狂態カンセン

小槻みしろ

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対峙

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 奈緒は明子の隣で、ほっほっと、息を吐いて歩いていた。いつものように自分たちを道行く人が避けていく。その奇異のまなざしにも、今や二つの意味が込められていることが奈緒にはわかっていた。しかし、本当に気づいてほしい人といえば、今もぼんやりと隣を歩いていた。
 ――明子を救う。そのために奈緒がひそやかな努力を始めて二ヶ月ほど経つ。今のところ、効果はなかった。はじめのうち、明子は少し自分を見つめたが、それだけだった。自分の努力をまったく察さない。
 どうして明子はこうなのか。
――そう、怒りがわかないでもなかった。しかし、奈緒はこの半年でとても忍耐強くなっていたのだ。絶対に明子に気づいてもらう、それまでは耐えてみせる。だから、ただ、努力と忍耐の容量を日に日に増やしていった。ふいに、明子が奈緒へ視線をよこした。奈緒は期待を込めて見返した。

「なに?」

 明子は無言であった。しかし、明らかに、何か言いたげな表情をしていた。ただ、こちらの様子をうかがっているのが、そのもぞもぞと動く視線や顔の向きからわかった。

「なに?」

 奈緒は問い返した。

「ううん」

 しかし、明子から帰ってきたのは否定であった。

「何でもないことないでしょ」

 思わず語気が強めになった。期待をしている分、明子の煮え切らない態度が焦れったくなったのだ。言葉だけでなく視線でも、言葉にすることを求めた。もちろん、一番求めていたのは、明子が気づいて、改めて来てくれることだったが、この際、改めてくれるのは次からでもいい。奈緒はそこまで譲歩していた。
――気付け明子――気づいたか、明子。

奈緒は自分の目がもはや明子をにらんでいることに気づいていなかった。明子はそれでよけい萎縮するのであるが、奈緒は気づかない。二人は気づけば立ち止まっていた。通行人が、二人を迷惑そうに避けていく。その視線にも、明子はうつむいた。奈緒は、明子が怯えているのに気づいていなかった。というより、そんなことはどうでもよかったのだ。いつものことだったし、それより大切なことがあった。だから、ただ明子だけを見つめて、

「なに。言ってよ」
「なに」
「ねえ、なに?」

 と何度も何度も、何度も繰り返した。雑踏が遠くなる。奈緒は、明子と世界に二人きりのような気分だった。
 そうして、長い、長い時が経って――ようやく、明子が、意を決したように、顔を上げ口を開いた。


「奈緒、いったいどうしちゃったの?」


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