薮原劇場1 図書室編

真田奈依

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4 落ち度拾い

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「あれ間違ってたから気をつけてね」「これやってなかったよ」で、簡単に済ませられるようなことでも、人のミスを執拗に責める薮原さん。フォローすることなく責める。間違いは誰にでもあるのに、お互いさまということがない。
 ミスを指摘するのは再発防止のために必要だけれど、責めることはないのだ。
 落ち度のない人なんていないのに、薮原さんは人の落ち度、攻撃の口実を見つけては責める。『落穂拾い』をするように、重要性の低い些細な落ち度を。
 かたきとして攻撃しているというよりは、人の落ち度を見つけ、責めることで、自分のほうが優れていると思われたいようだ。



 幸いなことに薮原さんが令明図書室にいたのは短期間で済んだ。そうでなかったら、私はどうなっていただろう。
 曽根図書室には、薮原さんと小島さんと樋口さんがローテーションで二人体制で働いている。
 小島さんは薮原さんより年上で実務経験も長いが、おっとりした性格なので、薮原さんに仕切られ言いなり。
 60代で図書室の仕事を始めたばかりの樋口さんは、仕事に慣れていないせいかしょっちゅう失敗しているようで、薮原さんと小島さんは樋口さんを悪く言っていた。だが、いくら自分のほうが実務経験が少しばかり長いとはいえ、年下の薮原さんが樋口さんに大声で偉そうに、しかも人前で説教する権限なんてない。
 私は今まで以上に薮原さんと距離を置くことにした。攻撃の口実を与えないように、必要最低限に関わることした。藪をつついて蛇を出すことはしないようにした。
 だが、私が距離を置いても向こうが関わろうとしてくる。蛇のような女はつつかなくとも出てきた。
 曽根、令明、村岡の三か所の図書室のシフト作りは小島さんが担当していた。それなのに薮原さんがわざわざ、「シフト表をFAXしたから」と電話してきたり、予約本など、何も薮原さんが届けなくてもいいような物を届けにしょっちゅう来た。攻撃のきっかけを得ようとして、関わってくるようだ。どうでもいいことで令明図書室に来て、難癖をつけた。
 薮原さんがどうでもいいことで令明図書室にわざわざ来て、コンタクトレンズを落としたことがあった。あんまり目を見開いて虎視眈々と粗探しをしたからだろう。関わりたくなかったが、早く帰ってほしいから見つけてやった。
 薮原さんと電話した人は同じ感想を抱く。話がくどいと。
 電話をかけてきて「今電話大丈夫ですか?」ということもなく、一方的に捲し立てる。言い回しがくどく、一つのことを言うのに十かかって話が長い。
 業務日誌も、整理せず心の昂ぶりのままに細かい字でびっしり書くものだから、ポイントがぼやけてかえって分かりにくく、逆効果だ。
 日記ではないのだから、連絡事項の欄には客観的事実とか、注意点だけを簡潔に書けばいいのに、〔心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きくれば〕の『徒然草』でもあるまいし、取るに足りないことをあれこれ書き連ねている。
 物事をややこしくしているだけなのだが、自分の正しさを信じて疑わない。

 曽根図書室から、雑誌に別冊付録がなかったと電話を受けた。貸出可能になったばかりの、こちらで所蔵している雑誌に予約が入り、薮原さんのいる曽根図書室に配送した物だった。雑誌に別冊付録がある場合は、必ず本体に貼り付けていた。だが付いているはずの物がないと言われた。
 薮原さんとはできる限り関わらないようにしていたのに、攻撃の機会を与えてしまった。そう思った。
 私がその雑誌の配送処理をしたのではないので、現物を見ていない。利用者が外して持っていった可能性もあるので、別冊付録が付いていた痕跡があるか聞いたら、ないとのこと。そうなると、最初から付けていなかったことになる。
 納品された雑誌を検品したのも私ではない。検品ミスだろうか。だが、同じ日に別の雑誌も納品になっている。そっちに付けた可能性もある。その雑誌は、貸出中になっているので現物を確認できない。ひとまず様子を見ることにした。
 数日後、貸出中だった雑誌が返却された。別の雑誌の別冊付録が貼り付けられていた。布由ちゃんの間違いだった。
 曽根図書室に行った雑誌が戻ってきたら、本来あるべきものを付ければよいことだが、それですむだろうか。
 薮原さんは人の間違いを知って、喜びに震えていることだろう。人の間違いを衆目に晒して楽しむことだろう。
「申し訳ありません。薮原さんに何か言われたら、あたしが間違ったと言ってください」
 布由ちゃんが私に謝る。だが私は、仮に薮原さんが文句を言ってきたとしても、誰の間違いかを言うつもりはない。それに薮原さんなら、気づかなかった私のことも責めるだろう。そうする権限が自分にあるかのように。鬼の首を取ったように得意になって。
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