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第二部第四章 クーデターイベント(当日)

セッション53 天敵

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 道中は三護の快進撃だった。
 階下ではまたしてもゾンビ地獄が展開されていたのだが、だからこそ三護の独壇場だった。不死者ゾンビである以上、『不死否定魔術モルディギアン』には抵抗出来ない。次々にゾンビ共は不死魔術を断ち切られ、ただの死体に戻されていく。
 ゾンビ共にとって三護はまさに天敵だった。三護というよりモルディギアンがと言うべきだが、使い手は三護なのだから彼の戦果で良いだろう。
 という訳で、特に苦労もなく、僕達はエントランスホールにまで辿り着いた。エントランスホールは広い上に天井が高く、二階まで吹き抜けの構造となっている。

「――さて、ここからどうするかじゃのう」
「ロキを追い掛けるのにどこへ向かうかだな」
「うむ。……議事堂が空中に浮いていて脱出は不可能故、空でも飛べん限りは逃げ場はない筈じゃが……」

 エントランスホールでもモルディギアンが猛威を振るい、着いた瞬間にゾンビ共は無力化された。周囲には敵がいない状況だ。お陰でこうして僅かながらも作戦を練る時間がある。

「シロワニは空間転移が使えたぞ。ロキも使える可能性はあるのか?」
「ロキはニーズヘッグという蛇竜リントヴルムを飼っていた筈です。それがここに来ていたら、それに乗っての脱出も考えられます」
「そうじゃったな。脱出しようと思えば出来るのか。厄介じゃな……」
「桜嵐が追っているから、すぐに逃げられるって事もねーと思うけど」
「むしろあいつ一人でロキを倒しちまうかもな。『東国最強の生物』のヤバさはマジでヤベェんだから」

 冒険者の一人が語彙力なく桜嵐に慄く。
 確かに竜を一撃で屠れる桜嵐であれば、その可能性も高いだろう。しかし、

「かといって、追わねー訳にはいかねーだろ。どんな不測の事態があるか分かりゃしねーんだから」
「じゃあ、どうするんだ? イタチ一派。手分けして捜すか?」
「未知数の場所で戦力を分散するのは得策とは思えませんが……」
「とはいえ、そもそも俺達ゃ別々のグループだろ? 付け焼き刃の連携をするよりも、それぞれで動いた方が無理がねえんじゃねえのか?」
「うーん……」

 一理ある。大体、冒険者や傭兵なんて元々荒くれ者だった連中だ。連携だの協力だの期待する方が間違いだろう。であれば、確かにバラバラに動いた方が効率が良いかもしれない。

「――結論は出たかしら? それじゃあ、そろそろお邪魔するわね」

 扉を開く音と一緒に声が飛んできた。何者かと声がした方を見ると、部屋の一つから一人の少女が出てきた。
 青黒いゴシックドレスに身を包んだ、白髪の少女だ。外見年齢は十歳程度。左半身に障害でもあるのか、左足を引き摺って歩いていた。
 その顔は僕達が良く知っているものだった。

「久し振りね、ドクター・三護」
「汝……!」

 少女の顔は三護と瓜二つだった。

「――なーんて、私は貴方の事なんて知らないけど」
「……誰だお前」

 少女に向けて偃月刀を構える。この場面でこの態度でこの登場の仕方。まず間違いなく味方ではあるまい。

「私はヘル。ロキの息子、冥王ヘルよ。今はパパの『獣憑きビースト・ポゼッション』によってこの亡骸を器としているわ」
「ロキの息子……!」

 案の定、彼女――否、彼は敵だった。しかも『五渾将』の子だったとは驚きだ。

「北欧神話において冥王ヘルは女性だと聞いていたが?」
「良く知っているわね。今の時代、北欧の知識なんて途絶えている筈なのに。
 私が女だったのは生前までの話よ。今はパパのスキルの一部。スキル自体に性別はなく、憑依先の性別に縛られるしかないの。この器は男の子だから今は息子と名乗るべきなのよ。生前の名残で女の子の服が好きだから、こうして着ているけど」
男の娘オトコノコって奴か」

 まあそういう趣味もあるだろう。
 その話は置いといて、三護と同じ顔をしているのはどういう事だ。そういえば、三護の肉体は死体を加工したものだと言っていたが、その死体をどこから調達してきたかについては聞いた事がなかった。何か関係があるのだろうか。

「おい、三護。あいつとは一体どういう関係……!?」

 三護に目を向けて、驚いた。
 彼が今まで見た事がない程に険しい顔をしていたからだ。彼は基本、魔術依存者ジャンキーとしての琴線に触れなければ穏やかなのだが、今は目付きを鋭くし、警戒心と不快感を露わにしていた。

「……汝。その肉体をどうやって手に入れた?」

 険しい顔のまま三護がそう問う。対して、ヘルはケラケラと笑って答えた。

「勿論、パパから貰ったのよ。パパは貴方と同じルートでこの子を手に入れたわ。当然よね。他にこの子達を作っていた所に関われる方法なんてないものね」
「作った……?」

 どういう事だろうか。殺して死体にしたのではなく、商人から死体を買ったのでもなく、死体を作ったという表現――否、「死体を作った」とは言っていないか。ヘルは「この子達を作った」と言ったのだ。人間を作った後に死体にして、それを器にしたという可能性もある。

「まさか……あそこにいたのか、ロキが……!?」
「おい、三護。あいつは何の事を言っているんだ?」
「……すまんが、説明は後にしてくれ。ロキに訊きたい事が出来たのでの。尚更早く奴を追わねばならん」
「そうか……ま、いっか。よし、じゃあブッ倒すか」

 偃月刀を握る手に改めて力を籠める。
 三護とヘルの事情は気になるが、確かに今は追跡中だ。直接関係ない事を気にしている余裕はない。さっさとヘルを倒して次へ行くとしよう。

「亡骸を器としている、と言ったな。じゃあ、こいつが通用するじゃろう。――『不死否定魔術モルディギアン』!」

 三護の体から黒い影が現れる。今や何度も見た死神だ。死神は獲物を狩る虎の様に不死者ヘルに襲い掛かる。だが、

「通用するわよ。当たれば、だけどね!」

 死神の手はヘルまで届かなかった。ヘルの足元に転がっていた死体が急に起き上がり、影とヘルとの間に立ち塞がったのだ。身長二メートルは優に超える禿頭の大男だ。男は黄と黒の斑点が描かれたマントを裸の上半身に羽織っていた。
 死神は男に当たると文字通り霧散した。男にもヘルにも変化は全くない。

「何……!? ゾンビがモルディギアンを無効化した、じゃと……!?」
「ふっふーん。違うんだなあ、ゾンビじゃないんだなあ。一体だけだけど、私もパパと同じ様に『獣憑きビースト・ポゼッション』が使えるのよ。それで、まだ生きている奴に憑依させたの」

 クスクスと笑うヘルは悪戯が成功した子供の様だった。
 あの大男は死体ではなかったのか。ヘルの足元に転がっていたのは不意打ちする為に死体を演じていただけで、まだ生きていたのか。敵は全部ゾンビだと思い込んでいたが、してやられた。

「おい、あいつって浅間栄が雇った傭兵ギルドの……」
「そうだ、『ザウム戦士団』の団長だ! 名前は確か……」
「ガルムよ。今はもう私の愛犬、犬王ガルムになったわ。ね、ガルム!」
「グルルル……ワン、ワン、ワンッ!」

 微笑みかけるヘルに応じて大男――ガルムが唸り声を上げる。両手が床に付きそうな程前屈みで、涎を垂らしながら牙を剥くその様は到底正気には見えない。まさしく狂犬ケダモノと化していた。

「まずいぞ……魔法使いの天敵が出て来おったわ……!」

 三護が青い顔をする。
 魔法使いにとって肉弾戦主体の相手は厄介だ。拳の届く間合いならば、魔法使いの如何なる詠唱よりも先に攻撃を叩き込めるからだ。接近を許した時点で致命となる。致命ではない、完全に詰むのだ。
 攻略法はただ一つ、近付かれる前に撃破する事だ。だが、

「勿論、手は緩めないわよ。もう一駒、追加させて貰うわ」

 ヘルが口角が裂けんばかりに笑みを深め、

「来なさい、蛇王ヨルムンガンド!」

 ヘルがその名を呼んだ瞬間、背後で何かが爆音を立てた。振り返ると、正面玄関が吹き飛んでいた。破片と瓦礫と化した玄関がホールの床に散らかる。
 ただの穴となった玄関を潜り、一人の人物が姿を現した。
 その人物はまたしても僕の知り合いだった。

「ハク……!?」

 蛇宮ハク。蛇宮議員の娘、カダスの神殿で出会った彼女がそこに立っていた。

「なんで、お前がここに……?」
「……藍兎。ステファ……」

 ハクが泣き顔で僕達を見る。沈痛そうな表情だった。すぐさまその涙を拭い、慰めてやりたいところだが、今の彼女に迂闊に近付く事は出来ない。
 彼女の全身は返り血に塗れており、彼女の背後――玄関前の広場には何人もの人間が無力に転がっていたからだ。彼女以外に立っている者がいない以上、玄関を破壊し、彼らを傷付けた張本人が彼女である事は推察するまでもない。

「ヨルムンガンドが……あたしの中の蛇が変なんだ……! 今までこんな事なかったのに、あ、あたしの身体を操って、勝手に動かして……それで、それで、皆を……ううっ……!」
「ハクさん!」

 俯いて震えるハク。今にも喚き出しそうな彼女にステファが思わず駆け寄ろうとする。だが、その途中でハクが顔を上げた事でステファの足は止まった。
 蛇だった。
 顔が人間ではなく、蛇のものとなっていた。

「あ、あああ、ああ――AaaSHaaaaaaaaaa!」

 ハクの肉体が膨張する。首が長く伸び、尻からは爬虫類の尾が生えた。全身は鱗に覆われ、全長は尾まで含めると十メートルを明らかに超えていた。先日戦った親竜と同程度の大きさだ。

「蛇人間じゃったか……! しかし、これ程巨体は一体……!?」

 三護が目を皿にしてハクを見上げる。僕達を見下ろす蛇眼にハクの意思はなく、ヨルムンガンドとやらの獰猛な敵意だけがぎらついていた。

「ハクさん! ハクさん……!」
「SH――! Shaa――!」

 ステファがハクの名を連呼するが、応答はない。
 不味いな……まさかハクが敵に回るとは。
 ステファは優しい人間だ。だからこそ、容易に友には武器を向けられない。あの日、カダスの神殿で知り合った程度でもステファにとってハクは友なのだ。そんなハクが敵になるという状況こそがステファの天敵だ。目に見えて士気が下がっている。

「さあ、始めましょうか。貴方達も私のゾンビに加えてあげる。うふふ、あははははは!」

 ヘルが高らかに嗤う。彼の願望を叶えんが為、ガルムとハクが同時に床を蹴り、僕達にその爪牙を向けた。
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