさりーー? 
捨てられたーーーー……‼︎
目に見えなくとも、魔力の繋がりはいつも首の辺りに感じられた。
それがバッサリ切られた。
そう言えば昨夜は、魔力をまったく奪われなかった。
ーー……呪いから、解放されたのね…………
震える手でもう一度紙に目を走らせると、反射的に大粒の涙が溢れる。
信じたくないっ。でもたぶん、きっと……もう2度と会えない。
”しばらく留守”などと彼の正体に気づいている以上、本気に取るほどナイーブではない。いきなり現実を突きつけられ、床に泣き崩れた。喉から嗚咽が漏れるのを抑えきれない。

「ぅぅぅっ……ふっ……ぁあ、いっそ、解呪などしなければっーーーーっ」

大蛇のままでいい。ずっと一緒にいられるなら。何度もそう思った。
イグナスは何も言わないのに、勝手に呪いを解きはじめてからもさんざん迷った。けど、どうしても……人としても魔導士としても、見て見ぬふりなんてできなかったのだ。

「うぅーー……」

肩を震わせ冷たい床に縋り付き、何度も何度も湧き上がってくる嗚咽を堪えようとするけど。涙が止まらなくてしゃくりあげる。
やがて……空がすっかり白んだ頃、涙も枯れ果てたうつろな目でイザベルは身体を見下ろした。……噛み跡や鬱血キスマークが至る所に残っている。贈られたピアスや、可憐なアンクレットもそのままだ。
ーーあらかじめ、計画されていたのだわ。
思い当たったイザベルは全身でうなだれた。記憶を取り戻したあの時から、イグナスは自国に帰ると決めていたに違いない。
……高価な魔導具の贈与、豪奢な晩餐や隷属契約の無効。抱き納めのような激しい愛撫。すべてが別れの餞別だろう。昨夜が最後の……もう二度と会えない。
イグナスに愛されたい。そう痛切に願ったけど解呪が進むにつれ、心のどこかでこうなると予知していた。
別れの挨拶さえ……いや、彼の立場では、どこへ帰るかも言えないのだから当然だ。
一度だけだったけど、うっかり家名をイザベルに明かしてしまったことを、後で後悔したに違いない。だけど……安否を気遣う魔導具や、変な輩から逃れる手段を与えるくらいには気にかけてくれていた。
……メイドたちに……イグナスの不在をどう取り繕ったらいいかしら…………
突然突きつけられたサヨナラを拒否するように、イザベルは昨夜の痕跡で乱れたシーツをノロノロと整え始めた。

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