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恋のかたち 3

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ある朝。持ち込んだ書物の整理をしていると、事務長官室へと呼ばれた。
ノックをして入ると、そこにはミルバだけではなくローラやジェイドまでいる。
不思議に思った時にはジェイドの腕の中で、反射的にその背中に手を回していた。

「リリア、明日引っ越して来い」
「え、それは……」

どういうこと?と見上げて目の端に映ったのは、意外そうなローラの顔。

「き、きゃあ! 申し訳ございません」

焦ってジェイドから離れようとするも、時すでに遅し……ミルバはもちろんローラまでこちらを見て、苦笑を浮かべている。

「……いいのですよ。強引なジェイド様にこそ、問題があるのですから」
「おはよう、リリア。我が弟が、朝から迷惑をかけるわね……」
「いえ、とんでもないです……」

うう、なんたる失態……。久しぶりに穴があったら入りたい気分だ。
それでもリリアを離さないジェイドに向かって、女性二人は言いたい放題である。

「しかしまあ、こんな挨拶抱擁を習慣化させられてしまっては。……ますますもってジェイド様の思う壺ですねえ」
「……そうよねぇ。これじゃあ、他の殿方と仲良くする機会をと言っても、全然フェアじゃないわよ。オズワイルドにも威嚇してきたって本当だったのね」
「何とでも。見ての通りリリアは嫌がっていないだろう、あくまで合意の上だ」

堂々と言い張り、リリアの腰を行くなとばかり引き寄せるジェイドの態度に、二人とも諦めのため息だ。
そしてそれはさておきと、ミルバはリリアに向き直った。

「以前に、陛下から打診のあった、王城駐在の件ですが……」

住居の準備が整ったと知らされびっくりした。あれからこの件に関しては通達がなかったので、心積もりなどなにもしていなかった。それにジェイドには何も告げていなかったが、とっくにバレていたらしい。
驚いたままのリリアが案内されたのは、城内でも立ち入り制限のある王家の特別棟の奥だった。

「施設が整っている迎賓館とかも考えたのだけど。プライバシーを守るには、ここが一番だと思うのよ」
「あちらの棟は事務棟や元老院の館などに近いですからね。ここなら、そうそう気軽に訪ねることはできません。ーー結局は、ジェイド様の提案通りになってしまいましたが」
「言っただろう、部屋は余っているんだからあつらえ向きだ」

手を差し出すジェイドに片手を預けたまま、裏庭から石段を登る胸はドキドキで……
かぐわしいつるバラが咲き乱れる石段を上がりきると、見晴らしのいいテラスにでた。

「まあ! なんて素晴らしい景色なのーー……」

晴れた日の今日は、王家の森やその彼方の海まで見える。広大な景色に目を奪われた。

「気に入ったか?」

なかも気にいると良いが」と手を引かれテラスから入った部屋は、上階まで吹き抜けの華麗な居間だ。中央に下りてくるどっしりとした白石の階段と、優美な手すりの曲線がリリアの乙女心をくすぐる。上品なクリーム色に金縁の凝った装飾壁が天井まで続く優雅な空間に、感嘆のため息が漏れた。

「侍女の部屋は、あちらを使ってね」

居間から続く廊下の先には幾つかの扉が見える。
この居間は、ローラやジェイドが子供の頃に遊び部屋として使われていたもので、モリンの部屋は元乳母の部屋なのだとか。円柱やアーチが施された廊下は女王やローラの部屋まで繋がっていたのだが、石壁を設け、内装を整えて仕切ったそうだ。
淡いブルーの絨毯が敷かれた中央の階段を上がっていくと、大きな扉が見えてきた。上階のこの部屋は、以前リリアが酔ってジェイドに連れて来られた天蓋付ベッドのある上品な部屋だった。雅な調度品や、窓の景色に見覚えがある。
可愛らしい壁紙や長椅子などは新調され、明るい時間に改めて見てもため息が出るほど贅沢な部屋だ。

「どうかしら、好みに合うと良いのだけど……」
「っもちろんですわ。こんなに明るくて素敵な部屋を用意していただけて、とても嬉しいです」

部屋に置いてある調度品は至れり尽くせりで、ゆったりくつろげる。二方にある窓の一方は可愛らしいバルコニーに続き、開いた窓から漂ってくる緑の匂いにリリアは自然と微笑んだ。

「あのねリリア、もし気が乗らないとか、やっぱり考えが変わったとかだったら、遠慮なく言ってくれていいのよ。ジェイドに言い含まれてはダメよ」

繋いでいた手を離し、好きなだけ見学しろとばかりのジェイドを、横目でみる女性陣の懸念がリリアにも伝わってくる。どうやら……リリアの事情を知っている優しい人たちは、社交デビューもしていないリリアが他の男性と知り合う機会を前にして、ジェイドだけに縛られてしまうのを危惧しているようだ。

侯爵家の娘として生まれたリリアだが、残念ながらこの歳になるまでそうした交流には恵まれなかった。
だが、森で生活をしていたとは言え、そういう機会がまったくなかったわけではない。
王都も訪れていたし、絡まれていたところを偶然騎士に助けられたこともある。そういう時は自身で十分対応できる状況であっても、レディーの慎みとして丁寧に礼を述べてきた。

だけど死の森で初めてジェイドを見た時から、その姿が頭から離れない。
いきなり胸を掴まれ憤慨はしたが、言葉を交わすとその人柄にますます惹かれた。
王城に勤めだし、たくさんの魅力的な人に出会ったが、ジェイド以外の男性には心がまったく反応せずーーミルバから手渡される数々の招待状にも、興味を惹かれない。
それゆえリリアの後見人であるミルバや、弟の強引さを心配するローラにはぜひ安心してもらいたい。
この駐在はあくまで、リリアの意思で受けたことなのだから。

「お気遣いはとても嬉しいです。それに用意していただいた住居はとても素敵で、侍女と二人暮らしの私にはもったいないぐらいですわ。私の仕事はもちろん、プライバシーにまで配慮いただいて本当にありがとうございます」

案内された住居に感じた素直な感想を述べたので、その言葉は説得力があった。王都の邸は確かに通勤に便利だが、モリンと二人で住むには大きすぎる。この空間ぐらいが、ちょうど良い。というか部屋数の割には、ものすごく広くて贅沢だ。

「それに、ジェイド様は決して無理強いをなさりません。私には魔法という奥の手もありますし、大丈夫ですわ」

廊下に出ながら二人に向かって微笑みそう告げると、ジェイドも頷く。ローラと顔を見合わせたミルバは、晴れ晴れとした顔になった。

「それを聞いて安心しました。実はこの廊下の奥はまだ王家の棟とつながっているのです。何かあった時、リリアが助けを呼べるようにとジェイド様のご配慮なのですよ」
「本当はここにも壁を作る予定だったのだけど、ジェイドがどうしてもっていうから」

弟の頑固さにローラは呆れ顔だ。だがジェイドは、頑とした態度を崩さなかった。

「リリア宛の招待状が増えてきていることは、ミルバも知っているだろうが。万が一にもだ、どこぞの馬の骨が強行手段に出たら後継人として困るだろう。それに姉上、リリアは侯爵家の令嬢だぞ。王城内でその手の事故が起こったら、どう責任を取るんだ」

ーーとっくに、それも毎晩その手の事故を起こしているのは、ジェイド自身なのだが。
堂々と、それも真剣に二人を説き伏せているその姿に、リリアは思わず笑いだしそうになった。
夜な夜な寝室に忍んできては、愛を交わし、身体中に証しを残して朝帰りする……そんなジェイドは、もしリリアが授かったらどうするつもりなのだろう?
それは時々、リリアの頭を横切る疑問だった。……二人が愛し合う時、ジェイドは抜いて放つことをしない。毎夜必ず、リリアの中で果てるのだから。
人より多少妊娠しにくい体質とはいえ、連夜愛しい人に抱かれ、その熱い精をたっぷり注がれ、身も心も充実している。ーーであるからにして、いずれは授かるかもしれない。
ナデールは一夫多妻制ではない。王子であるジェイドの出方は分からないが、リリアの心はとっくに決まっていた。
きっと……。社交界デビューはまだでも、スキャンダルにはなる。だから父親の名を明かさず子を産むことになるけど。愛の言葉や、結婚の約束も何もないけれど。
でも、生活はどうにかなる。どうせジェイド以外の人は考えられないのだし……シャノワ家の後継を産めるなら、案外それもいい。いやむしろ秘密裏でも、そうなったらいい。
これに関しては動じないーーそんな決心を秘めたリリアの自信に溢れた態度は、その日もミルバやローラを納得させるものがあったようだ。

こうして、明後日まで休暇をもらったリリアは、早速帰ってモリンに王城への引っ越し速報を伝えた。
宮廷魔導士に任命されたとは言え、王城に住むことはイレギュラーだ。そしてリリアはその日まで、モリンに何も告げていなかった。
話した途端に、侍女は何歩か後ろへよろけた。それでも見事に後足で踏ん張る……が、隣の邸にまで届く大声が廊下に響き渡った。

「そんなことっ、ひとっ言とも、聞いてませんがーー!」
「……だって、この件に関しては、しばらくなんの音沙汰もなかったのよ。私もこんな突然だなんて、思わなくって……」

お茶会で打診をされて以来、内心ではどうなっているのだろうと気にはなっていた。ものの、私情が絡んでいることは自覚していたので、ミルバに「あの件は……?」と聞くのも気が引けてそのままにしていたのだ。果樹の移植は王家の森へと滞りなく済んでいたが、まさか自分たちまで王城に引っ越しになるとはモリンも想定外だったのだろう。話を聞くとだが、こうしてはいられないと大慌てで動きだした。どうやら、言い返す時間も惜しいと決めたらしい。
その日遅くまでリリアはモリンと二人、荷造りに追われ、ジェイドも訪れない予感がしたので疲れてぐっすり眠った。

翌日。先日届いたばかりの荷物を今度は王城の自室で紐解ひもといていると、感慨深いと言うか不思議な気分になってくる。
東の森でモリンと二人の生活がずっとだった。デルタ王都に引越しを決めて、シャノワ邸にも馴染んできた矢先に、見上げる天井も素晴らしい王城に居を構えるなんて……
目まぐるしく変わりゆく身辺だが、不安はそれほど感じない。むしろ、新しい生活が始まる期待でドキドキしてくる。
ーージェイドの近くに居られるのが何より嬉しい。
どうかすると弾んでしまう心に、落ち着いてとリリアは深呼吸をした。
そんな感慨に浸っているところへモリンがやってきて、両手に抱えた荷物を部屋の入り口に置いた。

「リリア様、これらの荷物はこちらでよろしいですね?」
「ありがとう、モリン。あの、急な引越しでごめんなさいね」
「荷造りが間に合ってようございました。それにですね、リリア様にお仕えしているのですから、サプライズにはもう慣れました」

どういう意味だろうと首を傾げると、「ご自身では、気づいていらっしゃらないようですが」と前置きをしたモリンはとくとくと語りはじめる。

「姫様は、ちょっと変わっていらっしゃいますよ。ーー侯爵様がお亡くなりになった時も、遠縁に当たる方がせっかく援助を申し込んでくださったのに……キッパリとお断りになったではありませんか。顔もろくに合わせたことがない親戚の家に身を寄せるのは嫌だとおっしゃって」

その顔は感慨深くも遠い目をしている。

「それにですねえ、家柄目当てのご縁談はすべて、お相手の噂や素行をチェックなさっていたでしょう。王都を訪れるたびに邸から抜け出されて……、私が気づいていないとでもお思いですか?」
「……だって、仮にも侯爵家の夫候補ですもの。この目で確かめておきたいじゃない?」
「そして、誰もいなくなったーーでは、困るんですけどねえ」

呆れた口調で切り返されたので、これは分が悪いとリリアは黙った。

「家柄をかざせば、もっと楽に生きる道もおありでしょうに。そのへん不器用と言いましょうか……侍女の一人ぐらい養ってみせると、血を見るのがお好きでないのに狩に出かけては、肉を調達なさってくるんですからねえ」

なんとも言えない顔をしたモリンは、腹を括ったのだと言う。

「そんな姫様が、お決めになったことですから、ご自分で納得していらっしゃるのでしょう。暮らしのレベルは文句なしに上がっていますし、私はその英断を信じるのみですよ」

はあ~と大きなため息を一つついたモリンは、「なにせ今度の住居は、王城ですし」と、片付けを済ませるべく部屋を出ていった。

(ーー英断……よね?)

振り回しているようで侍女に申し訳ないとリリアの心の隅にあった罪の意識も、モリンの言葉でさっぱり消え去った。
そうだった。この引っ越しはジェイドのため……でもあるけど、それだけではない。自分たちのためでもある。モリンも広い邸を一人で切り盛りしなくてよくなるのだし、通勤も楽になる。それに城の皆も喜んでくれている。
リリアは心も軽く楽しげに荷造りの紐を解き、服や本などをそれぞれの棚に収めていった。

そして荷ほどきも終えた夕方。夕食前に、のんびりと王城内を散歩して回るリリアの姿があった。
以前タスミンに城内を案内された際は、中庭で終わったが、あの後行く予定だった城の廐舎きゅうしゃなど見ていない場所はまだまだ沢山ある。
好奇心もあって、廐舎から続く道を辿り丘を下っていくと検問があり、入江にある軍の施設が見えてきた。
昨夜も今日も、ジェイドの姿を見ていない。そう思うと、手足が勝手に動いてどんどん丘を下りていく。
すると広い訓練所が見えてきた。ちょうど沢山の兵士が模擬訓練をしている最中だ。上からリリアがその様子を眺めていると、ちょうど番が終わったのか、ワイワイと賑やかな声が聞こえてくる。

「リリア! 久しぶりだね、こんなところで何をしているんだい?」

振り向くとギルが遠くから、ニコニコ手を振っている。

「ギル! ホントお久しぶりね、元気だった?」

元気そうな同期の仲間に、気軽に手を振り返した。だが、つられてこちらに向かって歩き出そうとしたギルのマントを、その仲間がハシッとばかりに掴む。

「ギル、君はこのレディーと知り合いなんだな? だったら、俺にぜひ紹介してくれないかっ」
「抜け駆けはずるいぞっ、僕もぜひともお願いしたい!」

僕も俺たちもと仲間たちの必死な形相に、ギルはちょっと驚いたようだ。「参ったなあ」と頭をかくその端正な顔に、たちまち苦笑いが浮かぶ。

「悪いね、リリア。ーーまた今度、城に行く時にでも尋ねていくよ。今はまだ訓練中だからね」
「「ええーっ、どうしてだよおっ」」
「君たちねえ、この人が魔導士のリリアだって分かってて頼んでるだろう。君らだけを紹介してみろ、あとで士官の先輩に何を言われるか分からないからな。僕はまだ自分の命を危険に晒す気はない。ほら、さっさと移動だろ」

仲間を引きずりながら手を振るギルに、ちょっと引きかけていたリリアも安心して手を振り返した。
……こちらをチラチラ見ながら去る彼らを見ていると、今日はもう引き揚げたほうがいい……そんな気がしてくる。
ジェイドに会えなかったことをちょっぴり残念に思いながら、リリアはその場を後にした。

そして夕食後、湯浴みもすませたリリアが新しい居間で編み物をしながら寛いでいると、「リリア」と名を呼ぶ低い声が聞こえた。顔を上げると吹き抜けの二階からジェイドが階段を下りてくる。
どうやって……?と一瞬驚いたが、そう言えば上階の廊下は繋がっていたのだった。リリアは以前通っているはずなのだが、はっきりとは覚えていない。それに王家専用の廊下を図々しく歩く気もなかった。
そんなことよりーー会いにきてくれて、とても嬉しい。
身体中で喜びを表したリリアはーー。

「ジェイド! お勤めが終わったのね。おかえりなさい」

深く考えずに口にした言葉に、言ってしまってから「ん?」と疑問を覚えた。その顔がたちまち真っ赤に染まる。

「ち、違うのっ、言い間違いっ! あの、その、いらっしゃい、えっと……お疲れ様……」

(私ったら、なんて大胆のことを口走って……)

まるっきり、仕事から帰った夫を出迎える妻のセリフだと気づいたリリアは、恥ずかしさでジェイドの顔がまともに見れない。
だがリリアの言葉に目を見張ったジェイドは、すぐさま破顔した。

「ああ、ただいま。リリアは今日も美しいな」

動じることもなく、新婚のようなやり取りを当たり前のようにリリアと交わす。
そして階段を下りてくるとソファーから立ち上がって自分を出迎えたリリアの身体を、ぎゅうと抱きしめた。リリアが恥ずかしさで真っ赤なまま、その背中に手を回すと、ちゅっと髪に軽くキスを落とされた。ジェイドはそのまま一緒にソファーに座り込む。

「ジェイド様、もしよろしければ、紅茶など召し上がりますか?」
「ああ、一杯もらおう」

すかさず主人の客をもてなし始めたモリンは、ジェイドが突然現れた時に見せた驚きの表情など微塵も見せない。澄まし顔で給仕を続ける。そしておもむろに主人に告げた。

「リリア様、他にご用がなければ、今日はこれで失礼させていただきます」
「え、あのモリン……?」

ささっと会釈をしてその場を去るモリンは、本当によくできた侍女だった。王家専用棟に通じると告げられた二階から現れたジェイドを見て、目を丸くしたものの何も聞かず立ち去ったのだから。

「リリア、もしやだが、今日は軍の訓練所に顔を出したか?」
「あ……もしかして、夕方の散歩で寄ったこと?」
「やはり、そうだったか。いいか、今度からは一人で軍の施設までウロウロ散歩に出るのは、禁止だ」
「ごめんなさい。そうよね、私ったらうっかりしていたわ」

以前に王城内ならどこでも出入り自由だと言われたが、軍の施設はちょっと離れている。
素直に謝ると、ジェイドは渋い顔で「そうではない」とリリアの頭に浮かんだことを否定した。

「いいか、リリアはどこでも出入りしていい。だがな、何せ軍は飢えた男どもの集団だからな。そんなところに近づくなという意味だ」
「え……あ、分かったわ。今度から気をつけるわ」

夕方出会ったギルの友人たちの反応を思い出したリリアは、ジェイドの言葉にこくんと頷いた。

「ギルのお友達とかも、物珍しそうに見てきたし。用がないのに行ってはいけないわね」
「……ギルバート・ボンドとは、本当に何もないのだろうな。今日奴には、将官クラスの奴までまとわりついていたぞ。オズの奴も、この間任務でリリアに会ったことがどこからか漏れて、仲を取りもてとのプレッシャーが凄すぎると嘆いていたが」

ぶつぶつと不機嫌そうなジェイドに、リリアはキッパリと答えた。

「ギルとは天地がひっくり返っても、何も起こらないわ。仲のいい友達だけど」

見た目スマートでさっぱりした性格のギルは、リリアにとって兄弟がいたらこんな感じだろうと思わせる男性だ。
いざという時は頼りになるけど、彼に恋人ができたら優先順位が下がるのが目に見えているというか。信頼はしているが同時に鬱陶しさも感じるというか。ーー多分向こうも似たような感じだろう。彼と魔法学のセオリーの話になると、リリアは理屈っぽすぎるといつも呆れられる。

「何にしろ、俺以外の男とあまり親しくなるな」

「親しい仲間でもだ」と宣言するなり、ジェイドは口づけてきた。
そのまま、リリアを抱き上げると、ズンズン階段を上り寝室に移動する。ベッドにその身体をそっと下ろすと、紫の瞳孔が濃厚な紫紺に染まっていた。

「今夜は抱くぞ」
「ジェイド……」
「疲れているだろうが、抱きたい」

リリアの動悸が一気に乱れた。もちろん否はない。
頬にかかった吐息はびっくりするくらい熱くて、唇が重なると同時に我が物顔で侵入してくる舌にすぐ夢中になる。どこか切羽詰まった今夜のジェイドは、リリアの理性を簡単に奪っていく。
胸に吸い付かれて浅い喘ぎを繰り返していると、「この愛らしい声が、たまらんな」と足首を鷲掴みにされた。
いきなりリリアの身体を大きく開いたジェイドは、満足げな笑みを浮かべたまますぐさま足の間に顔を埋める。

「我慢も限界だ」

飢えたようなかすれた声でつぶやくと、ほころんだ花びらをペロリと舐めあげた。

「ジェイド……? あん……あっ、あっ……」

大きな手がガッチリ太腿を押さえ込み、柔らかな舌で容赦無く密口を掻き回す。リリアの白い肢体がしなって喉からよがり声が漏れはじめた。ジェイドは膨らんだ花芽にちゅうと吸い付き、いつまでも離れない。

「や、もう……あ、あっ、ダメ……ーー」

何度も声がかれるまで散々イかされたリリアは、されるがままのうつ伏せ状態から、ついにとろんと溶けた瞳でジェイドを振り返った。甘い吐息の下から、途切れ途切れに艶のある声でジェイドが欲しいと口にする。

「あ……あ、お願い、ジェイドーー……っ」

上気してピンク色に染まった頬。潤んだ翠の瞳。青白い月の光でも艶やかに輝く蜜柑色の髪。
振り向いたその艶麗さに、ジェイドの声からたちまち余裕が消える。

「ーーなんて美しさだ、リリア……俺の妖精」
「ふあ、あぁーー……っ」

一息に貫かれたリリアの身体が、小刻みに震えた。
後ろからのし掛かるジェイドが、猛々しく奥まで貫いてくる。身体が押し下げられる感覚に、息が詰まりそうだーー。

「リリアっ、リリア……」

快いーー。ものすごく感じるーー……
熱い銀の獣に組み敷かれて、慌惚となる。溶けてしまう。

「……俺以外で感じることは、許さんっ」

ずんと深く重く背後から突かれると、その首筋から流れるように髪がサラリと落ちた。そこに現れた白いうなじをジェイドはちゅっと音を立て啄む。なまめかしく汗でヌメる肌を甘噛みすると、その感触を味わうように舐め上げた。

「俺が良いと言え、リリア。感じるのは俺だけだと」
「あぁ、……ジェイドだけ、よ……」

こんな風に身体が溶けるのも、名を呼ばれるだけでときめくのも。
困らせるのは嫌だから「愛してる」とは口にしないけど。それだけは信じて欲しい。

「ーー柔らかくて甘い……リリアはすべてが、快い」
「……んっ……、気持ち、いいの……もっと、もっとよくして……?」

甘えるようにねだると、昂ったジェイドをキュウっと締め付けた。質量を増した屹立を呑み込み、さらに奥へといざなう。

「欲張りだな……だが、それでいい」

低い声は、烈々れつれつたぎる情熱を無理やり抑え込んでいる。
ジェイドの表情は見えないけれど、耳に吹き込まれるその声音でリリアの肌がピンクに染まった。心が落ち着く不思議な声……なのに、激しい視線を浴びる背中がゾクゾクする。

「そうだリリア、開け。すべてを差し出せ……俺もすべてを与えてやる」
「あ……あっ……んんーっ、は……んっ……」

溶けたリリアを味わい尽くすゆっくりとした抽送。同時に耳の先をかじられ、伸ばされた舌でちゅくちゅく音を立ててねぶられる。わななく唇から熱い吐息がこぼれ、二人の激しい息遣いで夜の空気が淫らに震えた。

(好き……大好きよ、ジェイド……)

ジェイドならーー自分のすべてを奪われてもいい……

「あんっ……んっんっーー……」
「良いな、よく締まる……」

耳をパクリとくわえられると、快感の旋律が身体に走る。緩慢だった律動はまた激しくなり、ジェイドは深く穿ってくる。強過ぎる刺激から逃れようと、リリアは背中を反らせ大きく喘いだ。
鈴を転がすような喜悦の声に、ジェイドは攻めの手を緩めず快楽に蕩ける身体を片手で抱きしめる。

「ここが快いんだな? ……リリア」

グルリと腰を回され、たまらずリリアはよがった。

「あぁ、そこ……いいの……っ、快いっ、あっ……っ」

背後からジェイドを受け入れる体勢では、その身体を抱きしめることができない。愛しい顔さえも見えない。だのに、いきり立つ欲望をぶつけられても、のし掛かるように組み敷かれても、その重みさえよろこんでしまう。蹂躙される激しい交わりは、ジェイドの欲望の深さだ。そう思うと目尻も潤む。
愛する人だからこそ、獰猛どうもうに駆られるまま激しく求められると、どうしようもなく嬉しい……
素直に高鳴る胸を揉みしだくその手が、尖った蕾を指ではさみキュウとこすった。

「んんっ……、ジェイドーー……」
「……好きなだけ欲しがれ」

淫らにグチュ、グチュ、と鳴る水音は途切れず、身体に触れてくるその手は慈しむ優しさに溢れていた。濡れて膨らんだ花芽をそっと撫でられると、ビクンと膣中が締まる。敏感なしこりを指の腹でこね回されたリリアは、快感に耐えるようにシーツを握り締めた。

「あ、あ、あっ……もぅ、あぁっ……ジェ、イドーー」
「リリア……俺のリリア……」

リリアを呼ぶ低い声が短く唸った。背後から腰をグッと掴むと、ぶつかるように突き入れてくる。
ジェイドはさらに互いを密着させると、奥までぐいぐい押し入り、繋がりを深くする。行き止まりを感じると固い先端をぎゅむむと埋め込んだ。
抗いがたい甘い予感にリリアの身体がびくりとわななく。
ジェイドの腕が身体に回りぎゅうと固く抱きしめられ、首筋に熱い吐息がかかった。

「ああぁっーー……っ」

のけぞったうなじに、ガブっと噛みつかれた。
だけど、そんことも気にならない。それほど腰の奥が甘く痺れる。ーー柔らかい肌に歯を立てながら身体の奥に狙いをつけ、突き入れたジェイドとこれ以上ないほど一つになって溶ける。
大きくのけぞった身体は、体内のジェイドに絡みつき膣中なかがうねった。

「くっ……」

最奥で熱い飛沫がほとばしる。
どくどくっと注ぎ込まれる熱を感じ、腰の奥が熱源となってフワッと温かい快感が広がった。甘い痺れが爪先から頭のてっぺんまで駆けめぐっていく。芯から溶かされる夢心地の陶酔感が、一気にリリアの全身を包み込んだ。
その感覚に酔いしれたリリアの意識がふわんと浮いた直後、吸い込まれるような急転直下の予感にシーツを固く握り締める。
……気がつけば逞しい身体に、しっかり抱きこまれていた。
ビクンビクンと中が痙攣しっぱなしの身体をそうっと仰向けにされる。
これまでも夜ごと愛を交わしてきたけれど、今のは明らかにどこかが違う。うまく言い表せないその感じを、リリアは全身で感じ取っていた。
こちらを見るジェイドの紫の瞳が、淡く光っている。甘く笑った顔はどこか危険な香りを含んで……。

「リリア、まだ足りない」
「……え? あっ、あぁっん……」
 
獣じみた低い唸り声が、もっと寄越せとねだる。

「俺をこんなにさせるのは、リリアだけだ」

狂おしいほど欲しい……そんな獰猛な顔を見せられるとーー。

「もう……おかしく、なりそうなの。……お願い、一回抜いて……」

心臓がドキドキして今にも壊れそうだった。捕食される寸前の生贄は、こんな気持ちになるのではないだろうか。
腰を揺らされると収まりかけていた鼓動が、また跳ね上がる。繋がった下腹部から甘い痺れが、じわじわ全身に広がった。

「だめだ。今夜は奥の奥まで俺を馴染ませる。心に刻んで、俺のすべてを覚えさせてやる」
「あ、そんなっ、も、あぁぁっ……」

深いーーっ。
ジェイドが信じられないほど深くにまで入ってくる。突き上げられるとその振動で脳が痺れて、低い声を聞くだけで慌惚となる。何度も達したトロトロの秘所からは熱い愛蜜と白濁が混ざり溢れ、太腿をしとどに濡らした。

すべてを寄越せとリリアの身体の上で、美しい獣が唸っている。

しなやかに腰を動かし力強い律動を繰り返す身体からは、滾る熱を発散する汗が舞い散った。
リリアに向けられるのは怖いほどの欲情と情熱。逃すものかと手を握り締め、熱く見つめてくる瞳が、愛おしくてたまらないなんて。

(ああ、私……この人ジェイド以外はーー何もいらないわ)

リリアは秘めやかな吐息を漏らし、自分にのし掛かる美しく高貴な獣……ジェイドと見つめ合った。

ジェイドの吐く息が乱れるにつれ、リリアの溢す吐息も淫らで艶やかな色を放つ。

「あっ、あっ、あっっ……ジェイドッ、またくるのっ……っ」
「何度でも、イクがいいーー俺なしではいられない、そう感じさせてみせるっ」

ジェイドが腰を突き入れるたびに、二人の結合部からは白濁が流れ落ちグチュグチュと、と隠秘な音を立てる。
味わうように時折、力強く腰をえぐり突き入れてくるジェイドは、まるで疲れ知らずだ。けれどリリアもなまじ人よりタフなため、快感を刻まれるリズムに合わせ淫らに腰を揺らしてしまう。

「ーージェイドっ、あぁっーーーー」
「リリアっ」

ジェイドが腰をさらに奥深くまでググッと突き入れ、ピタリと身体を合わすと唇を塞ぐように深く口づけてきた。
一瞬頭が真っ白に染まる極まりを迎えたリリアの目尻から涙が溢れる。甘い締め付けに後を追うジェイドもリリアの手を握りしめ、熱く爆ぜて解き放った。
やがて……。頬にかかる透明な雫を、「……よかったか……?」とささやきながら柔らかく舐めあげる。
その優しさに満ちた仕草に微笑み返すリリアは、ジェイドがまだ力強く脈打っているのをまざまざと感じていた。固さを保つそれはまだ暴れたいと訴えているようだ。

甘い余韻を全身で味わっていると、案の定ジェイドは誘うように腰を揺すぶってくる。

「ジェイド……こんなにしたら明日が……」

嬉しいけど、困ったように眉を寄せるリリアのこめかみに、優しいキスが落とされた。

「心配するな、リリアのポーションに期待しているぞ」
「え? ええっ……」

月光の下、夜の闇でいまだ獣じみたその眸は、キラキラというよりギラギラと妖しく光った。

「今日奴らの前で、俺がどれだけ耐え抜いたことかっ。この愛らしい唇も可愛い声も、すべて俺だけのものだというのにっ! この程度では到底おさまらん」
「ーーっ」

低い声でまだ終わらないと宣言した身体が、またのし掛かってくる。
ーージェイドの言葉通り、その夜は今までになくねっとり濃厚に愛された。
初めての夜以外は、一晩一度以上求めなかったジェイドの自制は吹き飛んだが……熱い情熱に呑まれたリリアも、喜んで応えた。
こうして二人は、お互い固く抱きしめあったまま、夜もふけた頃ようやく眠りに落ちたのだった。

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