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命と朝陽

渡さない

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「朝陽、どうした?」

涙がボロボロ流れてくる俺の頬に手を当ててくる。

「ズルいよ」

桜賀さんは、中指を噛るのをやめていた。

「ズルい?」

「俺は、桜賀さんが男が好きだなんて聞いてなかったよ。知らなかったよ。だから、あれが限界だった。あのまま、丸ごと俺を食べて欲しかった。なのに…。下半身が、疼いただけだったよ。あの日から、俺は性をハッキリと意識したんだよ。遅い方だったから…。俺は…」

桜賀さんは、眉毛をピクリとあげる。

「朝陽、ごめんね…」

「謝らないでよ。謝られたら、夕陽と桜賀さんでぬいてた俺が惨めになるよ」

壁越しに感じた桜賀(あなた)の息づかいに音に、興奮していた自分がどんどん惨めになっていく。

「朝陽…勇気がなかった俺を許して」

年の差がこんなに埋まらないなんて…

「それなら、いらないなんて言わないでよ。もう、俺をいらないなんて二度と言わないでよ」

中学生(あのころ)の俺が顔を出して桜賀さんを責める。

「朝陽、ごめんね…」

ごめんねを言わせたいわけじゃない。

【好きだよ】って、【愛してるよ】って、聞きたい言葉なんて何一つくれないのに、俺は何で桜賀(このひと)を愛してるんだろう…

放れられないんだろう…

「痛い」

あの頃みたいに中指を桜賀さんに入れる。

「痛いのが直らない」

「朝陽」

「ズキズキする」

「ごめんね」

「噛って」

「朝陽」

「血が出るくらい噛って」

桜賀さんは、首を横に振る。

「愛がないなら痛みをちょうだい」

「朝陽、そんなの駄目だよ」

「優しくしないで」

「どうして?」

「優しくされたら、期待する。期待したら、愛して欲しくなる。痛いよ、痛い。あの頃みたいに突っぱねてよ。朝陽は、嫌いだって顔してよ。そしたら…」

そしたら、桜賀(あんた)を忘れるから…

俺だけが、どしゃ降りじゃないか…

「出来ない。あの頃より、朝陽の優しさが染みるから」

何だよ、それ

ふざけんなよ

「あの頃より、傷つけられるのが臆病になってるんだ。だから、出来ないんだ。朝陽の腕を振り払う事が、堪らなく怖いんだ。この歳になると朝陽の優しい愛を繋ぎ止めておきたくなるんだね。自分に向けられる愛を全部繋ぎ止めておきたくなるんだね。もう、老いに向かってるからかな?夕陽が向けてくる独占欲さえもあって欲しいのはなぜだろうね」

「知らないよ」

「そうだよね。朝陽は、まだ35歳だから…。わからないんだよ」

「わからないのは、歳のせいじゃないだろ…きっと違うだろ…」

「自分に向けられる愛が薄いって感じるからかな?年齢的に、もう次がないって思うからかな?結婚してる人が同じ事を話してたよ。妻を愛していないけれど、妻の愛は誰にも渡さないって!自分は、別の相手を愛しているのにだよ。でもね、俺も朝陽に会って気づいたんだ。朝陽を愛せなくても、朝陽の愛は渡したくないって…。朝陽は、まだそこには辿り着いていないよね?」

「わからないよ。桜賀さん。意味がわからない」

「わからなくていいんだよ。一つだけ、教えてあげれるなら…。ずっと、そこにある手はそこにずっとなくちゃ駄目だって事かな…」

言ってる意味が、全く理解できなくて…

俺は、泣いていた。

「難しいよね、忘れて」

「愛してあげないけど、俺の愛は欲しいって事?」

「簡単に言えば、そうなるね。朝陽は、俺にずっと愛を与える存在であり続けてくれなきゃ嫌だって事かな…。夕陽は、それを奥さんにしてるだろ?夕陽には、理解できる。でも、朝陽には理解できない」

「何だよ、それ…」

「だから、きっと子供が欲しいんだよね。絶対に、愛をくれるだろ?子供って何したって…。例え、虐待したって俺を愛し続けてくれる」

「それが、俺なの?」

桜賀さんは、俺から目を反らした。

「朝陽が嫌ならやめよう」

俺は、馬鹿だ。

大馬鹿だ。

だから、答えるみたいに桜賀さんの口に、また指を突っ込んだ。

【いいよ】って口に出したくなかったんだよな…


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