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極悪令嬢に堕ちる
銀髪の債務者
しおりを挟む朝食を取り、魔法の基礎中の基礎を復学した午後に私は『魔法使いの夜』へと足を踏み入れる。空間が歪んでいるのか街は夜のままであり。そのお陰でここが別の場所である事が予想できる。空間を歪ませて繋いた世界。
逆に言えば……世界は魔法使いが牛耳っているのではと邪見すりほどに力を見せつけられた。
『聖女』を越える力で弟を奪い、寝取るために首を突っ込んだ結果。予想外な力を何度も何度も目にする。
そう……世界は知らない事が多い。そんな事を考えながらローブを被り、素朴なマントで身を隠しながら男装ぽい衣裳で店へ顔を出した。報告である。
扉に手を置くと……男の怒鳴り声が聞こえた。
「おい!! いつ金を返してくれるんやてめぇ!! 利子もしっかり払え!!」
「店を壊されたくなければ今すぐに利子だけでも払え!!」
「帰って!! 無い物はない!!」
「それで帰れるわけないだろ!!」
何となく状況は理解できた。借金持ちならばまぁそういう事もあるだろう。弱い令嬢なら怖がって避けるだろう。
「お邪魔しますわ!!」
だけど私は残念ながら……ヒナトのために一歩前を歩んだ結果。こういう事は慣れていた。懐かしいのは身代金狙いの拉致事件。初めて人を殺した日を思い出しながら扉を開ける。
「ああん? ああ、お嬢さん。すまんが今は取り込み中や……帰ってくれ」
「エルヴィスさん!?」
魔法使いの男二人に私は笑みを向ける。男一人ともう一人は杖を持ち。フードを被っていた。魔法使いの世も、明るい世界も変わらないと言う感想が漏れる。
「あら、お取り込み中でした? 彼女に用事があったんですけど」
「すいませんが。兄貴が取り立て中です。お下がりください」
「話を聞くぐらいいいじゃない……それとも聞かれたくない話なの?」
取り立て屋の一人や二人はよく見てきている。父上は金貸屋。そういう世界は修練済みである。ただし、父上は不良債権を渡すだけで……取り立て屋は別にいる。そう、父上が捨てた信頼出来ない債務者がそういうのに出会うのだ。そして、興味がでる。
そういうのに疎くはない。
「エルヴィスさん……ごめんなさい。また後で」
「ねぇ、3人とも。契約内容見せて欲しいなぁ」
机にマントとフードをかけ、私は椅子に座りながら笑顔で問いかける。
「おう、姉ちゃん。なんや……聞いて何をする気や」
「いえいえ、彼女は必要な人材でして……金額内容と契約内容を見て不正やしっかりとした掟で金を貸してるか見ようかと……」
私はヒラヒラと笑みを向ける。契約書がないと言うのならそれは嘘である。
「おう、お嬢ちゃん。喧嘩売るんか? ほれ、これが契約書や!!」
一人の男がくるまった羊皮紙を見せつける。内容はしっかりとしていたが。一つだけ嵌める手を用意していた。そう、利息支払いに関してだ。複利式で借金を返せなかった場合雪だるま式に増えていく。そして……返済は利子から先にとの文言もあり。今の彼女を見てそれも厳しいと言うのがわかった。
早く返せと言うように課す方法である。私は契約書のその金額を計算し、だいたいの数字を弾き出す。
「ふーん。聞くけど……借りる前に返せる算段はあったの?」
私はルビアちゃんに問いかける。すると、顔を背けてボソボソといいわけをする。
「……お店をやればなんとか出来ると思ったの。やっと出来たばっかりだし……」
「おう!! 声が小さい!! 男娼してたんだから今から娼婦してでも稼げや。わいらは慈善事業で金を貸してるわけじゃないんやで!!」
「……それは嫌だ」
「ははん。嫌か? ええ体やのに勿体ないのぉ。じゃが、ワシらはずっとここで待ってやるで。帰って欲しいなら金か。いや、せやなぁ。ワシは男を抱く趣味はないが。ええ体やし……1年うちの店で働いて待ってやろう。味見もしてみたいしな」
男二人がルビアちゃんを値踏みする。確かに肌は白いし可愛い。既に立派な女性なら遊び感覚でなら楽しめるだろう。
「うぐぅ……」
だが、彼女は難色を示す。嫌悪感や、何か体を抱き締めては震える。理由はもちろん嫌なのだろう。そういうのが……家出したと聞いている。私の知らない事をやってなんとか食べ繋いで来たのだろう。どうしても生きるのには金がいる。
「さぁ、答えなルビア。まぁ、文句は言わせない。契約書がある限り魔法も何もできまい。おとなしく拘束されな」
「ルビア、悪いようにはしねぇよ。精々、1年体を売れば稼げるかも知れねぇよ。まぁ男娼の時もまぁまぁ人気だったしな」
「貴族堕ちは結構需要ありますからねぇ」
「……もう。私は……今の私を汚したくない……せっかく女になったのに……」
「王子様なんかこの世にいねぇよ。しょうがねぇ。連行するぞ……そこのお嬢様。すいませんが今日からこの店は閉店や」
「ぐぅ……うぅうぅ」
ルビアちゃんは悔しそうに体を震わせ、泣きそうになる。契約というのは魔法使いにとっては非常に重い物なのかもしれない。魔法が使えなくなるという制約がつき無抵抗になるほどに。まぁ悪いのは返せない彼女でもあるだろう。
「……少し、待ってもらってもいいかしら?」
だけど、金を返せる手段を教えるぐらいは面倒見るべきではなかっただろうかと私は思う。儲ける方法知らない人に貸す方もどうかと思う。投資するべき物件じゃないのに。
「話を聞くとあなたの娼館がこの『魔法使いの夜』にあるのかしら?」
「ああ、お嬢様。ございますよ?」
「……最初からそこで働かせるつもりだったのかしら?」
「いいや。店を出す。女になるために金が欲しいと頭を下げたから貸したまでだ。魔法使いは金がかかるからなぁ」
「結局、何も考えず貸して後で複利でどんどん増やして奴隷にでもするつもりだったのかしら?」
「おう、おう兄貴を悪く言うなやお嬢さん。こんな貴族崩れの面倒を見てあげたんだ。感謝されこそすれ……恨まれる事なんてやって来てないで」
そう言う彼らはルビアちゃんの肩に手を回す。嫌そうな顔をして背ける彼女に何か私は思う事があり机から立ち上がる。そこには信頼関係など全く見えない。何処か……足元を見続けている行為にしか思えなかった。
「なら、あんたら二人は借金を返せばいいのね」
「ああん? 姉ちゃんが代わりに返してくれるんか?」
「聞こえなかった? そう言ったわよね?」
「……エルヴィスさん?」
椅子から立ち上がりマントを着直す。ルビアちゅんは不安げに私を見つめるが私が笑みを向けて安心しなさいと唇を動かした。
「おうおう、じゃぁすぐにでも持ってこれるちゅうことやな!! お嬢さん!!」
「もちろん、今からここに持ってきます。それまでここを離れず待っていなさい」
「……もし戻って来なかったら?」
「ルビアちゃんを好きにすればいいわ。逆に私が来るまでに手を出したなら……顔を覚えたわよ」
堂々と私はそう言い、二人の男を睨む。二人の男が私を値踏みし、椅子に座る。
「わかった待たせてもらいましょ……本当にこの契約書の金額持ってこれるかを!!」
「いいでしょう。では……ルビアちゃん!!」
「は、はい!!」
「帰って来るまでにお客様にお茶を……私の分も用意しといてね」
マントを翻し、私はそのまま扉を開けて家へと帰る。契約書の金額をメモした紙を持ったまま。いい時に顔を出したわと笑みを溢す。運がいいのかしらと。
*
ドサッ!!
店に入り、そこそこ重い鞄の荷物を机に置く。大人しく待っていた男がそれに眉を歪める。店に入った瞬間の空気は重かったが私はそれを振り払うように大きい声を出す。
「お待たせ。持ってきたわ!!」
そう言いながら私は金の延べ棒をドカッと置く。めちゃくちゃ重く。これで殴れば人が死ぬだろう。換金すればしっかりと全額返済におつりもくるぐらいだ。直接父上の金庫から出して来た。
「お嬢さん……何者や」
「それを知りたいなら……魔法名をこの返済書に記入しなさい」
丸めた紙を取り出し、私は3人に魔法使いの身分証を出させ、サインをさせる。男二人が冷や汗をかきながら書き込み。そして最後に私の名前を書き込む。エルヴィス・ヴェニスと。
「ヴェニス家……なるほど。お嬢さん、あの家の者か」
「兄貴……」
「だだこねず。黙れ」
男一人が腕を組んで唸る。家の七光りとはこの事だろう。有名な金貸し屋で良かったと思う。
「わかった? あなたの金貸は長期で儲けられ続けれるかもしれない奴隷契約。買い取るわ」
「こんな男女にそないな価値があるのかいな……」
「ある。私にとってはね。ただ貸すだけが私らヴェニス家の力じゃないわ」
「……ちっ。ルビア。助かったな」
「おい、私の妹分に汚ならしい声をかけるなよ。エルゼンとメルボル」
「はいはい、今回は払ったんだ。文句はねぇよ」
「潔いわね。金づる取られて」
私は笑みを溢して、金塊を掴んで持っていく男に愉悦感を見せつける。名前を知った、そして……どういう貸し方をしているかもわかった。中にはルビアちゃんのように有用な者もいるかもしれない。
「ふん、こいつ以外もいるからな。それよりも……換金後。過払いはどうする?」
「そうね。また、店に来て返しなさい。いいかしら?」
「いいぜ。いくぞ」
「はい、兄貴……ええんですか?」
「……儲かったんだ。文句はねぇよ」
男二人はそのまま静かに去っていく。色々と言いたい事はあっただろうが何も言わず去っていくぐらいにはプロ意識はあったのだろう。結局、借金を返済したら縁も切れてしまう物だ。横取りのような形だが……
「え、エルヴィスさん……その。ありがとうございます」
「いいえ、感謝はいらない。誠意を見せて貰いましょう。私はある意味であなたを彼等から買ったの……稼いでもらわないと困るわ」
立ったまま机に置かれた冷めた紅茶を飲み干し、一服したあとに言う。
「ルビアちゃん。店を畳みなさい」
「えっ!? 待ってください!! ここが無くなったら!!」
「行くところはあるわ。こんな路地裏より明るくて綺麗な場所。広さも研究施設にもなるわ」
「エルヴィスさん? 何処ですかそこは?」
「私の家よ。ルビアちゃん。今日からあなたはルビア・ヴェニスと名乗り、私を姉と呼びなさい。私の家で生活して恩を返しなさい」
「えっと……」
狼狽える彼女に私は詰め寄る。
「はいと言いなさい、妹君。詳しくは店を閉まったあとで言います」
「は、はい」
私はルビアちゃんに契約書を見せて返事を強要させたあと。彼女は店仕舞いを行う。私は私で、思い付いた行動を終わらせるために。家の場所の地図と住所をメモに書き込み店を後にする。
魔法使いの勉強もしないといけないのに屋敷の受け入れ準備をしないといけないのだ。全く忙しいことになったなと思いつつ。いい手駒が出来たとほくそ笑んだのだった。
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