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番外編
書影公開記念SS 勇者のおうちで初めて散髪する話
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バカの屋敷にお持ち帰りされ、二か月以上の月日が経った。
伸びた髪がさすがにうっとうしい。
これまでは商人が捨てたか落としたかしたナイフで無理矢理セルフカットしていたが、今は鏡と鋏という文明の利器がある。金持ちの家にある鏡は自分の顔を鮮明に映し、生まれて初めてまともに見たオーク顔に現実を突きつけられた。
どう贔屓目に見てもオークなんだよなぁ。髪の毛もぼさぼさで、アイツよくこんな生き物をお持ち帰りしたな。
屋内での散髪は切った髪が散るだろうと、お屋敷のおばちゃまに鋏と鏡を借りて外に出る。
これまでのセルフカットで編み出されたひどい髪型は、鏡とよく切れる鋏のおかげで少しマシなぼさぼさ頭になった。
鏡があっても、小さな鋏を使って鏡を見ながら自分で切るのは難しかった。
うーん、なんというか、もっとこう、いいカンジになる予定だったのに。
いや、俺には文明の利器を活用する知恵がある!
鏡が左右逆になるという特性も分かっている!
調整すりゃぁいいんだよ、調整すりゃ。
前髪が短いイケメンとかいるじゃんフツーに。あれって爽やかじゃん。そっちを目指せばいいんだよ。
ふわっとしたイメージに近付こうと試行錯誤し、最終的に出来上がったのは、前髪を切りすぎたオークだった。
おでこ丸出しのオークが、それは情けない顔で鏡の中からこっちを見ている。
リカバリーしようと補修を重ねまくった結果、もうこれ以上、手の施しようがない所までやってしまった。
え、これ前髪に合わせて後ろも切ったから後頭部に十円ハゲとか出来てるんじゃね?
……しばらく森に帰るか。帰らせてもらえないだろうけど。
なんとか後頭部を見ようと首を左右に振って試行錯誤していたら、大きな枝切り鋏を片手に通りかかった庭師のお兄さんと目が合った。逞しい爽やかイケメンさん。こうありたかった。
「自分でやったんすか? 言ってくれたら俺、やったのに……あ」
なぜか何の躊躇もなく近くまで来たお兄さんは異常にフランクに言ってから息を飲んだ。
「ハゲてる!?」
嫌な予感に思わず振り返る。
「ハゲてない! ハゲてはないっす! ハゲてはないけど、えっとなんというかスッキリしたっすね」
四苦八苦、無理矢理ひねり出した感満載の慰めに逆に胸が痛む。
オーク相手に気を遣わせてしまった。
「次から俺が切るっすよ?」
「いや、自分オークなんで」
我が人生において、こんな謎の遠慮を吐く日が来るとは思わなかった。
しかも次って。どれだけ俺が長期滞在すると思ってるだろう、この人。早めにお暇したいんだけど。
「あはは、カイル様がお連れになったってみんな知ってますって。ここにはカイル様のなさることに反対する人なんていないっすよ」
え、こわ。
オーク連れ帰っても反対しないの、ヤバくない?
「ここだけちょっと長いから切っとくっすね」
庭師のお兄さんはトーク上手のコミュ力お化けな美容師さんのごとく、後頭部を整えながらずーっとしゃべっていた。手も口も止まる事はなかった。
後頭部はまるで芝を刈ったようにきれいに整えられた。さすが庭師。
「すぐに伸びるっすよ。そしたらまた切りましょうね」
笑顔から白い歯が零れる。日に焼けた肌と白い歯のコントラストが際立つ。こんな風に笑ってもらう事なんてなくて、呆気にとられた。
「ハル?」
髪を切ってからバカと顔を合わせたくなくて、庭師のあんちゃんの手伝いやおばちゃまの話し相手と忙しくしていたのに散髪して早々あっさり見付かって呼び止められた。観念し、嘆息しながら振り返る。
「……」
なんだよ、何か用があったんじゃないのかよ。
明らかに髪を見るのやめろ。そうだよ、切りすぎたよ。後ろから見たら坊主頭だろうよ。
頭部に手を伸ばされ、反射的に身を竦める。さらりと指先で丸出しの額を撫でられ、次に後頭部を手のひらでわしゃわしゃされる。ペット扱いかよ。
ぐいと首を下げられ腰に負担がかかる。鬱陶しいわと上体を起こそうとするとバカが顔を寄せて来た。
……なにをする。今のはまさか、で、でこちゅーというやつか?
反射的に額を手で覆って距離を取った。
「いいじゃないか」
バカはそんな事を言って目を細めた。
人の髪型とかまったく興味ないヤツだと思ってたわ。
そうだ、髪なんてすぐまた伸びるし、髪型なんて気にしてる場合じゃない。
いかにコイツに手を出されずに眠るか、毎日死活問題なんだよ。善戦空しく連日のように性被害を受けてるけど。
髪が短い方が格段にラクで清潔感も爆上がりすることに気付いてからは伸びる度に庭師のあんちゃんに切ってもらうようになった。
「カイル様が散髪用の鋏、買ってくれたっす」
あんちゃんがピカピカに光る銀色の鋏を見せてくれた。妙にいい音がする鋏だと思った。専用の鋏って高そうだな。
「やっぱ高い鋏は違うっすね。切れ味がヤベェっす」
さすがに坊主頭はあれっきりで、前も後ろも程よい長さに切ってくれる。元勇者のお屋敷で雇われているくらいだ、あんちゃんは腕がいいんだろう。センスもいい。
そして髪を切る度にバカが吸い寄せられるように額を狙ってくる。オークにで、でこちゅー? を仕掛けて来る美形が恐ろしい。
あ゛ー、でこちゅーとか言いたくないけどキスとも言いたくない。
幸い俺の方が背が高い。油断さえしなければ額は死守できる。
妙にお屋敷の皆さんが受け入れてくれるなと不思議に思っていたけど━━
「ハル、かわいくなったな」
散髪したてのオーク相手におっさんのようなことを言う雇用主とか、そりゃお屋敷の皆さんも手に負えないわな。見て見ぬ振りするわな。
きっと皆さん、考えることを放棄したんだろうと思うことにした。
伸びた髪がさすがにうっとうしい。
これまでは商人が捨てたか落としたかしたナイフで無理矢理セルフカットしていたが、今は鏡と鋏という文明の利器がある。金持ちの家にある鏡は自分の顔を鮮明に映し、生まれて初めてまともに見たオーク顔に現実を突きつけられた。
どう贔屓目に見てもオークなんだよなぁ。髪の毛もぼさぼさで、アイツよくこんな生き物をお持ち帰りしたな。
屋内での散髪は切った髪が散るだろうと、お屋敷のおばちゃまに鋏と鏡を借りて外に出る。
これまでのセルフカットで編み出されたひどい髪型は、鏡とよく切れる鋏のおかげで少しマシなぼさぼさ頭になった。
鏡があっても、小さな鋏を使って鏡を見ながら自分で切るのは難しかった。
うーん、なんというか、もっとこう、いいカンジになる予定だったのに。
いや、俺には文明の利器を活用する知恵がある!
鏡が左右逆になるという特性も分かっている!
調整すりゃぁいいんだよ、調整すりゃ。
前髪が短いイケメンとかいるじゃんフツーに。あれって爽やかじゃん。そっちを目指せばいいんだよ。
ふわっとしたイメージに近付こうと試行錯誤し、最終的に出来上がったのは、前髪を切りすぎたオークだった。
おでこ丸出しのオークが、それは情けない顔で鏡の中からこっちを見ている。
リカバリーしようと補修を重ねまくった結果、もうこれ以上、手の施しようがない所までやってしまった。
え、これ前髪に合わせて後ろも切ったから後頭部に十円ハゲとか出来てるんじゃね?
……しばらく森に帰るか。帰らせてもらえないだろうけど。
なんとか後頭部を見ようと首を左右に振って試行錯誤していたら、大きな枝切り鋏を片手に通りかかった庭師のお兄さんと目が合った。逞しい爽やかイケメンさん。こうありたかった。
「自分でやったんすか? 言ってくれたら俺、やったのに……あ」
なぜか何の躊躇もなく近くまで来たお兄さんは異常にフランクに言ってから息を飲んだ。
「ハゲてる!?」
嫌な予感に思わず振り返る。
「ハゲてない! ハゲてはないっす! ハゲてはないけど、えっとなんというかスッキリしたっすね」
四苦八苦、無理矢理ひねり出した感満載の慰めに逆に胸が痛む。
オーク相手に気を遣わせてしまった。
「次から俺が切るっすよ?」
「いや、自分オークなんで」
我が人生において、こんな謎の遠慮を吐く日が来るとは思わなかった。
しかも次って。どれだけ俺が長期滞在すると思ってるだろう、この人。早めにお暇したいんだけど。
「あはは、カイル様がお連れになったってみんな知ってますって。ここにはカイル様のなさることに反対する人なんていないっすよ」
え、こわ。
オーク連れ帰っても反対しないの、ヤバくない?
「ここだけちょっと長いから切っとくっすね」
庭師のお兄さんはトーク上手のコミュ力お化けな美容師さんのごとく、後頭部を整えながらずーっとしゃべっていた。手も口も止まる事はなかった。
後頭部はまるで芝を刈ったようにきれいに整えられた。さすが庭師。
「すぐに伸びるっすよ。そしたらまた切りましょうね」
笑顔から白い歯が零れる。日に焼けた肌と白い歯のコントラストが際立つ。こんな風に笑ってもらう事なんてなくて、呆気にとられた。
「ハル?」
髪を切ってからバカと顔を合わせたくなくて、庭師のあんちゃんの手伝いやおばちゃまの話し相手と忙しくしていたのに散髪して早々あっさり見付かって呼び止められた。観念し、嘆息しながら振り返る。
「……」
なんだよ、何か用があったんじゃないのかよ。
明らかに髪を見るのやめろ。そうだよ、切りすぎたよ。後ろから見たら坊主頭だろうよ。
頭部に手を伸ばされ、反射的に身を竦める。さらりと指先で丸出しの額を撫でられ、次に後頭部を手のひらでわしゃわしゃされる。ペット扱いかよ。
ぐいと首を下げられ腰に負担がかかる。鬱陶しいわと上体を起こそうとするとバカが顔を寄せて来た。
……なにをする。今のはまさか、で、でこちゅーというやつか?
反射的に額を手で覆って距離を取った。
「いいじゃないか」
バカはそんな事を言って目を細めた。
人の髪型とかまったく興味ないヤツだと思ってたわ。
そうだ、髪なんてすぐまた伸びるし、髪型なんて気にしてる場合じゃない。
いかにコイツに手を出されずに眠るか、毎日死活問題なんだよ。善戦空しく連日のように性被害を受けてるけど。
髪が短い方が格段にラクで清潔感も爆上がりすることに気付いてからは伸びる度に庭師のあんちゃんに切ってもらうようになった。
「カイル様が散髪用の鋏、買ってくれたっす」
あんちゃんがピカピカに光る銀色の鋏を見せてくれた。妙にいい音がする鋏だと思った。専用の鋏って高そうだな。
「やっぱ高い鋏は違うっすね。切れ味がヤベェっす」
さすがに坊主頭はあれっきりで、前も後ろも程よい長さに切ってくれる。元勇者のお屋敷で雇われているくらいだ、あんちゃんは腕がいいんだろう。センスもいい。
そして髪を切る度にバカが吸い寄せられるように額を狙ってくる。オークにで、でこちゅー? を仕掛けて来る美形が恐ろしい。
あ゛ー、でこちゅーとか言いたくないけどキスとも言いたくない。
幸い俺の方が背が高い。油断さえしなければ額は死守できる。
妙にお屋敷の皆さんが受け入れてくれるなと不思議に思っていたけど━━
「ハル、かわいくなったな」
散髪したてのオーク相手におっさんのようなことを言う雇用主とか、そりゃお屋敷の皆さんも手に負えないわな。見て見ぬ振りするわな。
きっと皆さん、考えることを放棄したんだろうと思うことにした。
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