38 / 120
第二部第一章 転職イベント
セッション34 神殿
しおりを挟む
ステファに案内された先は荘厳な神殿だった。
建材として使われている鉱物は縞瑪瑙。山門や回廊、多宝塔に似た建造物などがあり、西洋の神殿よりも日本の寺院を連想させるデザインだ。各部には金色の渦巻装飾や唐草模様が施されている。
『カダスの神殿』――職業を司る地球神達、その神官の殿だ。
「カダスの神殿にようこそ。転職を御希望ですか?」
「はい、そうです」
神殿のホールで受付嬢に頷く。
「では、こちらの番号札をお渡しします。番号を呼ばれましたら指定の部屋に向かって下さい」
受付嬢から番号札を受け取り、待合室のベンチに座る。ベンチも縞瑪瑙製だった。当然質感は硬い。長時間座っていると尻が痛くなりそうだ。
「そういえば僕、神殿に関わるのは初めてなんだけど。神殿って他にはどんなのがあるんだ?」
「そうですね……冒険者達の拠点なだけあって、朱無市国には多種多様な神殿がありますけど、主要なものとして挙げるなら五つですね」
「五つか。結構少ないのな」
「はい。一つはここカダスの神殿。職業を司り、転職を担う管理機関です。他には」
ステファが指を四本立てる。
「地・水・火・風。この四元素をそれぞれ司る神殿ですね」
この世界は元素で構成されている。僕達の肉体は一〇〇〇年前と相変わらず化学の元素によるが、魔法で作られたものは異なる。
地・水・火・風の四元素。この四つによって成り立っている。
十九世紀頃までは実在すると信じられ、化学が常識となった以後はオカルトとして忘れられた物質。対神大戦以降に魔術と共に再評価された異常識。聖剣魔剣や人造人間の類はこの四元素によって構成されている。
四元素は世界の全てと対応関係にある。例えば方位なら、地は北、水は西、火は南、風は東に対応している。故に神殿も北方に地の神殿、西方に水の神殿、南方に火の神殿、東方に風の神殿という配置になっている。四方を囲み、その内側にある都市に加護を与えているのだ。
それぞれの神殿に祀られているのは以下の神々。
地の神殿には『聖なる蟇蛙』ツァトゥグァ、
水の神殿には『海神』ダゴン、
火の神殿には『生ける炎』クトゥグァ、
風の神殿には『名状し難きもの』ハスターだ。
この四柱が地・水・火・風の魔術をそれぞれ管理し、人間に教授している。全ての魔術はこの四元素を基礎としているので、この四柱に仕える神官の権威は非常に強い。
「迅雷魔術や氷結魔術の管理もこの四柱がやってんのか?」
「いえ、その二つは四元素の複合から成っているのですが、使用者が多い為権威が強く、管理している神々は別にいます。神殿も独立していますね。具体的には、
迅雷魔術は『千の仔を孕みし森の黒山羊』シュブ=ニグラスの、
氷結魔術は『凍れる灰色の炎』アフーム=ザーの管轄下にありますね」
「ふーん。あるのか、シュブ=ニグラスの神殿」
「ええ、朱無市にもありますよ。やっぱり興味が?」
「あー……まーな」
先日の戦闘ではシュブ=ニグラスが僕の死体から召喚されたという。その件は僕自身は記憶にないが、僕の闇の中にも常にその姿を見せている。僕と強い繋がりのある女神だ。気にならない筈がない。
それに以前、僕は朱無市国とシュブ=ニグラスが関係あるのではないのかと考察した。実際の所はどうなのか知りたい。今度、暇があったら神殿に行って調べてみるか。
「ていうか、色々名前が多くて覚えてらんねーな」
「覚えなくて良いと思いますよ。自分に必要な神様の名前だけ覚えていれば」
「さよか。そういえば、ステファの神様の神殿はないのか?」
「大帝教会の礼拝所は神殿ではなく教会と呼びます。名前の通りですね。……で、あるかないかですが……朱無市国にはないですね。個人で崇めている人がいるくらいです」
しょんぼりするステファ。
そうか、少ないのか。まあそうでなくてはステファがわざわざ祖国を脱して、布教の旅に出る筈もないか。
「ていうか、そもそも神様って何? どういう存在?」
ふと根本的な疑問を思い付いた。
一〇〇〇年前までは信じられつつも姿の見えなかった超常存在――神。
それは如何なる存在か。何をもってして神であり、何でないならば神でないのか。人々が崇め、畏れ、奉る対象。その正体をは何か。それを訊いてみた。
訊いた後で、宗教家に質問するのは不味かったかもと思った。神を敬愛するのが宗教家だ。敬愛する相手の正体は探ろうなどと失礼な真似だったかもしれない。
「信仰された怪物ですね」
しかし、僕の杞憂を他所にステファはあっさり答えた。
「思念は集まると現実を歪めます。願望でも恐怖でも呪詛でも、信仰でも。信仰され、思念を自らの血肉とした怪物は神性を獲得します。それが神です」
「怪物と神は同じなのか?」
「はい、核としては。故にこそ神々は信者に恩恵を与えるのです。魔術の知識や加護といった恩恵を。人々から信仰され続ける為に、元の怪物に戻らない為に」
成程。信仰も相互利益の関係という訳か。ビジネス的というか何というか。信仰というお金で恩恵という商品を買っているみたいだ。
「あの邪神クトゥルフやノーデンスでさえもそうなのか?」
「クトゥルフであっても、です。まあクトゥルフ級の怪物となれば、仮に信仰がなくなったとしても充分脅威なのですが。
イグとかその辺りの神となると、信仰がなくなるのは不味いかもしれませんけど」
「イグ?」
「はい、イグという神は――」
「――番号札二十二番でお待ちのお客様。一番の部屋にどうぞー」
受付嬢のアナウンスが待合室に響く。二十二番は僕が受け取った番号だ。
「おっと、呼ばれちまったな」
「ですね。では、話の続きは次の機会で」
「ああ。じゃあ行ってくる」
「はい、待っています」
ステファを待合室に残し、一番の表札がある部屋へと入った。
建材として使われている鉱物は縞瑪瑙。山門や回廊、多宝塔に似た建造物などがあり、西洋の神殿よりも日本の寺院を連想させるデザインだ。各部には金色の渦巻装飾や唐草模様が施されている。
『カダスの神殿』――職業を司る地球神達、その神官の殿だ。
「カダスの神殿にようこそ。転職を御希望ですか?」
「はい、そうです」
神殿のホールで受付嬢に頷く。
「では、こちらの番号札をお渡しします。番号を呼ばれましたら指定の部屋に向かって下さい」
受付嬢から番号札を受け取り、待合室のベンチに座る。ベンチも縞瑪瑙製だった。当然質感は硬い。長時間座っていると尻が痛くなりそうだ。
「そういえば僕、神殿に関わるのは初めてなんだけど。神殿って他にはどんなのがあるんだ?」
「そうですね……冒険者達の拠点なだけあって、朱無市国には多種多様な神殿がありますけど、主要なものとして挙げるなら五つですね」
「五つか。結構少ないのな」
「はい。一つはここカダスの神殿。職業を司り、転職を担う管理機関です。他には」
ステファが指を四本立てる。
「地・水・火・風。この四元素をそれぞれ司る神殿ですね」
この世界は元素で構成されている。僕達の肉体は一〇〇〇年前と相変わらず化学の元素によるが、魔法で作られたものは異なる。
地・水・火・風の四元素。この四つによって成り立っている。
十九世紀頃までは実在すると信じられ、化学が常識となった以後はオカルトとして忘れられた物質。対神大戦以降に魔術と共に再評価された異常識。聖剣魔剣や人造人間の類はこの四元素によって構成されている。
四元素は世界の全てと対応関係にある。例えば方位なら、地は北、水は西、火は南、風は東に対応している。故に神殿も北方に地の神殿、西方に水の神殿、南方に火の神殿、東方に風の神殿という配置になっている。四方を囲み、その内側にある都市に加護を与えているのだ。
それぞれの神殿に祀られているのは以下の神々。
地の神殿には『聖なる蟇蛙』ツァトゥグァ、
水の神殿には『海神』ダゴン、
火の神殿には『生ける炎』クトゥグァ、
風の神殿には『名状し難きもの』ハスターだ。
この四柱が地・水・火・風の魔術をそれぞれ管理し、人間に教授している。全ての魔術はこの四元素を基礎としているので、この四柱に仕える神官の権威は非常に強い。
「迅雷魔術や氷結魔術の管理もこの四柱がやってんのか?」
「いえ、その二つは四元素の複合から成っているのですが、使用者が多い為権威が強く、管理している神々は別にいます。神殿も独立していますね。具体的には、
迅雷魔術は『千の仔を孕みし森の黒山羊』シュブ=ニグラスの、
氷結魔術は『凍れる灰色の炎』アフーム=ザーの管轄下にありますね」
「ふーん。あるのか、シュブ=ニグラスの神殿」
「ええ、朱無市にもありますよ。やっぱり興味が?」
「あー……まーな」
先日の戦闘ではシュブ=ニグラスが僕の死体から召喚されたという。その件は僕自身は記憶にないが、僕の闇の中にも常にその姿を見せている。僕と強い繋がりのある女神だ。気にならない筈がない。
それに以前、僕は朱無市国とシュブ=ニグラスが関係あるのではないのかと考察した。実際の所はどうなのか知りたい。今度、暇があったら神殿に行って調べてみるか。
「ていうか、色々名前が多くて覚えてらんねーな」
「覚えなくて良いと思いますよ。自分に必要な神様の名前だけ覚えていれば」
「さよか。そういえば、ステファの神様の神殿はないのか?」
「大帝教会の礼拝所は神殿ではなく教会と呼びます。名前の通りですね。……で、あるかないかですが……朱無市国にはないですね。個人で崇めている人がいるくらいです」
しょんぼりするステファ。
そうか、少ないのか。まあそうでなくてはステファがわざわざ祖国を脱して、布教の旅に出る筈もないか。
「ていうか、そもそも神様って何? どういう存在?」
ふと根本的な疑問を思い付いた。
一〇〇〇年前までは信じられつつも姿の見えなかった超常存在――神。
それは如何なる存在か。何をもってして神であり、何でないならば神でないのか。人々が崇め、畏れ、奉る対象。その正体をは何か。それを訊いてみた。
訊いた後で、宗教家に質問するのは不味かったかもと思った。神を敬愛するのが宗教家だ。敬愛する相手の正体は探ろうなどと失礼な真似だったかもしれない。
「信仰された怪物ですね」
しかし、僕の杞憂を他所にステファはあっさり答えた。
「思念は集まると現実を歪めます。願望でも恐怖でも呪詛でも、信仰でも。信仰され、思念を自らの血肉とした怪物は神性を獲得します。それが神です」
「怪物と神は同じなのか?」
「はい、核としては。故にこそ神々は信者に恩恵を与えるのです。魔術の知識や加護といった恩恵を。人々から信仰され続ける為に、元の怪物に戻らない為に」
成程。信仰も相互利益の関係という訳か。ビジネス的というか何というか。信仰というお金で恩恵という商品を買っているみたいだ。
「あの邪神クトゥルフやノーデンスでさえもそうなのか?」
「クトゥルフであっても、です。まあクトゥルフ級の怪物となれば、仮に信仰がなくなったとしても充分脅威なのですが。
イグとかその辺りの神となると、信仰がなくなるのは不味いかもしれませんけど」
「イグ?」
「はい、イグという神は――」
「――番号札二十二番でお待ちのお客様。一番の部屋にどうぞー」
受付嬢のアナウンスが待合室に響く。二十二番は僕が受け取った番号だ。
「おっと、呼ばれちまったな」
「ですね。では、話の続きは次の機会で」
「ああ。じゃあ行ってくる」
「はい、待っています」
ステファを待合室に残し、一番の表札がある部屋へと入った。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。
広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ!
待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの?
「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」
国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。
カメリア・シネンシス・オブ・キョート
龍騎士団茶舗
ファンタジー
異世界に召喚された5人。性別・年齢も違うそれぞれは、異世界の“キョート”の、5つの国の命運を問う旅へと出発する。
魔法の発達した国『シュロッス・イン・デル・ゾーネ』
サイバーパンクな科学技術大国『United Japanese tea varieties of Iratsuko』
清廉な武士たちが住まう『南山城国』
スチームパンクな北方の大国『テラ・ドス・ヴェルメロス』
ポストアポカリプス後の自然豊かな『バクエット・ド・パクス』
それぞれの国、それぞれの旅人たちの運命は?
異世界系ジャンル越境メタフィクション日本茶ファンタジー、開幕!
※ ※ ※
日本茶を擬人化した物語です。
異世界に召喚される人物以外は皆、日本茶です。
“キョート”は異世界ですが、登場するそれぞれの国は実際の京都府内の、日本茶の著名な産地をモチーフにしています。
旅をする物語ですが、旅や物語の背景も、実際の日本茶に関する歴史を下敷きにしています。
とは言え勿論、この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
Fate、刀剣乱舞、艦これ、ウマ娘などの日本茶ver.とでも思っていただければ。
ちなみに筆者は日本茶問屋ですので、日本茶に関する知識についてはガチですが、この物語自体はサブカル成分6:日本茶4です。悪しからず。
ゲーム化を目指し、その分野に強いということでアルファポリス様にて、連載を開始させていただきました!
ひぐらしや東方のようにメディアミックスもしたい! 絵師さまも募集中です!
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
物理系魔法少女は今日も魔物をステッキでぶん殴る〜会社をクビになった俺、初配信をうっかりライブにしてしまい、有名になったんだが?〜
ネリムZ
ファンタジー
この世界にはいくつものダンジョンが存在する。それは国ごとの資源物資でもあり、災害を引き起こすモノでもあった。
魔物が外に出ないように倒し、素材を持ち帰る職業を探索者と呼ぶ。
探索者にはありきたりなスキル、レベルと言った概念が存在する。
神宮寺星夜は月月火水木金金の勤務をしていた。
働けているなら問題ない、そんな思考になっていたのだが、突然のクビを受けてしまう。
貯金はあるがいずれ尽きる、生きる気力も失われていた星夜は探索者で稼ぐ事に決めた。
受付で名前を登録する時、なぜか自分で入力するはずの名前の欄に既に名前が入力されていた?!
実はその受付穣が⋯⋯。
不思議で懐かしな縁に気づかない星夜はダンジョンへと入り、すぐに異変に気づいた。
声が女の子のようになっていて、手足が細く綺麗であった。
ステータスカードを見て、スキルを確認するとなんと──
魔法少女となれる星夜は配信を初め、慣れない手つきで録画を開始した。
魔物を倒す姿が滑稽で、視聴者にウケて初配信なのにバズってしまう!
だが、本人は録画だと思っているため、それに気づくのは少し先の話である。
これは魔法少女の力を中途半端に手に入れたおっさんがゆったりと殴り、恋したり、嘆いたり、やっぱりゆぅたりする話だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる