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侯爵令嬢はアクシデントに巻き込まれる 2
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ナデール王国の王都デルタは、水の都とも呼ばれる大きな港町である。
穏やかな湾には小島も多数あり、小舟が行き交う水路や石畳の通りにもデルタ独特の雰囲気が漂う。
街は花崗岩が土台のどっしりした建物が王家が城を構える台地の丘上まで立ち並び、街路樹の緑で彩られた美しい城下町を形成している。
高台にある王城は一望千里、優雅にそびえ立つ。白い古城からは王都やデルタ湾はもちろん、遥か遠くの大海まで見渡せた。
緑と海に恵まれた美しきデルタ……と歌い継がれる王都。
その中心には、空に向かって大きく枝を伸ばすデルタ樹がそびえ立つ。太い枝から木洩れ陽が差す中央広場は今日、ずらっと並んだ出店で賑わい、広場に入りきれない店は街道にも溢れていた。
「リリアさん、今日もご苦労様。今回の分は十五万デルだよ、はい」
大通りに立派な店を構える店主グレンは、リリアが訪れるたびにいつも人のいい笑顔で自ら対応してくれる。袋にずっしり詰まった硬貨を受け取ったリリアは、にこやかに笑い返した。
「ありがとうございます、グレンさん」
「いやいや、こちらこそ、こんな質のいいポーション売ってもらって、ほんとありがたいよ。評判良いんだよ、リリアさんのポーションはどれも」
商売上手と名の知れたグレンが、最初にリリアのポーションを買ってくれた日から、もう何年ものつきあいになる。いつきても賑やかな店内は相変わらずで、リリアはグレンの言葉を嬉しく思った。
「リリア! 元気だった? あ、そうだ。ねえねえ、今から暇?」
「タスミン! 久しぶりね、おかげさまで元気よ。えっと、今から、買い物に行こうと思ってたんだけど」
明るい顔が陽気な声とともにひょいと店の奥から現れた。グレンの次女のタスミンだ。リリアと歳が近いため、何度か店で顔を合わせるうちに仲が良くなった友達である。
「買い物って、何を買うの?」
「砂糖とか塩とか、料理に使う香辛料よ」
「なんだ。そんなの安くしてあげるから、うちで買っていきなさいよ。ついでに配達もしてあげる、それよりねえ、ちょっとつきあって」
「え? それはどうもありがとう。嬉しいけど……いったいどこに行くの?」
あれもこれもとずいぶんまけてもらって、そのうえ新しく入荷したという香辛料まで箱に詰めてもらい、「配達手配は済んだわ。さあ、行きましょう!」と誘われたリリアは、友達との久しぶりのお出かけに嬉しくなる。……半年間留守でたまった掃除のため、一足先に館へ向かったモリンは予告なしの配達にきっと驚くだろう。
リリアが二つ返事で付き添いに同意すると、使用人にてきぱき指示を出したタスミンに手を引っ張られた。するとなぜか、グレンまで手を振って見送ってくれる。
「頑張れよ、タスミン! おや、リリアさんも行くのかい? 二人とも頑張っておいで」
励ましの挨拶に、リリアは不思議そうに、だが丁寧に挨拶を返した。
「では、失礼します。グレンさんも、ご機嫌よう」
店を出たとたん、タスミンは意気揚々と告げてくる。
「今日は国の仕官募集の日よ。私、事務官に挑戦するわ!」
「えっ? そうだったの! 全然知らなかったわ……」
ナデール王国は年に二回、官職の一般募集をする。実力主義のこの国では平民も貴族も関係なく、教育を受けることができ、優秀な成績であれば、国に仕えることもできる。タスミンによると、今日がその募集の日らしかった。
「ほら、私ってば、すっごく優秀だけど次女じゃない? 店はアレン兄さんが継ぐし、事務はレスリー姉さんが全部取り仕切ってるしで、この有り余る才能を売り子で埋もれさせるのは惜しいと思うわけよ」
気合いを入れズンズン歩いていくタスミンは、「せっかくだから、挑戦してみることにしたの」とちょっと照れ笑いだ。話を聞いてリリアはなるほどと思った。歩いている人の中には、鎧姿の人もいる。いったいどこにいくのだろうと思っていたが、きっと軍に応募するだろう。
「あれ、でもこの間は、結婚するって、言ってなかった?」
半年ほど前に王都に訪れた時は、確かタスミンのデートに来ていくドレス選びにつきあったはず。だが、リリアがその話題に触れた途端、タスミンは唇を噛みしめ拳をぎゅっと握りしめた。
「そんな大昔のこと……よく覚えてたわね。いいことリリア、今は女も働いて稼ぐ時代よ! 結婚して、旦那の子供を産んで、家の掃除で終わりだなんて、私はごめんよ」
料理が苦手なタスミンは往来で叫んだ後、ボソボソと真相を語ってくれた。
タスミンが付き合っていた人は、最初は花を送ってくれたり、詩を読み上げたりとすごく熱心に求婚してきたらしい。
ところがしばらくすると、二股どころか何人もの女性と同時にデートしていたことが発覚した。なのに男はケロっとしたもので。
『本命は君だから。でもさあ、結婚しちゃったら君一人だけになっちゃうだろ。だからあ、今のうちに、いろんな娘とデートしたいんだよなあ』
あげく、タスミンの家が一番裕福だから結婚はぜひ君と……という態度だったそうだ。
持参金目当てだと知ったタスミンは、もちろんふざけるなとグーで殴った。すると男が吐いた捨てゼリフが。
『お前たち女なんて、どうせ、俺たちの稼ぎで一生暮らすだけじゃないか!』
ーーだった……その上さらに。
『ちょっと浮気するぐらい、何が悪い?』
と、逆ギレされたらしい。その最後の一言で、タスミンはキレた。
今も「あの男、今にみてらっしゃい」と拳を震わせている。
「ーーだからね、リリア。私決めたのよ。事務官になってキャリアを積んで、女を磨くのよ!」
「あ~、なるほど。そういうことなのね」
何があっても自分で稼げるようになると意気込むタスミンを、リリアはちょっと新鮮な目で見つめた。
タスミンの家はとても裕福だ。楽をしようと思えばできる立場なのに、タスミンはそれをよしとしない。他の兄妹もそれぞれ向上心旺盛な感じで、リリアはタスミンの家が繁盛しているわけが何となくわかった気がした。
そして改めて思ってしまう。
リリアもせっせと指南書を研究したおかげで、ポーションが作れるようになった。そして自分なりに工夫して改良を重ねてきたつもりだ。そのおかげでこうして慎しくも生活できているし、舞踏会へ参加するための貯金もだいぶ貯まった。けれども……
(王城の舞踏会でいい出会いに恵まれたら、結婚して……とは思っていたけど。ーーその後ってあんまり考えていなかったかも……?)
タスミンと会話を続けながらも、そんな思考が頭をよぎる。
「リリアもねえ、せっかくすごいポーション作れるんだし、宮廷魔導士とか、目指してみれば?」
「宮廷魔導士……」
「そうよ、もしもだけど。なれたら……一生生活に困らないわよ~」
ーー仕官するなんて、考えたこともなかった。けど、確かにいきなりだけど。……思わず、ありかも?と思ってしまう。モリンにも、『姫であれ、食べていかなければならない』と言われているのに、そんな道があるなんて今日まで思いつきもしなかった。
「まあ、宮廷魔導士なんて、魔法が最低でも五階梯レベルじゃないと、なれないんでしょうけど、挑戦してみてもいいんじゃない?」
思いがけない天啓に目を見張って固まってしまったリリアの腕を、引っ張ってタスミンは列の後尾に並んだ。
「うわ、結構並んでる。あ、でも進んだ、さばけるのが早いわ。今日はどっちみち申し込みだけで、テストは明日だし」
腕を取られ「ねえ、リリアもやってみない?」と言われると、リリアの心も揺れる。
「そうねえ……」
「迷ってるの? だったら、申し込みだけしてみて、今夜一晩考えてみたら?」
う~ん、あんまりにも急な話で戸惑ってしまうけど……どうしようかなと内心で首をかしげたその時、前がサッと空いた。
「はい、次の方」
「行ってくるわ、リリアも頑張って」
あ、嘘、と思った時には「はい、次の方もどうぞ」と呼ばれていた。事務官の一人がじっとこちらを見ている。そして後ろに並んでいた人が親切にも、「ほら、あなた呼ばれてるわよ」とそっと声をかけてくれた。
(っ……、取りあえず話だけでもーー)
目があった事務官に向かって歩いていく。
「こんにちは、今日はどちらに申し込みを希望されますか?」
指し示された紙を見ると、四つに分かれていた。事務官、ナデール国軍、消防警備、魔導士……
「一つ以上に申し込みもできますよ。ただし、テストの時間が重ならないように、お気をつけください」
迷いはあった。けど、自然と答えていた。
「……では、魔道士を希望します」
「魔導士ですか、それでは、ここに指を置いていただけますか?」
事務官は頷いて、丸い水晶を指し示す。簡易の魔力を測る魔道具だ。
リリアンヌがそっと指を当てると、透明な球はすぐに真っ青に色を変えた。
「はい、魔力は十分ですね。それではお名前と、ご出身の地名をお願いします」
「名前はリリア……です。えっと、オリカ出身です」
咄嗟に、今住んでいる村の名を告げた。
「テストは明日の正午から行われます。場所は王城広場、正門前です。遅刻すると失格になりますので、お気をつけください」
「はい」
そう答えて立ち去ろうとした時、警備に当たっていた騎士が一人、リストに名前を書き込んでいる事務官に近づいた。
「あの、これが申込者の列に落ちていたと届けがありまして、落とし物だと思われるんですが」
「そうですか、何でしょう」
麻袋に手をいれ取り出したものを見て、事務官は一瞬怪訝な顔をした。掌に収まるほどの小さな四角い箱が、カチコチと音を立てている。
「あ!」とつい大きな声が出た。その音を聞いたリリアは、一気に全身の血が引いて真っ青だ。忘れもしないこの音!
十数年前に突然この国に持ち込まれ、多くの犠牲者を出した爆発魔道具の起爆音と同じだ。
「ボムよっ!」
叫びながら、事務官がひっと息を飲んで落としそうになった箱を必死でキャッチする。
(この大きさなら!)
すぐさま、手の中の箱をエイっと空に向かって投げた。
『逆シールドっ』
箱の周りにシールドを張った途端に、空がピカッと光った。すべての衝撃はリリアが内壁に張ったシールドに跳ね返され、下にいた人たちの頭上にはシールドが解けた後にパラパラと金属片が落ちてきただけだ。
(っよかったーー。爆発には間に合った!)
突然のことに人々は騒然としていて、一瞬眩く光った空を見上げ何が起こったという感じで列が乱れている。その中で何があったの?という様子で呑気に手を振るタスミンにリリアはどっと安心した。
「リリア~、申し込みどうだった?」
「タスミン! 怪我はない?」
戸惑い頭を振る彼女は、どうやら事務官とのやり取りの最中で騒ぎに気づかなかったようだ。
リリアの警告の叫びや光と音の根源は、後ろにいた数人ぐらいしか気づいていない。だが、彼らは何が起こったのかは把握できていないようすだった。
呆然とした事務官に、先ほど袋を持ってきた騎士が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫です、それより、ちょっとそこのあなた、リリアと言いましたね」
「は、はい」
事務官を振り返ると、こちらに向かって「今の魔法についてっ、話をお聞きしたいのですが?」と問われた。その言葉で今のは魔法だったのかと、人々のざわめきも収まりはじめる。
「もちろんです。っけど、あのっ、男が列から逃げ去って行きます!」
列の途中で「うわぁ」と腰を抜かして座り込んでいた男が、よろよろ起き上がり逃げ出そうとしている。だが、リリアの指摘で事務官が素早く「捕まえて下さい」と命令を下し、そばにいた騎士にその場で捕獲された。
「ちょっと待て、どこへいく」
「お、俺は何にも知らねえ、ほんとだ!」
事務官はその場を収めるべく立ち上がった。
「皆さん、何でもありません。次の申し込みの方、どうぞ」
彼女のいかにも大したことではないと言う態度に人々も落ち着き、それを見届けると後ろに控えていた別の事務官と受付を交代している。
「あなたも、こちらまで来て下さい」
呼ばれて頷いたリリアは、タスミンに向かい「先に帰っててー、ちょっと話をしてくるから」と手を振った。事務官がリリアを待っているのを見て取ると、タスミンは目を丸くしたが「頑張ってね!」とぶんぶん勢いよく手を振り返してくれた。
「私は王宮で事務官をしているミルバ、と言います。リリア、あなたはボムを知っているのですね」
人々から聞こえない距離になると、ミルバは質問してきた。
知っているどころではない。リリアが幼き頃に、平和なこの国に突然もたらされた魔道具ボムによって母は亡くなったのだ。リリアの鋭い耳は悲劇の直前に聞こえたあの音をしっかり覚えていた。
この魔道具の恐ろしさは、誰でも爆発を起こせる点にある。魔力がまったくない人でも、それこそ子供でも呪文を唱えることによって。
火の魔法であることは確かだが、箱の中身は魔石ではなく禁忌魔法の原動力で動くという噂が当時まことしやかに囁かれた。が、現物はすべて爆発により消えてしまい証拠はなかった。真相は今も謎のままだ。
(母様を奪ったあのボムが、また市場に出回ってるなんて!)
時限式爆発を起こすボムの対処法は、リリアが考えたオリジナル魔法だ。それがついに役に立った。リリアの説明にミルバは「そうですか。あの時の犠牲者の娘さんなのですね」と同情するように大きく頷いた。
先ほど捕まった男は震えている。
「ほんとにしらねえんだ、俺たちは金をもらって、言われた場所にあの箱を置いただけで」
男の言葉にミルバは即座に反応した。
「俺たち? ということは他にもあるのですかっ?」
「あ、ああ、俺は試しに一つだけ街中に置いて、余興がうまくいけば綺麗な光が上がると言われたんだ」
ーー余興! どうやら男は、綺麗な光がでる箱だと言われたらしい。
「もう一つは、これよりうんとでっかい箱で、一人じゃ持てねぇから三人がかりで馬車で運んでる」
「どこにですかっ?」
「たくさんの人に見てもらえるようにって、王城広場に……」
一瞬周りがシンとした。が次の瞬間「早馬をっ」と叫んだのはミルバだ。
「もう間に合わねえよ! 俺の光が上がったら、馬車が出発したはずだ……」
泣きながら男は叫んだ。
「ボムだなんて、知らなかったんだよお!」
なんてこと! 訴える男を騎士たちに任し、ミルバは外に駆け出した。
「リリア、あなたもついて来て下さい!」
「あのっ、王城広場って、城の前なのですよねっ?」
一刻を争う事態にここからでも見える白い城を指差す。そうだと頷いて「早くあの馬に」と叫ぶミルバの腕をリリアはとっさに掴んだ。
(二人一緒なんて実行したこともないけど、森の主は確かこうやってっ)
初めて死の森に案内された日の転移魔法。それを必死に思い出した。王城を訪れたことはないが、転移先が目に見えているなら、リリアでも可能なはず。
『転移!』
一瞬周りの景色が溶けて、見慣れぬ大きな城門前に二人は立っていた。
「ここですかっ、合ってますかっ?」
「えぇぇーー⁉︎ そ、そうです、ここです!」
驚きのあまり腰を抜かしたミルバを支えたリリアの耳が、馬たちの蹄の音を捉えた。
続いて後ろから「全員止まれっ! どうどうー」と言う声が響き渡る。
「何だお前たちっ、どっから現れた⁉︎」
次の瞬間には、こちらに向かって厳しい声を浴びさせられた。
(えっ、嘘っ⁉︎、この声ってーー)
振り向いたリリアの目に、手綱を握る青銀の髪が映った。間違いない。
今朝その頬を引っ叩いたばかりの男が、ヒヒーンと嘶く馬をよしよしと宥めつつ急停止させている。後ろに続く騎士たちは、突然の停止合図に慌てて綱を引いているところだ。
ポカンとしてその姿を見つめるリリアを、紫の瞳が驚きと困惑の混ざった眼差しで見つめ返してくる。
「ジェ、ジェイド様っ、あの馬車にっ、ボムが、ボムが仕掛けられています! 今すぐここから避難をっ!」
「なっ! ミルバっ、それは確かかっ?」
だが、リリアに支えられたミルバは、腰を抜かしながらも素早く周りの状況を見取っていた。
広い広い王城前の広場のすみで、男たちが呑気そうに大きな箱をよいせと、馬車から降ろしている。見晴らしのいい広場には沢山の人々が、その景色と優雅な城を一目見るために集まっていた。
ミルバの言葉で我にかえったリリアは、男達が抱える大きな箱を目にした途端、走り出していた。
「待ってーー、止まって! 呪文を唱えちゃ、ダメーー!」
(こんな大きなボムが、王城前で爆発したらーーっ!)
それこそ甚大な被害が出る。夢中で走る耳に、こちらに気づかないまま仲間と笑いあい、意味も知らず『起動』とエルフ語で唱える声が聞こえた。カウントダウンがカチッと始まる。間に合わないーー!
咄嗟に男たちから箱を奪った腕が、ずしっと沈む。うっ重い、だけど何とか持てる。っけど逆シールドが、これだけ大きなボムに耐えられる⁉︎
(とにかくっ、人が誰もいないところに!)
「大丈夫かっ!」
『転移!』
目標位置がはっきりしないまま叫んだのと、逞しい腕が箱と自分を支えたのが同時だった。
周りの景色が溶けるといきなり、灼熱の砂だらけの景色が現れる。見渡す限り砂、砂、砂。ひとっこ一人いないーー!
「投げるわよっ」
「っよし、わかった」
訳がわからず呆然とした紫の瞳へ叫ぶと、カチコチ音が急速に鳴る箱をせいのっ、と一緒に思い切り遠くへ投げた。
『『シールドっ!』』
声が重なり、偶然にもまばゆい二重のシールドが二人の周りに張られる。途端、ドオーンという音ともにすごい量の光が箱から放たれた。地面が揺れ巨大な砂嵐が巻き起こる。きゃあと震える身体をいつの間にか逞しい身体が庇うように包み込んでくれていた。
しばらく……動けなかった。ごうごうと風が唸り視界がまったくきかない。張ったままのシールドに、パラパラと落ちる砂音が止むまで、長い間じっとしていたのだが……
「も、もう、駄目かと、思った~……」
ついにヘナヘナと座り込んでしまった。
生きてる……。手足をあちこち動かし異常がないことを確かめると、心の底からはあ~と溜め息がでた。
すると不意に、低い声が頭上でした。
「……怪我はないか?」
その響きは耳に心地よい音律で、心が落ち着いてくる。今日会ったばかりなのに、懐かしい感じがする声。
目尻に溜まった涙の滴を手の甲で拭うと、リリアは小さく頷いてゆっくり立ち上がった。
ーーそこで初めて、男の顔を真正面から見つめた。
夕陽に透けてキラキラ光る、青銀の髪。
こちらを気遣う男らしく精悍な顔立ち。そして、一目見た時から忘れられない、紫水晶のような瞳。
男が眩しく光る髪を何気なく搔き上げると、気品のある雰囲気がガラッと変わって野性味のある男らしさが加わる。
しげしげとその顔を見つめ何も言わないリリアに、男は照れたように笑った。周りの砂丘をざあっとを見渡し、汗をひと拭いすると、「熱いな」と背負った剣を取り外す。そして、そのままボタンを外しバサっと服を脱いだ。
ーー下から現れた身体はなんと逞しいのだろう。騎士服のスラっとした姿からは想像もできない、しなやかな筋肉が適度についたその鍛えられた肉体に、リリアは目を奪われた。
すると、その視線に応えるように、男の銀の睫毛に縁取られた紫水晶の瞳が光を帯びる。意思の強そうな口元はその状況を楽しんでクッと上がった。
「そんなに見られると、嬉しいがな」
どれくらいボーとしていたのだろう。
逞しくも美しいその体躯に見惚れてしまい、息を呑んで着替え中の男をじいっと見つめていた。そのことにリリアはようやく気づいた。
「き、き、きゃあ~ーー!」
砂漠の真ん中で甲高い悲鳴が、あたり一帯に響き渡った。
咄嗟に座りこみ手で顔を覆ったリリアを、笑いを含んだ低い声が「……じっくり見られたのは、こっちなんだが」と追い討ちをかけてくる。リリアの全身がピンクに染まり恥ずかしさで身悶えた。
「ヤー、ウソ、ごめんなさい、ち、違うのー」
取り留めのない言葉が次々と、勝手に口から出てしまう。
ーーそんなリリアの反応を、男は堂々とした態度ながらとても面白がっている。
「だがまあ、これで、おあいこだ。今朝の無礼は許してもらえるな」
「な、え? あっ……」
(ウソーー! 気づかれてたのーー⁉︎)
今朝は被りマントを羽織っていたから、容貌は見られていないと思い込んでいた。
どうして?という疑問より、動揺のあまり声が出ず、酸素を求めるように唇がわなわな震える。
……いきなり胸を掴まれて、失礼な男だと憤った。けど、着替え中の男性の裸をまじまじ見るなんて、自分も何て不躾なことをしてしまったのだろう。
心の中で、私のばかばか~、なんて乙女にあるまじき振る舞いをーーと叫びつつも……ドキドキが止まらない。この胸の高鳴りは決して、恥ずかしさのせいだけではない。
夕陽をバックに青銀の髪をなびかせるその姿は、ーー限りなく優雅で。それでいて、その捕食者のような雰囲気に、この人って、まるで雄々しい獣みたいーー……とつい目を奪われた。
男の身のこなしや話しかた、その態度にはむしろ自然と身に備わった洗練さも際立つというのに……
「あの、ごめんなさい。その、ボーとしてたわ。本当に、そんなつもりじゃなかったの」
リリアは自分の失礼を謝った。「今朝のことは、忘れて……」とゆっくり立ち上がる。男はいつの間にか薄手服になっていた。剣を背負いなおし楽しそうに瞳を踊らせ、自分を見つめている。うわぁ、目がバッチリ合ってしまった……
「そなた、名は何という?」
「リ、リリアよ」
恥ずかしさのあまり震える声で答えると、なぜかいよいよ上機嫌でにっこり笑いかけられた。
「そうか、リリアか、可愛らしい名だな。私は……俺はジェイドだ。これで二度も助けられたな。リリア、今朝は部下を助けてくれたそうだな。厚く礼を言う」
予想外の感謝の言葉に、ワタワタしてしまった。
「気にしないで、ただの偶然よ」
リリアの言葉にジェイドは、なぜか不適に笑う。
「偶然は2度も起こりはしない」
「え、あの……」
「ところでリリア、ここはいったい、どこだ?」
ええと、いったい、どこなのだろう……?
突然出くわした状況で、無我夢中で長距離転移をしてしまったが、この男を巻き込むつもりはなかったのだ……。小さく息を吸い込んだリリアは、本当のことを告げる。
「……ごめんなさい、私にもわからないの。急いで転移をしたものだから、場所が思いつかなくって。とにかく、人がいない遠いところ。そんな場所に飛んだはずなのだけど……」
「……わかった。とりあえず、ーー我が国ではないな」
周りを見渡し淡々と告げてくるジェイドの言葉に、リリアも思った以上に遠いところへ飛んてきた気がしてきた。
確かにナデールではない。緑の王国と呼ばれる国にこんな砂だらけの場所などない。
ナデール王国は世界に三つある大陸のうち、一番穏やかな気候に恵まれた真ん中の大陸にある。大海を挟んだ南大陸との間には島国が転々とあり、もう一つの北大陸は高い山脈を越えた海の向こうだ。
「リリア、転移の魔法で、元の場所に戻れるか?」
「……この場所がどこかさえ分かれば、戻れるわ。でも正確な場所も掴めないまま転移をしたら、今度こそどこに飛ばされるか、私にもちょっと分からないわ」
それに……この人を連れて一度の転移で戻れるのだろうか? さっきは気が動転していた。とにかく遠くへこのボムを遠ざけないとーー、としか頭になかった。転移は簡単な魔法ではない。ましてや長距離転移は今では使い手がいない第七階梯の魔法だ。魔力をものすごく消費する上、向き不向きもある。何より現在位置や目標地、いわゆる座標が頭に入っていないと上手くいかない。リリアは、転移魔法が使えると判明した幼い頃から、迷子防止のため口がすっぱくなるほどこの点を注意されていた。
「この熱さ、砂ばかりの場所……、もしかしたら南大陸、なのかも」
見渡すばかりの砂丘が、海原のように続く。この場所はきっと砂漠と呼ばれる荒れ野だ。
「……それはまた、随分と、遠いな……」
随分どころではない。間違いであって欲しいと思いつつも、自分の魔力量を自分でも測れないリリアは、今二人が立っているこの場所は、ナデールから気が遠くなるほど離れているような気がしてならない。
そして、大海を越えてきたというそのとんでもない推測にも、片眉を上げただけであくまで冷静なジェイドの反応に、ホッとするやらポウッとしてしまうやら。
つかの間砂漠を眺め、思案する姿は片手をかざし、ついと空を見上げた。
「もう陽が沈む。場所が定かでない以上、今日はもう移動しないほうがいいだろう」
「……そうね」
灼熱の太陽が砂丘の彼方へと沈んでいく。真っ赤な空を眺めていると、とりあえずあちらが西方向だと分かった。それにさっきまですごく暑かったのに、急速に空気がひんやりしてきた。けれども、周りを見渡せど砂ばかりで、このままでは火も起こせない。
「ジェイド……様? 上着をもう一度着込んだほうがいいと思うわ、もしかしたら……温度が一気に下がるのかも。騎士服は魔導服、なのよね?」
だとしたら寒さにも強いはず。暑さにも強いはずだがナデールは温暖な王国なので、ここまで暑く感じられる灼熱の気温は想定外なのだろう。騎士の魔導服は鎧がわりで、防護目的が主のものだ。
「俺は大丈夫だ。それにジェイドでいい。堅苦しい敬語は気にするな」
(え? 紹介されたばかりの騎士団の指揮官を、敬称なしで名前呼びするの……?)
そうは言ってもジェイドには独特の風格があり、きっと名のある貴族の出だと思わせる雰囲気がある。
その上、今さらなのだけど「堅苦しい敬語は」と言われて、最初に「変態」と叫んでしまったせいか勢いで大した敬語も使わず話しかけていたことにも気づいてしまった。
けれども何となくだが、彼の態度も騎士団で指揮を取っていた時より、随分とくだけている。
「それよりリリア。これを羽織っておけ」
ーー目を細めた紫水晶の瞳に見つめられると、彼の意思が明確に伝わってくる。
どうやら本気でこのままでいいと思っているようだ。
ここへ来いと瞳で呼びかけてくる彼に近づき心持ち背中を傾けると、待っていたように肩にふわりと騎士服が掛けられた。なぜかしら身体が自然と動いた。
「あ、ありがとう」
寒さが消えると同時に心が温まる。そして目に見えて頭上の空がだいぶ暗くなってきた。……ふと、見上げた遠くの空に、鳥が飛ぶ影が見える。
「あの、ジェイド、あちらに向かって鳥が飛んでいるわ。もう一度だけ、転移してみてもいいかしら? あちらの地平線までで遠くへは行かないから。……何もないかもしれないけど」
「そうだな、では、俺はどうすればいい?」
そう言えば、二人で転移となれば……
リリアは背の高い姿の腕に、そっと遠慮がちに触れた。だが、「ああ、くっつけばいいのか」と逞しい腕が躊躇なく身体に絡んでくる。それもいきなり腰を引き寄せられた。その洗練されつつも自然な態度に、リリアは内心驚きを覚えた。
(え? この男ーー)
こんなお互いの息が被るほど近くにいきなり引き寄せられても、嫌悪感をまったく感じない。
ーーリリアは村で社交ダンスを踊る時でも、何となく身を引いてしまうのに。
だけどさっきから、その遠慮ない強引さを許してしまう自分にも戸惑い『っ転移』とやけくそで叫ぶと、次の瞬間大岩が砂から突き出ている場所にでた。念のための近距離転移だったので、相変わらず周りは砂だらけだが、何もないよりマシだろう……
ジェイドは岩を見て、「お、これはいい。背中を気にしないで休める」と嬉しそうだ。
「こんなことになるのなら、ーー王都の門で解散して、市で買い食いすればよかったか」
だがすぐ、ため息まじりの呟きが聞こえた。
「オズの奴に、城はすぐだからと止められなければ」
背中の剣を外すと手元におき、岩にもたれ座っている。
ーーさすがに疲れているのだろう。リリアはそんなジェイドの姿を見つめ、その行動に思いを馳せた。
今朝の夜明け前に死の森で盗賊を追っていた。ということは、王都からかの森にたどり着き、腕輪とやらを取り戻すとすぐに引き返してきたということ。ハードスケジュールもいいとこで、お腹が空いて当たり前だ。
そういえば、リリアもなんだか急にお腹が減ってきた。いつの間にか陽は暮れて、もうゆうげ時刻だ。邸で帰りを待つモリンは、こんな遅くになっても帰ってこないリリアに、さぞかし気を揉んでいるだろう。
侍女に申し訳ないと思っていると、ふと市に立ち寄ったことを思い出した。
(そうだわ。市で買ったアレが……)
ポケットを探る。と、大好きなカカオの粉で作った焼き菓子が出てきた。モリンには「お一人で、まさかその二切れとも食べるおつもりですか?」と呆れられたのだが。滅多に食べれないからと二切れ、それも特大スライスを買っておいてほんとよかった。ジェイドの隣に座り、いそいそと大きな焼き菓子を差し出す。
「ジェイド、よかったらお一つどうぞ」
紫の瞳が嬉しそうに輝いた。
「カカオ菓子だな、俺の好物だ」
大きな手が頬を撫でてきて「ありがとう、リリア」と、焼き菓子を掴んだ。両親以外の人にこんな風に親しく触れられるのは幼い時以来で、リリアはちょっと目を見張った。が、すぐ口元が緩む。
(こんな顔してると、……やんちゃな男の子、みたい)
目を細め満面で笑うジェイドに「どういたしまして」と微笑みかえし、リリアも手の中の菓子を味わいながら食べ始めた。しめは水魔法で手のひらに生成した水だ。
「リリアは、魔導士なのか?」
「……いいえ、でも、なりたいとは思っているわ」
「だがさっきは、ミルバと一緒にいたよな?」
そういえば、ミルバは王宮で事務官をしていると言っていた。二人は知り合いらしかったし、騎士団に属するジェイドは王宮での勤務も多いのだろう。
「……ミルバさんとは、さっき会ったばかりよ。街で魔導士テストを申し込んだ時に」
「そうなのか。今までテストを受けたことは、ないのか?」
「ないわ。と言うか、本当は魔導士になるなんて考えてもいなかったのだけど」
(こんな個人的なこと……初対面の人に、いきなり話して良いのかしら…?)
そうは思うものの、なぜか彼には正直に告げていた。リリアの言葉に驚いたのか、ジェイドは目を見張る。そこでリリアは友達の話を聞いているうちに、受けてみてもいいんじゃないかと思ったことを打ち明けた。すると不思議そうに聞いてくる。
「今朝会った時も、転移魔法を使ったのだろう? しかし、こう言っては何だが、それだけのスキルがありながら、なぜ今まで受けてみようと思わなかったのだ?」
興味深そうに「あの魔法は上級魔法だろう、ならば相当勉強したはずだ」と問われ、返事に困った。確かに、魔法だけでなくその他もモリンの手を借り、元の屋敷から持ってきた蔵書でリリアはみっちり勉強した。
それを生かし果樹園やポーションを作ってみて、成果に手応えを感じ生活向上を目指してひたすら取り組んできた。だが、その後についてはよく考えていなかったのだ。いつか舞踏会に参加して、結婚相手を探そうと思っていたくらいだ。
だが、タスミンと話しているうちに、思っても見なかった考えが芽生えた。今でも、素敵な人と結婚はしたいと思う。舞踏会も完全に諦めたわけではない。けれども……
「どうしてなのかしらね? 多分、仕官するという観念がなかったのよね。だけどね、改めて考えてみて、色んなことができるようになったのだから、それをもっと生かしてみたい、と思ったの」
詳細はかなりはしょって答えたので、ジェイドは納得したような、困惑したような感じだ。
「……ここに転移する前にね、街でボムを一つ押さえ込んだのよ」
あのボム騒ぎはリリアンヌの迷う心を、決定的にした。自分の編み出した魔法が、人々の役に立ったのだ。もしかしたら、もっと役に立てるのではないか。そう強く感じた事を、ジェイドに詳しく話す。
「なるほど。それでミルバといたのか」
彼は大きく頷いた。
「だからね、できれば明日の正午のテストに間に合うように、戻りたいわ」
話を簡潔に括ると、ジェイドは心配するなと頭を撫ぜてきた。
「ミルバはとても有能だ。リリアの才能を埋もれさすようなことは、絶対しない」
「そうだと良いのだけれど。遅刻厳禁だって言われたし」
はあ、とため息が出る。すると慰めるように頭を撫でていた手が、肩を抱き寄せ語りかけてきた。
「リリア、見てみろ、月が綺麗だぞ」
不思議と心が落ち着く声ににつられ、顔を上げたリリアは思わず息をのんだ。
凄いーー。月の光で砂が銀色に染まり、キラキラ光っている。見たこともない大きな満月が、星が瞬く夜空に浮かんでいた。
優しい黄金の月と銀の砂漠と、濃紺の空に流れる天の川ーー……
異国で過ごす初めての夜。生まれて初めて目にする夜景は、ちょっぴり不安を抱えていた心を大きく震わせる。
「ーーなんて、綺麗なのーー……」
「デルタの夜景も素晴らしいが。……ここもまた違った趣で、とてもいい」
しばらくはひたすら黙って、その幻想的な月を見つめていた。そうしたら、お腹も満足したからか、急にまぶたが重くなってきた。うとうとし始めた身体を暖かい腕が抱きこんでくる。
「……こんな夜景を楽しめるのも、リリアのおかげだな、お疲れさま。今夜はもう、ゆっくり休め」
……今日は朝から、なんて予想外のことばかりが起こる一日だったのだろう。
ジェイドの囁きで鼓膜が震えると、リリアは心身ともに安心感に包まれ深い眠りに落ちていった。
穏やかな湾には小島も多数あり、小舟が行き交う水路や石畳の通りにもデルタ独特の雰囲気が漂う。
街は花崗岩が土台のどっしりした建物が王家が城を構える台地の丘上まで立ち並び、街路樹の緑で彩られた美しい城下町を形成している。
高台にある王城は一望千里、優雅にそびえ立つ。白い古城からは王都やデルタ湾はもちろん、遥か遠くの大海まで見渡せた。
緑と海に恵まれた美しきデルタ……と歌い継がれる王都。
その中心には、空に向かって大きく枝を伸ばすデルタ樹がそびえ立つ。太い枝から木洩れ陽が差す中央広場は今日、ずらっと並んだ出店で賑わい、広場に入りきれない店は街道にも溢れていた。
「リリアさん、今日もご苦労様。今回の分は十五万デルだよ、はい」
大通りに立派な店を構える店主グレンは、リリアが訪れるたびにいつも人のいい笑顔で自ら対応してくれる。袋にずっしり詰まった硬貨を受け取ったリリアは、にこやかに笑い返した。
「ありがとうございます、グレンさん」
「いやいや、こちらこそ、こんな質のいいポーション売ってもらって、ほんとありがたいよ。評判良いんだよ、リリアさんのポーションはどれも」
商売上手と名の知れたグレンが、最初にリリアのポーションを買ってくれた日から、もう何年ものつきあいになる。いつきても賑やかな店内は相変わらずで、リリアはグレンの言葉を嬉しく思った。
「リリア! 元気だった? あ、そうだ。ねえねえ、今から暇?」
「タスミン! 久しぶりね、おかげさまで元気よ。えっと、今から、買い物に行こうと思ってたんだけど」
明るい顔が陽気な声とともにひょいと店の奥から現れた。グレンの次女のタスミンだ。リリアと歳が近いため、何度か店で顔を合わせるうちに仲が良くなった友達である。
「買い物って、何を買うの?」
「砂糖とか塩とか、料理に使う香辛料よ」
「なんだ。そんなの安くしてあげるから、うちで買っていきなさいよ。ついでに配達もしてあげる、それよりねえ、ちょっとつきあって」
「え? それはどうもありがとう。嬉しいけど……いったいどこに行くの?」
あれもこれもとずいぶんまけてもらって、そのうえ新しく入荷したという香辛料まで箱に詰めてもらい、「配達手配は済んだわ。さあ、行きましょう!」と誘われたリリアは、友達との久しぶりのお出かけに嬉しくなる。……半年間留守でたまった掃除のため、一足先に館へ向かったモリンは予告なしの配達にきっと驚くだろう。
リリアが二つ返事で付き添いに同意すると、使用人にてきぱき指示を出したタスミンに手を引っ張られた。するとなぜか、グレンまで手を振って見送ってくれる。
「頑張れよ、タスミン! おや、リリアさんも行くのかい? 二人とも頑張っておいで」
励ましの挨拶に、リリアは不思議そうに、だが丁寧に挨拶を返した。
「では、失礼します。グレンさんも、ご機嫌よう」
店を出たとたん、タスミンは意気揚々と告げてくる。
「今日は国の仕官募集の日よ。私、事務官に挑戦するわ!」
「えっ? そうだったの! 全然知らなかったわ……」
ナデール王国は年に二回、官職の一般募集をする。実力主義のこの国では平民も貴族も関係なく、教育を受けることができ、優秀な成績であれば、国に仕えることもできる。タスミンによると、今日がその募集の日らしかった。
「ほら、私ってば、すっごく優秀だけど次女じゃない? 店はアレン兄さんが継ぐし、事務はレスリー姉さんが全部取り仕切ってるしで、この有り余る才能を売り子で埋もれさせるのは惜しいと思うわけよ」
気合いを入れズンズン歩いていくタスミンは、「せっかくだから、挑戦してみることにしたの」とちょっと照れ笑いだ。話を聞いてリリアはなるほどと思った。歩いている人の中には、鎧姿の人もいる。いったいどこにいくのだろうと思っていたが、きっと軍に応募するだろう。
「あれ、でもこの間は、結婚するって、言ってなかった?」
半年ほど前に王都に訪れた時は、確かタスミンのデートに来ていくドレス選びにつきあったはず。だが、リリアがその話題に触れた途端、タスミンは唇を噛みしめ拳をぎゅっと握りしめた。
「そんな大昔のこと……よく覚えてたわね。いいことリリア、今は女も働いて稼ぐ時代よ! 結婚して、旦那の子供を産んで、家の掃除で終わりだなんて、私はごめんよ」
料理が苦手なタスミンは往来で叫んだ後、ボソボソと真相を語ってくれた。
タスミンが付き合っていた人は、最初は花を送ってくれたり、詩を読み上げたりとすごく熱心に求婚してきたらしい。
ところがしばらくすると、二股どころか何人もの女性と同時にデートしていたことが発覚した。なのに男はケロっとしたもので。
『本命は君だから。でもさあ、結婚しちゃったら君一人だけになっちゃうだろ。だからあ、今のうちに、いろんな娘とデートしたいんだよなあ』
あげく、タスミンの家が一番裕福だから結婚はぜひ君と……という態度だったそうだ。
持参金目当てだと知ったタスミンは、もちろんふざけるなとグーで殴った。すると男が吐いた捨てゼリフが。
『お前たち女なんて、どうせ、俺たちの稼ぎで一生暮らすだけじゃないか!』
ーーだった……その上さらに。
『ちょっと浮気するぐらい、何が悪い?』
と、逆ギレされたらしい。その最後の一言で、タスミンはキレた。
今も「あの男、今にみてらっしゃい」と拳を震わせている。
「ーーだからね、リリア。私決めたのよ。事務官になってキャリアを積んで、女を磨くのよ!」
「あ~、なるほど。そういうことなのね」
何があっても自分で稼げるようになると意気込むタスミンを、リリアはちょっと新鮮な目で見つめた。
タスミンの家はとても裕福だ。楽をしようと思えばできる立場なのに、タスミンはそれをよしとしない。他の兄妹もそれぞれ向上心旺盛な感じで、リリアはタスミンの家が繁盛しているわけが何となくわかった気がした。
そして改めて思ってしまう。
リリアもせっせと指南書を研究したおかげで、ポーションが作れるようになった。そして自分なりに工夫して改良を重ねてきたつもりだ。そのおかげでこうして慎しくも生活できているし、舞踏会へ参加するための貯金もだいぶ貯まった。けれども……
(王城の舞踏会でいい出会いに恵まれたら、結婚して……とは思っていたけど。ーーその後ってあんまり考えていなかったかも……?)
タスミンと会話を続けながらも、そんな思考が頭をよぎる。
「リリアもねえ、せっかくすごいポーション作れるんだし、宮廷魔導士とか、目指してみれば?」
「宮廷魔導士……」
「そうよ、もしもだけど。なれたら……一生生活に困らないわよ~」
ーー仕官するなんて、考えたこともなかった。けど、確かにいきなりだけど。……思わず、ありかも?と思ってしまう。モリンにも、『姫であれ、食べていかなければならない』と言われているのに、そんな道があるなんて今日まで思いつきもしなかった。
「まあ、宮廷魔導士なんて、魔法が最低でも五階梯レベルじゃないと、なれないんでしょうけど、挑戦してみてもいいんじゃない?」
思いがけない天啓に目を見張って固まってしまったリリアの腕を、引っ張ってタスミンは列の後尾に並んだ。
「うわ、結構並んでる。あ、でも進んだ、さばけるのが早いわ。今日はどっちみち申し込みだけで、テストは明日だし」
腕を取られ「ねえ、リリアもやってみない?」と言われると、リリアの心も揺れる。
「そうねえ……」
「迷ってるの? だったら、申し込みだけしてみて、今夜一晩考えてみたら?」
う~ん、あんまりにも急な話で戸惑ってしまうけど……どうしようかなと内心で首をかしげたその時、前がサッと空いた。
「はい、次の方」
「行ってくるわ、リリアも頑張って」
あ、嘘、と思った時には「はい、次の方もどうぞ」と呼ばれていた。事務官の一人がじっとこちらを見ている。そして後ろに並んでいた人が親切にも、「ほら、あなた呼ばれてるわよ」とそっと声をかけてくれた。
(っ……、取りあえず話だけでもーー)
目があった事務官に向かって歩いていく。
「こんにちは、今日はどちらに申し込みを希望されますか?」
指し示された紙を見ると、四つに分かれていた。事務官、ナデール国軍、消防警備、魔導士……
「一つ以上に申し込みもできますよ。ただし、テストの時間が重ならないように、お気をつけください」
迷いはあった。けど、自然と答えていた。
「……では、魔道士を希望します」
「魔導士ですか、それでは、ここに指を置いていただけますか?」
事務官は頷いて、丸い水晶を指し示す。簡易の魔力を測る魔道具だ。
リリアンヌがそっと指を当てると、透明な球はすぐに真っ青に色を変えた。
「はい、魔力は十分ですね。それではお名前と、ご出身の地名をお願いします」
「名前はリリア……です。えっと、オリカ出身です」
咄嗟に、今住んでいる村の名を告げた。
「テストは明日の正午から行われます。場所は王城広場、正門前です。遅刻すると失格になりますので、お気をつけください」
「はい」
そう答えて立ち去ろうとした時、警備に当たっていた騎士が一人、リストに名前を書き込んでいる事務官に近づいた。
「あの、これが申込者の列に落ちていたと届けがありまして、落とし物だと思われるんですが」
「そうですか、何でしょう」
麻袋に手をいれ取り出したものを見て、事務官は一瞬怪訝な顔をした。掌に収まるほどの小さな四角い箱が、カチコチと音を立てている。
「あ!」とつい大きな声が出た。その音を聞いたリリアは、一気に全身の血が引いて真っ青だ。忘れもしないこの音!
十数年前に突然この国に持ち込まれ、多くの犠牲者を出した爆発魔道具の起爆音と同じだ。
「ボムよっ!」
叫びながら、事務官がひっと息を飲んで落としそうになった箱を必死でキャッチする。
(この大きさなら!)
すぐさま、手の中の箱をエイっと空に向かって投げた。
『逆シールドっ』
箱の周りにシールドを張った途端に、空がピカッと光った。すべての衝撃はリリアが内壁に張ったシールドに跳ね返され、下にいた人たちの頭上にはシールドが解けた後にパラパラと金属片が落ちてきただけだ。
(っよかったーー。爆発には間に合った!)
突然のことに人々は騒然としていて、一瞬眩く光った空を見上げ何が起こったという感じで列が乱れている。その中で何があったの?という様子で呑気に手を振るタスミンにリリアはどっと安心した。
「リリア~、申し込みどうだった?」
「タスミン! 怪我はない?」
戸惑い頭を振る彼女は、どうやら事務官とのやり取りの最中で騒ぎに気づかなかったようだ。
リリアの警告の叫びや光と音の根源は、後ろにいた数人ぐらいしか気づいていない。だが、彼らは何が起こったのかは把握できていないようすだった。
呆然とした事務官に、先ほど袋を持ってきた騎士が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫です、それより、ちょっとそこのあなた、リリアと言いましたね」
「は、はい」
事務官を振り返ると、こちらに向かって「今の魔法についてっ、話をお聞きしたいのですが?」と問われた。その言葉で今のは魔法だったのかと、人々のざわめきも収まりはじめる。
「もちろんです。っけど、あのっ、男が列から逃げ去って行きます!」
列の途中で「うわぁ」と腰を抜かして座り込んでいた男が、よろよろ起き上がり逃げ出そうとしている。だが、リリアの指摘で事務官が素早く「捕まえて下さい」と命令を下し、そばにいた騎士にその場で捕獲された。
「ちょっと待て、どこへいく」
「お、俺は何にも知らねえ、ほんとだ!」
事務官はその場を収めるべく立ち上がった。
「皆さん、何でもありません。次の申し込みの方、どうぞ」
彼女のいかにも大したことではないと言う態度に人々も落ち着き、それを見届けると後ろに控えていた別の事務官と受付を交代している。
「あなたも、こちらまで来て下さい」
呼ばれて頷いたリリアは、タスミンに向かい「先に帰っててー、ちょっと話をしてくるから」と手を振った。事務官がリリアを待っているのを見て取ると、タスミンは目を丸くしたが「頑張ってね!」とぶんぶん勢いよく手を振り返してくれた。
「私は王宮で事務官をしているミルバ、と言います。リリア、あなたはボムを知っているのですね」
人々から聞こえない距離になると、ミルバは質問してきた。
知っているどころではない。リリアが幼き頃に、平和なこの国に突然もたらされた魔道具ボムによって母は亡くなったのだ。リリアの鋭い耳は悲劇の直前に聞こえたあの音をしっかり覚えていた。
この魔道具の恐ろしさは、誰でも爆発を起こせる点にある。魔力がまったくない人でも、それこそ子供でも呪文を唱えることによって。
火の魔法であることは確かだが、箱の中身は魔石ではなく禁忌魔法の原動力で動くという噂が当時まことしやかに囁かれた。が、現物はすべて爆発により消えてしまい証拠はなかった。真相は今も謎のままだ。
(母様を奪ったあのボムが、また市場に出回ってるなんて!)
時限式爆発を起こすボムの対処法は、リリアが考えたオリジナル魔法だ。それがついに役に立った。リリアの説明にミルバは「そうですか。あの時の犠牲者の娘さんなのですね」と同情するように大きく頷いた。
先ほど捕まった男は震えている。
「ほんとにしらねえんだ、俺たちは金をもらって、言われた場所にあの箱を置いただけで」
男の言葉にミルバは即座に反応した。
「俺たち? ということは他にもあるのですかっ?」
「あ、ああ、俺は試しに一つだけ街中に置いて、余興がうまくいけば綺麗な光が上がると言われたんだ」
ーー余興! どうやら男は、綺麗な光がでる箱だと言われたらしい。
「もう一つは、これよりうんとでっかい箱で、一人じゃ持てねぇから三人がかりで馬車で運んでる」
「どこにですかっ?」
「たくさんの人に見てもらえるようにって、王城広場に……」
一瞬周りがシンとした。が次の瞬間「早馬をっ」と叫んだのはミルバだ。
「もう間に合わねえよ! 俺の光が上がったら、馬車が出発したはずだ……」
泣きながら男は叫んだ。
「ボムだなんて、知らなかったんだよお!」
なんてこと! 訴える男を騎士たちに任し、ミルバは外に駆け出した。
「リリア、あなたもついて来て下さい!」
「あのっ、王城広場って、城の前なのですよねっ?」
一刻を争う事態にここからでも見える白い城を指差す。そうだと頷いて「早くあの馬に」と叫ぶミルバの腕をリリアはとっさに掴んだ。
(二人一緒なんて実行したこともないけど、森の主は確かこうやってっ)
初めて死の森に案内された日の転移魔法。それを必死に思い出した。王城を訪れたことはないが、転移先が目に見えているなら、リリアでも可能なはず。
『転移!』
一瞬周りの景色が溶けて、見慣れぬ大きな城門前に二人は立っていた。
「ここですかっ、合ってますかっ?」
「えぇぇーー⁉︎ そ、そうです、ここです!」
驚きのあまり腰を抜かしたミルバを支えたリリアの耳が、馬たちの蹄の音を捉えた。
続いて後ろから「全員止まれっ! どうどうー」と言う声が響き渡る。
「何だお前たちっ、どっから現れた⁉︎」
次の瞬間には、こちらに向かって厳しい声を浴びさせられた。
(えっ、嘘っ⁉︎、この声ってーー)
振り向いたリリアの目に、手綱を握る青銀の髪が映った。間違いない。
今朝その頬を引っ叩いたばかりの男が、ヒヒーンと嘶く馬をよしよしと宥めつつ急停止させている。後ろに続く騎士たちは、突然の停止合図に慌てて綱を引いているところだ。
ポカンとしてその姿を見つめるリリアを、紫の瞳が驚きと困惑の混ざった眼差しで見つめ返してくる。
「ジェ、ジェイド様っ、あの馬車にっ、ボムが、ボムが仕掛けられています! 今すぐここから避難をっ!」
「なっ! ミルバっ、それは確かかっ?」
だが、リリアに支えられたミルバは、腰を抜かしながらも素早く周りの状況を見取っていた。
広い広い王城前の広場のすみで、男たちが呑気そうに大きな箱をよいせと、馬車から降ろしている。見晴らしのいい広場には沢山の人々が、その景色と優雅な城を一目見るために集まっていた。
ミルバの言葉で我にかえったリリアは、男達が抱える大きな箱を目にした途端、走り出していた。
「待ってーー、止まって! 呪文を唱えちゃ、ダメーー!」
(こんな大きなボムが、王城前で爆発したらーーっ!)
それこそ甚大な被害が出る。夢中で走る耳に、こちらに気づかないまま仲間と笑いあい、意味も知らず『起動』とエルフ語で唱える声が聞こえた。カウントダウンがカチッと始まる。間に合わないーー!
咄嗟に男たちから箱を奪った腕が、ずしっと沈む。うっ重い、だけど何とか持てる。っけど逆シールドが、これだけ大きなボムに耐えられる⁉︎
(とにかくっ、人が誰もいないところに!)
「大丈夫かっ!」
『転移!』
目標位置がはっきりしないまま叫んだのと、逞しい腕が箱と自分を支えたのが同時だった。
周りの景色が溶けるといきなり、灼熱の砂だらけの景色が現れる。見渡す限り砂、砂、砂。ひとっこ一人いないーー!
「投げるわよっ」
「っよし、わかった」
訳がわからず呆然とした紫の瞳へ叫ぶと、カチコチ音が急速に鳴る箱をせいのっ、と一緒に思い切り遠くへ投げた。
『『シールドっ!』』
声が重なり、偶然にもまばゆい二重のシールドが二人の周りに張られる。途端、ドオーンという音ともにすごい量の光が箱から放たれた。地面が揺れ巨大な砂嵐が巻き起こる。きゃあと震える身体をいつの間にか逞しい身体が庇うように包み込んでくれていた。
しばらく……動けなかった。ごうごうと風が唸り視界がまったくきかない。張ったままのシールドに、パラパラと落ちる砂音が止むまで、長い間じっとしていたのだが……
「も、もう、駄目かと、思った~……」
ついにヘナヘナと座り込んでしまった。
生きてる……。手足をあちこち動かし異常がないことを確かめると、心の底からはあ~と溜め息がでた。
すると不意に、低い声が頭上でした。
「……怪我はないか?」
その響きは耳に心地よい音律で、心が落ち着いてくる。今日会ったばかりなのに、懐かしい感じがする声。
目尻に溜まった涙の滴を手の甲で拭うと、リリアは小さく頷いてゆっくり立ち上がった。
ーーそこで初めて、男の顔を真正面から見つめた。
夕陽に透けてキラキラ光る、青銀の髪。
こちらを気遣う男らしく精悍な顔立ち。そして、一目見た時から忘れられない、紫水晶のような瞳。
男が眩しく光る髪を何気なく搔き上げると、気品のある雰囲気がガラッと変わって野性味のある男らしさが加わる。
しげしげとその顔を見つめ何も言わないリリアに、男は照れたように笑った。周りの砂丘をざあっとを見渡し、汗をひと拭いすると、「熱いな」と背負った剣を取り外す。そして、そのままボタンを外しバサっと服を脱いだ。
ーー下から現れた身体はなんと逞しいのだろう。騎士服のスラっとした姿からは想像もできない、しなやかな筋肉が適度についたその鍛えられた肉体に、リリアは目を奪われた。
すると、その視線に応えるように、男の銀の睫毛に縁取られた紫水晶の瞳が光を帯びる。意思の強そうな口元はその状況を楽しんでクッと上がった。
「そんなに見られると、嬉しいがな」
どれくらいボーとしていたのだろう。
逞しくも美しいその体躯に見惚れてしまい、息を呑んで着替え中の男をじいっと見つめていた。そのことにリリアはようやく気づいた。
「き、き、きゃあ~ーー!」
砂漠の真ん中で甲高い悲鳴が、あたり一帯に響き渡った。
咄嗟に座りこみ手で顔を覆ったリリアを、笑いを含んだ低い声が「……じっくり見られたのは、こっちなんだが」と追い討ちをかけてくる。リリアの全身がピンクに染まり恥ずかしさで身悶えた。
「ヤー、ウソ、ごめんなさい、ち、違うのー」
取り留めのない言葉が次々と、勝手に口から出てしまう。
ーーそんなリリアの反応を、男は堂々とした態度ながらとても面白がっている。
「だがまあ、これで、おあいこだ。今朝の無礼は許してもらえるな」
「な、え? あっ……」
(ウソーー! 気づかれてたのーー⁉︎)
今朝は被りマントを羽織っていたから、容貌は見られていないと思い込んでいた。
どうして?という疑問より、動揺のあまり声が出ず、酸素を求めるように唇がわなわな震える。
……いきなり胸を掴まれて、失礼な男だと憤った。けど、着替え中の男性の裸をまじまじ見るなんて、自分も何て不躾なことをしてしまったのだろう。
心の中で、私のばかばか~、なんて乙女にあるまじき振る舞いをーーと叫びつつも……ドキドキが止まらない。この胸の高鳴りは決して、恥ずかしさのせいだけではない。
夕陽をバックに青銀の髪をなびかせるその姿は、ーー限りなく優雅で。それでいて、その捕食者のような雰囲気に、この人って、まるで雄々しい獣みたいーー……とつい目を奪われた。
男の身のこなしや話しかた、その態度にはむしろ自然と身に備わった洗練さも際立つというのに……
「あの、ごめんなさい。その、ボーとしてたわ。本当に、そんなつもりじゃなかったの」
リリアは自分の失礼を謝った。「今朝のことは、忘れて……」とゆっくり立ち上がる。男はいつの間にか薄手服になっていた。剣を背負いなおし楽しそうに瞳を踊らせ、自分を見つめている。うわぁ、目がバッチリ合ってしまった……
「そなた、名は何という?」
「リ、リリアよ」
恥ずかしさのあまり震える声で答えると、なぜかいよいよ上機嫌でにっこり笑いかけられた。
「そうか、リリアか、可愛らしい名だな。私は……俺はジェイドだ。これで二度も助けられたな。リリア、今朝は部下を助けてくれたそうだな。厚く礼を言う」
予想外の感謝の言葉に、ワタワタしてしまった。
「気にしないで、ただの偶然よ」
リリアの言葉にジェイドは、なぜか不適に笑う。
「偶然は2度も起こりはしない」
「え、あの……」
「ところでリリア、ここはいったい、どこだ?」
ええと、いったい、どこなのだろう……?
突然出くわした状況で、無我夢中で長距離転移をしてしまったが、この男を巻き込むつもりはなかったのだ……。小さく息を吸い込んだリリアは、本当のことを告げる。
「……ごめんなさい、私にもわからないの。急いで転移をしたものだから、場所が思いつかなくって。とにかく、人がいない遠いところ。そんな場所に飛んだはずなのだけど……」
「……わかった。とりあえず、ーー我が国ではないな」
周りを見渡し淡々と告げてくるジェイドの言葉に、リリアも思った以上に遠いところへ飛んてきた気がしてきた。
確かにナデールではない。緑の王国と呼ばれる国にこんな砂だらけの場所などない。
ナデール王国は世界に三つある大陸のうち、一番穏やかな気候に恵まれた真ん中の大陸にある。大海を挟んだ南大陸との間には島国が転々とあり、もう一つの北大陸は高い山脈を越えた海の向こうだ。
「リリア、転移の魔法で、元の場所に戻れるか?」
「……この場所がどこかさえ分かれば、戻れるわ。でも正確な場所も掴めないまま転移をしたら、今度こそどこに飛ばされるか、私にもちょっと分からないわ」
それに……この人を連れて一度の転移で戻れるのだろうか? さっきは気が動転していた。とにかく遠くへこのボムを遠ざけないとーー、としか頭になかった。転移は簡単な魔法ではない。ましてや長距離転移は今では使い手がいない第七階梯の魔法だ。魔力をものすごく消費する上、向き不向きもある。何より現在位置や目標地、いわゆる座標が頭に入っていないと上手くいかない。リリアは、転移魔法が使えると判明した幼い頃から、迷子防止のため口がすっぱくなるほどこの点を注意されていた。
「この熱さ、砂ばかりの場所……、もしかしたら南大陸、なのかも」
見渡すばかりの砂丘が、海原のように続く。この場所はきっと砂漠と呼ばれる荒れ野だ。
「……それはまた、随分と、遠いな……」
随分どころではない。間違いであって欲しいと思いつつも、自分の魔力量を自分でも測れないリリアは、今二人が立っているこの場所は、ナデールから気が遠くなるほど離れているような気がしてならない。
そして、大海を越えてきたというそのとんでもない推測にも、片眉を上げただけであくまで冷静なジェイドの反応に、ホッとするやらポウッとしてしまうやら。
つかの間砂漠を眺め、思案する姿は片手をかざし、ついと空を見上げた。
「もう陽が沈む。場所が定かでない以上、今日はもう移動しないほうがいいだろう」
「……そうね」
灼熱の太陽が砂丘の彼方へと沈んでいく。真っ赤な空を眺めていると、とりあえずあちらが西方向だと分かった。それにさっきまですごく暑かったのに、急速に空気がひんやりしてきた。けれども、周りを見渡せど砂ばかりで、このままでは火も起こせない。
「ジェイド……様? 上着をもう一度着込んだほうがいいと思うわ、もしかしたら……温度が一気に下がるのかも。騎士服は魔導服、なのよね?」
だとしたら寒さにも強いはず。暑さにも強いはずだがナデールは温暖な王国なので、ここまで暑く感じられる灼熱の気温は想定外なのだろう。騎士の魔導服は鎧がわりで、防護目的が主のものだ。
「俺は大丈夫だ。それにジェイドでいい。堅苦しい敬語は気にするな」
(え? 紹介されたばかりの騎士団の指揮官を、敬称なしで名前呼びするの……?)
そうは言ってもジェイドには独特の風格があり、きっと名のある貴族の出だと思わせる雰囲気がある。
その上、今さらなのだけど「堅苦しい敬語は」と言われて、最初に「変態」と叫んでしまったせいか勢いで大した敬語も使わず話しかけていたことにも気づいてしまった。
けれども何となくだが、彼の態度も騎士団で指揮を取っていた時より、随分とくだけている。
「それよりリリア。これを羽織っておけ」
ーー目を細めた紫水晶の瞳に見つめられると、彼の意思が明確に伝わってくる。
どうやら本気でこのままでいいと思っているようだ。
ここへ来いと瞳で呼びかけてくる彼に近づき心持ち背中を傾けると、待っていたように肩にふわりと騎士服が掛けられた。なぜかしら身体が自然と動いた。
「あ、ありがとう」
寒さが消えると同時に心が温まる。そして目に見えて頭上の空がだいぶ暗くなってきた。……ふと、見上げた遠くの空に、鳥が飛ぶ影が見える。
「あの、ジェイド、あちらに向かって鳥が飛んでいるわ。もう一度だけ、転移してみてもいいかしら? あちらの地平線までで遠くへは行かないから。……何もないかもしれないけど」
「そうだな、では、俺はどうすればいい?」
そう言えば、二人で転移となれば……
リリアは背の高い姿の腕に、そっと遠慮がちに触れた。だが、「ああ、くっつけばいいのか」と逞しい腕が躊躇なく身体に絡んでくる。それもいきなり腰を引き寄せられた。その洗練されつつも自然な態度に、リリアは内心驚きを覚えた。
(え? この男ーー)
こんなお互いの息が被るほど近くにいきなり引き寄せられても、嫌悪感をまったく感じない。
ーーリリアは村で社交ダンスを踊る時でも、何となく身を引いてしまうのに。
だけどさっきから、その遠慮ない強引さを許してしまう自分にも戸惑い『っ転移』とやけくそで叫ぶと、次の瞬間大岩が砂から突き出ている場所にでた。念のための近距離転移だったので、相変わらず周りは砂だらけだが、何もないよりマシだろう……
ジェイドは岩を見て、「お、これはいい。背中を気にしないで休める」と嬉しそうだ。
「こんなことになるのなら、ーー王都の門で解散して、市で買い食いすればよかったか」
だがすぐ、ため息まじりの呟きが聞こえた。
「オズの奴に、城はすぐだからと止められなければ」
背中の剣を外すと手元におき、岩にもたれ座っている。
ーーさすがに疲れているのだろう。リリアはそんなジェイドの姿を見つめ、その行動に思いを馳せた。
今朝の夜明け前に死の森で盗賊を追っていた。ということは、王都からかの森にたどり着き、腕輪とやらを取り戻すとすぐに引き返してきたということ。ハードスケジュールもいいとこで、お腹が空いて当たり前だ。
そういえば、リリアもなんだか急にお腹が減ってきた。いつの間にか陽は暮れて、もうゆうげ時刻だ。邸で帰りを待つモリンは、こんな遅くになっても帰ってこないリリアに、さぞかし気を揉んでいるだろう。
侍女に申し訳ないと思っていると、ふと市に立ち寄ったことを思い出した。
(そうだわ。市で買ったアレが……)
ポケットを探る。と、大好きなカカオの粉で作った焼き菓子が出てきた。モリンには「お一人で、まさかその二切れとも食べるおつもりですか?」と呆れられたのだが。滅多に食べれないからと二切れ、それも特大スライスを買っておいてほんとよかった。ジェイドの隣に座り、いそいそと大きな焼き菓子を差し出す。
「ジェイド、よかったらお一つどうぞ」
紫の瞳が嬉しそうに輝いた。
「カカオ菓子だな、俺の好物だ」
大きな手が頬を撫でてきて「ありがとう、リリア」と、焼き菓子を掴んだ。両親以外の人にこんな風に親しく触れられるのは幼い時以来で、リリアはちょっと目を見張った。が、すぐ口元が緩む。
(こんな顔してると、……やんちゃな男の子、みたい)
目を細め満面で笑うジェイドに「どういたしまして」と微笑みかえし、リリアも手の中の菓子を味わいながら食べ始めた。しめは水魔法で手のひらに生成した水だ。
「リリアは、魔導士なのか?」
「……いいえ、でも、なりたいとは思っているわ」
「だがさっきは、ミルバと一緒にいたよな?」
そういえば、ミルバは王宮で事務官をしていると言っていた。二人は知り合いらしかったし、騎士団に属するジェイドは王宮での勤務も多いのだろう。
「……ミルバさんとは、さっき会ったばかりよ。街で魔導士テストを申し込んだ時に」
「そうなのか。今までテストを受けたことは、ないのか?」
「ないわ。と言うか、本当は魔導士になるなんて考えてもいなかったのだけど」
(こんな個人的なこと……初対面の人に、いきなり話して良いのかしら…?)
そうは思うものの、なぜか彼には正直に告げていた。リリアの言葉に驚いたのか、ジェイドは目を見張る。そこでリリアは友達の話を聞いているうちに、受けてみてもいいんじゃないかと思ったことを打ち明けた。すると不思議そうに聞いてくる。
「今朝会った時も、転移魔法を使ったのだろう? しかし、こう言っては何だが、それだけのスキルがありながら、なぜ今まで受けてみようと思わなかったのだ?」
興味深そうに「あの魔法は上級魔法だろう、ならば相当勉強したはずだ」と問われ、返事に困った。確かに、魔法だけでなくその他もモリンの手を借り、元の屋敷から持ってきた蔵書でリリアはみっちり勉強した。
それを生かし果樹園やポーションを作ってみて、成果に手応えを感じ生活向上を目指してひたすら取り組んできた。だが、その後についてはよく考えていなかったのだ。いつか舞踏会に参加して、結婚相手を探そうと思っていたくらいだ。
だが、タスミンと話しているうちに、思っても見なかった考えが芽生えた。今でも、素敵な人と結婚はしたいと思う。舞踏会も完全に諦めたわけではない。けれども……
「どうしてなのかしらね? 多分、仕官するという観念がなかったのよね。だけどね、改めて考えてみて、色んなことができるようになったのだから、それをもっと生かしてみたい、と思ったの」
詳細はかなりはしょって答えたので、ジェイドは納得したような、困惑したような感じだ。
「……ここに転移する前にね、街でボムを一つ押さえ込んだのよ」
あのボム騒ぎはリリアンヌの迷う心を、決定的にした。自分の編み出した魔法が、人々の役に立ったのだ。もしかしたら、もっと役に立てるのではないか。そう強く感じた事を、ジェイドに詳しく話す。
「なるほど。それでミルバといたのか」
彼は大きく頷いた。
「だからね、できれば明日の正午のテストに間に合うように、戻りたいわ」
話を簡潔に括ると、ジェイドは心配するなと頭を撫ぜてきた。
「ミルバはとても有能だ。リリアの才能を埋もれさすようなことは、絶対しない」
「そうだと良いのだけれど。遅刻厳禁だって言われたし」
はあ、とため息が出る。すると慰めるように頭を撫でていた手が、肩を抱き寄せ語りかけてきた。
「リリア、見てみろ、月が綺麗だぞ」
不思議と心が落ち着く声ににつられ、顔を上げたリリアは思わず息をのんだ。
凄いーー。月の光で砂が銀色に染まり、キラキラ光っている。見たこともない大きな満月が、星が瞬く夜空に浮かんでいた。
優しい黄金の月と銀の砂漠と、濃紺の空に流れる天の川ーー……
異国で過ごす初めての夜。生まれて初めて目にする夜景は、ちょっぴり不安を抱えていた心を大きく震わせる。
「ーーなんて、綺麗なのーー……」
「デルタの夜景も素晴らしいが。……ここもまた違った趣で、とてもいい」
しばらくはひたすら黙って、その幻想的な月を見つめていた。そうしたら、お腹も満足したからか、急にまぶたが重くなってきた。うとうとし始めた身体を暖かい腕が抱きこんでくる。
「……こんな夜景を楽しめるのも、リリアのおかげだな、お疲れさま。今夜はもう、ゆっくり休め」
……今日は朝から、なんて予想外のことばかりが起こる一日だったのだろう。
ジェイドの囁きで鼓膜が震えると、リリアは心身ともに安心感に包まれ深い眠りに落ちていった。
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