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恋のかたち 2
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転移をして訪れた薬草園は、休日だからか人影がなかった。
王家の森からも静かな自然の気配しか感じられず、リリアは胸を撫で下ろす。
誰もいないのは正直、助かる。それにここはさいわい王城から離れているから、ぎこちない動きを誰かに見とがめられることもない。
鈍い歩みで作業部屋に向かったリリアはそこにある抽出道具を確かめると、棚から必要な材料をそろそろと取り出した。身体の痛みは怪我や病気ではない。だから治癒魔法が効かない。
それゆえ気合を入れ、こなれた様子で魔法を駆使しながら、簡易の回復ポーションをコツコツ作製していく。魔法の調子はすこぶる良い……対して身体は絶不調、だけど。
「できたわ。これを飲めば、少しはよくなるはず……」
最後に、独自で開発した魔法をかけて完成だ。
試飲をすると魔力が身体中に広がって、効果が表れた。全快とまではいかなくとも、半快ぐらいには回復できた感じだ。瞬く間に身体がずいぶん楽になり、しみるようにだった秘所も気にならなくなった。
……これなら、モリンが森の家に残したポーションを持って戻ってくるまでは、少しだるい程度で済む。
だいぶ余裕が出てきたリリアは辺りを見渡すと、ついでに薬草園をじっくり見学することにした。
ナデールの誇る薬草園はやはり素晴らしい。気になった薬草を詳しく調べたくて、王城の資料館を目指し歩き出す。その途中で渡り廊下を歩いていると、見覚えのある人たちが前方に見えてきた。
あれは……昨日挨拶をした元老院の重鎮たちだ。ルイモンデ公を含む顔ぶれは、緊迫した面持ちである。
「今度の被害も二隻なのだな。念のため、港の警備に応援を送れ!」
「救急班も出動させなくては」
被害……とは、穏やかでない。港に何か異変があったのだろうか?
昨夜ジェイドと訪れた静かな暗い海を思い出すと、リリアは思わず声をかけていた。
「おはようございます。何かあったのですか?」
「これはっ、リリアンヌ姫、おはようございます」
丁寧な挨拶を返してくる人たちにだが、リリアは柔らかな微笑みを浮かべながらもキッパリ告げる。
「昨日お願い申し上げた通り、どうか魔導士リリアとお呼びください。ところで、港で何か事故でも?」
「おお、そうでしたな、魔導士リリア殿。実は……海賊が出没しましてな。襲われた商船が早朝デルタに到着したのです。その上先ほどまた、被害にあったとおぼしき商船が寄港したそうで。ちょうど今、確認をかねた応援を送るところでして」
「まあっ! それはーー、ただごとではありませんね……」
話によると、合計四隻がマストや船体に被害を受けたが、積荷は無事だそうだ。だが、射てられた矢や飛んできた火炎で怪我人が出ていると聞いて、リリアは報告のため早馬で駆けつけたらしい騎士に向き直った。
「怪我をおった人たちのところへ、案内をお願いできますか? 先ほど簡易の回復ポーションを作成しましたので、その方達に配りましょう。私は治癒魔法も使えますから、お役に立てると思います。ぜひご一緒させてください」
魔導士マントを羽織ったリリアの言葉に、騎士はすぐさま頷いた。若い騎士は道のりをよっぽど急いだのだろう。報告後もまだ少し肩で息をしている。
伝令を待たせてはいけないと一同にすぐ戻ると言い残し、リリアは急いで転移で薬草園へと引き返した。唐突に、それも一瞬で姿を消したリリアが、ポーションの瓶と薬草を手にして再びその場に現れると、たちどころに大きなどよめきが起こる。
「リリア、王城にいたのですね! ちょうどよいところへ……」
足早に近づいてくる音に続き、聞き覚えのある声がリリアを出迎えた。
「ミルバ長官、私も港に行って治癒を施してきます」
「ああ、貴女は治癒魔法も使えるのでしたね、素晴らしい! では、よろしく頼みましたよ」
至急呼ばれたらしいミルバが、状況を確かめつつてきぱき指示を出し始めるのを見て、リリアは「それでは行きましょう」と先ほどの騎士の腕に触れた。
ところが、『転移』と唱えた後に、案内役の騎士の様子が一転した。
目の前の景色がいきなり変わったことに驚愕したのか、口をパクパクさせ地面に足を踏ん張ったまま、そこから動かない。
リリアが「あの、怪我をおった方達たちはどちらに?」と尋ねると「き、ぎゃー⁉︎」と奇声を発し、海へ向かって突然走り出した。
「えっ? あのっ」とリリアが後を追いその首根っこをはしっと掴んで、海に落ちる寸前に引き戻すと、勢い余って尻餅をつくありさまだ。その反応に内心でため息をつきながら「大丈夫ですか?」と尋ねる。
するとようやく正気を取り戻した騎士は、上擦った声で返答をした。自力で起き上がり、おずおずといった感じで「こちらです」と歩きだす。
まだ足元が怪しい騎士は失態を恥じて赤面ではあったが、かしこまって港の倉庫街へと案内してくれた。
大型倉庫の中は大勢の関係者が集まり、座り込んだ怪我人やら、積荷の対処に追われる人々で混沌としている。
そこでまずは怪我人の治療をと、リリアは事態収集に乗り出そうとしている騎士たちに協力を求めた。軽症の人にはポーションを、治療が必要な人々には持ってきた薬草のエネルギーを使って治癒を施しはじめる。雑然としていたその場は、しばらくすると騒々しい声が収まってきた。
「この方達の治療は終わりましたから、話しかけても大丈夫ですよ」
襲われた商船は他国のものらしい。治療を施す間はリリアを尊敬の眼差しで見ていた騎士たちは、感謝の言葉を述べると事情聴取をぼつぼつと開始した。他にも何か手伝えることがないかと、リリアが案内を頼んだ騎士に聞いてみると赤面顔の騎士は、眩しそうに目を瞬かせた。
「ありがとうございます、魔導士殿。ですがご心配には及びません、この場はひとまず収まると思われます」
「そうですか。海賊が早く捕まるといいのですが……」
憂い顔のリリアに、騎士はニッコリ笑う。
「ご安心ください。報告を受けた時点で、海賊を追って我が海軍が出動しました。賊は間も無く殲滅されましょう。今回はなんと言ってもジェイディーン殿下と副官のオズワイルド卿がついておられます。殿下の指揮下に入った我が軍は、負け知らずですから」
誇らしそうに語る騎士の話で、リリアは今朝のジェイド不在のわけを初めて知った。
やはり、任務だったのだ。
ーー安堵と嬉しさと共に、朝の自分のうろたえた姿に恥ずかしさも感じてしまう。
自分が好きになった人は、課せられた務めを立派に果たしているというのに。
(……なのに私ったら、寂しいとか思ったりして、馬鹿みたいね)
ジェイドは王子だ。頭では分かっていたはず。なのに、理解が全然足りていなかった。
ちょっぴり薄情だと思ったことを、思いっきり反省だ。
……彼の側にこれからもいるつもりなら、もっとしっかりしなければ。そして自分はできることをやっていこう。リリアは、魔導士としての自分に改めて誓った。
倉庫の外に出ると潮の匂いが漂ってくる。海風に吹かれ穏やかな海の地平線を眺めていると、この海のどこかで戦っているであろうジェイドの無事を祈る気持ちでいっぱいになったのだった。
その日のお昼過ぎ。
港での報告を終えたリリアが邸に戻ってくると、戸締りがわりに施してあった結界が結び直されていた。
……これは一体、どういうことだろう?
エルフ族に伝わる強力な結界を破り侵入した泥棒の類なら、わざわざそれを結び直し立ち去ることはない。
用心しながら邸に入ったリリアは、台所から漂ってきたいい匂いにさらに驚いた。そこには、美味しそうな昼食が伝言と共にリリアの帰りを待っていたのだ。
『リリアンヌ様へ、
ジェイド様の指示により様子を伺いに参りました。お留守のようでしたが、窓が開いておりましたので勝手ながら戸締りと昼食の用意をさせていただきました。テレサより』
……人の良さそうなエルフ顔を思い浮かべると、やっと合点がいった。同時に疲れ気味だった心が、その場でジェイドに抱きしめられたような温もりに包まれる。リリアは自然と微笑んだ。
やはりジェイドも同じように、ーー少しは寂しいと思ってくれている?
海の上の人を想って会いたい気持ちが積もるが、これも一種の幸せとそんな気持ちをじわりじわり噛み締める。そうして心のこもった昼食を食べ終わると、ちょうどモリンの元気な声が「ただいま~。姫様、戻りました~!」と玄関からした。
「お帰りなさいモリン。お疲れ様」
リリアの高揚した顔を見たモリンは、ニッコリ笑った。
「そのごようすでは、私が留守の間、何事もなかったようですね」
侍女の問いにはニッコリ笑っただけのリリアは、「さあ、片付けましょう」と外に待たせてあった荷馬車から、次々と運ばれる荷物の紐を解いていった。
その夜の事。寝支度を済ませたリリアがベッドで横になると、しばらくしてコツコツと窓ガラスを叩く音がする。
驚いて窓辺に近づくと、銀の髪が月光に照らされた。
「ジェイド! どうしたのっ?」
急いでバルコニーのドアを開けると、ジェイドはするり音を立てず侵入してくる。
「リリア、会いたかった! 身体の具合はどうだ?」
逞しい身体が「起きていて、大丈夫なのか?」とリリアをそっと抱き寄せた。
「大丈夫よ、ポーションを飲んだから。ーーあの、昼食をありがとう、テレサさんにもよろしく言っておいてね」
心配顔なジェイドは並んでベッドに腰掛け、顔を覗き込んでくる。目に見えて元気なリリアに、ほうっと安堵の表情を浮かべた。
「そうだったな、リリアは稀に見る凄腕の魔導士なのだよな。時折、うっかりその事実を忘れそうになる。この美しい身体や、愛らしい唇に惑わされてしまうからな」
真面目な顔で訴えるジェイドの態度に、リリアは照れと呆れが半々だ。
「っ……ジェイドだって、そんな涼しい顔をして国一の剣士なのよね。魔法も一流だし」
言い返してみるものの、一方でジェイドの様子が気になっていた。
「ねえ……疲れているのでしょう、食事は済んだの?」
「ああ、腹はいっぱいだが、少し疲れたな。リリアが寝つくまでここにいていいか?」
言いながらリリアを抱えたジェイドは、そっとその身体をベッドに押し倒すとそばに横になる。
「もっと早くに来たかったのだが、今日は抜けれずでな」
甘えるように鼻先を擦り付けては、照れて桃色に染まった頬を唇で啄んでくる。そんなジェイドに、くすぐったいとリリアは笑って身体を揺らした。
「知ってるわ。海賊が出た……のよね?」
ジェイドはろくに休んでいないのだろう。
ーー任務で疲れた身体で、こうして会いにきてくれた。
そう察するリリアの心に、ジェイドへの愛おしさが溢れてくる。
「賊は片付けた。……聞いたぞ、港で活躍したそうだな」
「ふふ、ありがとう。ジェイドもお疲れ様」
「ああ。リリアも疲れただろう? ……良い香りがする」と髪に顔を埋めてくる姿を抱きしめて離したくない。
そのジェイドは、珍しく今夜はしおらしい態度だ。
「昨夜は、その……加減ができずでだな……無理をさせたのならすまなかった」
「私は、嬉しかったわ……」
リリアの素直な言葉に、紫水晶の瞳が嬉しそうになごむ。
逞しい腕に抱き抱えられたまま、二人でポツポツと今日の出来事をお互い話し合っていると、その腕の中は最高に心地良い。それゆえ知らないうちに、スーと寝息を立てていた。
そして夜明け前。身体を包んでいた温もりが離れていくのを感じたが、別れが辛くなるのでそのまま気づかないフリをした。そしてジェイドがバルコニーから出ていってしばらくしてから、リリアは寂しさのため息をついたのだった。
こうして、穏やかだか波乱含みでもあるリリアの恋は始まったが、宮廷魔導士としての生活は極めて順調なスタートをきった。
魔導士になってリリアの管轄になった薬草園は気持ちの良い職場だったし、同じ分野に興味を持つ人たちとは話も弾んだ。新米の魔導士として騎士やメイドたちにも顔を覚えられてきたし、実験道具も揃った今では、ポーションだけでなく毒消や美容液などの研究にも手を延ばしはじめていた。
そしてジェイドとは、ますます互いが愛おしくなり絆が深まっていった。
二人で迎えるはずだった初めての朝は、つまずいてしまったが……出勤初日からジェイドは、研究室に顔を出してきた。朝まで一緒のベッドにいたにもかかわらず、だ。
その日はいきなり抱きしめてきて、仕事が増えて朝に顔を出せないが、夕方は待っていると名残り惜しそうに出ていった。が、それからも相変わらず、帰りがけに資料館での待ち合わせて、帰りは送ってくれる。
さらにーー。夜は寝室の窓をノックしては、かつて知ったる他人の家とばかりバルコニーから侵入してくる。リリアが起きていればそのまま、寝ていてもそっと揺り起こし、愛し合って一眠りしてから夜明け前に帰っていく。初めての時と違って一晩中ということはないが、それでもジェイドは必ず一度リリアを抱いてから眠った。
はじめは一緒に朝を迎えられないのを寂しく思っていたリリアだったが、こんな日が続くとーーだんだんジェイドの身体が心配になってくる。
(どう考えても、無理してるんじゃないかしら……?)
だけど、ジェイドへの愛おしさは増すばかりで。
ーー夜な夜な抜け出すなんて大変だろうとは思っても、止めることなんてとてもできない。愛する人にたっぷり甘やかされる夜を、拒絶できるわけがなかった。
だがやはり彼の身体を心配したリリアは、ある晩、思いついて薬草を煎じたお茶などを用意してみた。が、かえってジェイドが精力的になってしまい、事後に隣でぐっすり眠る姿に、失敗した……と薄れゆく意識の中で反省した。
ポーションは飲み過ぎるとよくないとわかっているので、一度ならまだしも何回も使えない。
そんなこんなで嬉しくて夢のようだが、ジェイドの体調を憂慮して完全に舞い上がれないこの事態を、どう改善すれば……?と悩んでいたある日のこと。
ミルバが職場にやってきた。話があるからとそのままサロンに招かれ、そこでリリアを待っていたのは女王にローラという王家のメンバーだった。
「リリアンヌ、よく来てくれたわね。さあ、お茶にしましょう」
ミルバも加わわると、城のサロンはたちまち女子会になる。お茶やケーキを勧められ仕事の方はどうか、と気遣われて、リリアは内心驚きながらもよくしてもらっていると丁寧に答えた。
勤めだしてからは、研究作業がとても捗っている。おかげで今まで中途半端であった美容液開発やその効果など、このところ熱心に研究している分野で女子会はとても盛り上がってしまった。
そして楽しく過ごした時間もそろそろ終わりかしらと思える頃、女王が「ところで」と改まってリリアに向き直った。
「ねえ、リリアンヌ、突然なのだけど。……この城に住むのは、あなたは嫌かしら……?」
「城に住む、ですか……。 ーーえ? ええっーー!」
お茶会もお開きといった和やかな雰囲気のところに、いきなり降って沸いた質問に、リリアは思わず大声で叫んだ。
一瞬の間を置いて、口を抑え真っ赤になりながら「申し訳ございません! あの、あまりにも突然なお話で驚いてしまって……」と非礼を謝る。
「良いのよ、あのね……、ここで聞いたのにはわけがあるの。お堅い人たちがいないこの場でなら、リリアンヌの本音が聞けるかなあ?と思っただけなの」
女王はそういってウインクしてくる。そこへローラが、呆れた口調で補足してきた。
「ごめんなさいね、リリア。こんな親で。ーーほら、先だって、海賊が出没したでしょう? デルタ港はリリアの活躍でスムースに収束したという報告が騎士団から上がってきてね。あの日以来、元老院からも、せっかくの宮廷魔導士なのだからリリアに王城常勤してもらってはどうかと言う意見が出ているの」
「ーーつまるところですね、リリアの魔法を目前で見た人たちは、魔導士に王城に住んでもらえば、いろいろ利点があると言ってくるのですよ」
話をかいつまんで説明してくれるミルバの目は、同情いっぱいだ。
「だけどね、そうなったら常に公務になっちゃうでしょう? せっかくのお休みの日だって落ち着かなくなるわ。プライベートの時間もうんと削られちゃうかもしれないし。……年頃の女性には、ちょっと酷よね」
ローラの言葉にうんうんと女王も首を振っている。
「そうなのよ。それが分かっているからこそ、見ての通りこのミルバも自宅出勤なの。 じゃないと、四六時中何かと判断を求められて、おちおち休んでいられないものね」
ミルバは無言で賛成するように頷いた。
「だからね、リリアンヌが嫌なら、私たちで抑えるから遠慮しないでこの話は断ってもらっていいのよ。それにね、今すぐ返事をしなくてもいいわ。じっくり考えてから、正直な返事をもらえれば」
女王の言葉と皆の心遣いはとても嬉しかった。だが初めは驚き戸惑っていたリリアの心は、話の半ばでもうすでに決まっていた。
これは、絶対逃せない良い機会だ。自分はなんて幸運に恵まれてているのだろう。あの日の出来事が、こんな解決法に導いてくれるなんて。
リリアが王城に住み込めば、ジェイドの負担が減る。
本心では、ジェイドと一緒にいたいと思っているリリアは、夜這いを拒否したくない。仕事としてここに住めば確かに、常に呼び出されるのかも知れない。けど。この話はジェイドのためには、とても都合がいい。
「……お気遣いありがとうございます。ですがその、私としましては、宮廷魔導士として城に駐在することに何ら不都合はございません」
ジェイドが自分を求めてくれる間は、少なくとも彼の負担になりたくない。そう思ったリリアはキッパリ答えた。リリアのその悩むわけでもない潔い態度と返事に、一同は目を丸くする。
「リリア、本当に良いのですか? 話を振っておいてなんですけど、結構大変なことですよ?」
「そうよリリア、ここには王国の中枢機関が集まっているから、休日なんてあってないようなものよ?」
リリアの返事は予想外だったのだろう。ミルバやローラに続いて女王も心配そうだ。
「リリアンヌ、私が話したからと言って無理強いするつもりなんて、これっぽちもないのよ。むしろこの機会に嫌だと言ってくれれば、元老院には私からピシッと言ってやるわ」
「ありがとうございます。ーーですが、こんなありがたいお話をいただいて、むしろ嬉しく思います」
「まあ! そうなの……? ほんと、仕事熱心なのねえ」
リリアがニッコリ大丈夫だと頷くのを見て、感心した女王もようやく安心したのだろう。
「わかったわ。だったら、この話は前に進めてもいいのね? もちろん、気が変わったら遠慮しないで言ってちょうだい。それに住居はこちらで用意するから心配しないでね。そうだわ!この城に住むにあたって何か希望はある?」
リリアの頭に、育て親の侍女の顔が浮かんだ。「では、お言葉にお甘えまして」とモリンを侍女としてお城に一緒に連れて来てもいいかと聞いてみる。もちろんだと許可を得ると、この頃気がかりだった森に残してきた果樹園のことも相談してみることにした。
「あの、王城のどこかに果樹園を作ってもよろしいでしょうか? ポーション造りの一環で、育てていた木々をオリカ村に残してきたので……どこかに移植できないかと思っているのですか?」
果樹園と聞いて女性達の目が輝いた。
「まあ、もちろんよ! 城内どこでも好きな土地を使ってちょうだい。すごいわ、果物がこの城で収穫できるようになるのね、なんて素敵なんでしょう……」
「移植をするなら、オズワイルドを呼びましょう。あの人は土魔法が得意だから、そういうことなら喜んで協力してもらうわ」
ローラも目をキラキラさせている。
ミルバはリリアに大きく頷いた。
「陛下の許可も出ましたので、明日にも早速オズワイルド卿が薬草園へ挨拶に伺うでしょう」
どこかで聞いた名前だとリリアが内心首を傾げていたら、ミルバが「ジェイド様の副官をされている方です」と教えてくれた。
翌日、出勤すると机の前には、一人の騎士が直立不動で立っていた。死の森で蔦を操り足を引っ掛け、木の上からリリアを振り落とした男だ。
「名はオズワイルドと申します。魔導士リリア殿には、先だってとんでもない非礼をはたらいてしまい、誠に申し訳ございませんでした。果樹の移植をご希望だそうで、なんなりとお申し付けください」
茶色がかった金髪、青磁色の瞳。オズワイルドと名乗った男らしく整った顔は、こうして改めて見てみると、どこか既視感を覚える。いかにも実直そうで信頼のおける雰囲気の男は、森でチラッと見かけただけのはずだが。
「初めまして、ではありませんよね? 一度お会いしているのですから」
リリアの不思議そうな声に、オズワイルドは母親が世話になっていると告げてきた。……彼はテレサの息子であったのだ。言われてみれば優しそうな雰囲気がとても似ている。
そんなかしこまらないで下さいとお願いすると、どこか困った顔をしたオズワイルドは移植について質問してきた。森の動物のために一本は残して欲しいが、それ以外は特に注釈はない。侍女のモリンに案内をさせると説明し始めたところ、突然外が騒がしくなる。荒々しい足音が部屋に近づいてきた。
バーンと勢いよく扉が開くとーー。
ジェイドはびっくり目のリリアを認め、次にオズワイルドをギロリと睨んだ。
「オズ! これは一体どういうことだ。訓練に姿を見せないと思ったら、こんなところで何をしている!」
「ジェイド様、伝言を残しておいたのですが。先ほどミルバ長官から頼まれたのですよ」
「リリアのことで、何ゆえオズが頼まれる!」
納得いかないといった顔に、二人で果樹園の移植の説明を始める。リリアは城への引っ越しが正式に決まるまでは、駐在の件に関してはジェイドに話さない事に決めていた。ダメになったらガッカリだし、波風を立てたくない。
「ああ、あの、ものすごく美味な果実か。それはいいな」
顔を輝かせたジェイドはしかし、と言葉を続けた。
「だがオズ、浮気は絶対許さん。姉上も俺も黙ってなどいないからな」
ジェイドのこの言葉でローラの想い人が誰なのか分かってしまった。隠す気もないのだろう。
どうやら三人は幼馴染らしいが、機嫌の麗しくないジェイドにオズワイルドは助けを求めるようにこちらを見てくる。ほとほと困ったようすの騎士に、リリアは早速助け舟を出すことにした。
「ジェイド、それで訓練はどうしたの?」
「任せてきた。こちらの方が緊急性が高かったからな」
堂々と腰を抱いてくる姿に呆れはしたが、それならばとオズワイルドにはモリンを尋ねて打ち合わせて欲しいと頼んだ。
「承知いたしました。それでは、許可を得ましたら、オリカ村を尋ねる日取りを決めてまいります」
返事を聞いたリリアは、にこやかにジェイドに向き直る。
「それでね、今から(王家の)森に探索に行こうと思っていたのだけれど、時間があるのなら案内を頼めるかしら」
この言葉でジェイドは気を良くしたらしい。「もちろんだ」と副官へ確認する。
「オズ、俺は今から抜ける。提出された報告書は全て処理済みだ。訓練も予定変更の指示は出してある。会議まで抜けて問題はないな?」
途端に冷静で落ち着いた態度になった。そんなジェイドに、オズワイルドは自然とかしこまり、そしてこちらに感謝の目配せをして退出した。
こうしてリリアは、ジェイドと連れ立って森に出かけた。
案内された小さな野原で魔草を摘み終わったリリアは、辺りを見渡し目当ての騎士姿を見つけた。
馬に跨ったジェイドは、地面に横たわった木の障害を軽々と飛び越えていく。羽が生えているようなその優雅さにリリアはほれぼれと見惚れた。森を駆け抜けるその雄々しい姿は、普段の騎士然とした姿よりグンと野性味が増す。
なんて……勇ましい人なのだろうーー。
騎士服を纏ったその猛々しい姿には、ナデール王国の象徴であるグリフォンを模した紋章がピッタリくる。まるで建国物語で語られる初代ナデール王の雄姿を見ているようだ。
魔導士でもあった初代の王は、戦時にはグリフォンさえ操ったと伝えられている。そんな傑物を彷彿とさせるジェイドは、自由自在に馬を操りいかにも楽しそうだ。リリアはその姿に向かって微笑み、手を振った。
「もう採集は済んだのか?」
駆け寄ってきて馬上から飛び降りたジェイドは、こちらに向き直ると微笑みかえしてくれる。するとその落ち着いた姿は気高さに彩られ、高貴な存在感に自然と敬服させられる。
まごう方なき一国の王子の姿が、そこにある。
なるほど。貴族の間ではカリスマ的存在、そうギルが言っていたのも納得だ。
「ーーおかげさまで、この草原は薬草の宝庫よ」
ジェイドの魅力を新たに認識してしまったが、その姿にぽうっと見惚れていたことはもちろん内緒である。
それに驚いたことに、若草がしげる野原は死の森に匹敵するほどの薬草や魔草の宝庫だった。
先刻に薬草園を出発した際、ジェイドは建物の外で大人しく待っていた自分の馬を指差し、森のことならこいつが一番良く知っていると馬に任せこの小さな草原にリリアを案内してきた。
リリアの採集袋が一杯にまで膨れているのを見たジェイドは、馬に向かって「しばらく森で遊んでこい」と声をかけている。
するとなんと、毛並みの良い馬の全身が淡く光って、そこには銀色の尻尾を持つ狐が現れた。
「え? あっ、もしかして……?」
「そうだ、ギンは俺に懐いているのでな。召喚獣として側においている。リリアは死の森で会っていたな?」
やはり! あの銀妖狐の片割れだ。
見事な尻尾をフサフサ揺らし森を駆ける優雅な魔獣を、リリアは思わず凝視してしまう。
予想の斜めをいくジェイドのペットの趣味に、驚いてしまいしばらく言葉が出なかった。
「ーー……何だか、成長してる気がするわ。小狐だったはずだけど」
ようやく言葉を発したが、言いたいこととは微妙にずれたコメントとなった。
「ああ、拾った時は小狐の姿だったな」
ジェイドによると……。死の森からの帰り、川船へトンと飛び乗ったその姿は、まだ幼い狐だったそうだ。
足元に戯れてくる小狐の魔獣に、ジェイドは一緒にくるかと声をかけてみた。大人しく座り込んだ小狐に『そうだな、ではギンと呼ぼう』と名付けた途端、姿が大きくなりーーそこで遅ればせながら先ほどの銀妖狐だと気づいたそうだ。ギンはキューンと鳴くとジェイドが身に付けていた魔導具の魔石に吸い込まれるようにして消えた。
「魔導具って……もしかして、宝庫に返却された腕輪のこと?」
あの日、取り返した魔導具の腕輪には、燦々と輝く綺麗な透明な魔石が付いていた。
「そうではない。これだ」
ジェイドがそう言って片耳に手をやる。すると小さな魔石のついた耳飾りが現れた。小さなピアス型のその魔導具は非常に高価だが、珍しいものではない。貴族や裕福な家柄の子供を中心に普及している。
「ーーそれって、”お守り”……よね?」
「そうだ、この守りは位置を示すだけでなく、贈り主の呼びかけを感知できる」
子供の誘拐や迷子を防止するための魔導具は、高価なものであるため普段は見えない仕組みになっている。贈った相手が呪文を唱えると、”お守り”の位置がだいたい掴める便利な魔導具だ。リリアも幼い時は付けていたが、耳が敏感なため成長すると外した。大抵の子供は大きくなると取り外し、女性は装飾ピアスなどを代わりにつける。
……女王が過保護なのか、忙しいジェイドを呼び出すのに便利だからか、とにかくその魔導具に銀妖狐は住みついたらしい。
ジェイドがナジールから帰還した際に、その川船で起こった出来事を報告をしていると、魔導士に召喚獣として扱えるかもと助言されたそうだ。それから、魔石に籠もっていたギンを呼び出せるようになったらしい。
「ギンは役に立つ召喚獣だぞ。銀妖狐だからな、変化も見事なものだ。特に馬の用意が間に合わない緊急時などには、重宝する」
銀の毛並みも美しいその正体はだが、鉄をも引き裂く爪と牙を持ち、人を一飲みする魔獣なのだが……
ーー銀妖狐といえば気位が高く、人に懐くなんて普通では考えられない。
だいたいジェイドも、だ。召喚した魔獣と契約するならまだしも、野生の魔獣、それも最も危険とされる銀妖狐を召喚獣として平気で飼い慣らすなんて。……度量があるのか、はたまたギンをよほど気に入っているのか。ほんと信じられないことをする。
だがまあ、野原で蝶々を追いかけ飛び跳ねているギンは確かに、よく見れば愛らしい……のかも?
ーーリリアも、銀妖狐の恐ろしさはよくよく分かっているのだが……
ギンを見て、恐怖は感じず可愛いと思えるリリアも、案外その存在に慣れそうだった。
王家の森からも静かな自然の気配しか感じられず、リリアは胸を撫で下ろす。
誰もいないのは正直、助かる。それにここはさいわい王城から離れているから、ぎこちない動きを誰かに見とがめられることもない。
鈍い歩みで作業部屋に向かったリリアはそこにある抽出道具を確かめると、棚から必要な材料をそろそろと取り出した。身体の痛みは怪我や病気ではない。だから治癒魔法が効かない。
それゆえ気合を入れ、こなれた様子で魔法を駆使しながら、簡易の回復ポーションをコツコツ作製していく。魔法の調子はすこぶる良い……対して身体は絶不調、だけど。
「できたわ。これを飲めば、少しはよくなるはず……」
最後に、独自で開発した魔法をかけて完成だ。
試飲をすると魔力が身体中に広がって、効果が表れた。全快とまではいかなくとも、半快ぐらいには回復できた感じだ。瞬く間に身体がずいぶん楽になり、しみるようにだった秘所も気にならなくなった。
……これなら、モリンが森の家に残したポーションを持って戻ってくるまでは、少しだるい程度で済む。
だいぶ余裕が出てきたリリアは辺りを見渡すと、ついでに薬草園をじっくり見学することにした。
ナデールの誇る薬草園はやはり素晴らしい。気になった薬草を詳しく調べたくて、王城の資料館を目指し歩き出す。その途中で渡り廊下を歩いていると、見覚えのある人たちが前方に見えてきた。
あれは……昨日挨拶をした元老院の重鎮たちだ。ルイモンデ公を含む顔ぶれは、緊迫した面持ちである。
「今度の被害も二隻なのだな。念のため、港の警備に応援を送れ!」
「救急班も出動させなくては」
被害……とは、穏やかでない。港に何か異変があったのだろうか?
昨夜ジェイドと訪れた静かな暗い海を思い出すと、リリアは思わず声をかけていた。
「おはようございます。何かあったのですか?」
「これはっ、リリアンヌ姫、おはようございます」
丁寧な挨拶を返してくる人たちにだが、リリアは柔らかな微笑みを浮かべながらもキッパリ告げる。
「昨日お願い申し上げた通り、どうか魔導士リリアとお呼びください。ところで、港で何か事故でも?」
「おお、そうでしたな、魔導士リリア殿。実は……海賊が出没しましてな。襲われた商船が早朝デルタに到着したのです。その上先ほどまた、被害にあったとおぼしき商船が寄港したそうで。ちょうど今、確認をかねた応援を送るところでして」
「まあっ! それはーー、ただごとではありませんね……」
話によると、合計四隻がマストや船体に被害を受けたが、積荷は無事だそうだ。だが、射てられた矢や飛んできた火炎で怪我人が出ていると聞いて、リリアは報告のため早馬で駆けつけたらしい騎士に向き直った。
「怪我をおった人たちのところへ、案内をお願いできますか? 先ほど簡易の回復ポーションを作成しましたので、その方達に配りましょう。私は治癒魔法も使えますから、お役に立てると思います。ぜひご一緒させてください」
魔導士マントを羽織ったリリアの言葉に、騎士はすぐさま頷いた。若い騎士は道のりをよっぽど急いだのだろう。報告後もまだ少し肩で息をしている。
伝令を待たせてはいけないと一同にすぐ戻ると言い残し、リリアは急いで転移で薬草園へと引き返した。唐突に、それも一瞬で姿を消したリリアが、ポーションの瓶と薬草を手にして再びその場に現れると、たちどころに大きなどよめきが起こる。
「リリア、王城にいたのですね! ちょうどよいところへ……」
足早に近づいてくる音に続き、聞き覚えのある声がリリアを出迎えた。
「ミルバ長官、私も港に行って治癒を施してきます」
「ああ、貴女は治癒魔法も使えるのでしたね、素晴らしい! では、よろしく頼みましたよ」
至急呼ばれたらしいミルバが、状況を確かめつつてきぱき指示を出し始めるのを見て、リリアは「それでは行きましょう」と先ほどの騎士の腕に触れた。
ところが、『転移』と唱えた後に、案内役の騎士の様子が一転した。
目の前の景色がいきなり変わったことに驚愕したのか、口をパクパクさせ地面に足を踏ん張ったまま、そこから動かない。
リリアが「あの、怪我をおった方達たちはどちらに?」と尋ねると「き、ぎゃー⁉︎」と奇声を発し、海へ向かって突然走り出した。
「えっ? あのっ」とリリアが後を追いその首根っこをはしっと掴んで、海に落ちる寸前に引き戻すと、勢い余って尻餅をつくありさまだ。その反応に内心でため息をつきながら「大丈夫ですか?」と尋ねる。
するとようやく正気を取り戻した騎士は、上擦った声で返答をした。自力で起き上がり、おずおずといった感じで「こちらです」と歩きだす。
まだ足元が怪しい騎士は失態を恥じて赤面ではあったが、かしこまって港の倉庫街へと案内してくれた。
大型倉庫の中は大勢の関係者が集まり、座り込んだ怪我人やら、積荷の対処に追われる人々で混沌としている。
そこでまずは怪我人の治療をと、リリアは事態収集に乗り出そうとしている騎士たちに協力を求めた。軽症の人にはポーションを、治療が必要な人々には持ってきた薬草のエネルギーを使って治癒を施しはじめる。雑然としていたその場は、しばらくすると騒々しい声が収まってきた。
「この方達の治療は終わりましたから、話しかけても大丈夫ですよ」
襲われた商船は他国のものらしい。治療を施す間はリリアを尊敬の眼差しで見ていた騎士たちは、感謝の言葉を述べると事情聴取をぼつぼつと開始した。他にも何か手伝えることがないかと、リリアが案内を頼んだ騎士に聞いてみると赤面顔の騎士は、眩しそうに目を瞬かせた。
「ありがとうございます、魔導士殿。ですがご心配には及びません、この場はひとまず収まると思われます」
「そうですか。海賊が早く捕まるといいのですが……」
憂い顔のリリアに、騎士はニッコリ笑う。
「ご安心ください。報告を受けた時点で、海賊を追って我が海軍が出動しました。賊は間も無く殲滅されましょう。今回はなんと言ってもジェイディーン殿下と副官のオズワイルド卿がついておられます。殿下の指揮下に入った我が軍は、負け知らずですから」
誇らしそうに語る騎士の話で、リリアは今朝のジェイド不在のわけを初めて知った。
やはり、任務だったのだ。
ーー安堵と嬉しさと共に、朝の自分のうろたえた姿に恥ずかしさも感じてしまう。
自分が好きになった人は、課せられた務めを立派に果たしているというのに。
(……なのに私ったら、寂しいとか思ったりして、馬鹿みたいね)
ジェイドは王子だ。頭では分かっていたはず。なのに、理解が全然足りていなかった。
ちょっぴり薄情だと思ったことを、思いっきり反省だ。
……彼の側にこれからもいるつもりなら、もっとしっかりしなければ。そして自分はできることをやっていこう。リリアは、魔導士としての自分に改めて誓った。
倉庫の外に出ると潮の匂いが漂ってくる。海風に吹かれ穏やかな海の地平線を眺めていると、この海のどこかで戦っているであろうジェイドの無事を祈る気持ちでいっぱいになったのだった。
その日のお昼過ぎ。
港での報告を終えたリリアが邸に戻ってくると、戸締りがわりに施してあった結界が結び直されていた。
……これは一体、どういうことだろう?
エルフ族に伝わる強力な結界を破り侵入した泥棒の類なら、わざわざそれを結び直し立ち去ることはない。
用心しながら邸に入ったリリアは、台所から漂ってきたいい匂いにさらに驚いた。そこには、美味しそうな昼食が伝言と共にリリアの帰りを待っていたのだ。
『リリアンヌ様へ、
ジェイド様の指示により様子を伺いに参りました。お留守のようでしたが、窓が開いておりましたので勝手ながら戸締りと昼食の用意をさせていただきました。テレサより』
……人の良さそうなエルフ顔を思い浮かべると、やっと合点がいった。同時に疲れ気味だった心が、その場でジェイドに抱きしめられたような温もりに包まれる。リリアは自然と微笑んだ。
やはりジェイドも同じように、ーー少しは寂しいと思ってくれている?
海の上の人を想って会いたい気持ちが積もるが、これも一種の幸せとそんな気持ちをじわりじわり噛み締める。そうして心のこもった昼食を食べ終わると、ちょうどモリンの元気な声が「ただいま~。姫様、戻りました~!」と玄関からした。
「お帰りなさいモリン。お疲れ様」
リリアの高揚した顔を見たモリンは、ニッコリ笑った。
「そのごようすでは、私が留守の間、何事もなかったようですね」
侍女の問いにはニッコリ笑っただけのリリアは、「さあ、片付けましょう」と外に待たせてあった荷馬車から、次々と運ばれる荷物の紐を解いていった。
その夜の事。寝支度を済ませたリリアがベッドで横になると、しばらくしてコツコツと窓ガラスを叩く音がする。
驚いて窓辺に近づくと、銀の髪が月光に照らされた。
「ジェイド! どうしたのっ?」
急いでバルコニーのドアを開けると、ジェイドはするり音を立てず侵入してくる。
「リリア、会いたかった! 身体の具合はどうだ?」
逞しい身体が「起きていて、大丈夫なのか?」とリリアをそっと抱き寄せた。
「大丈夫よ、ポーションを飲んだから。ーーあの、昼食をありがとう、テレサさんにもよろしく言っておいてね」
心配顔なジェイドは並んでベッドに腰掛け、顔を覗き込んでくる。目に見えて元気なリリアに、ほうっと安堵の表情を浮かべた。
「そうだったな、リリアは稀に見る凄腕の魔導士なのだよな。時折、うっかりその事実を忘れそうになる。この美しい身体や、愛らしい唇に惑わされてしまうからな」
真面目な顔で訴えるジェイドの態度に、リリアは照れと呆れが半々だ。
「っ……ジェイドだって、そんな涼しい顔をして国一の剣士なのよね。魔法も一流だし」
言い返してみるものの、一方でジェイドの様子が気になっていた。
「ねえ……疲れているのでしょう、食事は済んだの?」
「ああ、腹はいっぱいだが、少し疲れたな。リリアが寝つくまでここにいていいか?」
言いながらリリアを抱えたジェイドは、そっとその身体をベッドに押し倒すとそばに横になる。
「もっと早くに来たかったのだが、今日は抜けれずでな」
甘えるように鼻先を擦り付けては、照れて桃色に染まった頬を唇で啄んでくる。そんなジェイドに、くすぐったいとリリアは笑って身体を揺らした。
「知ってるわ。海賊が出た……のよね?」
ジェイドはろくに休んでいないのだろう。
ーー任務で疲れた身体で、こうして会いにきてくれた。
そう察するリリアの心に、ジェイドへの愛おしさが溢れてくる。
「賊は片付けた。……聞いたぞ、港で活躍したそうだな」
「ふふ、ありがとう。ジェイドもお疲れ様」
「ああ。リリアも疲れただろう? ……良い香りがする」と髪に顔を埋めてくる姿を抱きしめて離したくない。
そのジェイドは、珍しく今夜はしおらしい態度だ。
「昨夜は、その……加減ができずでだな……無理をさせたのならすまなかった」
「私は、嬉しかったわ……」
リリアの素直な言葉に、紫水晶の瞳が嬉しそうになごむ。
逞しい腕に抱き抱えられたまま、二人でポツポツと今日の出来事をお互い話し合っていると、その腕の中は最高に心地良い。それゆえ知らないうちに、スーと寝息を立てていた。
そして夜明け前。身体を包んでいた温もりが離れていくのを感じたが、別れが辛くなるのでそのまま気づかないフリをした。そしてジェイドがバルコニーから出ていってしばらくしてから、リリアは寂しさのため息をついたのだった。
こうして、穏やかだか波乱含みでもあるリリアの恋は始まったが、宮廷魔導士としての生活は極めて順調なスタートをきった。
魔導士になってリリアの管轄になった薬草園は気持ちの良い職場だったし、同じ分野に興味を持つ人たちとは話も弾んだ。新米の魔導士として騎士やメイドたちにも顔を覚えられてきたし、実験道具も揃った今では、ポーションだけでなく毒消や美容液などの研究にも手を延ばしはじめていた。
そしてジェイドとは、ますます互いが愛おしくなり絆が深まっていった。
二人で迎えるはずだった初めての朝は、つまずいてしまったが……出勤初日からジェイドは、研究室に顔を出してきた。朝まで一緒のベッドにいたにもかかわらず、だ。
その日はいきなり抱きしめてきて、仕事が増えて朝に顔を出せないが、夕方は待っていると名残り惜しそうに出ていった。が、それからも相変わらず、帰りがけに資料館での待ち合わせて、帰りは送ってくれる。
さらにーー。夜は寝室の窓をノックしては、かつて知ったる他人の家とばかりバルコニーから侵入してくる。リリアが起きていればそのまま、寝ていてもそっと揺り起こし、愛し合って一眠りしてから夜明け前に帰っていく。初めての時と違って一晩中ということはないが、それでもジェイドは必ず一度リリアを抱いてから眠った。
はじめは一緒に朝を迎えられないのを寂しく思っていたリリアだったが、こんな日が続くとーーだんだんジェイドの身体が心配になってくる。
(どう考えても、無理してるんじゃないかしら……?)
だけど、ジェイドへの愛おしさは増すばかりで。
ーー夜な夜な抜け出すなんて大変だろうとは思っても、止めることなんてとてもできない。愛する人にたっぷり甘やかされる夜を、拒絶できるわけがなかった。
だがやはり彼の身体を心配したリリアは、ある晩、思いついて薬草を煎じたお茶などを用意してみた。が、かえってジェイドが精力的になってしまい、事後に隣でぐっすり眠る姿に、失敗した……と薄れゆく意識の中で反省した。
ポーションは飲み過ぎるとよくないとわかっているので、一度ならまだしも何回も使えない。
そんなこんなで嬉しくて夢のようだが、ジェイドの体調を憂慮して完全に舞い上がれないこの事態を、どう改善すれば……?と悩んでいたある日のこと。
ミルバが職場にやってきた。話があるからとそのままサロンに招かれ、そこでリリアを待っていたのは女王にローラという王家のメンバーだった。
「リリアンヌ、よく来てくれたわね。さあ、お茶にしましょう」
ミルバも加わわると、城のサロンはたちまち女子会になる。お茶やケーキを勧められ仕事の方はどうか、と気遣われて、リリアは内心驚きながらもよくしてもらっていると丁寧に答えた。
勤めだしてからは、研究作業がとても捗っている。おかげで今まで中途半端であった美容液開発やその効果など、このところ熱心に研究している分野で女子会はとても盛り上がってしまった。
そして楽しく過ごした時間もそろそろ終わりかしらと思える頃、女王が「ところで」と改まってリリアに向き直った。
「ねえ、リリアンヌ、突然なのだけど。……この城に住むのは、あなたは嫌かしら……?」
「城に住む、ですか……。 ーーえ? ええっーー!」
お茶会もお開きといった和やかな雰囲気のところに、いきなり降って沸いた質問に、リリアは思わず大声で叫んだ。
一瞬の間を置いて、口を抑え真っ赤になりながら「申し訳ございません! あの、あまりにも突然なお話で驚いてしまって……」と非礼を謝る。
「良いのよ、あのね……、ここで聞いたのにはわけがあるの。お堅い人たちがいないこの場でなら、リリアンヌの本音が聞けるかなあ?と思っただけなの」
女王はそういってウインクしてくる。そこへローラが、呆れた口調で補足してきた。
「ごめんなさいね、リリア。こんな親で。ーーほら、先だって、海賊が出没したでしょう? デルタ港はリリアの活躍でスムースに収束したという報告が騎士団から上がってきてね。あの日以来、元老院からも、せっかくの宮廷魔導士なのだからリリアに王城常勤してもらってはどうかと言う意見が出ているの」
「ーーつまるところですね、リリアの魔法を目前で見た人たちは、魔導士に王城に住んでもらえば、いろいろ利点があると言ってくるのですよ」
話をかいつまんで説明してくれるミルバの目は、同情いっぱいだ。
「だけどね、そうなったら常に公務になっちゃうでしょう? せっかくのお休みの日だって落ち着かなくなるわ。プライベートの時間もうんと削られちゃうかもしれないし。……年頃の女性には、ちょっと酷よね」
ローラの言葉にうんうんと女王も首を振っている。
「そうなのよ。それが分かっているからこそ、見ての通りこのミルバも自宅出勤なの。 じゃないと、四六時中何かと判断を求められて、おちおち休んでいられないものね」
ミルバは無言で賛成するように頷いた。
「だからね、リリアンヌが嫌なら、私たちで抑えるから遠慮しないでこの話は断ってもらっていいのよ。それにね、今すぐ返事をしなくてもいいわ。じっくり考えてから、正直な返事をもらえれば」
女王の言葉と皆の心遣いはとても嬉しかった。だが初めは驚き戸惑っていたリリアの心は、話の半ばでもうすでに決まっていた。
これは、絶対逃せない良い機会だ。自分はなんて幸運に恵まれてているのだろう。あの日の出来事が、こんな解決法に導いてくれるなんて。
リリアが王城に住み込めば、ジェイドの負担が減る。
本心では、ジェイドと一緒にいたいと思っているリリアは、夜這いを拒否したくない。仕事としてここに住めば確かに、常に呼び出されるのかも知れない。けど。この話はジェイドのためには、とても都合がいい。
「……お気遣いありがとうございます。ですがその、私としましては、宮廷魔導士として城に駐在することに何ら不都合はございません」
ジェイドが自分を求めてくれる間は、少なくとも彼の負担になりたくない。そう思ったリリアはキッパリ答えた。リリアのその悩むわけでもない潔い態度と返事に、一同は目を丸くする。
「リリア、本当に良いのですか? 話を振っておいてなんですけど、結構大変なことですよ?」
「そうよリリア、ここには王国の中枢機関が集まっているから、休日なんてあってないようなものよ?」
リリアの返事は予想外だったのだろう。ミルバやローラに続いて女王も心配そうだ。
「リリアンヌ、私が話したからと言って無理強いするつもりなんて、これっぽちもないのよ。むしろこの機会に嫌だと言ってくれれば、元老院には私からピシッと言ってやるわ」
「ありがとうございます。ーーですが、こんなありがたいお話をいただいて、むしろ嬉しく思います」
「まあ! そうなの……? ほんと、仕事熱心なのねえ」
リリアがニッコリ大丈夫だと頷くのを見て、感心した女王もようやく安心したのだろう。
「わかったわ。だったら、この話は前に進めてもいいのね? もちろん、気が変わったら遠慮しないで言ってちょうだい。それに住居はこちらで用意するから心配しないでね。そうだわ!この城に住むにあたって何か希望はある?」
リリアの頭に、育て親の侍女の顔が浮かんだ。「では、お言葉にお甘えまして」とモリンを侍女としてお城に一緒に連れて来てもいいかと聞いてみる。もちろんだと許可を得ると、この頃気がかりだった森に残してきた果樹園のことも相談してみることにした。
「あの、王城のどこかに果樹園を作ってもよろしいでしょうか? ポーション造りの一環で、育てていた木々をオリカ村に残してきたので……どこかに移植できないかと思っているのですか?」
果樹園と聞いて女性達の目が輝いた。
「まあ、もちろんよ! 城内どこでも好きな土地を使ってちょうだい。すごいわ、果物がこの城で収穫できるようになるのね、なんて素敵なんでしょう……」
「移植をするなら、オズワイルドを呼びましょう。あの人は土魔法が得意だから、そういうことなら喜んで協力してもらうわ」
ローラも目をキラキラさせている。
ミルバはリリアに大きく頷いた。
「陛下の許可も出ましたので、明日にも早速オズワイルド卿が薬草園へ挨拶に伺うでしょう」
どこかで聞いた名前だとリリアが内心首を傾げていたら、ミルバが「ジェイド様の副官をされている方です」と教えてくれた。
翌日、出勤すると机の前には、一人の騎士が直立不動で立っていた。死の森で蔦を操り足を引っ掛け、木の上からリリアを振り落とした男だ。
「名はオズワイルドと申します。魔導士リリア殿には、先だってとんでもない非礼をはたらいてしまい、誠に申し訳ございませんでした。果樹の移植をご希望だそうで、なんなりとお申し付けください」
茶色がかった金髪、青磁色の瞳。オズワイルドと名乗った男らしく整った顔は、こうして改めて見てみると、どこか既視感を覚える。いかにも実直そうで信頼のおける雰囲気の男は、森でチラッと見かけただけのはずだが。
「初めまして、ではありませんよね? 一度お会いしているのですから」
リリアの不思議そうな声に、オズワイルドは母親が世話になっていると告げてきた。……彼はテレサの息子であったのだ。言われてみれば優しそうな雰囲気がとても似ている。
そんなかしこまらないで下さいとお願いすると、どこか困った顔をしたオズワイルドは移植について質問してきた。森の動物のために一本は残して欲しいが、それ以外は特に注釈はない。侍女のモリンに案内をさせると説明し始めたところ、突然外が騒がしくなる。荒々しい足音が部屋に近づいてきた。
バーンと勢いよく扉が開くとーー。
ジェイドはびっくり目のリリアを認め、次にオズワイルドをギロリと睨んだ。
「オズ! これは一体どういうことだ。訓練に姿を見せないと思ったら、こんなところで何をしている!」
「ジェイド様、伝言を残しておいたのですが。先ほどミルバ長官から頼まれたのですよ」
「リリアのことで、何ゆえオズが頼まれる!」
納得いかないといった顔に、二人で果樹園の移植の説明を始める。リリアは城への引っ越しが正式に決まるまでは、駐在の件に関してはジェイドに話さない事に決めていた。ダメになったらガッカリだし、波風を立てたくない。
「ああ、あの、ものすごく美味な果実か。それはいいな」
顔を輝かせたジェイドはしかし、と言葉を続けた。
「だがオズ、浮気は絶対許さん。姉上も俺も黙ってなどいないからな」
ジェイドのこの言葉でローラの想い人が誰なのか分かってしまった。隠す気もないのだろう。
どうやら三人は幼馴染らしいが、機嫌の麗しくないジェイドにオズワイルドは助けを求めるようにこちらを見てくる。ほとほと困ったようすの騎士に、リリアは早速助け舟を出すことにした。
「ジェイド、それで訓練はどうしたの?」
「任せてきた。こちらの方が緊急性が高かったからな」
堂々と腰を抱いてくる姿に呆れはしたが、それならばとオズワイルドにはモリンを尋ねて打ち合わせて欲しいと頼んだ。
「承知いたしました。それでは、許可を得ましたら、オリカ村を尋ねる日取りを決めてまいります」
返事を聞いたリリアは、にこやかにジェイドに向き直る。
「それでね、今から(王家の)森に探索に行こうと思っていたのだけれど、時間があるのなら案内を頼めるかしら」
この言葉でジェイドは気を良くしたらしい。「もちろんだ」と副官へ確認する。
「オズ、俺は今から抜ける。提出された報告書は全て処理済みだ。訓練も予定変更の指示は出してある。会議まで抜けて問題はないな?」
途端に冷静で落ち着いた態度になった。そんなジェイドに、オズワイルドは自然とかしこまり、そしてこちらに感謝の目配せをして退出した。
こうしてリリアは、ジェイドと連れ立って森に出かけた。
案内された小さな野原で魔草を摘み終わったリリアは、辺りを見渡し目当ての騎士姿を見つけた。
馬に跨ったジェイドは、地面に横たわった木の障害を軽々と飛び越えていく。羽が生えているようなその優雅さにリリアはほれぼれと見惚れた。森を駆け抜けるその雄々しい姿は、普段の騎士然とした姿よりグンと野性味が増す。
なんて……勇ましい人なのだろうーー。
騎士服を纏ったその猛々しい姿には、ナデール王国の象徴であるグリフォンを模した紋章がピッタリくる。まるで建国物語で語られる初代ナデール王の雄姿を見ているようだ。
魔導士でもあった初代の王は、戦時にはグリフォンさえ操ったと伝えられている。そんな傑物を彷彿とさせるジェイドは、自由自在に馬を操りいかにも楽しそうだ。リリアはその姿に向かって微笑み、手を振った。
「もう採集は済んだのか?」
駆け寄ってきて馬上から飛び降りたジェイドは、こちらに向き直ると微笑みかえしてくれる。するとその落ち着いた姿は気高さに彩られ、高貴な存在感に自然と敬服させられる。
まごう方なき一国の王子の姿が、そこにある。
なるほど。貴族の間ではカリスマ的存在、そうギルが言っていたのも納得だ。
「ーーおかげさまで、この草原は薬草の宝庫よ」
ジェイドの魅力を新たに認識してしまったが、その姿にぽうっと見惚れていたことはもちろん内緒である。
それに驚いたことに、若草がしげる野原は死の森に匹敵するほどの薬草や魔草の宝庫だった。
先刻に薬草園を出発した際、ジェイドは建物の外で大人しく待っていた自分の馬を指差し、森のことならこいつが一番良く知っていると馬に任せこの小さな草原にリリアを案内してきた。
リリアの採集袋が一杯にまで膨れているのを見たジェイドは、馬に向かって「しばらく森で遊んでこい」と声をかけている。
するとなんと、毛並みの良い馬の全身が淡く光って、そこには銀色の尻尾を持つ狐が現れた。
「え? あっ、もしかして……?」
「そうだ、ギンは俺に懐いているのでな。召喚獣として側においている。リリアは死の森で会っていたな?」
やはり! あの銀妖狐の片割れだ。
見事な尻尾をフサフサ揺らし森を駆ける優雅な魔獣を、リリアは思わず凝視してしまう。
予想の斜めをいくジェイドのペットの趣味に、驚いてしまいしばらく言葉が出なかった。
「ーー……何だか、成長してる気がするわ。小狐だったはずだけど」
ようやく言葉を発したが、言いたいこととは微妙にずれたコメントとなった。
「ああ、拾った時は小狐の姿だったな」
ジェイドによると……。死の森からの帰り、川船へトンと飛び乗ったその姿は、まだ幼い狐だったそうだ。
足元に戯れてくる小狐の魔獣に、ジェイドは一緒にくるかと声をかけてみた。大人しく座り込んだ小狐に『そうだな、ではギンと呼ぼう』と名付けた途端、姿が大きくなりーーそこで遅ればせながら先ほどの銀妖狐だと気づいたそうだ。ギンはキューンと鳴くとジェイドが身に付けていた魔導具の魔石に吸い込まれるようにして消えた。
「魔導具って……もしかして、宝庫に返却された腕輪のこと?」
あの日、取り返した魔導具の腕輪には、燦々と輝く綺麗な透明な魔石が付いていた。
「そうではない。これだ」
ジェイドがそう言って片耳に手をやる。すると小さな魔石のついた耳飾りが現れた。小さなピアス型のその魔導具は非常に高価だが、珍しいものではない。貴族や裕福な家柄の子供を中心に普及している。
「ーーそれって、”お守り”……よね?」
「そうだ、この守りは位置を示すだけでなく、贈り主の呼びかけを感知できる」
子供の誘拐や迷子を防止するための魔導具は、高価なものであるため普段は見えない仕組みになっている。贈った相手が呪文を唱えると、”お守り”の位置がだいたい掴める便利な魔導具だ。リリアも幼い時は付けていたが、耳が敏感なため成長すると外した。大抵の子供は大きくなると取り外し、女性は装飾ピアスなどを代わりにつける。
……女王が過保護なのか、忙しいジェイドを呼び出すのに便利だからか、とにかくその魔導具に銀妖狐は住みついたらしい。
ジェイドがナジールから帰還した際に、その川船で起こった出来事を報告をしていると、魔導士に召喚獣として扱えるかもと助言されたそうだ。それから、魔石に籠もっていたギンを呼び出せるようになったらしい。
「ギンは役に立つ召喚獣だぞ。銀妖狐だからな、変化も見事なものだ。特に馬の用意が間に合わない緊急時などには、重宝する」
銀の毛並みも美しいその正体はだが、鉄をも引き裂く爪と牙を持ち、人を一飲みする魔獣なのだが……
ーー銀妖狐といえば気位が高く、人に懐くなんて普通では考えられない。
だいたいジェイドも、だ。召喚した魔獣と契約するならまだしも、野生の魔獣、それも最も危険とされる銀妖狐を召喚獣として平気で飼い慣らすなんて。……度量があるのか、はたまたギンをよほど気に入っているのか。ほんと信じられないことをする。
だがまあ、野原で蝶々を追いかけ飛び跳ねているギンは確かに、よく見れば愛らしい……のかも?
ーーリリアも、銀妖狐の恐ろしさはよくよく分かっているのだが……
ギンを見て、恐怖は感じず可愛いと思えるリリアも、案外その存在に慣れそうだった。
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