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約束の舞踏会 3 & エピローグ
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ミルバと共に向かった王家の席から、待ちかねた様子のジェイドが近づいてきた。ミルバに礼を述べると「待たせたな」と優しく腰を抱かれる。自然と寄り添ったリリアがその顔を見上げると、紫の瞳は精気に溢れ指先で身体をそっと撫でてくる。
……こんな上機嫌な顔を見せられると、先程の憤りなど些細なことに思えて、リリアも「いいのよ……」と微笑み返した。
今、こうして側にいてくれる。何よりそれが嬉しい。
王家一家はそんな二人を見て、皆、微笑ましそうに笑う。
「リリアンヌ、ようこそ王家へ」
「は、はい。ありがとうございます」
高揚を隠せないといった女王やローラが軽くハグをしてきた。その歓迎ぶりに戸惑うも、続けてルイモンデ公やその場にいたオズワイルドまで両手を硬く握ってくる。
大袈裟だが温かみを感じる挨拶に感激しつつリリアが内心で首を傾げていると、女王が「さあ、はじめましょう」と大広間の壇上へと向かった。
「リリア、もう後戻りはできないぞ」
再びその腰を抱いたジェイドの腕に力がこもる。微熱を帯びた囁きに、リリアは不思議そうに見つめ返した。
一体、何を後戻りするというのか?
その間にも女王の穏やかな挨拶がはじまっている。
「……諸国の皆様にも遥々お越し頂き、嬉しく思います。今宵はこの機会を持って、ナデール王家に新しく加わる方々を皆様にご紹介いたします。まずは、私の娘、ローランナ・ナデールの花婿となります、オズワイルド・トマス卿」
おお~と大広間に人々の歓声が上がった。
ローラは次期女王であり、その結婚相手の発表は王国にとってとてもおめでたいことだ。
クラリネス女王には兄がいたはずだが、女王が生まれる前に亡くなったと聞いている。クラリネスを産んだ当時の王妃は高齢出産が祟って逝去された。また前王もクラリネスが十五の歳に他界され、ナデール王家の直系は今、ジェイドを含め三人しかいない。元老院が花嫁探しに必死になるのも、無理はなかった。
華やかな舞踏会は一気に盛り上がり、祝福の拍手を送り続けるリリアも、オズワイルドが結婚の約束としてローラに指輪をはめるのを見守った。キラリと光る魔石に、あれは”愛の絆”に違いないーーと、拍手をしつつ自分の指にもついつい目がいく。
各諸国の代表も盛んにお祝いを述べ、人々が興奮するそんな会場に女王もさも嬉しそうだ。
そして、高らかに宣言した。
「続きまして、私の息子、ジェイディーン・ナデールの花嫁となります、リリアンヌ・シャノワ令嬢です」
(え? はな……よめ……?)
王家付き宮廷魔導士の紹介では、ないーー?
息をのんだリリアは。
「よしいくぞ」
ジェイドに腕を取られた。
「えっ?」
(えええっーー‼︎)
驚きのあまり、変な叫び声が出そうになったが、ここがどこかをすぐ思い出す。にこやかな笑顔を必死に保ち導かれるまま壇上に赴いた。けど、足の感覚がまるでない。
ーー花嫁、ジェイディーン・ナデール王子の……花嫁!
信じられない。女王陛下からいきなり、ジェイドの花嫁だと名指しされたっ。
壇上に並ぶジェイドの手には、いつのまにか光り輝くティアラが握られていた。それを認めたリリアの胸が、いきなり早鐘を打ち始める。
まさか、まさかーー、こんな大勢が見ているこの場でーー……?
「リリアンヌ姫、一目見た時からそなたが忘れられなかった。どうか、この私の妻となって欲しい」
堂々の公開プロポーズ!
はっきりと響く声が、こちらに向かって問いかけてくる。
一国の王子であるジェイドが、自分の前で片膝をついている。固唾を呑んだ会場がシーンと静まる中、その銀の片眉が返事を促すように、微かに持ち上げられた。
「ーーもちろんですわ。私、リリアンヌ・シャノワは、ジェイディーン殿下の申し込みを謹んでお受けいたします」
自分を選んでくれたっ、そう思うと胸の動悸が高まりすぎて頬は焼けるように熱い。
しっかりしてとお腹に力を入れ、歓喜のあまり震えそうになる声を絞り出し夢中で答えた。
わあ!と大きな歓声が上がり気がつけばリリアの頭上には、花嫁に贈られる眩いティアラがジェイドの手で乗せられている。舞踏会場は歓迎ムード一色で拍手の嵐だ。
みれば招待された姫君たちまでも、祝福の拍手を盛んにしてくれているではないか。照れたように笑うリリアはしかし、思いがけないこの状況にまだ呆然としていた。
「ジェイディーンっ!」
そこへ、女王が微笑みつつも小声でジェイドを正してきた。そのこめかみはピクピクと引きつっている。
「聞くのも恐ろしいけど……あなたってばまさかーー、リリアンヌへのプロポーズもまだだったのですかっ!」
国の威信もかかった先ほどの驚き公開プロポーズへの、女王であり母親としてのお怒りオーラが、メラメラ静かに燃えていた。
「母上、ご安心ください。私からの申し込みがまだだった、それだけのことですから」
「ジェ、ジェイドっ」
目を見張った女王に、思わずリリアはその場をごまかすように、わわわと一歩前に踏み出す。
「まずはお披露目のダンスだ。足を踏むなよ、ーーその靴で」
「そんなことっ!……多分、しないわ」
いつもよりヒールの高い靴をジェイドは低い声でからかってくる。……ドレスとお揃いの靴を用意したのは本人なのに。優しく腕をさすりつつも茶目っ気たっぷりな顔に気丈に言い返したものの、こんな大勢の前でロイヤルカップルとして、ジェイドと最初のダンスを踊ることになるなんてーー……
「約束のダンスだ。いつも通りついて来れるな」
「ーーもちろんよ」
ボーッとしている場合ではない。ドキドキが収まらない自分にカツをを入れたリリアは、姿勢を正し顔を上げた。
大広間の真ん中までくると、緊張で右手と右足を同時に出しそうになったが、慣れ親しんだジェイドのホールドに心臓は落ち着いてくる。
トクン、トクン、トクン……。たちまち二人の心臓の音が重なった。
大丈夫。ダンスは何度もジェイドと一緒に練習した。身体はとっくに彼の動きを覚えている。練習の必要がないレベルになっても、一緒に踊るのが楽しくてずっと続けたのだから。
「ん、それでいい」
肩の力が抜けたリリアを素早く抱き寄せ、ジェイドは蜜柑色に輝く髪に軽く唇を触れた。
その拍子にふわりとジェイドの香りがリリアの鼻腔をくすぐる。もう、目の前のジェイドしか見えない。
優雅な調べと共に二組のカップルは、床を滑るように踊り出した。
ピッタリと息のあったそのダンスは、見ていてもため息が出るほど美しかったが、それ以上に二組のカップルからは楽しそうに踊る幸せのオーラが感じられた。
ローラ姫に決まった相手がいることは、社交界では公然の秘密ではあった。ーーが、これまで決まった相手もおらず、だからこそ今日花嫁を選ぶと噂されていたジェイディーン王子も、どう見ても相手に夢中だ。それはもう一目瞭然だった。
ダンスの間中ずっとリリアに身体を寄せ、紫のドレスに身を包んだ姿に何事かを囁いては微笑んでいる。寄り添うように踊る二組は、恋人同士独特の甘い雰囲気でいっぱいだ。
「……元老院は、案外呆気なくかたがついた。これはリリアのおかげだな。俺に黙ってわざわざ国外から客を呼ぶくらいだから、厄介で手がかかるかと思ったが。やはり、あれだけの力量を見せつけられては、反対する気もおこらなかったようだ」
「……もしかして、さっき言ってた緊急の用事って」
「俺たちの結婚宣言だ。当たり前だろう。どうせ、今日はずっとリリアと踊るつもりでいた」
ジェイドの言葉に、感激で胸が熱くなる。
「あ、ありがとうっ、ジェイド。とても嬉しいわ、私、てっきり……置いていかれたのだと。ーーエスコートの約束はなしになったのだと勘違いして……」
誤解を恥じてピンクに染まったリリアは、心なし睫毛を伏せる。
「リリアとの約束を違えることは、絶対にしない。誤解をさせたのならすまなかった。……説得にどれだけかかるかが、わからなかったのでな。急いだだけなのだが。ーーリリアはこの舞踏会を楽しみにしていただろう? 初めてだと言っていたし、待たせてその楽しみを奪うのはどうかと思ったのだ」
いきなりの置いてけぼりは、デビュタントである自分にジェイドなりの気配りをした結果らしい。
「それにだな。どうやら俺の妖精は、ダンスの約束だけでは満足できないようだったからな」
リリアのうなじがさらに真っ赤に染まった。
「だって……、今日は招かれた姫の中から、花嫁が選ばれるって聞いたから……」
「リリアとお付き合いというものしている真っ最中にか? それこそ、母上と姉上に散々言い聞かされたのだぞ。女性にとって結婚前のお付き合いというものはとても大事だから、決して手順は飛ばすなと。それにだな、社交デビューもしていないリリアに、強引に迫るなともな」
うらめしそうな低い声で「俺はすぐにでも婚約に持ち込みたかった。だが控え目に求愛しろ、リリアが他の男とも知り合うチャンスをやれと何度も念を押された」と告げた後、ジェイドはかすかに唸る。
「……そのせいで、元老院の奴らにこんな余計な真似をされる隙を与えた。何が控えめ……だ」
苦々そうな声に、リリアは首を傾げた。
「え? でも……」
確か……城へ最初に上がった日にはキスをされた。それから二人の行為は、エスカレートする一方だったような……?
強引に迫るという基準は定かでないが、この頃二人は一線を越すどころか、新婚そのものの日々を送っている。他の男性と知り合うなど、とんでもない。毎夜ジェイドに抱かれその精を身体に注がれるのだから、決して”控え目”なお付き合いなどしていない。
「無理強いはしていないだろう。もちろん、我慢もしていないが。リリアを娶ると決めたからな、早めに王族の務めに励んだまでだ」
(っ……、じゃあ、それってーー)
ニヤリと笑うジェイドの意味は明白だった。この王子はーー子作りを念頭にリリアを抱いているのだ。
……どおりで毎夜毎夜、それも情熱的に愛されるわけだ。ジェイドの中ではすでに花嫁扱いなのだから。
つまりジェイドは初めから二人の将来を考えてくれていた。
そう打ち明けられたリリアの目頭が熱くなりーー瞳が潤んでしまう。
「これでも表向きはだな、リリアの侯爵令嬢の立場に傷がつかない配慮をしたつもりだ。リリアはデビュー前だったしな。変な噂や評判が立っては困るだろう? それに家庭を持つ覚悟ができたのならと、母上やミルバから出された課題はすべてクリアしている。ーー父上の管轄だった書類仕事がやたら増えた」
ああ、だから毎日あんなに忙しそうだったのだ。資料館でも熱心に書類仕事をしていた。あれはすべてリリアと結婚するための下準備を着々と進めていた姿だったらしい。
「まあ、母上達の言い分も分かるしな。宮廷魔導士に任命されたばかりのリリアと、いきなり婚約発表なぞしてみろ、口さがない連中にリリアが何を言われるや知れん。俺との関係のせいでリリアの魔導士としての実力を疑われるのは、非常に不本意だ」
ジェイドの言葉で、初めて気づいた。……確かに、こんなぽっとでの新米魔導士がいきなり、宮廷魔導士に任命されたのだ。この王国では何十年ぶりの王家に仕える地位である。
リリアはその期待に応えるべく頑張ってきたが、実力が認められるまでに王子であるジェイドと懇意であることが明らかになれば、色々噂されるであろうことは容易に想像できる。
ーージェイドは、リリアの魔導士としての立場を守る配慮もしてくれていた。だからこそ、気を許した近しい人達の前以外では無接触だったのだ。
気がつけば婚約披露のダンスはもう終わるところだった。甘い余韻を残した演奏が終わると、一斉に拍手が起こった。続けてまた踊り出したくなるような前奏が始まりだす。
「リリア、まだ踊りたいだろう? ほら、手をここに持ってこい」
次々とダンスに加わる人々と共にジェイドと踊り続け、リリアは初めての舞踏会を心ゆくまで楽しんだ。
そうして、ほどよく舞踏会もたけなわになり、火照る身体を冷まそうとテラスから外に出て涼んでいると、ふと、ジェイドは具体的にはどうやって元老院の方々を説得したのだろうと疑問が浮かぶ。
いくら王子自ら選んだとはいえ、相手がいまさら国内の貴族では、他国の姫君たちまで招いた手前、元老院も体裁が悪いのではないだろうかーー?
「そんなの簡単だ。リリアでなければ、仮面夫婦になると言ったまでだ。子供は期待するなと脅したら、奴ら慌てたぞ」
ジェイドの言葉を聞いたリリアは、ちょっぴり元老院の長老たちに同情を覚えた。そんな脅しを受けたら、否が応でも反対するわけにはいくまい。そう告げたリリアを面白そうにジェイドは見つめる。
「いや、奴らは、もともと反対する気はなかったそうだ。俺が結婚に興味を示しただけで大喜びだからな。リリアの働きや勤務態度も高評価されていたぞ。なにせ国一番の実力を持つ魔導士だ。それに母上の兄、俺の伯父にあたる方は、宮廷魔導士と結婚なさっていたそうだ」
「あ、……そうなの?」
ピンときた。これはきっとロザンナのことだと。「俺たちも母上も生まれる前の出来事だ」とジェイドは続ける。
「当時のことはよく分からんが、結婚直後に二人が亡くなって王宮内ではかなり揉めたらしい。元老院が総辞職に追い込まれ、世代交代のきっかけとなったと聞いている。そのせいか、長い間我が国では宮廷魔導士が不在だった」
……ロザンナが言ったことを鵜呑みには出来ない。が、少なくとも今のナデールは、彼女が言っていた風潮とは無関係だ。
リリアがそんな事を考えている間も、ジェイドはまだ話を続けている。
「それになんと言っても、外交担当もあっさり賛成してくれたぞ。なんでもリリアは諸国でもかなり名が知れ渡っているらしいな。噂の宮廷魔導士であれば、きっと納得してもらえると太鼓判を押された」
「……それは、喜んでいい事なのよね……」
「もちろんだとも。これだけ派手に年頃の娘たちを集めておいて、文句ひとつ言わせないとは、さすがは俺の選んだ花嫁だ」
ーーその噂は、良い方の噂だと信じたい。前にチラッと聞いたものの中には、海の魔女扱いされたものもあったのだけど。
「最後までしぶっていた数人もだな。聞けば花嫁は納得しているのかーーつまりリリアが心配だったらしい。国一の魔導士相手にごり押しが効くわけないのだがな。だがまあ、納得どころか俺の子を産むのを望んでいると告げたら、諸手を挙げて賛成にまわった」
「ーーえ? 今なんて……」
聞き違いだろうか? 今何か、とんでもない事をサラリと言われたようなーー?
リリアがびっくり目のまま問うとーー。
「賛成であれば、近々リリアを懐妊させてみせると、匂わせただけだ」
ジェイドは満面笑顔で言い切った。
「はっ? はいーーっ⁉︎」
テラス中に言葉尻がオクターブ上がった驚きの声が響き渡る。
「もう婚約者なのだから、遠慮なしだ。というかすでに身篭っていてもおかしくあるまい。俺があれだけ毎晩、それも念入りに可愛がっているのだからな」
「あの、いや、でも……」
今までの態度の一体どこに、遠慮があったのだろう……?
いやそれより、そんな大事なことを期待させてしまっていいのだろうか。こればっかりは天からの授かり物である。
「なんだ、まだそんな兆しはないか? 身体がだるくなったり、やたら眠くなったり、吐き気などを感じるそうだぞ。妊娠初期は」
「え? そんなばかなーー……」
ないない、絶対ナイーー! と内心で叫んでからリリアは思い出した。数日前、ジェイドの花嫁選びの噂を聞いた時に、吐き気をもよおしたことを。
(いや、あれはでも、だって、聞きたくなかった現実を聞かされてーー……)
頭の中で必死に否定するものの、ジェイドの言葉がグルグル頭を巡る。その上、なぜかやたら眠かったここ数日。今朝は滅多にしない朝寝坊までした。ーー100%無いと言い切れないリリアの言葉詰まった様子に、ジェイドは目を輝かせた。
「よし。リリア、来い」
「あの、一体どこへーー?」
舞踏会はもうお開きに近いが、ズンズンと手を引っ張られリリアは困惑する。
「決まってるだろう。その身体が妊娠しかけであるならば、確実にさせるまでだ。今夜中可愛がってやる」
「っしかけって……いや、そんなことでは」
着床はしないーーはずーー? そうは思っても、いきなり身体を横抱きに抱え上げられてしまい。
ーーいわゆるお姫様抱っこされて、見張りの騎士に堂々と挨拶をするジェイドの楽しそうな顔を見ていると何も言えなくなる……
「お帰りなさいませ~。あら、姫様はお加減でも……?」
恥ずかしいからおろしてと何度も言ったのに、笑うばかりのジェイドに唇を塞がれそうになり、わあダメっとその唇を手のひらで押し返した。リリアはもう逆らう気力も失せ、抱っこされたまま居住区まで帰ってきたのだ。
「ち、違うのっ! これはジェイドがーー」
慌てたリリアが、その腕からおりようとすると、そうはさせるかとジェイドは耳殻にそっと舌を這わせてくる。
「ぁ……や、……めだった、らーー」
耳が敏感なリリアはひとたまりもない。一気に身体から力が抜けた。
「モリン、リリアと俺はこれから子作りに励む。明日の朝食は部屋に運んでもらえるか。休暇を取ってあるからな、ちょうど良い機会だ」
な、なんてことを、この人は侍女に告げているのだ!
真っ赤な顔のあちこちにキスを落としながら、ジェイドは上機嫌で階段を登っていく。
「ーーはい、かしこまりました。ジェイド様」
モリンはジェイドの明け透けな言葉に目を白黒させたものの、落ち着いた返事をすかさずした。だがーー。
「そうだ。ミルバにだな、リリアは三日ほど休暇を取ると伝えてくれ。どうせなら、心おきなく花嫁を可愛がりたい」
続けて告げられた内容には、さすがに喜びを隠しきれなくなったようだ。
「もちろんですとも、旦那様。まあでしたら、明日のメニューは精のつく物をご用意いたします」
鼻息も荒くジェイドを堂々と旦那様呼ばわりしたあげく、小躍りしながら料理長のところへ嬉々として向かっていく。
「ーー本当に、よく気が利く侍女だな」
「あの、ジェイド、三日って……」
王家のメイドとも引けをとらない優秀なその姿に小声で呟き感心している顔へ、リリアは恐る恐るその言葉の真相を確かめてみた。
「ん? ああ、この舞踏会で選ばれた姫と親交を深めるために、俺のスケジュールを元老院が根回ししたらしい。リリアも休暇を取れば良い」
いやそれは、もしかして、三日間ずっとという意味なのではーー?
「あ、あのジェイド、嬉しいけど、あの……」
赤くなったり青くなったりを繰り返すリリアを、ジェイドはベッドにそっと下ろした。
「そんなに嬉しいか。俺もだ。心から愛しているリリア。俺の花嫁になるな?」
「うっ、あ、はい。もちろん。喜んで、そのーー妻の務めに励むわ」
ジェイドからのいきなりの愛の告白。それにリリアは勢いで返事をした後、小さく付け加えた。
「私もあなたを愛してるわ、ジェイド。あなたとの子供を、ぜひとも授かりたいの……」
「ーーああ。リリア、俺の緑の妖精、狂わしいほど愛しあってーーたくさんの子宝に恵まれるよう、励むぞ」
甘やかな紫の瞳がきらめき、笑うと顔の銀の髪が揺れる。見惚れたリリアの首筋に、ジェイドは唇を落としていった。
~エピローグ~
ナデール城の庭園では、爽やかな朝を迎え、それを祝うような小鳥のさえずりが聞こえる。
早朝の少し湿った空気はいつもと変わりなく、緑と花の香りも高い清々しいものであった。
……だが、大庭園の裏庭でも奥深い、もの静かな木立の枝でさえずる小鳥たちのもとへは、朝っぱらからなまめかしい喘ぎが届いている。そこは王家の人々が暮らす棟で、声はわずかに開いた窓からかすかに漏れてくる。
「んあ…ジェ、イド、も、もう……」
「ああ、存分にイけ」
秘めた密口から溢れ続ける愛蜜を啜るジェイドは、いやいやと青銀の髪を弄るリリアなどお構いなしだ。
舞踏会から三日目の朝。ジェイドの言葉通りリリアはこの三日間ずっとその寵愛を一身に浴びていた。
愛を交わしては眠り、食事を取ってはまた愛される。飽きもせず繰り返される濃ゆい情交に、だんだん意識がおぼろげになってくる。今は寝起きだが、部屋から一歩も出してもらえないため、朝なのか昼なのかも定かではなく。
「や、あん、そんなとこ……だ、め……ったら」
……ジェイドの舌が、甘くて熱くて。一晩中繋がっていた箇所を舐められる恥ずかしさで、身悶えしてしまう。だけどその力強い腕を振り払い逃げる気には、なれない。
「トロトロの甘い蜜だ。味わわずにいられるか」
ジュルルと一際強く吸い上げたジェイドは、すかさず身体を重ねてくる。
「ーーっあぁ……ぁ、ぁ、んっ……あっ」
リリアは硬く滾るジェイドの情熱に再び貫かれた。朦朧としていた意識が、身体の中でまた目覚めてくる。
支えられたまま身体を引っ張り上げられ、起き上がったジェイドの上に座らされると腫れぼったい唇を甘噛みされた。
「ふぁ、この体勢……は、あ……っ」
「奥まで受け入れろ……俺を……」
驚くほど奥深くまで押し入って、敏感な膣奥を押し上げてくる。
「ぁ……ジェイド……あぁ……」
「リリアの中は、熱くて溶けそうだ」
焼けるように熱い肌。高まる鼓動。大きくて優しい手が離さないと肌に食い込む。
身体を持ち上げられるとずるりと引き抜かれる感覚に、リリアは思わず目を瞑った。
(あ、出て行かないで……)
自分のすべてを引き出されそうーー。強く内壁を擦られると、再び一気に突き入れられる。
「ぁあっーー、ジェ、イドっ、ジェイドっ……っ」
駆け巡る快感の渦に頭の中が一瞬真っ白になる。気を失いそうな甘い刺激の波が次々襲いかかってきて、おかしくなるくらい感じている。
「そうだ、もっと呼べ」
腰の律動が激しくなって、情欲まみれの声が告げてくる。
「ジェイド、ジェイド……っ、ぁ、あ、あっ」
激しく揺さぶられるリリアの喉奥から、漏れる声も途切れ途切れだ。けれど甘く濡れた声で愛しい名を繰り返す度に、埋め込まれた屹立が身体の奥で暴れ粘り気のある膣中をかき回す。
「愛してる、リリア……俺の子を産んでくれ」
「愛して……る、わ」
感じいったリリアの甘い吐息が唇から漏れると、ジェイドは嬉しそうにニヤッと微笑んだ後、咬みつくような口づけをした。
グリと腰を回されると気持ち良くてたまらない。鈴を鳴らすような艶やかな声に、ジェイドが中でさらに膨れ上がり硬く張り詰める。
「っあ……、ぁぁあ、もう……」
繋がってドロドロに溶けて一つに混ざり合っている。ジェイドの灼熱を受け入れた腰の奥が切なげにひくついて、また持っていかれそうだった。
空に放り出されるような予兆は怖いほどで、つかのま息が止まる。くるーー……
腰を抱え直されたリリアは、続く雄々しい一突きで限界がきた。
「死ぬまで離さないっ」
「あぁっーーっ、あ、あ、ぁ……」
大きな快楽の波が一気にリリアを飲み込んだ。
膣内が激しく痙攣すると、汗を滴らせたジェイドがググッと硬く抱きしめてきた。腰を回し敏感な最奥へと硬い先端をねじ込む。ビクウと震える身体により深く密着させ、吸い付く子宮口にぴったり狙いをつける。
「絶対っ離さないぞ……俺の妖精ーーっ」
ジェイドを奥深く咥え込んだまま濡れた嬌声を上げ、きつく締め付けるリリアの中にーー。
ドクッ、ドク、ドク……
深い呻き声とともに熱い迸りが注ぎ込まれる。
熱く濡らされる膣から、内腿にまでどろっと垂れてくる感覚にだが、リリアの頭にとっさに浮かんだのは”もったいない”だ。三日三晩愛され続けているというのに。
もう何度、こんな風に愛を交わしただろう。
幸せで、幸せで、繋がった肌から溶けてしまいそうーー……
でも、足りない……まだまだ欲しい。これからも、いつまでも愛し合いたい。
リリアの中で目覚めた執着心は、ジェイドの独占欲と良い勝負の強く深い感情だ。
二人は飽きることなくお互いの愛を貪りあい、やがてまた眠りについた。
それから何日か経ったある日のこと。リリアの研究室に、突然覚えのある光が現れた。
『この間から、胃もたれが酷くての~。何か消化に悪いものを食したようじゃ』
光の粒の消えた後には、見事な妖狐が鼻にシワを寄せ顔をしかめながら姿を表す。
「砂狐さん! どうなさったのですか、どこか具合でも?」
太い尻尾でお腹の辺りをさする妖狐は、なんとなく毛先も色が淀んでいる。
だが、突然現れた砂狐の鼻が、ピクリとうごめいた。
『おう、良い匂いがする。それにここらのものは嫌に生き生きしとるのお。聞けばリリアは、素晴らしく美味い果物を育てておるそうじゃの。よかったら、それをちっと我にも分けてもらえんか?』
今回の砂狐の訪問は、どうやら今朝取り立てであるリリアの果物目当てらしかった。胃のもたれを訴えながらも、甘い香りを漂わせる果実に目が釘つけになっている。
恩ある魔獣の頼みに、リリアは「もちろんです」と微笑んでテーブルの上に乗っていた果物籠からリンゴを差し出した。
前触れなく現れた大型魔獣に、部屋にいた研究員たちは冷や汗たらたらだったが騒ぎ立てはしない。平常心を装い、そっと足音を立てず自分たちの持ち場へと戻っていく。
なぜなら……彼らは皆、この建物に足繁く通ってくる、この国の王子の馬の正体を知っているからだ。
いちいち騒いでいては、仕事に支障が出る。研究熱心な学者たちは決してその存在に慣れることはなかったが、都合よく自分たちに理解できないものを素通りする技を身に付けていた。
『う~む、なんとも美味な果実じゃの。どおりで、ギンの奴が自慢げに話すわけじゃ』
器用にムシャムシャとリンゴを味わう砂狐は、ごくんと最後にはその芯ごと一飲みにした。
『馳走になった。やはり食あたりだったのかのぉ? ずいぶんスッキリしとる。礼と言ってはなんじゃがーー』
砂狐が何かを言いかけた時だった。
「リリア、外はいい天気よ! よかったらお昼を一緒に……」
ローラが弾んだ調子で昼食のお誘いに現れた。
「あら、ごめんなさい。ーーお取り込み中だった?」
だが優雅なドレスを纏ったその姿は、砂狐を見ても片眉を上げただけである。大して動じもせず、軽く頭を下げて「ご機嫌よう」と会釈までしてくる。鋭い牙や爪に気にかけるでもなく、知性あふれる妖狐の瞳を真っ直ぐ見ている。
『いや、我ももういとまを告げるところじゃ。ふむふむ、そなたはーー』
砂狐はそう言って、束の間ローラを見つめると……、瞳を細め一呼吸置いた後、さらっと告げた。
『ふむ、女子じゃな』
ローラに向かって一言告げる。
「「え?」」
ローラはもちろん砂狐の言葉は理解できない。だが、その奇妙な言動にリリアも首を傾げた。
「リリア、この魔獣さんは、私に何と言ったの?」
「あ、はい。ローラは、女の子ですねと」
当たり前のことを告げられた二人はますます困惑顔になった。ローラはどこから見ても女性である。
『リリアはーー……双子じゃな。せいぜいきばるが良い。いや待て、力んではダメじゃったかのう? ……ふうむ、歳を取りすぎて、出産のコツなどとんと忘れてしもうたわ』
待った。今、この狐の御仁は、なんと言ったっ⁉︎
あまりの衝撃に、リリアは聞き返すことさえできなかった。
その間にも、ぶつぶつ言いながら砂狐の姿はみるみる消えていく。
『リリアよ、そなたの果実のおかげで体調が戻った。また来るぞえ』
不思議な声が韻を残し部屋に響いた。
「え? ええぇーーっ!」
突然叫んだリリアを、ローラはびっくり目で見ている。
「ど、どうしたの、リリア?」
動揺が収まらないその姿に「一体なんと言ったの、あの魔獣は?」と心配そうに眉を潜めてリリアの肩に手をそっと載せた。
リリアは思わず、その手をガシッと掴んでいた。
「あ、あの。落ち着いて聞いて下さいね。聞き間違い……かもしれないのですが、もしかすると、もしかしてですねーー……」
砂狐の言葉をたどたどしく告げるリリアの顔は、興奮で真っ赤に染まっていた。
「きゃあ~! 嘘ーーーー! あ、こんなことしている場合ではないわっ、リリア、さあ行きましょう!」
「は、はいーー」
同じく興奮したローラが、今度はリリアの手首を掴み返すと、ズンズン城に向かって歩きだす。
そして間も無く、昼食の用意されていた王家のサロンから城を揺るがしかねない歓声が上がった。
「まあまあ、なんておめでたいのでしょう! あ、まってーー私、ついにおばあちゃんと呼ばれてしまうのね……」
喜びに溢れた女王にルイモンデ公は微笑んだ。
「君は永遠に、僕の美しいクラリーだよ」
オズワイルドも妻に甲斐甲斐しく、ほらこれを使ってとクッションを渡している。
「ローラ、体調は? 大丈夫なのかい?」
「なんともないのよ。全然実感がわかないわ」
夫の差し出したクッションを背中に当てながらローラは笑った。
「リリアもついに、母ですかーー。先を越されてしまいましたね。ですが、後見人である私にも、子供ができるようでーー。これはとても嬉しい知らせです」
なぜだかミルバがこの場で一番涙ぐんでいた。リリアの身体を「おめでとう」とそっと抱きしめてくる。
「あ、あの。皆さん、先走りなさらないで下さい。砂狐さんの言葉を、私が聞き間違った可能性もあるのですし」
慌てて告げたリリアは、後ろからいきなり抱きしめられた。
「あ、え? んん~……」
リリアの唇を素早く塞いだジェイドは、その抱擁を解くとキッパリ告げた。
「間違えなど、ありえん。この俺が、精魂込めて可愛がって、毎日あふれんばかりの愛を注いでいるのだぞ。実を結んだに決まっているだろう」
堂々と告げるその銀の姿は、なぜか自信満々だ。
だがリリアは、そのあからさまな言葉に全身を真っ赤に染めた。
「な、なんて事を言うのっ、ジェイド~!」
「俺の花嫁は、絶対に双子を生む」
肝心の花嫁の抗議の声など気にもかけず、そのお腹を優しくさすり屈んでそこにキスをしたジェイドに、リリアの全身から力が抜けていく。恥ずかしくて赤くなりながらも思わず幸せそうに微笑んだ。そして寄り添う逞しい身体に、甘えるよう心持ちもたれかかったのだった。
(完)
……こんな上機嫌な顔を見せられると、先程の憤りなど些細なことに思えて、リリアも「いいのよ……」と微笑み返した。
今、こうして側にいてくれる。何よりそれが嬉しい。
王家一家はそんな二人を見て、皆、微笑ましそうに笑う。
「リリアンヌ、ようこそ王家へ」
「は、はい。ありがとうございます」
高揚を隠せないといった女王やローラが軽くハグをしてきた。その歓迎ぶりに戸惑うも、続けてルイモンデ公やその場にいたオズワイルドまで両手を硬く握ってくる。
大袈裟だが温かみを感じる挨拶に感激しつつリリアが内心で首を傾げていると、女王が「さあ、はじめましょう」と大広間の壇上へと向かった。
「リリア、もう後戻りはできないぞ」
再びその腰を抱いたジェイドの腕に力がこもる。微熱を帯びた囁きに、リリアは不思議そうに見つめ返した。
一体、何を後戻りするというのか?
その間にも女王の穏やかな挨拶がはじまっている。
「……諸国の皆様にも遥々お越し頂き、嬉しく思います。今宵はこの機会を持って、ナデール王家に新しく加わる方々を皆様にご紹介いたします。まずは、私の娘、ローランナ・ナデールの花婿となります、オズワイルド・トマス卿」
おお~と大広間に人々の歓声が上がった。
ローラは次期女王であり、その結婚相手の発表は王国にとってとてもおめでたいことだ。
クラリネス女王には兄がいたはずだが、女王が生まれる前に亡くなったと聞いている。クラリネスを産んだ当時の王妃は高齢出産が祟って逝去された。また前王もクラリネスが十五の歳に他界され、ナデール王家の直系は今、ジェイドを含め三人しかいない。元老院が花嫁探しに必死になるのも、無理はなかった。
華やかな舞踏会は一気に盛り上がり、祝福の拍手を送り続けるリリアも、オズワイルドが結婚の約束としてローラに指輪をはめるのを見守った。キラリと光る魔石に、あれは”愛の絆”に違いないーーと、拍手をしつつ自分の指にもついつい目がいく。
各諸国の代表も盛んにお祝いを述べ、人々が興奮するそんな会場に女王もさも嬉しそうだ。
そして、高らかに宣言した。
「続きまして、私の息子、ジェイディーン・ナデールの花嫁となります、リリアンヌ・シャノワ令嬢です」
(え? はな……よめ……?)
王家付き宮廷魔導士の紹介では、ないーー?
息をのんだリリアは。
「よしいくぞ」
ジェイドに腕を取られた。
「えっ?」
(えええっーー‼︎)
驚きのあまり、変な叫び声が出そうになったが、ここがどこかをすぐ思い出す。にこやかな笑顔を必死に保ち導かれるまま壇上に赴いた。けど、足の感覚がまるでない。
ーー花嫁、ジェイディーン・ナデール王子の……花嫁!
信じられない。女王陛下からいきなり、ジェイドの花嫁だと名指しされたっ。
壇上に並ぶジェイドの手には、いつのまにか光り輝くティアラが握られていた。それを認めたリリアの胸が、いきなり早鐘を打ち始める。
まさか、まさかーー、こんな大勢が見ているこの場でーー……?
「リリアンヌ姫、一目見た時からそなたが忘れられなかった。どうか、この私の妻となって欲しい」
堂々の公開プロポーズ!
はっきりと響く声が、こちらに向かって問いかけてくる。
一国の王子であるジェイドが、自分の前で片膝をついている。固唾を呑んだ会場がシーンと静まる中、その銀の片眉が返事を促すように、微かに持ち上げられた。
「ーーもちろんですわ。私、リリアンヌ・シャノワは、ジェイディーン殿下の申し込みを謹んでお受けいたします」
自分を選んでくれたっ、そう思うと胸の動悸が高まりすぎて頬は焼けるように熱い。
しっかりしてとお腹に力を入れ、歓喜のあまり震えそうになる声を絞り出し夢中で答えた。
わあ!と大きな歓声が上がり気がつけばリリアの頭上には、花嫁に贈られる眩いティアラがジェイドの手で乗せられている。舞踏会場は歓迎ムード一色で拍手の嵐だ。
みれば招待された姫君たちまでも、祝福の拍手を盛んにしてくれているではないか。照れたように笑うリリアはしかし、思いがけないこの状況にまだ呆然としていた。
「ジェイディーンっ!」
そこへ、女王が微笑みつつも小声でジェイドを正してきた。そのこめかみはピクピクと引きつっている。
「聞くのも恐ろしいけど……あなたってばまさかーー、リリアンヌへのプロポーズもまだだったのですかっ!」
国の威信もかかった先ほどの驚き公開プロポーズへの、女王であり母親としてのお怒りオーラが、メラメラ静かに燃えていた。
「母上、ご安心ください。私からの申し込みがまだだった、それだけのことですから」
「ジェ、ジェイドっ」
目を見張った女王に、思わずリリアはその場をごまかすように、わわわと一歩前に踏み出す。
「まずはお披露目のダンスだ。足を踏むなよ、ーーその靴で」
「そんなことっ!……多分、しないわ」
いつもよりヒールの高い靴をジェイドは低い声でからかってくる。……ドレスとお揃いの靴を用意したのは本人なのに。優しく腕をさすりつつも茶目っ気たっぷりな顔に気丈に言い返したものの、こんな大勢の前でロイヤルカップルとして、ジェイドと最初のダンスを踊ることになるなんてーー……
「約束のダンスだ。いつも通りついて来れるな」
「ーーもちろんよ」
ボーッとしている場合ではない。ドキドキが収まらない自分にカツをを入れたリリアは、姿勢を正し顔を上げた。
大広間の真ん中までくると、緊張で右手と右足を同時に出しそうになったが、慣れ親しんだジェイドのホールドに心臓は落ち着いてくる。
トクン、トクン、トクン……。たちまち二人の心臓の音が重なった。
大丈夫。ダンスは何度もジェイドと一緒に練習した。身体はとっくに彼の動きを覚えている。練習の必要がないレベルになっても、一緒に踊るのが楽しくてずっと続けたのだから。
「ん、それでいい」
肩の力が抜けたリリアを素早く抱き寄せ、ジェイドは蜜柑色に輝く髪に軽く唇を触れた。
その拍子にふわりとジェイドの香りがリリアの鼻腔をくすぐる。もう、目の前のジェイドしか見えない。
優雅な調べと共に二組のカップルは、床を滑るように踊り出した。
ピッタリと息のあったそのダンスは、見ていてもため息が出るほど美しかったが、それ以上に二組のカップルからは楽しそうに踊る幸せのオーラが感じられた。
ローラ姫に決まった相手がいることは、社交界では公然の秘密ではあった。ーーが、これまで決まった相手もおらず、だからこそ今日花嫁を選ぶと噂されていたジェイディーン王子も、どう見ても相手に夢中だ。それはもう一目瞭然だった。
ダンスの間中ずっとリリアに身体を寄せ、紫のドレスに身を包んだ姿に何事かを囁いては微笑んでいる。寄り添うように踊る二組は、恋人同士独特の甘い雰囲気でいっぱいだ。
「……元老院は、案外呆気なくかたがついた。これはリリアのおかげだな。俺に黙ってわざわざ国外から客を呼ぶくらいだから、厄介で手がかかるかと思ったが。やはり、あれだけの力量を見せつけられては、反対する気もおこらなかったようだ」
「……もしかして、さっき言ってた緊急の用事って」
「俺たちの結婚宣言だ。当たり前だろう。どうせ、今日はずっとリリアと踊るつもりでいた」
ジェイドの言葉に、感激で胸が熱くなる。
「あ、ありがとうっ、ジェイド。とても嬉しいわ、私、てっきり……置いていかれたのだと。ーーエスコートの約束はなしになったのだと勘違いして……」
誤解を恥じてピンクに染まったリリアは、心なし睫毛を伏せる。
「リリアとの約束を違えることは、絶対にしない。誤解をさせたのならすまなかった。……説得にどれだけかかるかが、わからなかったのでな。急いだだけなのだが。ーーリリアはこの舞踏会を楽しみにしていただろう? 初めてだと言っていたし、待たせてその楽しみを奪うのはどうかと思ったのだ」
いきなりの置いてけぼりは、デビュタントである自分にジェイドなりの気配りをした結果らしい。
「それにだな。どうやら俺の妖精は、ダンスの約束だけでは満足できないようだったからな」
リリアのうなじがさらに真っ赤に染まった。
「だって……、今日は招かれた姫の中から、花嫁が選ばれるって聞いたから……」
「リリアとお付き合いというものしている真っ最中にか? それこそ、母上と姉上に散々言い聞かされたのだぞ。女性にとって結婚前のお付き合いというものはとても大事だから、決して手順は飛ばすなと。それにだな、社交デビューもしていないリリアに、強引に迫るなともな」
うらめしそうな低い声で「俺はすぐにでも婚約に持ち込みたかった。だが控え目に求愛しろ、リリアが他の男とも知り合うチャンスをやれと何度も念を押された」と告げた後、ジェイドはかすかに唸る。
「……そのせいで、元老院の奴らにこんな余計な真似をされる隙を与えた。何が控えめ……だ」
苦々そうな声に、リリアは首を傾げた。
「え? でも……」
確か……城へ最初に上がった日にはキスをされた。それから二人の行為は、エスカレートする一方だったような……?
強引に迫るという基準は定かでないが、この頃二人は一線を越すどころか、新婚そのものの日々を送っている。他の男性と知り合うなど、とんでもない。毎夜ジェイドに抱かれその精を身体に注がれるのだから、決して”控え目”なお付き合いなどしていない。
「無理強いはしていないだろう。もちろん、我慢もしていないが。リリアを娶ると決めたからな、早めに王族の務めに励んだまでだ」
(っ……、じゃあ、それってーー)
ニヤリと笑うジェイドの意味は明白だった。この王子はーー子作りを念頭にリリアを抱いているのだ。
……どおりで毎夜毎夜、それも情熱的に愛されるわけだ。ジェイドの中ではすでに花嫁扱いなのだから。
つまりジェイドは初めから二人の将来を考えてくれていた。
そう打ち明けられたリリアの目頭が熱くなりーー瞳が潤んでしまう。
「これでも表向きはだな、リリアの侯爵令嬢の立場に傷がつかない配慮をしたつもりだ。リリアはデビュー前だったしな。変な噂や評判が立っては困るだろう? それに家庭を持つ覚悟ができたのならと、母上やミルバから出された課題はすべてクリアしている。ーー父上の管轄だった書類仕事がやたら増えた」
ああ、だから毎日あんなに忙しそうだったのだ。資料館でも熱心に書類仕事をしていた。あれはすべてリリアと結婚するための下準備を着々と進めていた姿だったらしい。
「まあ、母上達の言い分も分かるしな。宮廷魔導士に任命されたばかりのリリアと、いきなり婚約発表なぞしてみろ、口さがない連中にリリアが何を言われるや知れん。俺との関係のせいでリリアの魔導士としての実力を疑われるのは、非常に不本意だ」
ジェイドの言葉で、初めて気づいた。……確かに、こんなぽっとでの新米魔導士がいきなり、宮廷魔導士に任命されたのだ。この王国では何十年ぶりの王家に仕える地位である。
リリアはその期待に応えるべく頑張ってきたが、実力が認められるまでに王子であるジェイドと懇意であることが明らかになれば、色々噂されるであろうことは容易に想像できる。
ーージェイドは、リリアの魔導士としての立場を守る配慮もしてくれていた。だからこそ、気を許した近しい人達の前以外では無接触だったのだ。
気がつけば婚約披露のダンスはもう終わるところだった。甘い余韻を残した演奏が終わると、一斉に拍手が起こった。続けてまた踊り出したくなるような前奏が始まりだす。
「リリア、まだ踊りたいだろう? ほら、手をここに持ってこい」
次々とダンスに加わる人々と共にジェイドと踊り続け、リリアは初めての舞踏会を心ゆくまで楽しんだ。
そうして、ほどよく舞踏会もたけなわになり、火照る身体を冷まそうとテラスから外に出て涼んでいると、ふと、ジェイドは具体的にはどうやって元老院の方々を説得したのだろうと疑問が浮かぶ。
いくら王子自ら選んだとはいえ、相手がいまさら国内の貴族では、他国の姫君たちまで招いた手前、元老院も体裁が悪いのではないだろうかーー?
「そんなの簡単だ。リリアでなければ、仮面夫婦になると言ったまでだ。子供は期待するなと脅したら、奴ら慌てたぞ」
ジェイドの言葉を聞いたリリアは、ちょっぴり元老院の長老たちに同情を覚えた。そんな脅しを受けたら、否が応でも反対するわけにはいくまい。そう告げたリリアを面白そうにジェイドは見つめる。
「いや、奴らは、もともと反対する気はなかったそうだ。俺が結婚に興味を示しただけで大喜びだからな。リリアの働きや勤務態度も高評価されていたぞ。なにせ国一番の実力を持つ魔導士だ。それに母上の兄、俺の伯父にあたる方は、宮廷魔導士と結婚なさっていたそうだ」
「あ、……そうなの?」
ピンときた。これはきっとロザンナのことだと。「俺たちも母上も生まれる前の出来事だ」とジェイドは続ける。
「当時のことはよく分からんが、結婚直後に二人が亡くなって王宮内ではかなり揉めたらしい。元老院が総辞職に追い込まれ、世代交代のきっかけとなったと聞いている。そのせいか、長い間我が国では宮廷魔導士が不在だった」
……ロザンナが言ったことを鵜呑みには出来ない。が、少なくとも今のナデールは、彼女が言っていた風潮とは無関係だ。
リリアがそんな事を考えている間も、ジェイドはまだ話を続けている。
「それになんと言っても、外交担当もあっさり賛成してくれたぞ。なんでもリリアは諸国でもかなり名が知れ渡っているらしいな。噂の宮廷魔導士であれば、きっと納得してもらえると太鼓判を押された」
「……それは、喜んでいい事なのよね……」
「もちろんだとも。これだけ派手に年頃の娘たちを集めておいて、文句ひとつ言わせないとは、さすがは俺の選んだ花嫁だ」
ーーその噂は、良い方の噂だと信じたい。前にチラッと聞いたものの中には、海の魔女扱いされたものもあったのだけど。
「最後までしぶっていた数人もだな。聞けば花嫁は納得しているのかーーつまりリリアが心配だったらしい。国一の魔導士相手にごり押しが効くわけないのだがな。だがまあ、納得どころか俺の子を産むのを望んでいると告げたら、諸手を挙げて賛成にまわった」
「ーーえ? 今なんて……」
聞き違いだろうか? 今何か、とんでもない事をサラリと言われたようなーー?
リリアがびっくり目のまま問うとーー。
「賛成であれば、近々リリアを懐妊させてみせると、匂わせただけだ」
ジェイドは満面笑顔で言い切った。
「はっ? はいーーっ⁉︎」
テラス中に言葉尻がオクターブ上がった驚きの声が響き渡る。
「もう婚約者なのだから、遠慮なしだ。というかすでに身篭っていてもおかしくあるまい。俺があれだけ毎晩、それも念入りに可愛がっているのだからな」
「あの、いや、でも……」
今までの態度の一体どこに、遠慮があったのだろう……?
いやそれより、そんな大事なことを期待させてしまっていいのだろうか。こればっかりは天からの授かり物である。
「なんだ、まだそんな兆しはないか? 身体がだるくなったり、やたら眠くなったり、吐き気などを感じるそうだぞ。妊娠初期は」
「え? そんなばかなーー……」
ないない、絶対ナイーー! と内心で叫んでからリリアは思い出した。数日前、ジェイドの花嫁選びの噂を聞いた時に、吐き気をもよおしたことを。
(いや、あれはでも、だって、聞きたくなかった現実を聞かされてーー……)
頭の中で必死に否定するものの、ジェイドの言葉がグルグル頭を巡る。その上、なぜかやたら眠かったここ数日。今朝は滅多にしない朝寝坊までした。ーー100%無いと言い切れないリリアの言葉詰まった様子に、ジェイドは目を輝かせた。
「よし。リリア、来い」
「あの、一体どこへーー?」
舞踏会はもうお開きに近いが、ズンズンと手を引っ張られリリアは困惑する。
「決まってるだろう。その身体が妊娠しかけであるならば、確実にさせるまでだ。今夜中可愛がってやる」
「っしかけって……いや、そんなことでは」
着床はしないーーはずーー? そうは思っても、いきなり身体を横抱きに抱え上げられてしまい。
ーーいわゆるお姫様抱っこされて、見張りの騎士に堂々と挨拶をするジェイドの楽しそうな顔を見ていると何も言えなくなる……
「お帰りなさいませ~。あら、姫様はお加減でも……?」
恥ずかしいからおろしてと何度も言ったのに、笑うばかりのジェイドに唇を塞がれそうになり、わあダメっとその唇を手のひらで押し返した。リリアはもう逆らう気力も失せ、抱っこされたまま居住区まで帰ってきたのだ。
「ち、違うのっ! これはジェイドがーー」
慌てたリリアが、その腕からおりようとすると、そうはさせるかとジェイドは耳殻にそっと舌を這わせてくる。
「ぁ……や、……めだった、らーー」
耳が敏感なリリアはひとたまりもない。一気に身体から力が抜けた。
「モリン、リリアと俺はこれから子作りに励む。明日の朝食は部屋に運んでもらえるか。休暇を取ってあるからな、ちょうど良い機会だ」
な、なんてことを、この人は侍女に告げているのだ!
真っ赤な顔のあちこちにキスを落としながら、ジェイドは上機嫌で階段を登っていく。
「ーーはい、かしこまりました。ジェイド様」
モリンはジェイドの明け透けな言葉に目を白黒させたものの、落ち着いた返事をすかさずした。だがーー。
「そうだ。ミルバにだな、リリアは三日ほど休暇を取ると伝えてくれ。どうせなら、心おきなく花嫁を可愛がりたい」
続けて告げられた内容には、さすがに喜びを隠しきれなくなったようだ。
「もちろんですとも、旦那様。まあでしたら、明日のメニューは精のつく物をご用意いたします」
鼻息も荒くジェイドを堂々と旦那様呼ばわりしたあげく、小躍りしながら料理長のところへ嬉々として向かっていく。
「ーー本当に、よく気が利く侍女だな」
「あの、ジェイド、三日って……」
王家のメイドとも引けをとらない優秀なその姿に小声で呟き感心している顔へ、リリアは恐る恐るその言葉の真相を確かめてみた。
「ん? ああ、この舞踏会で選ばれた姫と親交を深めるために、俺のスケジュールを元老院が根回ししたらしい。リリアも休暇を取れば良い」
いやそれは、もしかして、三日間ずっとという意味なのではーー?
「あ、あのジェイド、嬉しいけど、あの……」
赤くなったり青くなったりを繰り返すリリアを、ジェイドはベッドにそっと下ろした。
「そんなに嬉しいか。俺もだ。心から愛しているリリア。俺の花嫁になるな?」
「うっ、あ、はい。もちろん。喜んで、そのーー妻の務めに励むわ」
ジェイドからのいきなりの愛の告白。それにリリアは勢いで返事をした後、小さく付け加えた。
「私もあなたを愛してるわ、ジェイド。あなたとの子供を、ぜひとも授かりたいの……」
「ーーああ。リリア、俺の緑の妖精、狂わしいほど愛しあってーーたくさんの子宝に恵まれるよう、励むぞ」
甘やかな紫の瞳がきらめき、笑うと顔の銀の髪が揺れる。見惚れたリリアの首筋に、ジェイドは唇を落としていった。
~エピローグ~
ナデール城の庭園では、爽やかな朝を迎え、それを祝うような小鳥のさえずりが聞こえる。
早朝の少し湿った空気はいつもと変わりなく、緑と花の香りも高い清々しいものであった。
……だが、大庭園の裏庭でも奥深い、もの静かな木立の枝でさえずる小鳥たちのもとへは、朝っぱらからなまめかしい喘ぎが届いている。そこは王家の人々が暮らす棟で、声はわずかに開いた窓からかすかに漏れてくる。
「んあ…ジェ、イド、も、もう……」
「ああ、存分にイけ」
秘めた密口から溢れ続ける愛蜜を啜るジェイドは、いやいやと青銀の髪を弄るリリアなどお構いなしだ。
舞踏会から三日目の朝。ジェイドの言葉通りリリアはこの三日間ずっとその寵愛を一身に浴びていた。
愛を交わしては眠り、食事を取ってはまた愛される。飽きもせず繰り返される濃ゆい情交に、だんだん意識がおぼろげになってくる。今は寝起きだが、部屋から一歩も出してもらえないため、朝なのか昼なのかも定かではなく。
「や、あん、そんなとこ……だ、め……ったら」
……ジェイドの舌が、甘くて熱くて。一晩中繋がっていた箇所を舐められる恥ずかしさで、身悶えしてしまう。だけどその力強い腕を振り払い逃げる気には、なれない。
「トロトロの甘い蜜だ。味わわずにいられるか」
ジュルルと一際強く吸い上げたジェイドは、すかさず身体を重ねてくる。
「ーーっあぁ……ぁ、ぁ、んっ……あっ」
リリアは硬く滾るジェイドの情熱に再び貫かれた。朦朧としていた意識が、身体の中でまた目覚めてくる。
支えられたまま身体を引っ張り上げられ、起き上がったジェイドの上に座らされると腫れぼったい唇を甘噛みされた。
「ふぁ、この体勢……は、あ……っ」
「奥まで受け入れろ……俺を……」
驚くほど奥深くまで押し入って、敏感な膣奥を押し上げてくる。
「ぁ……ジェイド……あぁ……」
「リリアの中は、熱くて溶けそうだ」
焼けるように熱い肌。高まる鼓動。大きくて優しい手が離さないと肌に食い込む。
身体を持ち上げられるとずるりと引き抜かれる感覚に、リリアは思わず目を瞑った。
(あ、出て行かないで……)
自分のすべてを引き出されそうーー。強く内壁を擦られると、再び一気に突き入れられる。
「ぁあっーー、ジェ、イドっ、ジェイドっ……っ」
駆け巡る快感の渦に頭の中が一瞬真っ白になる。気を失いそうな甘い刺激の波が次々襲いかかってきて、おかしくなるくらい感じている。
「そうだ、もっと呼べ」
腰の律動が激しくなって、情欲まみれの声が告げてくる。
「ジェイド、ジェイド……っ、ぁ、あ、あっ」
激しく揺さぶられるリリアの喉奥から、漏れる声も途切れ途切れだ。けれど甘く濡れた声で愛しい名を繰り返す度に、埋め込まれた屹立が身体の奥で暴れ粘り気のある膣中をかき回す。
「愛してる、リリア……俺の子を産んでくれ」
「愛して……る、わ」
感じいったリリアの甘い吐息が唇から漏れると、ジェイドは嬉しそうにニヤッと微笑んだ後、咬みつくような口づけをした。
グリと腰を回されると気持ち良くてたまらない。鈴を鳴らすような艶やかな声に、ジェイドが中でさらに膨れ上がり硬く張り詰める。
「っあ……、ぁぁあ、もう……」
繋がってドロドロに溶けて一つに混ざり合っている。ジェイドの灼熱を受け入れた腰の奥が切なげにひくついて、また持っていかれそうだった。
空に放り出されるような予兆は怖いほどで、つかのま息が止まる。くるーー……
腰を抱え直されたリリアは、続く雄々しい一突きで限界がきた。
「死ぬまで離さないっ」
「あぁっーーっ、あ、あ、ぁ……」
大きな快楽の波が一気にリリアを飲み込んだ。
膣内が激しく痙攣すると、汗を滴らせたジェイドがググッと硬く抱きしめてきた。腰を回し敏感な最奥へと硬い先端をねじ込む。ビクウと震える身体により深く密着させ、吸い付く子宮口にぴったり狙いをつける。
「絶対っ離さないぞ……俺の妖精ーーっ」
ジェイドを奥深く咥え込んだまま濡れた嬌声を上げ、きつく締め付けるリリアの中にーー。
ドクッ、ドク、ドク……
深い呻き声とともに熱い迸りが注ぎ込まれる。
熱く濡らされる膣から、内腿にまでどろっと垂れてくる感覚にだが、リリアの頭にとっさに浮かんだのは”もったいない”だ。三日三晩愛され続けているというのに。
もう何度、こんな風に愛を交わしただろう。
幸せで、幸せで、繋がった肌から溶けてしまいそうーー……
でも、足りない……まだまだ欲しい。これからも、いつまでも愛し合いたい。
リリアの中で目覚めた執着心は、ジェイドの独占欲と良い勝負の強く深い感情だ。
二人は飽きることなくお互いの愛を貪りあい、やがてまた眠りについた。
それから何日か経ったある日のこと。リリアの研究室に、突然覚えのある光が現れた。
『この間から、胃もたれが酷くての~。何か消化に悪いものを食したようじゃ』
光の粒の消えた後には、見事な妖狐が鼻にシワを寄せ顔をしかめながら姿を表す。
「砂狐さん! どうなさったのですか、どこか具合でも?」
太い尻尾でお腹の辺りをさする妖狐は、なんとなく毛先も色が淀んでいる。
だが、突然現れた砂狐の鼻が、ピクリとうごめいた。
『おう、良い匂いがする。それにここらのものは嫌に生き生きしとるのお。聞けばリリアは、素晴らしく美味い果物を育てておるそうじゃの。よかったら、それをちっと我にも分けてもらえんか?』
今回の砂狐の訪問は、どうやら今朝取り立てであるリリアの果物目当てらしかった。胃のもたれを訴えながらも、甘い香りを漂わせる果実に目が釘つけになっている。
恩ある魔獣の頼みに、リリアは「もちろんです」と微笑んでテーブルの上に乗っていた果物籠からリンゴを差し出した。
前触れなく現れた大型魔獣に、部屋にいた研究員たちは冷や汗たらたらだったが騒ぎ立てはしない。平常心を装い、そっと足音を立てず自分たちの持ち場へと戻っていく。
なぜなら……彼らは皆、この建物に足繁く通ってくる、この国の王子の馬の正体を知っているからだ。
いちいち騒いでいては、仕事に支障が出る。研究熱心な学者たちは決してその存在に慣れることはなかったが、都合よく自分たちに理解できないものを素通りする技を身に付けていた。
『う~む、なんとも美味な果実じゃの。どおりで、ギンの奴が自慢げに話すわけじゃ』
器用にムシャムシャとリンゴを味わう砂狐は、ごくんと最後にはその芯ごと一飲みにした。
『馳走になった。やはり食あたりだったのかのぉ? ずいぶんスッキリしとる。礼と言ってはなんじゃがーー』
砂狐が何かを言いかけた時だった。
「リリア、外はいい天気よ! よかったらお昼を一緒に……」
ローラが弾んだ調子で昼食のお誘いに現れた。
「あら、ごめんなさい。ーーお取り込み中だった?」
だが優雅なドレスを纏ったその姿は、砂狐を見ても片眉を上げただけである。大して動じもせず、軽く頭を下げて「ご機嫌よう」と会釈までしてくる。鋭い牙や爪に気にかけるでもなく、知性あふれる妖狐の瞳を真っ直ぐ見ている。
『いや、我ももういとまを告げるところじゃ。ふむふむ、そなたはーー』
砂狐はそう言って、束の間ローラを見つめると……、瞳を細め一呼吸置いた後、さらっと告げた。
『ふむ、女子じゃな』
ローラに向かって一言告げる。
「「え?」」
ローラはもちろん砂狐の言葉は理解できない。だが、その奇妙な言動にリリアも首を傾げた。
「リリア、この魔獣さんは、私に何と言ったの?」
「あ、はい。ローラは、女の子ですねと」
当たり前のことを告げられた二人はますます困惑顔になった。ローラはどこから見ても女性である。
『リリアはーー……双子じゃな。せいぜいきばるが良い。いや待て、力んではダメじゃったかのう? ……ふうむ、歳を取りすぎて、出産のコツなどとんと忘れてしもうたわ』
待った。今、この狐の御仁は、なんと言ったっ⁉︎
あまりの衝撃に、リリアは聞き返すことさえできなかった。
その間にも、ぶつぶつ言いながら砂狐の姿はみるみる消えていく。
『リリアよ、そなたの果実のおかげで体調が戻った。また来るぞえ』
不思議な声が韻を残し部屋に響いた。
「え? ええぇーーっ!」
突然叫んだリリアを、ローラはびっくり目で見ている。
「ど、どうしたの、リリア?」
動揺が収まらないその姿に「一体なんと言ったの、あの魔獣は?」と心配そうに眉を潜めてリリアの肩に手をそっと載せた。
リリアは思わず、その手をガシッと掴んでいた。
「あ、あの。落ち着いて聞いて下さいね。聞き間違い……かもしれないのですが、もしかすると、もしかしてですねーー……」
砂狐の言葉をたどたどしく告げるリリアの顔は、興奮で真っ赤に染まっていた。
「きゃあ~! 嘘ーーーー! あ、こんなことしている場合ではないわっ、リリア、さあ行きましょう!」
「は、はいーー」
同じく興奮したローラが、今度はリリアの手首を掴み返すと、ズンズン城に向かって歩きだす。
そして間も無く、昼食の用意されていた王家のサロンから城を揺るがしかねない歓声が上がった。
「まあまあ、なんておめでたいのでしょう! あ、まってーー私、ついにおばあちゃんと呼ばれてしまうのね……」
喜びに溢れた女王にルイモンデ公は微笑んだ。
「君は永遠に、僕の美しいクラリーだよ」
オズワイルドも妻に甲斐甲斐しく、ほらこれを使ってとクッションを渡している。
「ローラ、体調は? 大丈夫なのかい?」
「なんともないのよ。全然実感がわかないわ」
夫の差し出したクッションを背中に当てながらローラは笑った。
「リリアもついに、母ですかーー。先を越されてしまいましたね。ですが、後見人である私にも、子供ができるようでーー。これはとても嬉しい知らせです」
なぜだかミルバがこの場で一番涙ぐんでいた。リリアの身体を「おめでとう」とそっと抱きしめてくる。
「あ、あの。皆さん、先走りなさらないで下さい。砂狐さんの言葉を、私が聞き間違った可能性もあるのですし」
慌てて告げたリリアは、後ろからいきなり抱きしめられた。
「あ、え? んん~……」
リリアの唇を素早く塞いだジェイドは、その抱擁を解くとキッパリ告げた。
「間違えなど、ありえん。この俺が、精魂込めて可愛がって、毎日あふれんばかりの愛を注いでいるのだぞ。実を結んだに決まっているだろう」
堂々と告げるその銀の姿は、なぜか自信満々だ。
だがリリアは、そのあからさまな言葉に全身を真っ赤に染めた。
「な、なんて事を言うのっ、ジェイド~!」
「俺の花嫁は、絶対に双子を生む」
肝心の花嫁の抗議の声など気にもかけず、そのお腹を優しくさすり屈んでそこにキスをしたジェイドに、リリアの全身から力が抜けていく。恥ずかしくて赤くなりながらも思わず幸せそうに微笑んだ。そして寄り添う逞しい身体に、甘えるよう心持ちもたれかかったのだった。
(完)
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こんにちは。
今回も楽しませて頂きました(^^)
終わってしまうのが、ちょっと残念ですが次回作を楽しみにしています。
また元気な姫様に会いたいです。
細かいことなのですが、「デビュタント」という言葉を本来の意味で使われている作品に出会ったのは、とても久しぶりに感じました。違和感なくスッキリ(?)読めるのは良いですね😊
この作品も繰り返し読み返すと思います。
いつも感想ありがとうございます。
今回の作品も長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただけてとても嬉しいです^^。
その上、繰り返し読んでいただけるなんて大感激っ(書いてよかったと、うるるモノ)です。
次のお話も楽しんでいただけるように頑張ります。
完結お疲れさまでした。ハッピーエンド最後まで楽しく拝読させて頂きました。幸せになって良かったです。
いつも感想ありがとうございます。
このお話も無事完結できて、ほっとしています。
長くなりがちですが、最後まで楽しんていただけましたら嬉しいです。
次なるハッピーエンドを目指し、頑張ります。
壮絶なデビュー(戦)になりましたね。ジェイドの伴侶としてこれ以上ないほど相応しいと見せつける舞台に…リリアの爵位、力、人柄、他国での人脈。。そして今回の功績…もともと王家に快く受け入れられていたのに加えて、これはもう、元老院だろうが他国だろうが文句をつけることなどできないでしょう。同時に国の威信、国力を見せつけるのにも役立ったはず。読んでいてわくわくしました!
早く戦いが終わってジェイドがエスコートする夜会を見たいですね。
感想ありがとうございます。
楽しんでいただけて、とっても嬉しいです!
恋愛モノのはずなのに、作者の趣味でこんな壮絶な舞踏会に…。
リリアのお話も、いよいよあと二回のエピソードを残すところとなりました。
ヒロインを無事デビューさせるべく?続きも頑張ります。