鉱石ノ国の極彩色

しゅり

文字の大きさ
上 下
1 / 1
第1部

極彩色の

しおりを挟む



その国のものしか入国することのできない国がある。



《鉱石ノ国》と呼ばれたその国は、中央大陸よりだいぶ離れた所にあった。
その国に行くためには山を超え谷を超え、運河を超えていかなければいけない、いわば辺境の地。
そしてなんとかたどり着いた所で、その国は鎖国しており、何人足りとも他国の人間の侵入を許さない、そんな国。

けれどそこの国から輸入される鉱物や織り物、硝子細工は上等な決して真似することの出来ない美しい物ばかりで、どの国も鉱石ノ国と国交を結びたかった。

年に数回、けれど決まった時期ではない、謎の行商人が運んでくるもの。
それだけが唯一その国との一方的な繫がりだった。














鉱石ノ国 第一都市 フローレス





「兄様、見て。綺麗でしょう?」


この国の者しか見たことはないが、他国に誇る、見れば誰しも心奪われるであろう、宝石が散りばめられた、けれどそれが下品ではない美しい王城の一角。

そう言いながら少女が自慢気に、兄と呼んだ美青年の眼前に付き出すのは、白い、複雑な模様を彫刻された見るからに値を貼るだろう箱。


ではなく。

その5センチほどの正方形の箱の中に、所狭しと詰め込まれた虹色の宝石達。
それらはキラキラと輝いてその箱にプリズムを生み出している。



「確かに綺麗だけれど。……イリゼ、お前?」
「う、だって……みんな喜ぶんだもの。」
「無理しないでおくれ。まだお前は未分化なんだ。ほら、いつもより瞳の色が薄くなってる。」
「え!本当!?う、薄くなってる……?」
「少しだけね。この程度なら微弱輝石びじゃっこうせきを飲んで今日一日ゆっくり休めば明日には戻っているよ。」
「よかった!」
「だからと言って無理しないこと。イリゼが無理しても僕はもちろん父様も母様も、誰も喜ばないからね。」
「はぁい。」



そう言ってアジュールは優しく妹であるイリゼの髪を撫で付ける。
嬉しかったのかイリゼはみずから頭をアジュールの手に押し付けた。
アジュールを見つめるイリゼの瞳はキラキラと輝く。
それにくすりと笑みをこぼしたアジュールも満更ではなさそうだ。

アジュールは、この下のキョウダイが生まれた時から誰よりも、何よりも、一等このキョウダイを可愛がってきた。


アジュールとお揃いのジェイダイトを混ぜたような輝く白銀しろがねの髪。
紅を乗せなくても艶々に色付くモルガナイトを乗せたような唇。
そして一際目を引くのは、長い睫毛で縁取られた、王族だけが持つ、けれど誰よりも鮮烈な輝きを放つ、彩度が高い、虹を溶かし固めたようなその瞳。


この国、鉱石ノ国では、何より瞳の色、その美しさがそのの価値を決める。
イリゼのその瞳は、この国で何よりも、誰よりも一等美しく特別なものだった。
けれどきっとその瞳を持たなくともイリゼは誰よりも美しいと断言できるくらいに、イリゼそのものが歩く宝石であった。





キョウダイ仲睦まじく談笑していればカツカツと。
優雅に、けれど焦ったような足早な音が近づいてくる。
それに気づいたイルゼは見るからにバツの悪そうな顔をすると、宝石を落とさぬようその箱に鍵をかけ、すぐさまアジュールの背に隠れる。



「イリゼ様、探しましたよ。アジュール様の所に行くなら一言申してくれませんと。護衛を一人もつけずに出歩くなんて……。」
「ご、ごめんなさい。兄様に早く見せたかったから……。で、でも兄様も一人よ!」
「イリゼ、僕の護衛は隠れているだけで近くにいるよ?」


目に見えてシュンと落ち込んだイルゼは、片手に宝石箱を持ち直すと、残された手でぎゅっとアジュールの服を握り、こっそりとその声の持ち主を覗き見る。
それをアジュールは後ろ手に、包むように優しく握り締めると眉を下げて微笑む。


「あー、ドゥンケル、イルゼをあまり怒らないでやってくれないかな。イルゼももうしないよね?」
「う、うん!兄様のところに来る時はドゥンケルに伝える!」
「はぁ……。アジュール様はイルゼ様に甘すぎます。これで何度目ですか。………今回だけですからね。」


やれやれと、釣り上がっていたジェットのような瞳が柔らかなものに変わる。


「ふふ、ドゥンケルもイルゼに充分甘いね。」
「よしてください。私は甘いのではなく呆れているだけですよ。」
「そういうことにしておくよ。イルゼ、ドゥンケルももう怒っていないよ。だから怯えていないで、宝物庫にそれを保管しに行こう?ドゥンケルも一緒にね。」
「!行く!……ドゥンケル本当にごめんなさい。」
「もういいですよ。さあ、宝物庫に向かいましょう。今度は置いて行かないでくださいね?」
「根に持ってるじゃない!」
「冗談ですよ。」
「ふふ、イルゼ行こう。」


そしてアジュールはイルゼの手をとって歩き出す。
そしていつも自分を護ってくれるドゥンケルがその後ろにつづく。

イルゼは少しだけ体温の低い、アジュールと手を繋ぐのが好きだった。
いつだって優しげに愛おしいものを見るように、イルゼを見守るように見つめるアジュールの、自分と同じ色でありながら、自分より柔らかな色合いの瞳も、月のように優しく微笑んでくれる兄が大好きだ。






だからこんな時間が永遠に続くと思っていた。
ずっとずっと、兄と一緒にいられると思っていた。

だってそれがイルゼにとって日常あたりまえだったから。

ドゥンケルに怒られて、それをアジュールが微笑わらってくれて。


だからイルゼは気付かなかった。
気づけなかった。


もうすぐこの日常せいかつに終わりが来ることを。




終わりはいつだって突然に。
音を立てず静かにその刻を待っているのだと。



イルゼは知らなかった。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

業腹

ごろごろみかん。
恋愛
夫に蔑ろにされていた妻、テレスティアはある日夜会で突然の爆発事故に巻き込まれる。唯一頼れるはずの夫はそんな時でさえテレスティアを置いて、自分の大切な主君の元に向かってしまった。 置いていかれたテレスティアはそのまま階段から落ちてしまい、頭をうってしまう。テレスティアはそのまま意識を失いーーー 気がつくと自室のベッドの上だった。 先程のことは夢ではない。実際あったことだと感じたテレスティアはそうそうに夫への見切りをつけた

薄明宮の奪還

ria
ファンタジー
孤独な日々を過ごしていたアドニア国の末の姫アイリーンは、亡き母の形見の宝石をめぐる思わぬ運命に巻き込まれ……。 中世ヨーロッパ風異世界が舞台の長編ファンタジー。 剣と魔法もありですがメインは恋愛?……のはず。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

処理中です...