1 / 1
妹は聖女様
しおりを挟む聖女は二人いる。この事実は一部の人間にしか知らされていない。
天真爛漫な性格が好ましいのか、表向きの聖女は妹ソワノーラだった。少女が一人健気に重い役目をこなしている、という印象を与えられるのもよかったのかもしれない。もしくは唯一の聖女に無理はさせられないだろう? という民の良心への訴えか。
「――姉様。次の方からあとは、全員お願いね」
「……わかったわ」
五年ほど前から、ソワノーラとわたくしの力量に、差を感じ始めていた。その少し前から妹は今日のように患者の大半を、わたくしに押しつけるようになっていたので。勉強と実践の差だと思っているけれど。大切なお役目なのだから怠けてはダメだと注意しても無駄だった。
自分でもそれに気がついているのか、今では「姉様のほうが素晴らしい力を持っていらっしゃるのだから、よいではないですか」と開き直っている。
そのくせ、普段は自分こそが聖女だと。崇められていると。己の優位を示してくるのだから意味がわからないのだが。
もともと造作が似ている顔をさらに化粧で妹そっくりにして。わたくしは入ってきた妹と交代に休憩室から出ていくのだった。
はぁ……。こき使われすぎてわたくしが死んだら、困るのはあなたでしょうに……。
んん……?
「――姉様! 姉様っ! リュノワ姉様っ!!」
妹の声とドアを叩く音で、目を覚ましたわたくしはライトを点けた。ベッドから下りて寝間着に上着を羽織る。
「ソワノーラ、どうしたの?」
ドアを開けて廊下に立つ妹に問う。
「ねっ、姉様!」
「ええ――緊急の方?」
「そうです! とにかく、速くっ!」
涙を流す妹に腕を引かれながら廊下を走った。
「どなた? 容体は?」
「あ……私じゃ、治せないんですっ。ユアル様が……っ!」
要領を得ないが。妹の婚約者――平民の出で、騎士団長にまで出世したユアル・ヴァリロエが怪我をしたのだろう。
治癒室につくと、むせかえるような濃い血の臭いがした。急がなければ。
「騎士団長様! 今から治癒いたしますので、どうかご安心なさってください!」
ぐったりとベッドに横たわるユアル様に少し大きめの声をかけると。わたくしは集中して手のひらに力を込めて、負傷を治していった。
体や周囲につく血はそのままだが、これで怪我はなくなったはずだ。
「――ふぅ……。無事に、治癒完了いたしました」
ユアル様が薄く目を開けた。
「……ありがとう、ございます」
「いいえ。こちらこそ、いつも国を護ってくださってありがとうございます」
彼の美しい顔はまだ疲労の色をにじませていたので、
「ここで寝ていただいて、かまいませんから……」
と声をかけながら胸元をポンポンと優しく叩いた。
「――ユアル様! よかった、ご無事で! 心配いたしました!」
近くで治療を見ていたソワノーラは、横になる彼に覆い被さり抱きつこうとする。しかし彼は、妹を腕で制し起き上がり、ベッドの縁に腰かけた。
「……ソワノーラ、様。あなたは聖女様ではないのですか?」
「あっ」
わたくしたちは顔がかなり似ていると思うのだが、さすがに婚約者のユアル様は騙せなかったか……。まあ二人一緒にいるし無理か。
「……申し訳ありません、ユアル様。聖女は妹とわたくしの二人で担っているのですが、国の方針で表向きは一人ということになっております。どうか他言無用でお願いいたします」
「そう、なのですか……」
わたくしは頭を下げてお願いをする。顔を上げるとユアル様は俯いていた。そして彼はしばらくして顔を上げ口を開いた。
「ソワノーラ様。申し訳ないのですが、婚約の解消をお願いできないでしょうか?」
「なっ、なんで……っ!?」
取り乱すソワノーラ。修羅場の気配に固唾を呑んで見守る。少し妹が可愛そうに思えなくもないが……。
「以前お伝えした通りなのですが……。昔……まだ、ただの平民だった頃に。一度治癒を施してくださった聖女様を、俺は敬愛しております。ソワノーラ様がそれを覚えていてくださったので、婚約を了承したのですが……」
「だったら――」
「――ですが。心の中では幾度も違和感を覚えていたのです。一度だけですが、お会いできた聖女様とはなにかが、違うと」
「そんなはずは……」
「本当に、俺のことを覚えてくださっていますか? 彼女は、聖女様は治癒してくださったあとに、『よく頑張ったわね』と頭を撫でてくださいました。――その手つきは。今、さきほど、治癒をしてくださったソワノーラ様のお姉様の手つきにそっくりだったのです」
ん? ――わたくし? 確かに、治癒のとき子供の頭を撫でることはたまにあるけれど……。
自分の行動を思い返していると、ふと、ユアル様のほうから視線を感じる。彼はベッドから下りると、わたしくの前に歩いてきた。
自然とユアル様を見上げるかたちになる。純粋で吸い込まれそうな緑の瞳と目が合った。
「えっと、……なにか?」
「――聖女様。俺、あなたを護るために騎士を志しました。俺と結婚してください。一生あなたの側で、あなたをお護りしたいのです」
612
お気に入りに追加
91
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
私が消えたその後で(完結)
毛蟹葵葉
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。
シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。
皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。
シビルの王都での生活は地獄そのものだった。
なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。
家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。
【完結】私は関係ないので関わらないでください
紫崎 藍華
恋愛
リンウッドはエルシーとの婚約を破棄し、マーニーとの未来に向かって一歩を踏み出そうと決意した。
それが破滅への第一歩だとは夢にも思わない。
非のない相手へ婚約破棄した結果、周囲がどう思うのか、全く考えていなかった。
婚約者の私には何も買ってはくれないのに妹に好きな物を買い与えるのは酷すぎます。婚約破棄になって清々しているので付き纏わないで
珠宮さくら
恋愛
ゼフィリーヌは、婚約者とその妹に辟易していた。どこに出掛けるにも妹が着いて来ては兄に物を強請るのだ。なのにわがままを言って、婚約者に好きな物を買わせていると思われてしまっていて……。
※全5話。
戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?
新野乃花(大舟)
恋愛
健気に、一途に、戦いに向かった騎士であるトリガーの事を待ち続けていたフローラル。彼女はトリガーの婚約者として、この上ないほどの思いを抱きながらその帰りを願っていた。そしてそんなある日の事、戦いを終えたトリガーはフローラルのもとに帰還する。その時、その隣に親密そうな関係の一人の女性を伴って…。
愛せないと言われたから、私も愛することをやめました
天宮有
恋愛
「他の人を好きになったから、君のことは愛せない」
そんなことを言われて、私サフィラは婚約者のヴァン王子に愛人を紹介される。
その後はヴァンは、私が様々な悪事を働いているとパーティ会場で言い出す。
捏造した罪によって、ヴァンは私との婚約を破棄しようと目論んでいた。
婚約者を寝取った妹にざまあしてみた
秋津冴
恋愛
一週間後に挙式を迎えるというある日。
聖女アナベルは夫になる予定の貴族令息レビルの不貞現場を目撃してしまう。
妹のエマとレビルが、一つのベットにいたところを見てしまったのだ。
アナベルはその拳を握りしめた――
【完結】何やってるんですか!って婚約者と過ごしているだけですが。どなたですか?
BBやっこ
恋愛
学園生活において勉学は大事だ。ここは女神を奉る神学校であるからして、風紀が乱れる事は厳しい。
しかし、貴族の学園での過ごし方とは。婚約相手を探し、親交を深める時期でもある。
私は婚約者とは1学年上であり、学科も異なる。会える時間が限定されているのは寂しが。
その分甘えると思えば、それも学園生活の醍醐味。
そう、女神様を敬っているけど、信仰を深めるために学園で過ごしているわけではないのよ?
そこに聖女科の女子学生が。知らない子、よね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ざまぁがどこにも見当たりませんなぁ
え!続きプリーズ。これからどうなるの?