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03:娘と魔法使い

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そのとき、視界が光に包まれる。
突然のことで思わず目を覆った。もしかして転移の術式が作動したのだろうか。
だが、浮遊感も何もなく、塔内の黴臭さもそのままだった。不思議に思い目を開けると、光は収まっており、自分の居る場所は変わっていなかった。

何だったんだろう。恐る恐る周囲を見回して、はっと息をのむ。

少し離れたところに、女性が立っていた。
質素な黒いドレスを身に纏い、上品さを感じさせる佇まいの女性は、静かにヒメルを見つめている、はずだ。目を細めているのか瞼は閉じられている。言葉も出せずにヒメルは彼女を見つめていると、ふと、彼女は口を開いた。


「あなた……すごく真っすぐな魂の輝きをしているわね」
そして、微笑んで手を差し出す。

「私のところに来る?」


一も二もなくヒメルは頷き、その手を握った。



ヒメルを連れ出した女性は、森の中の小屋に住んでいる。
使い魔たちと共に静かな暮らしを営んでおり、薬草を栽培したり採取して薬をつくり山の向こうの街に売っているようだ。
女性は目が見えないようだが、魔法を使うことで日常生活には問題ないようにしている。
名前を尋ねると、少し考えたあと「レイ」と名乗った。

(……とんでもない人だわ)
ヒメルは確信した。レイが自分のところに現れ、自分を連れ出した魔術は明らかに転移の術式。その上失明の補助魔法を一日中展開しているだなんて尋常じゃない魔力と知識を持っている。
しかも使い魔、と言っていたがヒメルの目には精霊にしか見えなかった。ふわりふわりと舞う暖かな光の球。レイになつく素振りを見せており、精霊に好かれていることも容易にわかる。
なんとなく彼女の正体には察しがついた。だが、口に出すわけにはいかないのだろう。わざわざ彼女は偽名を使ったのだから。

ヒメルはレイを森の中に住む魔法使いとして認識している、という振る舞いをし、彼女に弟子入りした。


レイのもとで様々な魔法を学んだ。魔法だけでなく、自然や生態系、薬学や薬草の栽培方法。料理については使い魔たちから学んだ。レイは少し、というかかなり自分の食生活には無頓着だったのだ。
「研究をしていると食事のこと、忘れちゃうのよね」
そういって申し訳なさそうに笑う彼女に、ヒメルは「わかります」と頷いた。ヒメルにも似たようなところがあったからだ。だからといって、弟子という身分なので料理等の雑務を怠るわけにはいかない。生活能力を身に着けるのは大事なことだ。


ある日、レイはヒメルに年を訪ねた。十七です、と答えるとレイは驚きの声をあげた。
「うそ、学校は?」
「不要だとして行かせてもらえませんでした」
「そうなの……ごめんなさいね」
眉尻を下げる彼女に、ヒメルは首を傾げた。どうしてこの人が謝らなければいけないのだろう。悪いのは教育を怠った親だ。それに。
「……師匠のせいじゃないですよ」
婚約者だったからと、ヒメルの親である人間の無責任さを矯正できなかったことに申し訳なさを感じる必要なんてない。

ヒメルの答えに、レイはきょとんとしてから「……ええ、悪いのは親ね」と言った。ヒメルも同意する。
レイは、恐らくヒメルがくそったれの御伽噺でできた子供であることを知っている。自分の元婚約者の娘であることを理解している。決して口に出さないのは、ヒメルも言わないからだろう。
どうして憎い人間の子供を救ったのかは不思議だった。レイがうけた仕打ちからすれば、憎悪の矛先が子に向かってもおかしくはない。もしヒメルの境遇に気付いていたって放置しても、誰も罪に問わないはずだ。

それでも、レイはヒメルを助けた。

お人よしか、何か打算があるのか……心が清らかなものにひかれる精霊がいることを考えれば、前者だろう。やっぱり御伽噺なんて信じるべきじゃないのだ。
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