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花守と光陽の決心

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リチャードから、咲夜が船を降りて家に帰った、と報告があった時、てっきり1週間の休暇を自分を待って船で過ごしてくれるもの、と思っていた光陽は少しガッカリした。
しかし、力の使い過ぎで一週間寝込むかも知れないと言っていたのに、二日で目が覚めたのだ。咲夜は自分の家で療養する方が身体の為にはいいのかも知れない、と思い直した。
なので、飛行機に乗っている間、咲夜の結界が解けたのも、体調のせいだと思っていた。
イギリスに帰ってきてそのままクリスと共に本部に赴き、今までの経過を理事たちに報告する。
『・・と言うわけで、日本でのこの何年かの出来事は日本に滞在していた青龍の不在が原因だと思われます。』
『成る程、よく調査してくれました。しかし、神獣の不在が原因だとすると、このままでは、当分日本は魔物に関しての事故が増えそうですね。どう対処するのがベストでしょうかね。エリック、君の意見はどうですか?』
『私の意見としては、このまま神獣が戻るまで、私が日本に滞在するのがベストだと思われます。』
『何、君が? その根拠は何かな?』
『日本で青龍の不在に留守を預かっている、フェニックスの番いと思われる朱雀から情報を貰いました。青龍が不在で浮ついていた魔物たちが今年に入っておとなしくしていると。これは連盟の日本支部の報告とも一致しています。朱雀によると魔物たちがおとなしくしている原因はどうやら私の日本滞在、つまり力のある存在が彼らの活動を牽制しているそうです。ですから、青龍が戻ってくるまで、私が日本に滞在すれば、魔物たちもそれほど問題を起こさないと思えます。』
『成る程、しかしそれでは君が長い間日本に住まなければならなくなるぞ。いいのかね?』
『私としては、イギリスに滞在するのも、日本に滞在するのも違いはありませんので、不都合はありません。もちろん任務の時は日本から出勤すればいいだけですから。』
『まあ、君の機動力はどこに住んでも不都合はないしなぁ。こちらとしても君に負担がないのであれば非常に助かるが。神獣は一体どれぐらい留守にするのか、朱雀は何か言っていたかね?』
『いえ、朱雀自身も聞いていないそうです。次元を超えた用事であれば、何十年単位になりますし、朱雀の負担を軽くするためにも、私が日本に拠点を移します。』
『わかった。毎回毎回、君には厄介ごとばかり済まないが、宜しく頼む。こちらでできる支援があれば出来るだけの事はしよう。』
『エリック、済まないねえ。何かいるものがあれば遠慮なく言ってくれたまえ。』
『了解です。今のところ私に不都合はありませんので、ご心配なく。』
『ところで、報告のあった青龍の娘であるダンピールの女性だが、どうだね、力があると聞いているし、クリスか君が娶っては。そろそろ君も身を固めてみてはどうかな。』
『まあまあ、そういう事は本人同士で決める事ですよ。何事も無理強いはいけません。しかし、エリック、理事として言わせてもらえば、君がここで身を固めてくれると、我々としては非常に助かるのだがね。君は天界や他の次元でも非常に、そのう、人気があると聞き及んでいる。我々としては、君を他の次元に奪われたくはないのだよ。』
『今の所、他の次元への引越しは考えていません。理事たちのお気持ちは光栄ですので、縁があれば善処します。』
まさか出会って二週間で、すでにいずれ妻に娶るつもりですとは言えず、前向きな姿勢だけを伝えておく。
『そうか、そうか、いや、君がこの件に関して前向きになってくれて嬉しいよ。もし、誰か気になる人がいるのであれば、喜んで仲立ちするからね。』
『有難うございます。それでは私は転居の準備がありますので、これで失礼します。』
『ああ、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれたまえ。』
理事室を後にしながら、寄ってくるクリスに軽く頷く。
『無事報告を終えたようだね。やっぱり日本に当分出向かい?』
『ああ、そうだ。帰って準備をせねばならないので、僕はこれで失礼するよ。』
『はあー、ニーナもシャーロットも、何故か咲夜ちゃん信望者に変換されてるし、一体富士で何があったんだい?』
『報告した通りだ。事故で開いたポータルを、無事、青龍の娘である咲夜が閉じるのに成功した。』
『なんか色々端折はしょってないかい?どうして、その場にいた彼女達が君のこと’氷の貴公子’、改めて’ほのおの貴公子’っと呼ぶようになったのかも教えてくれないし。』
『当人達に聞いてくれ、僕は与り知らぬ事だ。』
『わかったよ、だけど、僕はまだ諦めてないからね。じゃあね、チャオ』
光陽は本部を後にし、ロンドンから南西にある、光陽がこの世界のいわゆる活動拠点としているポーツマスに向かう。
そして国の文化財に指定されそうな立派な建物に最新のビルが融合されている、斬新な設計のビルに入ると、最上階のオフィスに向かった。
『お帰りなさいませ、エリック様、本部での報告は如何でしたか?』
『日本に当分住まいを移すことに決定した。ロッティ、手間をかけるが、この社長室にもう一つ長距離テレポートを設置する手配をしてくれ。行き先は多分フローラホテルになるだろう。』
それを聞いて嬉しそうにシャーロットはコメントする。
『では、咲夜様と一緒に彼方で過ごされるのですね。おめでとうございます。正式な長期の出向となれば咲夜様も安心なさるでしょう。エリック様、咲夜様を口説いて正妻になさいませ。』
それを聞いた光陽は、面白そうに、聞いてみる。
『ロッティ、僕は君がその座を狙っていると認識していたんだが、いつ宗旨替えしたんだ?』
『咲夜様のお力を見せられて、勝負を仕掛けるバカはいませんよ。あのメジャーな女神にも匹敵するお力、セレーネ様の若かりし頃を思わせる美しさと清純さ、あんな素敵な方を見かけるのは本当何世紀ぶりでしょうね。』
とウットリ目がハートマークになっている。
(そういえばロッティは狩の得意などこぞやの女神を崇拝していたな、この間の咲夜の弓をひく姿を見て女神と重ねている訳か。まあ、咲夜の味方が増えるのは嬉しいことだ。)
『ええ、咲夜様が正妻であれば、私、側室一号で十分です。』
昔から魔物や神々の愛憎劇を見てきた光陽は妻は一人だけと、固く決めている。
そしてもちろん、咲夜には、いずれ機会をみて妻になって貰うつもりだ。
『ロッティ、前から言っているが僕は妻は一人しか要らない。君は論外だ。諦めろ。」
光陽のけんもほろろの言葉にシャーロットは頬を上気させる。
『勿論わかってますよ。あいかわらずの冷たいお言葉、ご馳走様です。ついでにもう一声、’ロッティ、君などカケラも眼中に無い’とか言って・・・』
今日も相変わらずの部下の言葉を綺麗にスルーして光陽は話を続ける。
『ロッティ、確か人間界では結婚する前に指輪を贈る習慣があったな。』
『はい、婚約指輪と言って、求婚する女性の左手の薬指に合う指輪を結婚の約束の印として男性の方から贈られると聞いております。』
左手の薬指、確か光陽から贈与した、ドラゴン・アイが居座っている指だ。これは何かの偶然だろうか?
『他の指ではダメなんだろうか?』
『さあ、私にもそのあたりの詳しいことは分かりかねますが、同じ女性としては、要するに結婚の約束のシンボルなので、二人が納得していれば別にどの様な形の贈り物でもいいのでは?』
婚約指輪には、この女性には決まった人がいる、という虫除け効果もあるのだが、疎い二人はそこまで気づかなかった。
『そうか、では何か咲夜に相応しい贈り物をこちらにいる間探してみよう。』
『きっと咲夜様も、喜ばれるでしょう。』
『ロッティ、何かめぼしい物が市場に出てないか探して見てくれ。僕も何かないか当たってみる。』
『了解しました。お任せください。それから、今月の会計報告ですが・・・』
シャーロットの報告を聞きながら、ここ何ヶ月も留守にしていたせいで溜まりに溜まった決裁の書類の束にげんなりする光陽だった。
三日後、ようやくシャーロットのお許しが出て、’スキーズ’を呼び出し、船に帰ってきた光陽は、これで大体の手配は済んだ、とホッとしていた。
大きな決裁は済ましたし、シャーロットもあと半年はこれで世界恐慌にならない限りオフィスに戻る必要な無いと言ってくれた。
オフィスにも隣接した光陽専用のアパートがあるが、やはり親しみ慣れた’スキーズ’は光陽にとって帰り慣れた我が家だ。
『ただいま、リチャード。』
『お帰りなさいませ、旦那様。』
最初は戸惑ったリチャードの電子音にもこの頃すっかり慣れた光陽だった。
ベッドルームで横になりながら、ここ何日か我慢していたが、やっぱり咲夜の声が聞きたくて、つい携帯に手が伸びる。
(後何日かの辛抱なのに、声を聞いたら会いたくて堪らなくなることが分かっていても、咲夜の声が聞きたい。)
己の堪え性の無さを罵りながら、呼び出し音を待つが、咲夜は話し中だった。
ガッカリしたのと、今声を聞いたらこのまま船を日本に向けてしまう、という理性の狭間で、今まで味わったことのない寂しさを光陽は感じる。
今回、咲夜と離れてみて、つくづく思い知った。一週間ぐらい平気だろうと思っていた己の甘さを。会えない一日、一日が段々と重くのしかかってきて四日目にしてもう限界に近かった。
(手続きはほぼ済んだし、明日、理事の許可が出たらその場で飛行場に向かおう。まだ、お土産の贈り物が見つかってないが、二人で咲夜の欲しい物を選ぶのもいいかもしれない。)
飛行機を使わないと、日本の税関を通れないから仕方ないが、それさえなければ今すぐ船で出発してしまいたい。光陽は逸る心を抑えて眠りについた。

咲夜はロンドンの連盟本部の出入り口がよく見える向かいの珈琲店で、光陽の姿を見ることができて、有頂天だった。
大学のある街に向かう前に、連盟本部を見て行こう、と寄ったのだったが、ちょうど光陽が急ぎ足で建物に入っていったのだ。
(こんなに早く姿を見られるなんて、なんてラッキーな一日なの。ビルに入ったという事は待っていればもう一度姿を見れるわ。バスを遅らして、出てくるまで待っていよう。次にいつ会えるかわからないんだし。)
咲夜の大学はロンドンから車で一時間以上離れている。アンマリーが言っていた光陽が拠点を置く街までも、多分同じくらい車でかかる。一度訪ればテレポートが使えるが、光陽の日程を知らない以上、こんな風に偶然会えるのは次はいつになるか、多分何十年後だろう。アンマリーの話では光陽は殆ど拠点に帰らないほど忙しいらしい。
(幸先良いわ、思った通り彼は私に気付かないし、多分もっと近づいて見ても大丈夫なはず。だったらビルの入り口で待っていようかな。)
咲夜の使っている術は、咲夜の家に施してある術と基本同じだ。そこに咲夜が居るとはっきり意識しないと相手は咲夜の目の前にいても気づかない。
流石に目の前に出て行く勇気はなかったが、入り口で待っていれば、彼が出てくる時、2、3メートルの至近距離で彼が見れるのだ。
(はあ~、やってる事、まるっきりストーカーよね。でも、多分こんな機会は2度とないわ、最後に彼の金緑の瞳を見ておきたい。)
咲夜は辛抱強く入り口で待ち、小一時間経った頃、ビルからブーツの足音が聞こえてきた。
咲夜は息を殺してビルの入り口の壁にもたれる。
彼のすらっとした長身と手足の長いジーンズ姿がビルから出てくる。急いでいるのか足早に咲夜の待っている方の歩道に向かって咲夜の目の前を通り過ぎる。
咲夜はじっとその姿を見送っていたが、彼がふと足を止め、咲夜の方を振り向いた。
金緑の瞳は咲夜を見てはいなかったが、何か気になるのか暫くビルを振り返っていたが、フッと笑ってそのまま、また足早に歩き出した。
彼の姿が人混みに消えると、咲夜はフーと止めていた息を吐き出す。バッグを持ち直そうとして初めて手の震えを見て、身体が震えていたことに気づく。
(姿を見ただけで、身体が震えるなんて・・・私の大好きな金緑の瞳も見れたし、最後に笑った顔も見れたわ。良かった。ほんと今日会えてよかった。)
咲夜は彼の姿を何日振りかに見れた嬉しさと、彼に触れてもらえない寂しさで暫くその場から動けなかったが、暫く目を瞑って心を落ち着けると、気を取り直し、やがてバスの停留所に向かって歩き出した。

光陽は、日本に到着して空港に足が着くなりすぐ咲夜に電話してみるが、今回もまた話し中だ。逸る心を抑え、空港を出るなり結界を張って’ブローズ’を取り出し、最大スピードで咲夜の家に向かう。
咲夜の家の前に着き、走り出して門を開け、
「咲夜。」
と呼び掛けるが、家に誰もいないことは気配で分かった。
(今日から出勤だったか? 仕事中なら仕方ない、帰るまでどこかで時間を潰すか?)
しかし、咲夜の帰ってくるこの家から離れる気になれず、縁側で今は聞こえるようになった湧き水の音を聞きながら、ゴロンと横になった。
いつの間にか寝入っていた光陽は、門の開くギイをいう音で目がいっぺんに覚める。門の方を振り返ると、リュックを背負った太郎が、びっくりした顔で、こっちを見ている。
「門の外のバイク、やっぱり光陽さんのだったんですね。どうしたんです。何か忘れ物でもしたんですか?」
とちょっと意外そうに光陽を見ている。
「バイク?」
そこに来て初めて、’ブローズ’を門の外に置きっ放しだったのを思い出した。
(こんな失敗初めてだ。よっぽど焦ってたんだな。)
’ブローズ’をブレスレットに収容しながら、ふと太郎の言葉に違和感を覚える。
「忘れ物?」
「光陽さんはイギリスに帰ったと聞きましたよ。こんな早くに戻ってくるなんて、よっぽど大事な忘れ物ですか?」
「?いや、忘れ物はないが、咲夜は今日は仕事か?」
「?咲夜さんはいませんけど、忘れ物じゃないならどうしてここに?」
「?咲夜は留守なのか? どうしてって、すぐに戻ると伝えた筈だが?」
「ええっ、咲夜さんは光陽さんはイギリスに仕事で帰ったのだから、次に日本には訪れるのは何十年も先だろうって言ってましたけど?」
これには光陽が驚き、困惑した。
「僕ははっきり、戻ると伝えた筈だが、どういう事だ?まあいい、それで咲夜はどこに出掛けたんだ、迎えに行くから出先を教えてくれ。」
「いえ、だから、咲夜さんは居ないんです。一体どうなってるんです、なんだか会話にズレを感じるんですけど。」
訳がわからない、という困り顔で太郎が光陽を見上げる。光陽も携帯が繋がらない時に感じた不安が、どんどん大きくなってくる。
(まさか、・・)
「太郎、咲夜は君になんと言ったんだ?」
「だから、光陽さんは日本には仕事で一時的に来日していて、イギリスに帰ったから、当分日本には訪れないだろうと。えっと、あの、咲夜さんとのことは、えーと多分日本にいる間の、えーと、なんて言ってたっけ?あ、そうそう、きっとよくある、ひと夏の恋、みたいな感じだったんじゃないかと。咲夜さんは光陽さんの生活を邪魔する気はなくて、えっと、自分は失恋したけど、光陽さんに出会えて幸せだったと。次に光陽さんが、何十年後かに日本を訪ねてくる時には懐かしさで自分を訪ねるかも知れない。といってました。」
太郎が咲夜の言葉を告げる度、光陽は真っ青になっていった。
(どうして、どうしてこんなことに?)
「待ってくれ、ちょっと待ってくれ、咲夜は本当にそう言ったのか?いやそれより、彼女は今何処にいるんだ!」
「だから、咲夜さんはもうここには居ないんです。諦めていた大学進学をすると言って家を出てしまわれたんです。」
「ここに居ない?家を出た?ばかな、まだ一週間も経っていない、彼女が倒れてから。」
「すっかり元気になってほんの二日前ぐらいに出て行かれました。あの、やっぱり咲夜さんの勘違いですよね、お二人は愛しあってますよね?」
「当たり前だ!咲夜の番いは僕だけだ!」
「あーよかった、僕もそうだと思ったんですけど、咲夜さんが余りにも確信して光陽さんは帰ってこないって言うもんだから。」
咲夜の行方が分からない事実に光陽は、生まれて初めて、感じたことのない恐怖を感じていた。
前に咲夜がいなくなった時は、彼女の結界がまだ光陽を取り巻いて、彼女は無事だと咲夜の姿が見えなくても教えてくれていた。
今の話を聞いて、結界が解けたのは彼女が意図的にした事だとわかった。
愛する人の動向を知らない、分からないと言うことが、こんなに不安を煽ることだとは・・・。
いや、まだ何かあった訳じゃない、現に太郎はいたって元気だ。
「太郎、咲夜は何処にいるんだ?」
「それが僕、口止めされていて言えないんです。」
「口止め?どう言うことだ。」
「あの、光陽さんは、知らない方がいい、と咲夜さんが僕になんか術で誓わせて、僕、咲夜さんの行方の関しては強制的に口止めされてるんです。」
「僕が知らない方がいい?」
「えっと、咲夜さん曰く、昔の女に生活を邪魔されるのは嫌だろうから、光陽さんは知らなくていいだろうと。咲夜さん、本気で光陽さんが、帰ってくると思ってなかったし、行く先を知ったら光陽さんが嫌がるだろうと思ってましたから。」
「僕が嫌がる? 咲夜の行く場所を僕が嫌がる・・?」
ますますもって分からない。太郎は術に縛られているのなら、知ってても教えられない。どうすれば良いのだろう。太郎以外に咲夜の行方を知っていそうな人など・・・・
光陽は、急いで、ブレスレットから、’雛ちゃん’に貰った羽を出す。
太郎は、目を丸くして、赤金色に光り、まるで生きているように小さな花の様な尖火を出している羽に、驚いて尋ねる。
「なんですか、これ?」
「’雛ちゃん’の羽だ。」
光陽は、ここに来てくれ、と羽に願ってみる。
すると門の横のしだれ桜がざわざわとざわめき、一匹の羽の綺麗な可愛らしい小鳥が木から飛び出した。
「誰か我を呼んだか?」
「僕です、お久しぶりです。」
太郎は小鳥が可愛い声で喋ったので、あっけにとられている。
「よう、ひさしぶり、光陽か、元気にしてたか?、咲夜はどこだ?」
「それが、僕の不手際で行方が分からないのです。もし何かご存知なら、ご教示できないかと思ったのですが。」
「行方が分からない? そこの、んん? あんた人間でもないな、まあ良い、咲夜との絆が見える、主人の行方ぐらい、わかるな?」
「それが、彼は制約に縛られて、口止めされてるそうです。」
「何だと? 光陽、何があった?」
小鳥はこころなしか目が据わっている。
「実は、私が一週間ほどイギリスに帰っている間、咲夜は私がもう帰ってこないと思ったらしく、姿を消した様でして、何とか行方が知りたいのです。」
「?咲夜は何故あんたが帰ってこないと思ったんだ?帰ると言わなかったのか?」
「いえ、私は帰ってくると言ったのですが、うまく伝わらなかったようです。」
「?? いつ帰ると言ったんだ? すぐ帰ると言わなかったのか?」
「確か、あの時・・・」
そう言えば、あの時自分はまた帰ってくるとは言ったが、いつ、とは言明しなかった。咲夜はそれで誤解したのか。
「なるほど、いつ、は言わなかったな。しかし咲夜はお前を好いている、いつ帰ると言わなかったぐらいで、姿を消すことはせん。あんた、我に誓ったよな、咲夜を護ると。」
「はい、この命に代えても守ってみせます。」
「と、いうことは、あんたも咲夜を好いているよな。」
「もちろんです、咲夜は私の番いです。」
「光陽、あんた、それをちゃんと、咲夜に言葉で伝えたか?」
「・・・」
そう言えば、言葉には一度もしていないかもしれない・・咲夜が光陽のかけがえのない番いである事は、光陽にとっては当たり前の事実だったが、果たして咲夜はそれを知り得たか?答えは当然否だ。若すぎる咲夜には2人の出会いがどれ程貴重であるかを知り得るのは多分無理だ。
光陽はだんだん咲夜の思考の行方が見えてきた。
「言ってないんだな。では、あんた、咲夜に一度でも好きだと伝えたか?」
「・・・」
光陽は咲夜が、一生懸命咲夜の気持ちを何回も伝えてきたことを思い出す。

「光陽、好き。好きよ・・」
「どちらも好きよ。どちらでも光陽は光陽よ。」
「光陽、私、貴方を愛しているの。お願いだから一緒に連れて行って。」
そして光陽は、咲夜の好意は嬉しかったが、若い咲夜を縛ってしまうのに迷いを感じて、一度も自分の思いを直接の言葉にはしていない。
いや、正確には一度、愛し合っているときに思わず告げてしまった事はあったが、確か咲夜は眠っていたはずだ。
そして咲夜と最後に交わした会話と咲夜の痛々しい微笑。
「分かったわ。困らせてごめんなさい。お友達を待たせてはいけないわ。私は大丈夫だから、さあ、行ってらっしゃい。気をつけてね。」
あの時、光陽は咲夜の言動を少しの期間でも離れるのを悲しんでくれている、と思っていたのだが、咲夜は今生の別離だと受け取ったのか!

(そうだ僕は一度も咲夜に愛している、と伝えていない!)
光陽の顔を見て’雛ちゃん’は答えを悟ったらしく、可愛い声で叱りつけた。
「この大うつけが!女はいつの時代も言葉と態度で示して欲しいに決まってるだろ。ましてや微妙な男女の仲、態度で察せなどと自惚れるな。」
太郎も、光陽を信じられない、という目で見て、指摘してきた。
「嘘でしょ!一回も言ってあげてないんですか?’好きだ’、さえ? 光陽さん、そりゃ咲夜さん誤解して当たり前ですよ。これは100%光陽さんの落ち度です。」
そして、’雛ちゃん’は言い聞かせる。
「光陽、我も、番いが居る、奴も寡黙な奴で、滅多に言葉にせんが、大事な事は押さえてある。あんた、番いに逃げられたくなければ、しっかり態度と言葉と、両方で示さんと、咲夜は、絶対帰ってこないぞ。」
「わかりました。今度のことは、太郎が言う通り100%私の落ち度です。同じ失敗は繰り返しません。」
「よし。まあ、あんたも、咲夜も若い。色々あるだろうが、二人で良く話せ。咲夜の行方だが、そこの、変わった人間、あんた、なんと言って咲夜に誓いを立てた。」
「えーと、確か、咲夜さんの行き先は誰にも言いません、だったかな?」
「ふん、成る程。まあ妥当だな。だが甘い。我の番いも、使役獣に同じ様な誓いを立たせて、我の目を盗んで、飲みに行く。だが、我には通じん。そこの変わった人間、咲夜は日本の何処かに行ってないな。」
「行ってません。」
「咲夜は、北アメリカ大陸に行ってないな。」
「行ってません。」
「咲夜は、東南アジアに行ってないな。」
「行ってません。」
光陽はやり取りを聞いて’雛ちゃん’のやり方に感心した。太郎は誓いで咲夜の行き先は言えないが、行き先でない場所、つまり行っていない先は答えられるのだ。
「咲夜は、西ヨーロッパに行ってないな。」
「・・・・」
「よし、咲夜はイタリアに行ってないな。」
「行ってません。」
そして’雛ちゃん’の尋問は続き、フランス、ドイツ、スイス、スペイン、イギリスまで来て、太郎はピタリと口を閉ざした。
「イギリス! 咲夜はイギリスに行ったのか!」
光陽は、瞬間、本部を出たときに感じた違和感を思い出した。本部の建物に何か見落としがあるように感じたのだが、何も見えない建物に一体どうしたんだ自分は、と先を急いだのだ。
「!咲夜は本部に行ったのか?いや待て、大学進学、と言ったな。最終目的地は其処か。その途中で本部に寄ったのか? しかし僕には何も見えなかった。違和感を感じたが何も見えなかったが。」
「咲夜は、青龍から、空間を操る術を学んだ。今の咲夜の力だと、使いこなせても、我は驚かん。」
「!!」
なんという事だ。咲夜は自分の目の前にいたかも知れないのに、自分は見抜けなかったのだ。全く自分の未熟さをつくづく思い知らされる。
だが、咲夜の行方の手掛かりを見つけた以上、絶対見つけてみせる。
’雛ちゃん’に向かって光陽はお礼を述べる。
「色々ご教示ありがとうございました。このご恩は忘れません。」
「礼は、お弁当か、’天迷酒’が良いのう。では、我は行く。またな。仲良くしろ。」
枝垂れ桜がざわめき小鳥が桜に向かって飛んでいき、幹の中に消えた。
(もしや、この木はテレポートゲートなのか?)
「太郎、僕はこれから咲夜を迎えに行く。咲夜は何か他に言ってなかったか?」
光陽は太郎に向かい直り、聞いてみる。
「咲夜さん、向こうに落ち着いたら、時々は様子を見に帰ってくる、と言ってました。なんでも、この家を向こう側?と繋げることが出来るそうです。」
太郎は咲夜の言ったことを思い出して伝える。
(やっぱりそうだ。さすが青龍の住処なだけある。)
そこで、ふとなぜ咲夜は今頃進学を考えたのだろうと疑問が湧いた。
(確か、医学部に進学希望だったが、ご両親が亡くなったため諦めた、と言っていたな。)
「太郎、君はどうして咲夜が今になって進学を希望したのか、理由を知っているか?」
「はい、なんでも、ご両親が亡くなった時は奨学金で学費は免除されても、生活費の当てがなかったそうです。今は十分な貯金があると咲夜さんは言ってましたよ。ああ、それと多分、僕が留守番を引き受けたことも関係あると思います。なんでもこの家は特殊な場所に立っていて、外界から守られてるらしいんですけど、誰かが家に住んでいないと、その役目を果たさなくなるんだそうです。長い間放置は出来ない、と。」
太郎のこの言葉を聞いて、光陽は色々な事実がいっぺんに理解できた。
(やはり、この家は龍脈の上に建っているのだな。神社のように青龍の住処として役目を果たすには神使、家を守るものが必要な訳だ。だから咲夜はこの家から離れられなかったのか。今は太郎が役目を果たしている。そして咲夜は念願の進学に踏み切った。とすると、進学希望の咲夜を日本に連れて帰るのは、可哀想だ。だが、僕は咲夜と離れて暮らすのはもう無理だ。というか絶対嫌だ。)
この、何日も、咲夜に会えない、さわれないという状態は、光陽を咲夜欠乏症に陥れていた。光陽は咲夜を説得するため、暫く熟考し、門の脇の桜を見て決心する。
光陽がじっと考え込んでる姿を、様になるなあと見惚れていた太郎に向き直り、確認した。
「太郎はこの家に住むことを、強制されたのか?」
「いえいえ、とんでもない、僕が住まわせて欲しいとお願いしたんですよ。だってこの家すごく住み心地いいんですよ。台所やお風呂も広くて、なんだかぐっすり眠れるし、僕、この家に越してきてからすごく体調がいいんです。その上咲夜さんは、家の面倒を見てくれるなら、タダで住んでいいと言ってくれたんです。」
「だったら、今後、咲夜が僕と一緒に住む事で問題はあるか?咲夜は実家に帰るように、時々顔を出す程度になるかも知れないが。」
「咲夜さんと同棲するって事ですか?僕は全然構いませんよ。むしろお二人には幸せになって頂きたいです。」
「同棲ではない。僕は咲夜と結婚するつもりだ。今度の事で思い知った。もう離れて暮らすのはゴメンだし、彼女の居所や動向がわからないのも我慢できない。若い咲夜には申し訳ないが、なんとか説得して妻になってもらう。」
「結婚ですか! うまく行くといいですね。」
「有難う、では、行ってくる。」
光陽は、近くの神社にテレポートして、’スキーズ’を取り出す。クルーズ船に乗り込むと、
『リチャード、長距離航海に出る』
と迎え出たリチャードに告げる。
『どちらまでで御座いましょう?』
『フルスピードで、イギリスの、そうだな、まずは、ケンブリッジかオックスフォードの街だな。』
どちらもイギリスきっての大学がある街だ。咲夜の行き先は大学のある街に違いない、ならば片っ端に大学のある街を調べるのみだ。
『旦那様、お急ぎでしたら、奥の手を使うこともできますか。』
『咲夜を迎えに行く、急ぎだ。』
咲夜の名前を出した途端、アンマリーがチリンと音を立てて現れ、リチャードに電子音でどすの利いた声で告げる。
『オラオラさっさと用意しろや、咲夜様がお持ちだ!』
リチャードはパッと消えて、船の高度がどんどん上がる。
アンマリーは光陽に向かって訴える。
『船から降りる前の咲夜様のご様子は、どこかカラ元気で御座いました。早くお会いになって慰めてあげてくださいませ。』
『心配ない、咲夜を妻に娶るつもりだ。離れて暮らすのはもうゴメンだ。』
これを聞いたアンマリーは大喜びで、手が踊る。
『まあまあ、旦那様、ご英断ですわ。婚約指輪は用意されましたか?』
そうだ!急いでいて、すっかり人間界のしきたりの指輪のことを忘れていた。
顔色が変わった光陽を見て、アンマリーはため息を電子音でついて、
『こんな事もあろうかと、3つほど候補を用意してあります。ご覧になりますか?』
とタブレットをしまい、三つの小さな宝石箱を取り出した。
それにしても先ほどの声といい、人間界のしきたりの知識といい、アンマリーは多芸多才だ、と考えながら光陽が頷くと、アンマリーは次々と箱を開けて説明をしていく。
『こちらは、人間界の女性たちの中で一番人気のあるダイヤモンドの指輪です。』
キラキラ光る大粒のダイヤを中心に小さなダイヤが周りを彩る綺麗な指輪だ。
『そしてこちらが咲夜様のイメージに合うピンクダイヤの指輪です。』
可愛いピンクのダイヤで花の形を模造してある指輪は咲夜の細い指に映えそうだ。
『そして最後に指輪では無いのですが、’パナケイアの石’と呼ばれる力のある首飾りです。咲夜様はすでに左手の薬指に旦那様から贈与された、ドラゴン・アイを嵌めておられますので、人間の男性に対する虫除け効果は既に発揮されています。ですので、ちょっと魔界風の首飾りです。大変由緒のある石で、パナケイヤ様に因んで賢者の石とも呼ばれています。この石は癒しの力を増幅させます。旦那様のフレイヤともよく似ていて、一見ペアのように見えますので、良いかなと思いまして。』
癒しを司る女神にちなんだブルーサファイヤに金の蛇が巻きつくデザインの首飾りは、確かにフレイヤのルビーの首飾りと同じ大きさの宝石で、ルビーの赤と、サファイアの青でペアのように見える。
『僕はパナケイアの石がいいと思うが、咲夜は女性だし、普通の指輪が欲しいかも知れない。これは咲夜に選んでもらうことにしよう。ところで指輪はわかるが、どうやって首飾りを手に入れた?』
するとアンマリーは誇らしそうに言った。
『私のオンラインゲームの腕で、ですよ。オークションサイトに出品された時、出品者が覚えのあるハンドルネームでしたので、すぐにオンラインでレアアイテムをかけて対戦しまして、オークションから引き下げて貰ったのですよ。もちろん勝負は私が勝ちまして、レアアイテムの贈与と引き換えに手に入れました。なんでも、もともとは出品者の家の井戸の底から出てきたもので、あんまりにも状態がいいので精巧な作り物だと思ったようです。いやー久しぶりに燃える対戦でした。』
『オンラインゲームの勝負・・・』
『いざとなったら、リチャードの腕を借りようと思っていたのですが、強敵でしたから、武器にRPGを使われまして。こっちもグルネードランチャーで対抗しましたけど。まあ、リチャードには敵いませんけどね。彼ときたら某チューブで通り名まであって・・』
『うおっホン、旦那様、出航準備できました、船をこれより軌道に乗せます。』
’スキーズ’の外は飛行機も真っ青の大気圏ギリギリの地球上だ。ここから一気にイギリスに跳ぶ。
『少々揺れるかもしれませんが、イギリスには12分後の到着予定です。イギリスのどちらに座標を定めますか?』
『先ずはケンブリッジに行ってみよう。』
『了解しました。それでは、5、4、3、2、1、出航。』
今まで何も感じられなかった船の揺れが、微かなエンジンのような揺れを感じるがそれはほんの僅かで、コップに入った水も揺れない程度だ。
そのままリビングのソファーに座った光陽に、早速お茶の用意が出される。
光陽は、そうだ、アンマリーなら知っているかも知れないと聞いてみる。
『アンマリー。’天迷酒’とは何か知っているか?』
『’天迷酒’ですか、最近天界で人気のお酒ですよ。特殊なお酒で、酒宴向けのお酒、との謳い文句で発売されたお酒で、発売当初は人気がなかったのですが、今になって見直されているようですね。もともと量産されていなかったのでプレミア価格になっているそうです。』
『どんな酒なんだ?』
『なんと言いますか、いわゆるお酒のロシアンルーレット、でしょうか。お酒を飲みに集まった人数分だけ最大10杯分だけ酒杯に注ぐことができて、当たりの杯に当たると物凄く美味な酒なのですが、ハズレの杯に当たると、水のような味で、強制的にあらかじめ仕込まれてあった質問に答えさせられる、と聞き及んでいます。』
何という酒だ。光陽は、絶対勧められても飲まないことを決心した。
『プレミア価格か、何とか手に入らないだろうか?』
『幾つご要望ですか?セラーに5つ程ストックがありますが。』
『!あるのか、ストックが、五つも・・・』
『発売当初の余り人気のなかった時に、期間限定セールで、一つ買ったら4つタダで付いてきたんですよ。』
『・・・それが今ではプレミア価格か、必要なのは一つでいいんだが、いや、彼女にはこれからもお世話になるかもしれないし、二つほど贈り物用に包んで’雛ちゃん’宛で配送手配してくれ。』
『はい、ではそのように手配いたします。』
間も無くわずかな揺れも感じられなくなり、船のスピードが落ちて行く。イギリスの街の上に到着した、光陽は、上空で高度を落とし、船を待機させ、力を解放してそこから索敵の要領で咲夜の気配を探るため、街全体をスキャンしていった。
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