狂態カンセン

小槻みしろ

文字の大きさ
上 下
4 / 19

甲虫

しおりを挟む


 明子のことを、他の友人には話すことはできなかった。
 実際、話すこと自体は出来た。明子は菜緒以外の前でも終始あの調子である。だから、明子のことを話さないのは、相手がいないから、という理由ではなかった。
 たいてい話す相手が、甲虫の背のようにきらきらとした好奇や嫌悪の光を角膜の下に覗かせているのがわかるからだ。
 もちろん、どちらが口火を切るか、ただ迷うばかりの相手もいる。そんなときはただ二人とも「どうしちゃったんだろうね」「明子ね」とばかり繰り返す。それらは、終始不毛で実のない会話の応酬となり幕を閉じるが、そういう相手の方が、菜緒はむしろ気が和らぐような気がした。ただ、心配だけがそこにあるのがわかったからである。
 菜緒が、その「甲虫の視線」に気づいたのは明子のことを共通の友人に話していたある時のことだった。
 互いに腹の探り合いのような会話、「明子ね」「やっぱりまた?」と当たり障りなく、心配の素振りを見せ合うだけの会話は、ただ不安を見せるだけの友達と何らかわらない。しかし。
 なぜだかその友人とは、やっぱり話すことはできないという実感を、話そうとするたびに深めてしまうことに気づいた。この時菜緒は相手の目に――もしかしたら互いにかもしれないが――友人が変わってしまったことへの「不安」以外のものを見つけたからだ。
 それは「愉悦」「好奇心」といった類いのものと――それと、紛れもない「嫌悪」の情だった。
 彼女たちと話す目を見るたび、それらが、玉虫の艶のようにきらきらと、心配のフィルムの下からちらつく。すこしでも、明子の奇行に対する情報を手に入れたいとする残忍で無邪気な光。食い物にする、獲物を待つ蜘蛛の目。
 菜緒はその目に耐えられなかった。明子に対する義憤と、友人達の嫌な部分を見たことへの失望そして同時に覚えたのは屈辱感だった。義憤や失望はよかった。まだ自分が正しく明子へ友情を抱いていることへの信頼を深められた。しかし、屈辱感。これは、喉に刺さった小骨のように菜緒の心に不快さをじくじくとためさせた。甲虫のようにきらきらとした彼女たちの好奇と嫌悪の目。その妙になまめいた光が、自分にも当てられ始めていることに、気づいてしまったからだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

なんとなく怖い話

島倉大大主
ホラー
なんとなく怖い話を書きました。 寝る前にそろりとどうぞ……。

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

怪談実話 その3

紫苑
ホラー
ほんとにあった怖い話…

禁踏区

nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。 そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという…… 隠された道の先に聳える巨大な廃屋。 そこで様々な怪異に遭遇する凛達。 しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた── 都市伝説と呪いの田舎ホラー

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

#彼女を探して・・・

杉 孝子
ホラー
 佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...