上 下
5 / 53

出会い 5 視点変更あり

しおりを挟む
「なぁ、飲もうぜ。俺の名前はアンリだ。あんたは?」
 
 アンリ! なんて素晴らしい響きだ。アンリ、この先何万回でも呼ぶつもりだ。

「クロード・リス――」
「いいよ、名前だけで」

 結婚相手は身分が高い方がいいと思っているみたいなことを言っておいて、家名を聞かないとは。私ほどの相手なら、家名など関係ないということだろうか。

「そうだな。名前さえあれば――」

 抱き合える。
 よし、酒を飲まそう。ちなみに私は輪っかだ。呑んでも呑んでも酔いもしない。父はそんなに強くないから母の家系だろう。友人が泣いていたな。お前なんか色のついた水でものんどけって。失礼なやつだ。まぁ招待状を融通してくれたからいい。アンリと私のキューピッドだ。

「お前も飲めよ」
 
 早く名前を呼んでもらいたくて訂正した。

「クロードだ」
「クロードっていうか、クロでいい。あんた昔飼ってた犬に似てる」

 多分、アンリは既に酔っている。

「ちょっと待て、私が犬だと」
「クロは格好いいんだぞ!」
 
 犬か。アンリの犬になるのも悪くない。アンリが自慢できる番犬になってやろう。
 アンリは犬のことが大好きだったんだろう。クロと呼ぶ目が優しい。

 二杯呑んだところで、アンリが潰れた。早々に抱き上げてその場を後にした。母の視線が刺さっている気がするけれど、今はそれどころじゃない。

「あれ、アンリ帰るのか? 大丈夫か?」

 知り合いだろう男に尋ねられて、半分寝ていたアンリがニコッと笑った。

「うん、クロがいるから――」

 その相手もアンリが犬のクロのことを言っているとは思わない。

「そうか、明日は休みだけど羽目を外しすぎるなよ」

 と馬車まで見送ってくれたので誰にも誰何されることなく無事にお持ち帰りができた。

 真っ新な身体は瑞々しく、乾いた心を潤してくれた。

「クロくすぐったい」

 なんて言われたら、一生犬でいいかと思ってしまう。
 激しく甘い夜を越えて、朝から散々アンリを味わった。一度で味わい尽くすことのできない甘味のようだ。気絶同然に眠りについたアンリの身体を拭いて眠っていると無粋なメッセージが届けられた。

『さっさと来なさい』

 ちなみに三通目だそうだ。昨日はドアを叩く音にも気づかなかった。母の呼び出し、そして感動の再会(?)を経て、やはり妹には会わせてもらえなかった。

『あなたの顔はやばいのよ。うちの家系のド直球の好みなの。妹の道を踏み外させたくなければ会わないでちょうだい』

 酷い、けれど諦めもついた。運命の出会いがあったから、我慢できる。妹は天使だが、アンリは女神だ! いや、神か。
 急いで帰ったのにアンリはいなかった。まさか帰ったのかと慌てて廊下を走り、柵を跳び越えて馬車付きに辿り着いた。
 アンリは驚いたように私を見つめた。色々言いたいことも突き詰めたいこともあったがアンリの一言で吹き飛んだ。

「パンケーキ美味しかったよ」

 昨日、寝物語にここのパンケーキの美味しさを語っておいて良かった。それがなければ、きっと間に合わなかっただろう。
 実家に帰るというアンリにキスをして満足した。始まったばかりなのだ。

 逃がさない――。

 後ろ姿を眺めてそう決めた。

「お客様、ホテルに戻られますか?」
「いいや、リスホード侯爵家へ向かってくれたまえ」

 今から練らねばならない。いかにしてアンリを手に入れるか。

 クロード・リスホード、齢二十六才にして隣国の大使を務めた男は明日からアンリ・ランティスの通う王宮で外務官を務めることになっている。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...