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ポータル

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「咲夜、起きてくれ、仕事に間に合わなくなるぞ。」
咲夜は、まだボーとしたまま、ゆっくり目を開けると、光陽の少し心配そうな顔が間近に自分を見下ろしている。
目を覚ました咲夜に、ほっとしたような彼の顔が少し悪戯っぽい笑顔に変わる。
「咲夜、いますぐ起きないと、今日は一日中もう少し可愛がるぞ。」
昨夜の甘い拷問を思い出し、咲夜の意識は急激に覚醒する。
「ひどいわ、光陽、あんなにされて、身体が動けなくなったら仕事にいけないじゃない。」
「だから咲夜に負担がかからないよう、僕が貴女を抱いたのは一回だけだ。身体は動かせるだろう。」
確かに、身体は思ったほどダメージがなさそうだ。しかし、精神的ダメージは比にならない。何度も何度も、いかされて、焦らされて、最後はほとんど記憶がない・・・・。
「身体は大丈夫かもしれないけど、あんなにされて・」
と咲夜が真っ赤な顔で抗議を始めると、光陽はベッドの横の朝食が乗ったトレイを差し出しにっこり笑う。
「ほら、朝食だよ、怒った顔も可愛いけど、食べないと間に合わないよ。」
咲夜のお腹が可愛く、くるっと鳴いてお腹がとてもすいていることに気付いた咲夜は目の前の美味しそうなスクランブルエッグに目が釘付けだ。
咲夜の視線で光陽は察して、
「はい、アーンして。」
とスプーンで目の前に美味しそうな匂いのエッグが差し出され、つられてぱくっと食べてしまう。
一口食べると、もう止まらなくなって、光陽が差し出した、スプーンを受け取ってパクパクと朝ごはんを食べ出した。
「こんなことで、誤魔化されないんだから。」もぐもぐと食べ終えながら咲夜は忠告する。
「咲夜の身体は嫌がってなかった。どんどん蜜が溢れてきて、僕が啜っても・」
咲夜は身体を覆うシーツを引っ張りながら恥ずかしさでますます真っ赤になって、急いで話を遮る。
「光陽、ところでいま何時なのかしら?」
光陽はいたずらっぽく笑い、仕方ない、流してあげるよ、という顔だ。「今5時3分だ。支度にどれくらい掛かる?」
「シャワーを浴びたいから20分ぐらいね。」
とお腹いっぱい満足そうに、力をゆっくり身体に回して全面回復した咲夜は元気に答える。
「僕が送っていくから通勤時間は5分もかからない。ホテルには10分前に着けばいいか?」
「ええ、余裕よ。だけど光陽はもう少し寝てていいのよ。私に合わせることないわ。」
「僕は睡眠は3時間で充分足りる、気にしなくて良い。それより15分程今朝は余裕があるな。その時間を僕にくれ。」
と言って、咲夜が食べていたトレイをサイドテーブルに置き、咲夜のシーツを握る手をゆっくり退けていった。

「ひどいわ、光陽、またこんな所に跡を残して。」
咲夜はワンピースのファスナーをあげながら、偶然また見つけた背中とお尻の境目にある光陽の着けた跡に、おかんむりだ。
微妙な場所にいたる所に残された逢瀬の跡は、彼しか見る人が居ないからと言って、咲夜の身体のあちこちに散らばって居た。
咲夜は仕事終わりに職場のロッカー室で制服からワンピースに着替えながら、誰かに見られやしないかと大急ぎで着替えを済ます。
太郎に’光陽と一緒にいて当分家には帰れそうもないから、留守を頼む’とメッセージを送ったのだが、携帯をチェックすると、「お幸せに、家のことは任せてください。」と返事が来ていた。
平常運転な太郎の言葉に安心してそのままホテルを出て港に向かおうと歩き出すと、横から
『すいません、突然ですが、一緒に来て頂きます。』
と英語で話しかけられた。咲夜が足を止めて振り向くと、そこには誰もいない。(聞き間違い?)と首を傾げて歩き出そうとした途端、足下が光って周りの景色が溶け出した。
(あっこれは光陽と橋を渡った時と同じだわ。)
と案外落ち着いて観察していると、見知らぬ居間のような広い場所に出た。
蝋燭のような明かりが煌々とついたそこは、古いお城のような作りの石畳の床で、家具も立派だか、とても年代物に見える。
『お嬢さん、ご主人様がお会いしたいというので、こちらまでご足労頂きました。』
と、突然後ろから声を掛けられた。咲夜が振り向くと、今度は赤い髪の男が後ろに立っている。咲夜の目には透けて鋭い牙が口からのぞいており、男が吸血鬼だとわかる。
『どなたですか? こちらに来ると同意した覚えがないんですか。』
咲夜の態度はとても友好的と言えるものではなかった。そしてその理由は単純なものだった。
(今日は、アンマリーにクッキーの作り方を教えてもらおうと思ってたのに。)
午後の時間、光陽の帰りを待つ間、おやつ作りに挑戦しようと計画していたのだ。そして、バイオリンにはピアノの伴奏が付きものだと同僚に聞いて、船の見取り図にミュージックルームがあったのを思い出し、そこものぞいてみたいと思っていた。咲夜なりに光陽に振り向いてもらう為、色々やってみようと決心した矢先に、無理やり連れて来られたのだ。ここがどこかも分からなかったし、恐怖感はなかったが、とてもではないが、友好的に振る舞う理由が見つからなかった。
咲夜の冷たい態度を気にした様子もなく、
『何かお飲物をお持ちしましょうか、只今ご主人様は取りこみ中で、しばらくお待たせするとの事です。』
『いえ。結構です。それより家に帰りたいのですけど、此処は何処ですか?』
『ご主人様のお城です。それでは、何かご用がありましたら、お呼び下さい。』
と言って、目の前で霧になって消えた。
(お呼び下さいって、名乗りもしないでどうやって呼べと・・・)
とりあえず気を取り直してドアを探すが、いくら見回してもドアが見当たらない。それじゃあ、と窓に近寄ってカーテンを開けると、そこは暗い空が広がるだけで、下はまるっきり霧が立ち込めて何も見えない。時々チラチラと炎のようなものが揺らめいているが、とても遠くに見える。
再び部屋を何かないかと見回すが、部屋には豪華な家具と古めかしいソファーがあるだけだ。
(これは所謂、監禁状態というものでは・・・)
見るからに、見覚えのない景色に、はあーと溜息をつく。前に訪れた場所なら、咲夜にはとっておきの秘策があったが、此処が何処かわからない状態では、その技は使えない。
(待つしかないの? そうだ、携帯は?)
と藁にもすがる思いで急いで携帯を取り出すが、やはり圏外だ。うーん、光陽の存在も感じられないし、周りに誰もいないので、質問も出来ない。
咲夜はブレスレットからおやつにと買っておいた菓子パンとお茶を取り出し、ソファーに座って、どうにかして、帰れないかと考え始めた。

時間を遡って咲夜が窮地に陥る少し前、光陽にその知らせが届いたのは丁度昼の時間だった。
青木ヶ原樹海で異常な大きさの磁場が発生し、これはもしや、大規模なポータルが開く前兆ではないかと予測されたのだ。
直ちに、樹海エリアの人払いを施し、警戒体制を非常事態に引き上げて、本部には最低人数だけを残して全員現場に出動してもらう。
ポータルは通常、異次元に通じており、使者も立てずにポータルが開くとなれば、大抵は血生臭い理由、つまりは侵略だ。
富士のエリアまでここから直ぐに移動出来る能力を持つものは少なく、大抵は普通の交通手段、つまりはバスなどでの輸送となる。
何かの陽動作戦だった場合の用心もあって、光陽は本部に取り敢えず残る。光陽自身は’スキーズ’を使えば、あっという間に現場につけるので残っていても問題はない。
クリスは戦いに能力が向いてないが、もし戦いになった場合の後始末にその癒しの力が活躍するので、クリスには残ってもらい、シャーロット、とニーナには出動してもらう。
『任せて、何があってもエリックがくるぐらいまでは持たせられるわよ。』
『お任せ下さい。エリック様、不肖このシャーロット、樹海からは猫の子一匹逃しません。』
そして先行しているチームにそのまま、現場調査を続けてもらう。ポータルだった場合、何処と繋がったのかの見極めで対応が大きく変わってくるからだ。
神界などと繋がると、大抵は向こうのミスですぐに対応してポータルを閉じてもらえる。
前例でも、侵略目的は極めて稀で、大抵は、何処ぞの実験が失敗してエネルギーが暴走して穴が空いた、とか、ちょっと大きめ物体の輸送が失敗して、軌道から外れた、など事故的なものが圧倒的に多かった。
しかし、事故的なものとはいえポータルが開くと、次元の違う何かが好奇心で進入してくる可能性があり、その何かが人類に友好的とはいえないものが多く、大抵は牢からしゃばに出た犯罪者の如く、暴れまわるから始末に困る。
一度開いたポータルを閉じるのには大変なエネルギーが要るし、空間を操る専門家が何人も長い時間をかけて少しづつ閉じるしかないので厄介だった。
(これは長丁場になりそうだ。咲夜はどうしている?)
気配を探るもまだ午後2時前で、咲夜は駅前のホテルにいる事が分かる。
(もう少し、自体がはっきりする迄、連絡は控えるか。)
彼女も今仕事中だし、いらぬ心配をかけたくなかった。
そして、緊張感が続く中、ポータルの存在が確認され、繋がった次元が判明した。
黄泉よみだと?確かか?最悪だ。」
黄泉は死者の国とも呼ばれる、異世界だ。黄泉の住人は人間の世界と中立のものもたくさんいるが、人間を襲ってくる魔物や妖鬼も沢山いる。
黄泉のどの辺りと繋がってもトラブルにしかならない。
そして厄介な事に黄泉の魔物や妖鬼は普通の剣では滅びない、聖水など聖なる力を帯びた武器でのみ滅する事ができる。連盟のメンバーは全員聖水を携帯しているが普通の聖水ではちょっとタフな魔物なら効果は薄く、高品質つまり聖なる力の純度の高い聖水が必要だ。
『クリス、お前、剣に祝福施せるよな。』
光陽が確認するも、クリスの答えはかんばしくない。
『出来るけど、700人の武器分は無理だよ、せいぜい100人分ぐらいで限界かな。』
『何処かで質の高い聖水が手に入らないか?聖水に剣を浸せば同じ効果が得られる。クリス、お前何処か察知出来ないか。』
しばらく携帯の地図とにらめっこしていたクリスが、ある一箇所を指す。
『この辺りに、すごい神力を感じるんだけど、聖水もある。』
地図を見ると咲夜と初めてあった神社の辺りだ。しかしクリスが指差す位置が微妙に神社からズレている。
光陽は神社の位置を指差して、
『此処じゃないか?此処に確かに神社がある。』
『いやもっとこっち側だ。だけどこの辺りにあるのは分かるんだけど、はっきりした位置がなぜか特定できないんだ。』
と指で丸くある地域を囲った。
(! もしや、咲夜の家なのか?)
クリスが囲った地域はただの住宅街だが、その中心に咲夜の家があることを光陽は知っている。
(そうか、あの強力な結界は神力で構成されていたんだな。道理で魔物が一切あの辺りに近付けないはずだ。)
ならば、ことは簡単だ、咲夜に聞けば聖水の位置も特定出来るだろう。咲夜も仕事を終えてる時間だし先に確認しようと気配を辿り、咲夜の気配が察知できないことに気付いた。
(今日は家に帰ったのか?)
咲夜があの家にいる時は、気配を察知出来ない。結界の影響が強すぎるのだ。しかし今朝はスキーズに帰ると言っていたのに忘れ物か?と光陽は思いながら、咲夜の携帯にかけるが繋がらない。
(どういう事だ?だいたい連絡もなしに家に帰るなんて、咲夜はしない。)
だんだん、不安が募ってくる。まさか、何かあったのか?とりあえず咲夜の家だ。電池切れの可能性だってあるのだ。
『クリス、僕に聖水の心当たりがある。後を頼めるか?本部の方を頼む。僕は聖水を現場に届ける。連絡は携帯で。』
と言いながら椅子から立ち上がりクリスが頷くのを確認して、すぐさまホテルを出て、’ブローズ’を取り出し咲夜の家までバイクで飛ばした。
キイと門を開けた瞬間、家に誰も居ない事が気配でわかる。咲夜がここにいない事に光陽は心が焦るが、頭を振って、
(取り敢えずは聖水だ。この家の何処かにあるはず。)
と、心を落ち着かせようと思考を仕事に切り替える、すると聖水の気配が庭の方から漂ってくる。
(そうだ、咲夜も言っていた。この家も此処に家があると意識しないと外からは気付かれないようになっていると。と、いう事は聖水も此処にあると意識しないと見つからない。)
はっきり此処に聖水がある、と意識すると、庭の方から聖水の気配が強く漂ってくる。庭にそのまま歩き出すと、山茶花、椿、桃や梅と色々な木々が植えてある庭の端に湧き水らしい水が竹筒を伝って石の臼に溜まっている。その湧き水からは確かに清らかな聖水の気配が濃厚に立ち込めており、目指す聖水に違いなかった。しかし、湧き水の溜まっている石臼はとても小さな物で目的の量には程遠い。
(迷っている暇はない。取り敢えず此処に溜まっている聖水だけでも。)
と光陽がブレスレットから、小さな蓋つきの瓶を取り出して、水を掬おうと竹筒の下に瓶を持っていくと、竹筒から勢いよく聖水が流れ出した。
(! これは、もしかして)
光陽が大きな蓋つきの水瓶を取り出して、竹筒の下に水瓶を置くと聖水が蛇口を捻ったように流れ出し、あっという間に水瓶が聖水で一杯になる。
(よし、やはりこれは思った通り、魔道具の一種だ。)
光陽は7つの水瓶を次々と聖水で満たして行き、ブレスレットに収めたが、念の為、予備の水瓶にも聖水を満たし収めておく。
そして、初めて咲夜と出会った神社の境内へ直行し、人払いをすると、’スキーズ’を呼び寄せる。
『リチャード、この聖水を日本支部の大島さんに届けて、戻ってきてくれ。富士の青木ヶ原樹海だ。そろそろ現地に着くはずだ。』
『かしこまりました。』
リチャードは、すぐに船を出航させる。
光陽は、大島に今から聖水が届く事と武器を全て聖水に浸す事をメッセージすると、仕事を一旦棚に上げ、咲夜の探索に乗り出した。
(咲夜の気配は何処にも感じられない。咲夜の結界を逆探知して気配察知の範囲を広げるか。)
光陽の力がどんどんそこから広がるが、相変わらず咲夜の気配は感じられない。だいぶ時間が経った頃、光陽はようやく顔を上げた。
(これ以上広げると日本を出てしまう、咲夜がこの短時間で海外に出たとは考えにくい。という事は、僕でも察知できない洗練された結界の中にいるか、僕の探知の範囲外、次元を超えた、かだ。どちらにしても、これは第三者の介入なしでは考えられない。どう出るのが、ベストだろう。こんな事になるなら、番いの儀式を済ませるべきだったか・・・いやいや、やっぱり幾ら何でも早すぎるだろう。)
番いの儀式を済ませていれば、お互いの結界なしでも、相手の居場所が任意で分かるようになる。
しかし、人間の結婚式に相当するその儀式は一度済ませてしまえば、一生二人は固い縁で結ばれ、何百年、何千年でも二人が生きている限り縁は続く。つまり本当に’死が二人を分かつまで’誓約は破れないのだ。
これほど重い誓約を結ぶものは少なく、番いの儀式なしで、普通は結婚式の誓いの部分だけに相当するお互いを言霊で結ぶ儀式で済ませる番いがほとんどだ。
もちろん、言霊の誓いは二人が同意すれば、離縁もできるし、お互いの位置がわかるような責任もついてこない。
(焦るな、まだ咲夜に何かあったとは限らない。)
咲夜の結界はまだ光陽の周りで健在だ。
(そうだ、咲夜は居候君と使役関係を結んでいる。名前は太郎だったよな、彼なら咲夜の気配が探れる筈。確か彼はY国立大の学生だと言っていた。近くに行けば彼から咲夜の気配もするから彼なら僕でも見つけられる。)
と早速、’ブローズ’に跨り大学を目指してバイクを走らせた。

太郎こと、保科太一郎は最近までごく普通の大学生の男の子だった。
勉強に、合コンに、サークルに、バイトというごく普通の生活をし、大学に入って一人暮らしのアパートでごく普通に暮らし、彼女のいない友達同士で飲みに行き、リア充爆発と連呼する普通の大学生だったのだ。それがある晩、吸血鬼に咬まれてから、普通という列車に乗っていた筈が、いつの間にか、非日常という特急列車に載せられて、段々と微妙に今までの普通のサイクルから外れてしまっている事に最近気づき始めていた。先ず、吸血鬼化のせいで、バイトでドジをしなくなり、大学の成績も次第に上がりつつあった。咲夜の家に住みだしてから、健康状態も優れ、夜に強くなり、お酒の悪酔いもしない。そんな太郎の変化に、周りも何かが違う、と首を傾げながらも本人の性格は変わっていないので、何が違うのかハッキリ分からないまま、男友達は相変わらずだったが、女性達は太郎を見直しつつあった。
そんな太郎の日常に、普通との決定的な決別の日がやって来た。
それは、太郎の講義が終わり、友達とカフェテリアで今日はどこに遊びに行こうか、とワイワイ騒いでいる時だった。
天気がいいその日は、外のテーブルで皆と騒いでいると、大きなバイク音が聞こえ、だんだんと太郎達の方に向かって来ていた。
そして一台の、目にも鮮やかな白と青の流線型の大型バイクが太郎達の側に止まり、一人の男がバイクから長い足を降ろし、見事な八頭身の体をバイクに跨らせヘルメットを取る。
男がバイクを止めた時から、その完璧な美のプロポーションにこれはイケメンだろうという期待感を持たせるものがあったが、男がヘルメットを取ると、その場に居た者は皆、男も女もバイクの男に見惚れた。
その人は、雰囲気のある青年で20代後半ぐらいに見えた。
柔らかそうなウェーヴ掛った漆黒の髪に鼻筋の通った高い鼻、形のいい唇。金と緑の美しい宝石のような瞳。その青年は超がつくほどの美青年だ。
その金緑の瞳が太郎を捉えると、低いバリトンの美声で、
「太郎。」
と、一言で太郎を呼び寄せる。
周りが、この人に親しそうに名前を呼んで貰えるなんて、何処のラッキー野郎なんだ、と見守り固まっている中を太郎はトコトコと光陽に近づいていく。
「光陽さん。咲夜さんはどうしたんですか?」
「太郎、咲夜と連絡は取れるか?」
「咲夜さんなら、携帯鳴らしましょうか?」
「いや、繋がらないんだ。念話で呼びかけて貰えるか?」
「え?分かりました。ちょっと、待って下さいね。」
(咲夜さーん、聞こえますかー?)
太郎の呼びかけに応答はないが、何か西の方角に引っ張られるものを感じる。
「えーと返事はないですが、ここから西の方角にいると思いますよ。何か引っ張られるような感覚があるんで。」
これを聞いて光陽は目を輝かせた。
「やはり、わかるんだな。なら一緒に来てくれ。」
とバイクの予備のヘルメットを太郎に渡す。
太郎が恐る恐る、受け取って、光陽に乞われるままバイクの後ろに屁っ放り腰で跨る。
「あの、でも多分ここよりだいぶ遠いところだと思います。根拠はないんですけど、そんな気が・・・」
と光陽に告げると、
「何? なるほど、分かった。ならここから一番近い公園か運動場のようなところへ案内してくれ。」
「あっ、はい、それなら大学のラグビー場が近いです。こっちです。あの、やっぱり腰に掴まらきゃダメですか。」
と恐々言うと、周りの女性達から、それなら私に譲ってくれ、と嫉妬の視線が突き刺さる。
「いや、後ろに手が掛けられるだろう。そうそこを掴んでくれればいいよ。」
と言うなり、太郎がしっかりつかまったのを確認すると、その場からバイクを飛ばしていく。
その場に残った人々は、太郎の友達も含め、やっと体の固まりが溶けて、あちこちで悲鳴が聞こえ出す。
「きゃー、誰よあれ、誰か知ってる?」
「あんなゴージャスなイケメン、見た事ないんですけど、芸能人?」
「いや、あんな人見た事ないよ、モデルじゃない?ちょっと誰か携帯取ってないの!」
「一緒にいた奴誰よ。誰?」
「確か、2年か3年の保科だよな。」
太郎の友達は、未だに太郎にあんな知り合いがいたとは信じられず、
「ねえ、あなた保科君の友達でしょ。何か知らないの?」
と聞かれても、自分は知らない、としか答えられなかった。
そして、あんな豪華な知り合いと親しくしてるなんて、俺たちもしかしてとんでもない奴と友達なんじゃあ、と太郎はその日から、底知れない男、として周りの評価がぐんと上がったのだった。

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