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第二部第二章 竜殺しイベント

セッション40 竜殺(前編)

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「GRAAAAA――!」

 竜が咆哮し、魔力を全身から放つ。竜にとっては伸びをした程度の動きだろう。だというのに、それだけで大気がヒステリックに震えた。小さな子供位は浮かせられそうな突風だ。
 しかし、僕達は子供ではない。突風程度では脅威にならない。

「『伏龍一矢フクリュウイチヤ』×『初級流水魔術ウォータージェット』――『喰鮫クイザメ』!」

 イタチが水塊を纏った矢を射る。水弾は竜の鼻っ柱に直撃し、その顔面を上へと弾いた。並の魔物なら今ので首の骨が折れた威力だ。

「GRR、GY――!」

 だが、相手は竜。万夫不当の怪物だ。殆どダメージを受けず、すぐに顔を戻した。その目には怒りが燃えている。

「『有翼』、『槍牙一突ソウガヒトツキ』――!」

 その怒りが行動に移される前に飛翔し、槍を突き出した。戦士・槍兵になって習得した新技だ。魔力が込められた刺突が竜の顔面を再び打つ。

「GY――!」
「うわっ!」

 しかし、それも大して効いていない。竜が大きく口を開けて僕に噛み付かんとする。僕は未だ空中にいて、しかも攻撃した直後の態勢だ。『有翼』のスキルをもってしても逃げ切れない。

「『剣閃一斬ケンセンヒトキリ』ッ!」

 ステファが放った斬撃が竜の下顎を叩く。僅かに竜の動くが鈍る。その間に僕は落下し、竜の牙が届く範囲から逃れた。着地し、忌々しさを込めて竜を見上げる。

「ったく、硬ぇな。ギリメカラの方がまだ通じてたぜ」
「竜だからな。そして、防御力は竜の本領ではない」

 イタチが次の矢を番えながら言う。

「竜の本領は攻撃力にこそある――!」

 竜が大きく仰け反り、一瞬間を空ける。そして口をこちらに向けた時には膨大量の魔力が口腔内に溜まっていた。

「G――――ッッ!」

 口腔は砲口となり、魔力の奔流が放たれる。竜の吐息ドラゴンブレスだ。イタチの水弾や僕の槍とは比較にならない。まともに喰らえば必ず死ぬ、そういう高火力の一撃が迫る。

「ステファ!」
「はい! ――『亀甲一片キッコウヒトヒラ』!」

 ステファが僕達の前に立ち、盾を掲げる。盾は結界バリアを展開し、僕達を包んだ。
 吐息ブレスが結界を痛打する。結界は僅かな時間持ち堪えるも、耐え切れずに砕け散る。僕達の身体が衝撃に弾かれて宙に浮く。だが、深刻なダメージではない。空中で態勢を整え、問題なく着地する。

「破られましたか……!」
「即死しなかっただけ上出来だ! 藍兎、ステファ! ステファの治癒を! 次の吐息ブレスにも耐えられる様に回復しておけ」
「あいよ!」

 ステファに駆け寄り、『初級治癒聖術ヒール』を施す。ステファも自身に聖術を施し、傷口を塞ぐ。

「理伏、三護! 撃て!」

 イタチが号令を下す。理伏と三護は先程から少し離れた所にいた。竜の攻撃範囲から外れた所で魔術の詠唱をしていたのだ。

「名状し難きもの。黄衣きごろもの王。空を捻れ。海を抉れ。地を削れ。其は蜷局とぐろを巻く蛇。其は天父の目。神の吐息はここに。我は裁きの後の豊穣を知る者なり――『上級疾風魔術サイクロン』!」
「GAAAAA――!」

 数え切れない風刃が竜を左右から挟み撃ちにする。まるでミキサーだ。剣閃は防いだ竜の鱗も数十もの刃となれば耐え切れず、血飛沫と共に絶叫する。
 だが、まだだ。

「GR――G!」

 この程度の負傷では竜は倒れない。
 竜が羽搏はばたき、飛翔する。あの翼の大きさでは物理学的には充分な揚力は得られない筈だが、何回か羽搏いた後、竜は急上昇した。垂直に飛んだ分、飛行機よりも離陸が速い。遥かな高みから竜はこちらを見下ろすと、口腔をこちらに向けた。――二発目の竜の吐息ドラゴンブレスだ。

「GY――!」
「『亀甲一片キッコウヒトヒラ』――!」

 先程と同様、吐息をステファの結界で防ぐ。結果も同様、大ダメージは免れたが、結界は破壊されてしまった。

「――『伏龍一矢フクリュウイチヤ』!」

 イタチの矢が天を貫く。しかし竜には届かない。更に上昇した竜は矢を躱し、カウンターに吐息を降らせる。三発目の吐息には結界が間に合わず、僕は咄嗟に跳躍して逃げる。吐息が地面を砕き、衝撃波が僕達を弾き飛ばした。

「ぐあっ!」
「あっ……くっ……!」
「おのれ……! 負傷状況、報告しろ!」

 誰もが地面に身を転がし、痛みに蹲る。そんな中、イタチが誰よりも早く復帰し、状況を把握しようとする。だが、その顔色は渋い。

「私は無事です!」
「我は肋骨が何本か折れた。詠唱はまだ出来るが、この痛みではこの場所から動けんぞ」
「傷は大した事ないですが、刀が折れたで御座りまする! しかし、突きならまだ可能かと」
「イタチは?」
「右腕の骨が折れた」
「…………!」

 思わず絶句する。武術は大抵そうだが、弓術において右腕は大事だ。矢を番えるのも弦を引くのも右腕だ。その骨を折れたらもう何も出来ない。イタチもそれが分かっている様子で、眼光は鋭いながらも苦悩と苦痛で顔色は青かった。

「すぐに治癒を……!」
「うむ。……いや待て! 防御だ、ステファ!」
「!」

 イタチの指示にステファが半ば反射的に『亀甲一片キッコウヒトヒラ』を頭上に展開する。直後、竜の吐息ドラゴンブレスが降り注いだ。衝撃が結界越しに大地を揺るがす。さすがに連発し過ぎたのか吐息ブレスに先程までの威力はなく、結界で防ぎ切れた。
 だが、危なかった。もう少し結界を張るのが遅かったら全滅していた。

「……治癒している暇はないな」

 イタチが苦々しい顔で天を仰ぐ。
 竜は悠然と天から僕達を見下していた。
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