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第三部第一章 国奪りイベント(祭りの前)
セッション68 青空
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イタチ建国より二週間後、僕達は平和な日々を謳歌していた。
「……来ねーじゃねーか、朱無市国からの刺客」
「ああ……来ないな……」
広場の一角に座り込み、僕とイタチはボーッと日向ぼっこに勤しんでいた。広場の真ん中ではステファが信者達を前に説教を行っている。普段は全身甲冑を着込んでいる彼女だが、今は修道服に身を包んでいた。踝丈のゆったりしたローブと黒いベール付きの頭巾だ。所謂シスター服であり、冒険者ではなく教徒としての彼女の姿だ。『青空聖女』の二つ名を持つ彼女に相応しい格好だと言える。
信者達も修道服だ。男性信者はカソックに近い服を着ているが、彼らの宗派はあくまで『大帝教会ステファーヌ派』である。一〇〇〇年前まで存在していた某宗教ではない。
「てっきり早くても二日後、遅くても一週間内には何か動きはあると思っていたんだが」
「うむ。どうもギルド連中が祖父さんに遠慮しているらしくてな」
「あー……お前の祖父さん、ギルド本部総長だからなー」
朱無市国は国力の殆どをギルドによって支えられている。財政力こそ東日本有数だが、軍事力は乏しいのだ。市外に向ける戦力はない。故に市国が物理的に事を為したい時は冒険者ギルドや傭兵ギルドに依頼して動いて貰う必要がある。
しかし、この阿漣イタチこそは全ギルドの頂点・阿漣ジンベエの孫だ。ギルドメンバーとしては自分達のボスに歯向かう構図になりかねない。『総長のお孫様と全面的に敵対する訳にはいかない。今後の保身の為にも』――そんな理由でギルド全体が委縮してしまい、市国からの依頼を渋っているのが今の状況だ。
「利用出来るものは全て利用するだけだとはいえ……ふん。この俺様は既には祖父さんから袂を分かったというのに。ギルド連中め。全く余計な気を回しおって」
「まあお陰でこっちの準備は済ませられたし」
「済ませたといってもまだ第二段階までだがな」
イタチの朱無市国返り討ち計画は幾つかの段階に分かれている。
第一段階は朱無市国からの脱出。
市国にあるイタチ邸、そこに留まったままでは袋叩きにされてしまうのが目に見えている。故に建国のニュースが流れる前に市国を発った。ニュースを見て市国貴族連中が激昂した頃には既に僕達はいない。もぬけの殻になった館を見て、彼らは地団駄を踏んだ事だろう。
第二段階は今屯灰夜によるスパイ活動。
我らが『カプリチオ・ハウス』の受付嬢である灰夜を冒険者ギルドに戻した。経歴不明ながらも長年ギルドに勤めていた彼女であれば、余程の事でなければギルドも頭が上がらない。そんな彼女にギルドの内情を調べさせて、市国貴族が雇った戦力の数と性質を僕達に報告させるのが第二段階だ。
この第二段階で二週間が経ってしまっているのだが。
「とはいえ、さすがにもうそろそろ決まるだろう。祖父さんに逆らっても痛くも痒くもない連中……恐らくはギルドを追放されても問題ないくらい規模がデカい奴らか、もしくは元々祖父さんには追従していない奴らが選ばれる筈だ」
「デケーのかアウトローなのかか……どっちにしても厄介だな」
規模の大きな団体はそれだけ保有している戦力も多いという事になる。アウトローな団体はそもそもギルド本部の恩恵に与らなくても生きていける程に強かである事を示している。いずれにしても強敵になる事は間違いない。
「計画の第三段階、戦力の確保も既に手配は済んだ。ステファの教徒に風魔忍軍。それに幾つかの隠し玉……そして、『五渾将』」
「『五渾将』ね。さて、どう出るかな、あいつら」
イタチはダーグアオン帝国皇女シロワニ・マーシュを相手に「『五渾将』が一人『狡知の神』ロキの身柄と引き換えに今回の件に一枚噛め」と交渉した。シロワニは「『五渾将』をよこす」と言っていたが……以降の連絡は来ていない。どういう風に「よこす」つもりなのか詳細が不明だ。一体何を企んでいるのか。
「第四段階は……こればかりは先んじてやる訳にはいかんからな。致し方あるまい」
「そうだな。まあアレはなあ。準備までしか出来ねーからな」
「第五段階も、これも先には着手は出来ん。とはいえ、概ね計画は順調だ。細工は流々、仕掛けは上々、後は仕上げを御覧じろよ」
などとイタチの駄弁っていると、ステファの説教が終わった。解散する信者達から離れ、こちらに歩いてくる。
「こんにちは、二人とも。私の説教は聞いて下さいました?」
「おう、お疲れさん。聞いてた聞いてた」
「本当です? 何か返事がいい加減じゃありませんか?」
「そんな事ねーよ。なあ、イタチ」
「ふん。聞いていようと聞いていまいと意味などなかろう。どうせ貴様の教義は俺様の覇道にはそぐわん」
「またそういう事言う……」
そろそろこいつらとの付き合いも長くなってきたが、この辺りの相容れなさは変わらずだった。未来の法王と未来の覇王。秩序と武力。相容れる筈もない。
まあ仲間だからって全部が全部同調しなきゃいけねーって訳でもねーしな。有事になりゃきちんと協力はする連中だし、思想まで足並み合わせる事もあるまい。
とその時、イタチの『冒険者教典』から着信音が鳴った。イタチがページを開く。そこには「発信者:今屯灰夜」と表示されていた。
ページから灰夜の声が届く。
『――やあ、お待たせ。ようやく市国貴族が雇うギルドが決まったよ』
「……来ねーじゃねーか、朱無市国からの刺客」
「ああ……来ないな……」
広場の一角に座り込み、僕とイタチはボーッと日向ぼっこに勤しんでいた。広場の真ん中ではステファが信者達を前に説教を行っている。普段は全身甲冑を着込んでいる彼女だが、今は修道服に身を包んでいた。踝丈のゆったりしたローブと黒いベール付きの頭巾だ。所謂シスター服であり、冒険者ではなく教徒としての彼女の姿だ。『青空聖女』の二つ名を持つ彼女に相応しい格好だと言える。
信者達も修道服だ。男性信者はカソックに近い服を着ているが、彼らの宗派はあくまで『大帝教会ステファーヌ派』である。一〇〇〇年前まで存在していた某宗教ではない。
「てっきり早くても二日後、遅くても一週間内には何か動きはあると思っていたんだが」
「うむ。どうもギルド連中が祖父さんに遠慮しているらしくてな」
「あー……お前の祖父さん、ギルド本部総長だからなー」
朱無市国は国力の殆どをギルドによって支えられている。財政力こそ東日本有数だが、軍事力は乏しいのだ。市外に向ける戦力はない。故に市国が物理的に事を為したい時は冒険者ギルドや傭兵ギルドに依頼して動いて貰う必要がある。
しかし、この阿漣イタチこそは全ギルドの頂点・阿漣ジンベエの孫だ。ギルドメンバーとしては自分達のボスに歯向かう構図になりかねない。『総長のお孫様と全面的に敵対する訳にはいかない。今後の保身の為にも』――そんな理由でギルド全体が委縮してしまい、市国からの依頼を渋っているのが今の状況だ。
「利用出来るものは全て利用するだけだとはいえ……ふん。この俺様は既には祖父さんから袂を分かったというのに。ギルド連中め。全く余計な気を回しおって」
「まあお陰でこっちの準備は済ませられたし」
「済ませたといってもまだ第二段階までだがな」
イタチの朱無市国返り討ち計画は幾つかの段階に分かれている。
第一段階は朱無市国からの脱出。
市国にあるイタチ邸、そこに留まったままでは袋叩きにされてしまうのが目に見えている。故に建国のニュースが流れる前に市国を発った。ニュースを見て市国貴族連中が激昂した頃には既に僕達はいない。もぬけの殻になった館を見て、彼らは地団駄を踏んだ事だろう。
第二段階は今屯灰夜によるスパイ活動。
我らが『カプリチオ・ハウス』の受付嬢である灰夜を冒険者ギルドに戻した。経歴不明ながらも長年ギルドに勤めていた彼女であれば、余程の事でなければギルドも頭が上がらない。そんな彼女にギルドの内情を調べさせて、市国貴族が雇った戦力の数と性質を僕達に報告させるのが第二段階だ。
この第二段階で二週間が経ってしまっているのだが。
「とはいえ、さすがにもうそろそろ決まるだろう。祖父さんに逆らっても痛くも痒くもない連中……恐らくはギルドを追放されても問題ないくらい規模がデカい奴らか、もしくは元々祖父さんには追従していない奴らが選ばれる筈だ」
「デケーのかアウトローなのかか……どっちにしても厄介だな」
規模の大きな団体はそれだけ保有している戦力も多いという事になる。アウトローな団体はそもそもギルド本部の恩恵に与らなくても生きていける程に強かである事を示している。いずれにしても強敵になる事は間違いない。
「計画の第三段階、戦力の確保も既に手配は済んだ。ステファの教徒に風魔忍軍。それに幾つかの隠し玉……そして、『五渾将』」
「『五渾将』ね。さて、どう出るかな、あいつら」
イタチはダーグアオン帝国皇女シロワニ・マーシュを相手に「『五渾将』が一人『狡知の神』ロキの身柄と引き換えに今回の件に一枚噛め」と交渉した。シロワニは「『五渾将』をよこす」と言っていたが……以降の連絡は来ていない。どういう風に「よこす」つもりなのか詳細が不明だ。一体何を企んでいるのか。
「第四段階は……こればかりは先んじてやる訳にはいかんからな。致し方あるまい」
「そうだな。まあアレはなあ。準備までしか出来ねーからな」
「第五段階も、これも先には着手は出来ん。とはいえ、概ね計画は順調だ。細工は流々、仕掛けは上々、後は仕上げを御覧じろよ」
などとイタチの駄弁っていると、ステファの説教が終わった。解散する信者達から離れ、こちらに歩いてくる。
「こんにちは、二人とも。私の説教は聞いて下さいました?」
「おう、お疲れさん。聞いてた聞いてた」
「本当です? 何か返事がいい加減じゃありませんか?」
「そんな事ねーよ。なあ、イタチ」
「ふん。聞いていようと聞いていまいと意味などなかろう。どうせ貴様の教義は俺様の覇道にはそぐわん」
「またそういう事言う……」
そろそろこいつらとの付き合いも長くなってきたが、この辺りの相容れなさは変わらずだった。未来の法王と未来の覇王。秩序と武力。相容れる筈もない。
まあ仲間だからって全部が全部同調しなきゃいけねーって訳でもねーしな。有事になりゃきちんと協力はする連中だし、思想まで足並み合わせる事もあるまい。
とその時、イタチの『冒険者教典』から着信音が鳴った。イタチがページを開く。そこには「発信者:今屯灰夜」と表示されていた。
ページから灰夜の声が届く。
『――やあ、お待たせ。ようやく市国貴族が雇うギルドが決まったよ』
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