王と王妃の恋物語

東院さち

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7 妃になるためのお勉強

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 シエラは少し時間をおいてからアラーナの部屋を訪れた。 アラーナが好むカモミールのハーブティーを淹れて、逃げ込んだ寝室の扉を叩くと、「どうぞ」と落ち着いた声で返答があった。

「アラーナ様、お茶をお持ちしましたわ」
「ごめんなさい。ありがとうございます」

 自分の行動を恥じて謝るアラーナの目にもう涙はなかった。お茶を載せたトレーを横に置いて、寝台の縁に座るアラーナの横に「失礼しますね」とシエラは腰掛けた。安心させるように抱きしめると、アラーナはホゥと身体の力を抜いた。

「怖かったですね。聞きました。私、知らなくて……」

 シエラが何のことを言っているのか気付いて、アラーナは真っ赤になってしまった。

「いえ、アルベルト様は私の年齢とか知らなかったんです……。私も意味がよくわからなくて、どうしていいのか困ってしまって……」
「それでも、アラーナ様が無事でよかった――」

 シエラの言葉はアラーナの気持ちをほぐしてくれた。アラーナは無理をせずシエラに微笑む事ができた。

「ありがとうございます。でも、アルベルト様には申し訳なくて――」
「申し訳ない?」
「はい。だって、私みたいな子供を妾妃の一人にしないといけないんでしょう? 私の胸は小さいし、まだお相手もできません。アルベルト様は、こんな私にも優しくしてくださって……、一緒に食事をしてくれたり、声を掛けてくださります。お忙しいのに、申し訳なくて――王は、本当に大変ですね」

 アルベルトが自分を構うのは王としての責務なのだとアラーナは思っていた。王としてアレント伯爵の娘を娶り、姉と王の従兄弟が王を謀ったことを隠さなくてはいけないのだと信じていた。

「アラーナ様、それは……アルベルト様に言ってはいけませんよ」
「アルベルト様に?」
「はい。アルベルト様にはそういうことは言わないほうがいいです」

 それはきっとアルベルトを煽ってしまうだろう。アラーナに自分の気持ちが全く伝わっていない事を気付けば、気付かせたいと思うのが男心だろう。先ほどアラーナに口付ける前にも同じような会話をしていた。

「シエラがそういうなら、言わないようにします」
「おねがいしますね。アラーナ様、男は狼ですからね、どれほど優しい顔をしていても自分と同じ言葉が通じると思わないように」

 アラーナは、よくわからなかったが、「男は狼ですか」と頷いた。月をみて吼えたりするのだろうかと思った。たしかにアルベルトと話していると、わからないことを言う事がある。それは、アルベルトが狼だからだろう。

「わかりました。気をつけますね」

 アラーナは、言葉が通じないと言ったシエラの顔があまりに真剣だったから、通じなかったことがあるのだろうと思った。

 カモミール茶を飲んで落ち着いた後、アラーナは女官長に護衛騎士を紹介してもらった。五人の護衛騎士は、アラーナ専属の騎士となる。二人は女性で、アラーナは少しだけホッとした。他の専属ではない近衛の騎士と組み、アラーナを護ってくれるという。

 そのうちの一人に、シエラは言葉を失った。

 五人と女官長が部屋を去り、教師を紹介してもらうまでの間にアラーナは顔色の悪くなったシエラに理由を聞いた。

「シエラ、顔が真っ白よ。具合が悪いのなら下がって休んでちょうだい」

 緩くシエラは顔を振った。その理由を聞いて、アラーナは絶句した。アラーナのために選ばれた護衛騎士の一人が、シエラの元夫なのだという。元ということは今は違うということだが、シエラの顔を見る限り、未だに思うところがあるのだろう。

「私、アルベルト様にお願いして替えてもらいます」
「いえ、……大丈夫です」
「そんな顔色で言われても……」
「いえ、アルベルト様がアラーナ様を護るために選んだのです。確かに彼は最適です」

 何がとは聞けない。シエラはフフフと暗い顔に怖い笑みを浮かべた。

「あの人の好みの女性は、四十歳らしいですから。アラーナ様に不届きな事をしない最高の人選です」

 四十歳では、シエラもその範囲に入らない。それがシエラが家を出た理由なのだろう。

「でもシエラ……」
「私はもう、いいんです。吹っ切ったとはまだ言えませんが、見ない振りをしても何も解決しないですし。あの人の話は一切聞きたくなかったのですが、アラーナ様を護る騎士としては、安心出来る腕を持っています」

 シエラの元夫は、レイモンド・ショウネス・エンディスという伯爵の子息だった。騎士というより貴公子といったほうがしっくりくるような男性で、柔和な微笑みはシエラを傷つけるような人には見えなかった。腰まである長い髪は、その美しさから前王に笑いながら肩から上に切ることを許さないといわれたほどで、アラーナも前王様ナイス! と思った。切れ長のその視線は、隙さえあれば常にシエラに注がていた。

 その後紹介された教師たちは、無知なアラーナを貶めたりしない品格のある人達だった。教えるということを楽しんでいて、アラーナも興味をもって勉強することができそうだった。
 今や妾妃の部屋は、王宮でも一番華やかで賑やかな場所となった。

「アラーナ様のお姉様にもこうやってお教えしたことがございますよ」

 全員とは言わないが、何人かはアラーナの王都の屋敷にも教えに来ていたらしい。

「お姉様のようになれたらいいのだけど……」

 比べられると辛いけれど、仕方のないことだと思う。

「毅然と美しい方でしたわ。今はお体を壊されて静養中だということですわね。お母様もお体が弱いとか……」
「ええ」
「アラーナ様は元気な方で、陛下も安心ですわね。アラーナ様の可愛らしさは……フフフ、陛下がいらっしゃったようですわよ」

 アルベルトは、忙しい合間にも勉強の進み具合などを知りたいのかよく部屋を訪れた。

「アルベルト様、お仕事はいいんですか?」

 アラーナが心配そうにアルベルトに寄り、お辞儀をすると後ろから「もう少しゆっくりですわ、アラーナ様」と教師から声がかかる。彼女の優雅なお辞儀を見本にもう一度ゆっくりと動作を心掛けると「それで完璧ですわ」と満足そうに教師は微笑んだ。その笑顔も真似をしようとすると、しかめっ面になったアルベルトはアラーナの頬をつねった。

「いたっ」
「アルベルト様!」
「陛下!」

 周りから非難の声が一斉にあがり、居心地が悪そうに目線を彷徨わせたアルベルトはアラーナを見つめた。アラーナは、何か失敗してしまったのだろうかと不安そうにアルベルトを見上げた。

「私はお前の笑顔が嫌いじゃない。どれほど美しく微笑んでもそれはお前の笑みじゃない」

 アラーナは言われた言葉の意味を考えた。

「私の笑顔が好きなんですか?」

 単純に聞いただけのアラーナは、アルベルトが赤くなるのを見て何故かホッとした。
 アルベルトは、意趣返しにとアラーナの頬に口付けた。

「ア、アルベルト様?」

 口をパクパクさせていると、周りから「ホホホ……」と温かい笑い声が聞こえた。

「アルベルト様、アラーナ様の勉強の邪魔をするつもりなら出て行ってください」

 一人冷気をまとっているシエラに、アルベルトは一瞥しただけで頷いた。

「しばらく大人しく見ている。続けろ」

 アルベルトは、部屋の端においているソファに腰掛けて、続きを促した。

 アルベルトが見ていると思うと自然と背中が伸びた。

 人前でキスされるのは恥ずかしいけれど……。
 もちろん二人きりでも恥ずかしいけれど……。

 アルベルトに口付けられるのは嫌じゃない。そう思ったら、耳まで赤くなってしまって、教師が「あらあら、アラーナ様、お可愛らしい」と言われてしまった。パンパンと手を叩き、教師はアラーナの思考を断ち切った。

「さぁ、立ち居振る舞いは、簡単に身につきませんからね。がんばりましょう」

 背が高いアラーナは気をつけないと粗暴に映ってしまうようで、沢山注意を受けた。体がミシミシいうほど疲れたけれど、教師の指導は厳しくも愛情を感じるので、アラーナは頑張った。

 そんなアラーナを見て、アルベルトは満足げに笑った。
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