上 下
70 / 120
第二部第四章 クーデターイベント(当日)

セッション62 切断

しおりを挟む
 狼王フェンリル。
 悪神ロキの息子。巨大なる狼であり、その口は開けば上顎が天にも届いたという。神話の終末ラグナロクでは北欧の大神オーディンを喰い殺した。





「ステファ! しっかりしろ、ステファ!」
「あっ……ぎっ、ひっ……ひぃあっ……!」

 滝の様な脂汗を浮かべてステファが膝を突く。ステファは悲鳴を上げそうになりながら、苦痛のあまりに声も出ない様子だ。奥歯をカチカチと鳴らしている。
 右腕は二の腕の半ばから先がなく、右腕だったものは幾十もの肉片となって地面に落ちていた。僕はすぐさまステファに駆け寄ったが、出来る事が何もない。僕の治癒聖術ヒールではどうあっても彼女の腕は治せない。

「……空間切断……ですか?」
「えっ……?」

 涙を滲ませて深呼吸を数度繰り返し、ようやくステファは少しだけ落ち着いた。痛みに震えながらも彼女は気丈にロキを見上げる。

「今……貴方の手刀が目の前に迫った瞬間、貴方の姿が縦に割れて見えました……。まるで一枚の絵を裂いたみたいな……不自然な割れ方……。恐らく、原因はその手刀……つまりその手刀で空間を斬った結果と思われます……!」
「空間を斬った……?」

 戦慄の感情と共にロキを見る。ロキは感心したと眉を弧にして軽く微笑んだ。

目敏めざとい娘ねぇ。そこまで見破られているのなら、御褒美として解説してあげましょうか。
 貴女の推理は半分まで正解よ。何故ならこの手刀は時空切断。空間だけじゃなく、時間をも断つの。この手刀に斬れないものはないわ」
「時空切断……!」
「そう――個人ではなく世界に対する魔術よ」

 ロキ曰く、彼の手刀は空間を切断し、時間を無視し、あらゆる事象を粉砕せしめる魔術なのだという。世界より下位の存在である人類には防ぐ事は叶わず、対象は時空ごと切り裂かれる。それはまるで三次元の人間が二次元の絵を、紙ごと裂くかの如く一方的に。如何なる防御も無効化する絶対切断。それがロキの左手に宿る力――狼王の権能だ。

「手刀である以上、腕の届く範囲でしか攻撃出来ないのが難点だけどねぇ。まあ、それを補うのがこの鎖鎌な訳で」

 言って、ロキが鎖鎌の刃をかざす。狼を模した刃だ。油が滴りそうな光沢を放ち、鋭さを見せ付けている。ステファの首など容易く掻き切れると言わんばかりだ。

「痛いのは辛いでしょう。今、楽にしてあげるわ――息の根を止めてね」
「テッッッメ――――!」

 激昂の声を上げ、僕はロキに突貫する。突貫しながら柄を短く持った。杖を曲刀と同程度の扱いにしたのだ。これで実質二刀流だ。曲刀と杖に『剣閃一断ケンセンヒトタチ』を纏わせてロキの鎖にも対抗出来る様にする。
 ロキが僕を凶笑と鎖で迎える。攻防一体のドームが三度展開された。

「『剣閃一断ケンセンヒトタチ』同時二撃――『二重桜フタエザクラ』!」

 曲刀と杖を鋏の様に交差させて同時に放つ。弾かれる。鎖のドームを突破出来ない。構わない。頭に血が上った僕は一度防がれた程度では止まらない。

「『剣閃一断ケンセンヒトタチ』平行二撃――『桜並斬サクラナミキ』!」

 平行に並べた曲刀と杖で斬り込む。弾かれる。鎖の勢いはまるで収まらない。まだだ。まだ魔力は残っている。まだ攻撃を終わらせない。

「『剣閃一断ケンセンヒトタチ』交差連撃――『桜閃々サクラセンセン』!」

 曲刀で斬り付け、曲刀の峰に杖を叩き付ける。交差する形で打たれた曲刀が更に一撃分、強い力で鎖を打ち抜く。しかし、これも弾かれる。
 畜生、やはり駄目だ。ステファがいても太刀打ち出来なかったというのに、僕一人じゃどれ程猛ろうともロキを攻略出来ない。
 だが、まだだ。まだ諦めない。

「『竜の吐息ドラゴンブレス』――!」

 口腔内から魔力の砲撃を放つ。蛇王から奪ったばかりの竜の吐息ドラゴンブレスだ。伝説の生物が誇る伝家の宝刀。ステファの結界バリアすら粉砕する破壊の奔流だ。幾らロキといえど直撃を受ければ無事では済まない。
 かくして、鎖のドームは砕かれた。だが、

「駄目よぉ、竜の吐息ドラゴンブレスは高威力な分、隙が大きいんだから。もっと距離を取ってから使わないと、その隙にこうやって簡単に近付かれちゃうわよ」
「しまっ――」

 ロキには届いていなかった。
 僕が竜の吐息ドラゴンブレスを使おうとした瞬間、既にロキは鎖のドームを捨てていた。鎖を囮に僕の注意を逸らし、僕の懐に潜り込もうと判断したのだ。その判断は功を奏し、ロキは僕に肉薄する事に成功した。

「――『大神呑み込む狼王フェンリル・ミゼーア』!」

 ロキが左手刀を振るう。躱そうと足掻くが、竜の吐息ドラゴンブレスを放った直後で態勢が悪い。掬い上げる様に繰り出された手刀が逃げ遅れた僕の左脚を断つ。手刀の切れ味は鋭いという概念を超え、太腿から下を一切の抵抗なく斬り落とした。

「ぐっ、ぎぃああぁあああぁぁぁぁぁっ!」

 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!
 激痛と喪失感が脳を支配する。何度も死んで、自殺すら経験した僕だが、痛覚が軽くなった訳ではない。負傷の度に痛覚は依然として僕を苛んでいるのだ。ましてや四肢の欠損となれば苦痛は一際だ。脈打つ痛みに意識が明滅する。

「ぐっ、うぐぅ、あぁああっ……! はあ、はあ……! て、テメー……! 今の一撃、何故胴体を狙わなかった!?」
「胴体を貫いて貴女が死んだら、女神シュブ=ニグラスが出てくるかもしれないでしょう? そうでなくても、蘇生の為に私が喰われるかもしれないじゃない。だったら即死しそうな部位は避けるわよ。危険は冒さないわ」
「ちっ……!」

 そうだった。こいつ、ヘルに「僕を殺すな」と忠告していたんだった。僕を殺す事で何が起きるかを既に知っているんだった。

じく脚を失っちゃあもう逃げる事も戦う事も出来ないでしょう? でも念の為……そうね、きき腕も落としておきましょうか。そっちの娘……ステファちゃんっていったっけ? ステファちゃんとお揃いにしてあげるわね」
「畜生……!」

 どうする。ここはまた自殺して、シュブ=ニグラスを召喚するか? 僕がシュブ=ニグラスを出してくるのを警戒しているという事は、ロキにとってもシュブ=ニグラスは厄介な敵の筈。召喚すれば、あるいは勝てるか?
 いや、ここは天空議事堂だ。こんな場所で五〇〇メートルもの巨体を持つ彼女が現れたら議事堂が落っこちてしまう。そうなったら全滅だ。ステファも会議室にいる栄も死んでしまう。シュブ=ニグラスをべないのはこちらも同じだ。

 とはいえ、残存魔力量は少ない。撃てる大技は一発が限度か。もう無駄遣いは出来ない。やはり技は連発するものではなかったかと思うが、しかし連発なくしてロキの鎖とは拮抗出来なかった。であれば、どうするか。

 …………。
 ……クソ。何のアイデアも思い付かない。考えろ。ここで僕が戦闘不能になったらステファが殺されるんだぞ。考えろ、考えろ考えろ考えろ……!

 焦燥に脳漿が沸騰する。だが、何の策も思い浮かばない。そうこうしている内にロキが一歩、また一歩と近付いてきていた。とうとうロキが僕の目の前に立ち、鎖鎌を掲げる。ぎらつく刃を僕はただ睨む事しか出来ない。
 ロキが鎌を振り下ろす。迫る凶刃に背筋が凍て付いた。その時だった。


 桜嵐が跳ね起き、ロキを軍刀で叩き斬った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

朝起きたら女体化してました

たいが
恋愛
主人公の早乙女駿、朝起きると体が... ⚠誤字脱字等、めちゃくちゃあります

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】ダイブ〈AV世界へ堕とされたら〉

ちゅー
ファンタジー
なんの変哲も無いDVDプレーヤー それはAVの世界へ転移させられる魔性の快楽装置だった 女の身体の快楽を徹底的に焦らされ叩き込まれ心までも堕とされる者 手足を拘束され、オモチャで延々と絶頂を味わされる者 潜入先で捕まり、媚薬を打たれ狂う様によがる者 そんなエロ要素しかない話

TS調教施設 ~敵国に捕らえられ女体化ナノマシンで快楽調教されました~

エルトリア
SF
世界有数の大国ロタール連邦の軍人アルフ・エーベルバッハ。彼は敵国アウライ帝国との戦争で数え切れぬ武勲をあげ、僅か四年で少佐にまで昇進し、救国の英雄となる道を歩んでいた。 しかし、所属している基地が突如大規模な攻撃を受け、捕虜になったことにより、アルフの人生は一変する。 「さっさと殺すことだな」 そう鋭く静かに言い放った彼に待ち受けていたものは死よりも残酷で屈辱的な扱いだった。 「こ、これは。私の身体なのか…!?」 ナノマシンによる肉体改造によりアルフの身体は年端もいかない少女へと変容してしまう。 怒りに震えるアルフ。調教師と呼ばれる男はそれを見ながら言い放つ。 「お前は食事ではなく精液でしか栄養を摂取出来ない身体になったんだよ」 こうしてアルフは089という囚人番号を与えられ、雌奴隷として調教される第二の人生を歩み始めた。 ※個人制作でコミカライズ版を配信しました。作品下部バナーでご検索ください!

転生してもノージョブでした!!

山本桐生
ファンタジー
八名信夫40歳、職歴無し実家暮らしの無職は運命により死去。 そして運命により異世界へと転生するのであった……新たな可愛い女の子の姿を得て。 ちなみに前世は無職だった為、転生後の目標は就職。

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...