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一章

十四話 姫様

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 あれから部屋に戻り、眠って、また朝が来た。
 アイゼはというと、朝から驚きの声を上げていた。

「ジェイミが!?」
「バカ、ここだけの話ってるだろ。……何でも、姫様の機嫌を損ねたってよ」

 声を抑えるように、アイゼに注意しながら、キーズは耳打ちした。ジェイミの姿がないのは気づいていたが、てっきり一人になりたいのだとばかり思っていた。まさか、謹慎になっているとは、自分たちがいないうちに何があったのか。

「そんな……そんなことするはずないよ。ジェイミは賢いんだ」
「俺もそう思う。いや、おっそろしいな。姫様ってやつぁ」
「おう……」

 そんな風には見えなかったが、自分のへまもあり、アイゼは、もうわからなくなってしまった。高貴な人間と接したこともない自分が、わかるはずない。

「とにかく、俺たちはやることをやるっきゃねえけど。ジェイミがどうなるか決まったら、ちゃんと話がくるだろ」

 つっても、もう皆何となく察してっけど、とキーズが付け足した。年少の獣人達が、頼りない顔で、ジェイミの姿を探している。キーズは手を叩いて、彼らを促した。

「仕事に行こうぜ。昨日の今日で、しっかりしねえとどやされちまうぞ」

 もうすぐ、ドルミール卿がお越しになる。その準備もあり、やることは腐るほどにあった。
 アイゼは、気持ちが沈むのを切り替えた。ジェイミのことが、自分のせいにも思えて、仕方なかった。

「姫様は、また世話をされるのをいやがったって」
「陽の光が嫌いで、板で仕切らせてるって」

 仕事の合間に、ほいほいと飛んでくる姫様についての情報が、またアイゼを落ち込ませた。アイゼはというと、昨日の失態で世話役をはずされている。召使頭のアルマ直々に姫様のお世話にあたっているそうだが、うまくいっていないようで……それにより滞る仕事も多々あり、皆ぴりぴりとしていた。
 ただでさえ昨日のことがあり、皆張りつめているというのに、年少の獣人達が、必死の様相で仕事をしているのを見ると、いてもたってもいられない。悶々とした気持ちを追い払い、アイゼは必死に仕事に打ち込んだ。
 そんな折りのことだった。アルマに呼び出されたかと思うと、しかつめらしい顔で、「姫様のもとへ行け」と言われた。

「お前をお呼びだ」
「えっオレを? 何でですか」
「いちいち聞くんじゃない! 言っておくが、今度こそ粗相するなよ」

 アルマに頭をはたかれ、アイゼは「すみません」と頭を下げて、部屋に向かった。
 いったい、どういうことだろう。

「失礼いたします」

 噂通り、部屋の前には板が置かれていた。部屋の中も、ぐるりと大きな板で窓を塞いでいる。室内は暗かった。姫様はというと、寝台の上に座っているのがわかったが、すぐに平伏したアイゼには、その姿は見えない。

「あなたが、アイゼ?」

 昨日よりもずっとはっきりと発声された声は、とても澄んでいて、可憐だと思った。

「はい。アイゼと申します」

 姫は黙っていたが、小さく「同じ音」と呟いたのが、アイゼには聞こえた。

「昨日来てくれた?」
「はい! 昨日は、大変ご無礼をいたしました」
「ぶれい?」
「はい」
「ぶれいって何?」
「えっ! えーと、失礼と言うか、いやなことと言いますか……」

 問われるとは思っていなかったので、アイゼはしどろもどろになり返した。

「そんなことされてない」
「はっ?――あっ、申し訳ありません! お許しを!」

 意外な言葉に、アイゼは思わず顔を上げてしまった。アイゼは失態を悟り、慌てて、這い蹲った。
 姫は黙っていた。はげしく脈打つ自分の心臓の音を聞きながら、アイゼは「バカ野郎」と己をののしった。
 静かな、足音が近寄った。
 白い手が、アイゼのつくばい、地面と平行になった頬にのばされた。

「――……けがしてる」

 叫びそうになるのを、アイゼは必死で抑えた。これ以上失態はできない。

「顔を上げて。皆どうして寝るの?」
「ひ、姫様……」

 礼儀をとるべきか、姫の言うことを聞くべきか、考えた末に、アイゼは顔を上げた。思ったより顔が近く、アイゼはもう飛び上がりそうになった。昨日一瞬垣間見た美しい顔がそこにある。泡を食ってしまいたい気分だった。

「『罰』のせい? ジェイミも怪我してた」
「!」
「ごめんなさい」

 アイゼが目を見開くのと、姫の顔がかげるのは同時だった。

「ラルのせいで、ジェイミはひどい目にあうって。ラルは、ジェイミのことが知りたい。アイゼはジェイミを知ってる?」

 アイゼは言葉を忘れた。
 同時に、自分の心がふるえるのを感じていた。
 それは、今までに覚えたことのない、不思議な感動だった。
 静寂が広がる。
 ほんのわずかの沈黙だった。それなのに、気配はしんと冴えていた。
 アイゼは、これほどまでに無音を感じたことはなかった。鋭敏な感覚が、今この場所にのみ、集約されているのを感じた。
 何も考えられなかった。考えようという気持ちさえ起きなかった。

「ジェイミは……」
 
 なのに迷いなく言葉は、アイゼの口からこぼれ落ちた。
 そして音はまた、始まりだしていた。

 
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