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河伯の考え

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 稲荷の依頼を終えた我々は、土産に貰ったいなり寿司を手にホテルへ帰った。

「結局伏見稲荷大社しか見れなかったねー」

「しょうがない。他に見る予定もなかったから構わないだろう?」

 オリンピックの顔にはマレビトと遊べて満足だとハッキリ書いてある。明連も実入りがあったので不満はなさそうな様子だ。

 だが別れ際に稲荷が「今度は妾が会いに行くからの」と言った時に何故か二人に半目で非難の視線を向けられたのは納得がいかない。

「ところで河伯君は男子と一緒の部屋で大丈夫なの?」

「何がだ?」

 男子が男子と一緒の部屋で何か大丈夫じゃない要素があるのか? 相変わらずわけのわからないことを言う。

「なんか交代で見張りをするって言ってたわよ」

「ああ、男子も大変だねー」

 何を見張る必要があるのだ。京都でマレビトが襲ってくるような心配はいらないぞ?

 なんとも釈然としないまま、ホテルで待っていた稲崎先生のところに向かった。バラバラな班編成だったが、行方知れずになる班もなく全員集まっている。恐らく一番行方が分からなかったのは我々の班だろう。

「全員いるわねー、それじゃそれぞれの部屋に分かれてね。夜は見回りがあるから、変なことしちゃダメよ?」

 全員揃っての夕食後、稲崎先生の指示に従い、この日はそれぞれの部屋に分かれて寝るのだった。



 次の日の朝、目を覚ますと同室の男子達が目の下にクマを作っていた。徹夜で遊んでいたのだろうか? いくらなんでもはしゃぎすぎだろう。

「お疲れ様ー! 大変だったみたいだねえ」

 オリンピックが同室の男子達を労う。私が寝ている間に一体何があったというのだろうか?

 この日は土産物などを購入して帰ることになった。さすがにいなり寿司は日持ちしないので昨日のうちに食べたから、新しく何かを買わなくてはならない。

 と言っても私が土産を渡す相手など思い当たらないが。アリスと玉藻と犬に何か京都っぽいものでも買っていくか。

「京都と言えば生八つ橋!」

「そ、そうか……できれば食べ物以外で女性に喜ばれそうなものが良いのだが」

 何故か力強く主張するオリンピックに気圧されつつも、希望を伝える。あいつらが何かを食べているイメージがわかないのでな。

「これ以上女性に喜ばれてどうするつもりよ」

 これ以上ってなんだ。むしろ明蓮という女性に何をしても喜ばれずにいるのだが。

「じゃああぶらとり紙ね! 河伯君っぽいし!」

「どこがだ?」

 何故あぶらとり紙が私っぽいのかはわからないが、調べると女性に人気の土産物らしいのでオリンピックの言う通りに購入した。

 そうこうしているうちに、修学旅行も終わりの時間を迎える。後はリニアで帰れば終わりだ。

「移動が速いからって、一泊二日で終わりじゃあんまり旅行感がないよねえ」

「オリンピックはかなり楽しんでいたではないか」

 おそらく最もこの修学旅行を楽しんだ人物が彼女だろう。心なしか肌ツヤも良くなっている。

「あれは裏ワザみたいなもんだし……実際見れたのは伏見稲荷大社だけだもん」

 声をひそめて言う。周りに聞かれては不味いという意識があるのだろう。自然な態度で秘密だけを避けて話をするような技術は持ち合わせていないようだ。

「ま、修学という意味ではかなり有意義だったのは間違いないわね。五輪もいい勉強になったでしょ」

 明蓮がオリンピックを呼び捨てにしている。いつの間にか二人の仲は親友と呼べるほどにまで進展しているようだ。

「そうだな、帰ったら試験が待っている。今回は良い点が取れるといいな」

 何気なく言った私の言葉に、明蓮が凍りついた。

「……え? も、もうそんな時期だっけ」

「そのために勉強していたんだろう?」

「そうだけど、そうじゃなくて!」

 なんだ、哲学的な話か?

「心の準備が……」

「大丈夫! 一夜漬けの極意を教えてあげるから!」

「オリンピックはちゃんと勉強しろ」

 気持ちの問題か。どうやら大したことはなさそうだ。本当に危なくなったら私がなんとかするが、その時が来ることはないだろう。

 そんな会話をしながらリニアに乗って帰るのだった。徹夜の男子達が熟睡していたので、静かな帰途となった。



「おかえり、お兄ちゃん!」

 寝床に戻ると、アリスがいた。しかも見たことのない建物まで建っている。どうやら私がいない間にアリスが建設したようだが、何のつもりだ?

「何故アリスがここにいるのだ?」

「お兄ちゃんと一緒に暮らしたいから!」

 なるほど、分かりやすい。何か企んでいる可能性も無くはないが、普段の行動を見ている限り天真爛漫てんしんらんまんなこの娘がわざわざ私を騙そうとするとは思えない。

 むしろ、騙すつもりならもっとマシな言い訳を述べるだろう。彼女は見た目よりずっと賢い神だ。

「まあ良いだろう。ほら、土産だ」

 私は土産に買ったあぶらとり紙をアリスに渡した。彼女がこれを必要とする時は来ないと思うが。

「わーい、プレゼントだー!」

 無邪気に喜ぶアリス。どうせ渡すなら喜んでもらえた方が嬉しい、私も頬を緩めた。

「あら、良いわね」

 そこに、新たな声。さっきから隠れて様子を見ていた玉藻が顔を出した。

「玉藻、お前にもあるぞ」

 同じように土産を渡すと、何故か頬を赤らめる。

「あ、ありがとう……」

 モジモジと身をよじる玉藻。様子がおかしい。

「どうした?」

  何か言いたいことがあるのだろうか? こちらから話を促してみる。その様子を見ていたアリスが何やら含み笑いをしている。悪そうな顔だ。

「あ、あの! ここにハーレムを作りましょう!!」

「ハーレム?」

 ハーレムというと、一匹の雄を多数の雌が取り囲むアレだな。人間の世界では国家の主が持つ後宮と呼ばれる形式の、一種の婚姻制度だ。

「私は竜神なので、生殖行為をそれほど必要としない。なかなか死なないからな」

 当然ながら、この手の制度は子孫を残すことを目的として作られる。多くの子孫を必要としない竜神には馴染まない話だが……。

「それでも! 私は河伯と一緒にいたいのよ。でもあなたは人気者だから、ハーレムにでもしないと一緒にいられないから」

 玉藻が必死に想いを伝えてくる。なるほど、言いたいことはわかった。そばにいることが目的なら、確かにその方が多くの相手と仲良くできるだろう。

 私の脳裏に明蓮の姿が浮かんだ。

 私は彼女の笑顔をまだ見ていない。最近はかなり打ち解けてきたと思うが、私のことをどう思っているのだろう?

 そもそも、私は明蓮に何を望んでいるのだろうか。笑顔を見たらそれで満足して終わり?

 それとも……?
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