黒の想いと白の想い

お見舞い

僕は、灰谷さんと並んで歩く。

灰谷「宮守君は、拜島さんの事が好きですか？」

れん「はい。」

灰谷「それは、よかったです。」

れん「灰谷さんは、優しいですね。」

灰谷「いえ、全然。」

れん「前に拜島さんと話した時に灰谷さんと働くのが楽しいと言っていましたよ。」

灰谷さんは、驚いた顔をした。

灰谷「私も嬉しかったですよ。拜島さんとは、関わり合うことはありませんでしたから…。」

れん「お鍋を焦がした話しとか聞きましたよ。」

灰谷「あっ、掃除機を詰まらせたのも聞こえてましたか？」

灰谷さんが笑った。灰谷さんの纏う雰囲気は、拜島さんに似ていて涙が出そうになる。

灰谷「こないだカーテンを洗って取り付けた時は、滑ってカーテンを破きましたね。あわてて拜島さんと買いに行きましたよ。」

涙が出てきた。

灰谷「宮守君、楽しくなかったですか？」灰谷さんは、僕にハンカチを差し出す。

れん「いえ、楽しいですよ。」

灰谷「それは、よかったです。拜島さんに大量のお皿を一回で持ってはいけないと言われたのに私は一回で持っていって全部割りました。ワックスをあてた後だったので、スリッパで滑ったんです。ハハハ」そう言って灰谷さんは、頭をかく。

僕を精一杯楽しませてあげたい気持ちが伝わる。

灰谷「拜島さんに、会ってあげて下さい。私は、そこに座ってますから」

灰谷さんに言われて、看護婦さんに声をかけた。

「これを着用してください。」

灰谷「荷物は、私が預かります。」

れん「お願いします。」

看護婦さんに連れてこられた。

「また、声をかけますね」そう言って看護婦さんは行ってしまった。

泣かないでおこうと決めたのに、涙が溢れる。

僕がつけた歯形が拜島さんの指にしっかり残ってる。

洋と一緒に病院に行った傷。雪村さんの時にかばってくれた傷。
まだ完全に、治っていない。

拜島さんの手を握る。

力はなくダラーンとしてるだけ。

頬を撫でる。
沢山の管に繋がれていて他に触れられない。

れん「拜島さん、愛してます。」

僕の涙が拜島さんの手に落ちる。

握り返してくれはしない。

見つめてくれもしない。

それでも、暖かさだけが拜島さんが生きている証拠。

れん「拜島さん、僕の名前を呼んで」

れん「拜島さん、目が覚めたら僕を探してくれませんか？」

僕は、さっきの吉峯さんの話を聞いて目が覚めた拜島さんにも何かが起きる気がした。

れん「拜島さん、僕を見つけて」

れん「拜島さん、この指についた傷を忘れないで」

れん「拜島さん、いつかまた声を聞かせて」

一人で話すのは、辛くて、悲しいよ。耐えられない…。拜島さんにもっと触れたくて…。耐えられない。胸が苦しい。

「れん。」声がした気がして顔をあげたけど、何も変わらない。

拜島さんの声を覚えてるからだ。

「すみません。開けますね」そう言って看護婦さんが声をかけてくれた。

れん「はい。今出ます。」

拜島さんの手をそっと戻した。

僕は、看護婦さんに連れられて出た。

灰谷「大丈夫ですか？」僕の顔を見て灰谷さんが心配そうな顔をしたと思ったら。

僕を抱き締めてくれた。

灰谷「拜島さんに怒られますね。でも、きっと今は許してくれますね。」

れん「灰谷さん。」

灰谷「拜島さんに、こうして欲しかったでしょう？」

そう言って僕の頭や背中を擦ってくれる。

僕は、子供みたいに泣いた。

灰谷「大丈夫、大丈夫。」

灰谷さんと拜島さんは、雰囲気がよく似てる。

僕は、灰谷さんに抱き締められてるのに拜島さんに抱き締められてるような不思議な感覚を感じていた。

れん「もう、大丈夫です。」僕が言うと灰谷さんは腕を離した。

灰谷「二人のとこへ行きましょうか？」

れん「はい。」僕は笑った。

灰谷さんは、僕の荷物を渡してくれた。

灰谷さんや洋が、居てくれてよかった。

すごく思う。

灰谷さんと並んで歩く。

「れん」また、空耳が聞こえた。