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まさか 3

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 それからは穏やかに何日かが過ぎていった。仕事中に変なことをされることもなく、起きたらやられてるなんてこともなく、仕事が忙しい日常がただ連なっている。夜ご飯は一緒に食べることはあっても誘われることもなく、寮の前まで送ってくれる。

「寄らないの?」
「ああ、ゆっくりお休み。明日、迎えにくるから――」
「そっか、そうだな。お休み」

 クロードが話し合おうと言ってたのを思い出した。家に招待するとか言ってた。あのホテルのステーキとか食べられるのかと思うと涎がでそうだ。

「明日は泊まっていけるよね?」
「日曜日の夜は家に帰るけどな」
「そうだね。妹さんの結婚の話だったっけ?」
「あれは無くなったから……今度は良縁探さないとな」

 まさかケヴィンが妹じゃなくて俺を……なんて思ってもみなかったからな。

「良縁ってどんな人が好みなの?」
「持参金が少なくても妹を邪険にしないやつかな。あと、妹は狩りが好きなんだ。よくケヴィンと狩りに行ってたから結婚するんだと勘違いしてたんだ。まさか二人とも狩りをしたかっただけなんて思わないだろ」

 獲物がどうとか、なんか盛り上がってた。

「そうなのか。それなら紹介できる人がいるかもしれない。向こうに先に聞いてもいいかな? 付き合っている人がいないかとか調べないと」
「冗談じゃなく? お前、妹の顔もしらないのに勧めていいのかよ。あんまり貴婦人とか淑女って感じじゃないんだ」
「大丈夫だよ。もし合わないようなら違う人を紹介するよ」
「お前って……いいやつだったんだな」

 何となくだけど、クロードは変な男を紹介したりしないだろう。

「ご褒美にキス、していい?」
「あ、いいけど――」

 そう言えばキスもしてなかった。クロードと普通の友達みたいに過ごしていたら、別にそれはそれで満足できるというか、楽しくてすっかり忘れていた。

「アンリ、明日楽しみにしてるよ」

 頬を撫でられて、ゾクッとしたところをゆっくりとクロードの唇が下りてきた。寮の前だからかクロードは舌を入れずに何度もついばむようなくすぐったいキスを繰り返した。

「クロード、お休み」

 クロードが何を考えているのかはわからなかったが、もしかしたらこのままセフレも解消するつもりなのかもしれない。明日の話し合いがどういったものか考えるのが怖い。

「おやすみ、アンリ。いい夢を――」

 セフレでなくなっても、きっといい上司として側にいてくれるような気がした。

 どうせ部屋でヤって、食事して寝るだけだしと思ってギリギリホテルで恥ずかしくない服を着た。貧乏貴族の俺は城で働くための服か、反対に夜会できる服しかもっていない。

「もうソロソロかな」

 ドンドン! と扉がノックされてクロードかなと思って出たら同僚だった。

「アンリ! お迎えが――」
「お迎えって……」

 まぁ俺たちとは身分も違って上のクロードだからわからないでもないけれど、随分焦っているように見えた。

「今行くよ」
「早く!」

 王族でも来たような慌てぶりだ。まぁ侯爵の息子だから俺たちにとっては……なんて思いながら下りていったら、薔薇の花を小脇に抱えたクロードが立っていた。

 何? 思わず自分の後ろを確かめて、俺を迎えに来たんだよなと同僚に確認の視線を送った。

「おはよう、アンリ。迎えに来たよ。これ、朝に温室でつんできたんだ。部屋に飾って?」
「あ……ああ……。あり、がとう……」

 両手で抱えないと落としそうな量の薔薇をもらって俺は困惑した。

「アンリにはピンクが似合うと思ったんだ」
「そうか……?」

 多分クロードのほうが似合ってる。

「ああ、もちろんアンリの方が綺麗だよ?」

 寮に住んでいるやつらの目線が恐ろしく刺さる。痛い……。
 もしかして、好きだと言ったことへの嫌がらせなんだろうか。

「アンリ、出かけるんだったら花瓶に生けといてあげるわよ」

 寮生の世話をしてくれているおばさんがそう言ってくれたから、薔薇の花を渡した。

「お願いします。うちには全部入る花瓶がないので、よかったら皆でわけてもらえますか? 俺は何本かあったら十分なので。クロードいいかな?」
「もちろん、アンリがいいなら構わないよ」

 ここは城勤めでも比較的金をもっていない層の住人が多いから、皆歓声を上げた。多分、部屋に飾るのではなく、恋人にプレゼントするとか売り払うとかそういうことになるだろう。でもこんな沢山もらっても俺も困るんだ。

「行こうか」
「ああ……」

 朝からあんまりビックリしすぎた。でも、これはまだ序奏ににすぎないことに今の俺は気付いていなかった。

「うわっ!」

 ここは城の端にあるとはいえ、城の一部だ。そこにキラキラ美しい馬車が止まっていた。家紋はリスホード侯爵家のもの。

「どうぞ?」

 差し出された手を思わず握って、クロードを見た。

「なんで家紋入りの馬車なんだよ!」
「城の中を自由に馬車で走らせようと思ったら家紋入りじゃないと駄目でしょ」

 困った子だ、みたいな顔で言われても……。

「でもっ」
「乗って乗って。ここ、立地が悪くて家紋入りじゃないと馬車で迎えに来られないだよね」

 そりゃ、そうだ。もうツッコむのも疲れて、大人しく乗った。こんな豪華な馬車乗ったことないよ。

「アンリ?」
「いや、尻の下がやわやかすぎて、ちょっと……」

 乗り心地はいいんだけど、居心地が悪い。

「ならこっちにおいで」
「なっ! んで……」

 膝に乗せられた。最近スキンシップが減ってたから、ちょっと嬉しい。

「ふふっ、静かになったね」

 クロードはらしくなく、悪戯もしなかった。ただ、窓の外を見ていたり、時折俺を見て微笑む。
 まるで理想の王子様のようだ。
 俺はホテルまでの短い時間をクロードの香りに包まれて過ごしたのだった。
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