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手紙

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「あっつー。」

茹だるような夏の暑さの中、僕は鉛みたいな体を引きずるように家に帰ってきた。

ラブホテルの清掃業、これが今の僕の仕事だった。

夕方に出て、朝に終わる。

終わってすぐに、朝定食を食べてダラダラとしながら帰る。

毎日、同じ事の繰り返しだ。

明日で、四十(しじゅう)になるというのに、今だ独身だ。

右足を引きずりながら歩く。

10年前、プロポーズした彼女に彼氏がいた。

男は、平然と僕を階段から突き落とした。

足に激痛が走った。

そいつの気がすむまで、蹴られ続けた。

足は、僕の命だった。

あの日、燃え盛る炎の中。

助けられなかった。

だから、僕は消防士になったのだ。

痛みで動けなくなった僕の元へ

金属バットを持って、そいつは再び現れた。

足の骨が、砕けるまで何度も何度も何度も何度も殴り続けた。

異常者だと思った。

バキバキに折れた右足は、元通りには戻らなかった。

夢を失くし、恋人も失くし、生きている理由は、ほとんどないくせに死ぬのが怖くて生きてる。

惨めな人間だ。

ポストを開けた、花柄の封筒が入っていた。

僕は、それを持って家に入る。

暑すぎるな。

エアコンのスイッチをいれた。

洗濯機に服を脱いで、いれる。

シャワーをさっと浴びて、短パンとTシャツに着替えた。

あがってきた時には、少し部屋が、冷えていた。

キッチンで、水を飲んだ。

いつもの晩酌の用意をする。

って、言っても朝だけど…。

冷蔵庫からビールを取り出す。

350ミリ缶を3本と、瓶に入ったイカの串を持っていく。

ソファーに座って、さっきの手紙を見つめる。

差出人は、不明だ。

ペリペリと封筒を捲る。

中の手紙を広げた。

始まりを読んだだけで、嫌な汗がジワジワと身体中から流れてくるのを感じた。

[明日、君は後悔する。]

この言葉だけで、僕は誰からの手紙かをすぐに理解した。

「また、あの日を思い出させるのかよ。」

僕は、手紙を机の上に置いた。

プシュっとビールを開けて、飲んだ。

25年だぞ。

もう、許されてもいいはずではないのか?

ゴクッ…ゴクッとビールを飲む。

これは、忘れるなという警告なのだろうか?

僕は、イカの串を食べる。

やっと、5年前から夢を見なくなった。

やっと、10年前に人を好きになれた。

明日、誕生日の僕に神様は、くそみたいなプレゼントを送りつけてきた。

イカの串を、取り出した。

無力で、惨めで、ちっぽけで

浅はかで、薄っぺらい人間で

金も、知恵も、なかった。

何故、あの日、あの場所で

声をかけてしまったのだろうか…

普通に、通り過ぎればよかったのに…。

それが、僕には出来なかった。

僕は、手紙を開く。

[明日、君は後悔する。だけど、自分を責めないでいい。TVのコメンテーターが、好き勝手言っても…。気にしなくていい。君に出来ることは、これしかなかった。その言葉を、君は今も覚えていますか?]

忘れた日などないよ。

[40歳の君は、何をしていますか?夢は、叶いましたか?結婚はしましたか?子供は出来ましたか?君の輝く未来を見れないのは、とても、残念です。]


僕の未来に君がいなくてよかったと心から思うよ。

今の僕の未来は、腐りかけている。

[君に出会って、やめようと思う日もあったのですよ。でも、幼少期からフツフツと沸いていた気持ちをすぐに消し去る事は出来なかった。だから、君は何も悪くない。きっと、君は私を探してくれるでしょう?見つけられずに、自分の無力さを責めるのだと思います。でもね、私は君に出会って幸せだった。たった、三日だったけれど…。]

僕は、新しいビールを開けた。

確かに、あの日あの場所で君を探した。

そして僕は、自分の無力さにうちひしがれた。

イカの串を取り出した。

今でも思い出す、25年前のあの日を…。

あの日も、こんな風に暑くて堪らない日だった。

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