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命と朝陽

過ぎていく日々(瀬野命)

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次の日、私は京のマンションの隣を契約した。

あの日から3ヶ月が経っていた。

「すまなかった」

父は、私達に土下座した。

後遺症は、残らなかったけれど院長を神に譲った。

そして、母は父とやり直す事になった。

「命ちゃん、男のだったらいいね」

沙羅のお腹に新しい命が宿った。

「命、本当にごめんな」

兄さんは、そう言って私に謝った。

「よかったじゃない。治療しなくても、授かれたんだから…。それに、父さんも少しは変わってよかったじゃない」

私が抜けた瀬野の家は、丸く収まったと思う。

私は、実家にはほとんど足を運ばなくなっていた。

せせらぎ病院では、働いてるけれど…。

それが、よかったのだと思う。

兄さんと沙羅も、母さんと父さんもうまくいったのだから…。

「命、おはよう」

「おはよう」

私は、休みの日には京の家に泊まるようになった。

日曜日は、二人で過ごす。

「朝御飯食べる?」

「うん」

京に愛されている。

それだけで、いいと思う。

まだ、京を愛してるまではいけないけれど…。

失いたくない。

大切な存在には、なっている。

「はい、どうぞ」

「和食だね」

「うん」

「いただきます」

私は、京が作った朝御飯を食べる。

幸せだよ!

愛されてるって、幸せだよ。

「命、またボッーとしてるよ」

「ごめん」

「いいけど…。まだ、慣れない?」

「そうかも知れないね」

愛するのをやめた事も、新しい家にも、私はまだ慣れていなかった。

「京、美味しい」

「よかった」

沙羅が妊娠したのは、嬉しかった。

次は、男の子が産まれるかもしれないから…。

なのに、計り知れない程の空虚感が広がった。

穴ボコが出来た気がした。

「いんげんの胡麻和え好き」

「よかった」

兄さんと笑い合ってる姿を見つめながら、よかったねって思ってるのに…。

辛くて、悲しくて、堪らなかった。

「味噌汁は、赤味噌にしたんだよ!命が好きだって言ったから」

「うん、美味しいよ。凄く美味しい」

愛してる相手が、幸せならそれ以上に望むものはない。

だから、目の前の私を愛してくれる京を大切にしよう。

愛して行こう。

そう思ってるのに、この胸はピクリとも動かないのは何でかな…。

「鮭にしたんだけど、よかった?」

「うん」

「命は、鯛が好きだよね!次の日曜日は、鯛にするね」

「うん」

あの日々の方が、幸せだったって思ってるなんておかしいよ。

今の方が、幸せに決まってる。

だって、こんなに愛されてるんだもん。

沙羅みたいに、京は私を傷つけない。

私が好きな物も、好きな所も全部知ってる。

「月曜日(あした)も休みだったよね?」

「うん」

「僕は、仕事だからなー。晩御飯一緒に食べない?」

「食べる」

私は、京を抱き締めた。

人は、きっとわがままなだけだ。

「楽しみだね」

「うん」

日曜日の夜は、自分の家に帰る。

「おやすみ」

「おやすみ」

私は、自分の部屋に入ってベッドに寝転がった。

あの日々を失って、何だか空っぽになっちゃった。

何でかな?

愛されてなかったのに…。

もしかすると、京がくれる愛は退屈なのかな?

愛されてるって、退屈なのかな?

わがままで、贅沢な悩みだ。

私は、少しずつでも京を愛していく。

その為に、引っ越したんだよ。

その為に、沙羅と離れたんだよ。

.
.
.
.
.

ピンポーン

「うーん」

インターホンの音で、目が覚めた。

ピンポーン

宅配かな?

洗面所で、軽くうがいだけして水で顔を洗った。

ピンポーン

わかってるから…。

ロングカーディガンを羽織った。

ピンポーン

ガチャ…。

「はい」

「おはよう」

その姿を見て、固まってしまった。

「何で、来たの?」

「おはよう、命ちゃん」

沙羅は、玄関に入ってきた。

「何の用?」

「お義母さんから、預かってきたおかずをもってきたの!あがるね」

そう言って、入っていく。

「待って」

ダイニングテーブルに、その紙袋を置いた。

「命ちゃん、料理出来ないから、お義母さん心配してたよ」

「母さんが…」

「うん、だから持って行って欲しいって頼まれたの…」

時計を見ると9時を回っていた。

「産婦人科に行く予定だから、いいですよって言ったの」

沙羅は、そう言いながら紙袋からタッパーを取り出していく。

確かに、母さんの字で付箋に何が入ってるか書かれていた。

「これ、エビチリにホタテいれたの美味しかったから作って持ってきたよ。命ちゃんと私だけの秘密のレシピでしょ?」

「次からは、取りに行くよ」

沙羅は、ニコって笑って私を見つめた。

「妊婦さんに持ってきてもらうのは、悪いよ」

「気にしないでいいんだよ」

「何かあったら、兄さんに悪いから…」

沙羅は、私の話を聞いてくれなかった。

何かのタッパーを開いてる。

スプーンを取ってきて、そのタッパーの中身をすくった。

「命ちゃん」

「な」

「辛くなかった?」

口に麻婆豆腐を入れられた。

辛くて涙が流れてきた。

「やっぱり、辛すぎたかな?」

沙羅は、そう言って笑ってる。
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