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初等部編

私はあなたを探していました!(引きが長すぎる件)

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 難しいステップはリュカが巧みにリードしてくれている。だから私は「ありがとう、リュカ」と小声でお礼を言った。眼鏡の奥でアイスブルーの瞳が煌めいた。

「上達したね、アリス。とても綺麗だ。でも顔がひきつってる」

 そう言って、仕方ないなと少し笑うから、やっぱりリュカは優しいなあと思っていた。
 パートナーがリュカじゃなかったら、いっぱい踏んでたな、と目が回りそうになりつつ、私は意地と勢いでダンスをこなしているのだから。



 四曲目に私の前に現れたのは、見たこともない貴公子だった。

(うっわーー!格好良い~~誰?……ん?)

「アリス姫、次は私と踊ってくださいませんか?」

 聞き覚えのある声。妖艶な流し目。

「サシャ?!」
「どう?今日のアタシ。惚れ直した?」
「うん!いつものサシャも素敵だけど、今日のサシャも格好良いよー!」

 私がニコニコ笑うと、サシャは苦笑した。

「のんきなお姫様ねぇ」
「え?」
「そんな事言ったら、男は皆その気になっちゃうわよ」

 そう言ってサシャは私の手をとり、ダンスを始める。流れてきたのは手拍子したくなるような軽やかなポルカ。サシャにぴったりだ。明るいリズムにのりながらサシャが囁く。

「今、ラファエルと踊ってるご令嬢、見える?」
「ええ。どうしたの?」
「あれがエヴルー侯爵の孫娘、ルイーズ嬢よ」

「ああー……」

 ダンピエール伯爵令嬢ルイーズ。今のところほとんど接点は無いが、本日めでたく社交界デビューした私は、これから会う機会も増えるだろう。

「さっき踊る前に少し話したんだけど」
「うん」
「あれは本物のお姫様だわ」

 深窓のご令嬢。穏やかで争いを好まず、お洒落好きで可愛いものが好き。ラファエルがアリスのエスコートをした事についても「あでやかで華やかで、とてもお似合いでしたわね」と無邪気に微笑んだという。

「ルルちゃんはだいぶ手強そうね~」

 そう言い残し、ダンスを終えたサシャが一礼した。

 踊り続けて疲れてきた所に、両親から声が掛かる。
 給仕たちがカクテルやビスケット、ケーキなどの軽食を運んできたが、私は休憩など出来ない。主な貴族への挨拶回りの始まり。まずはもちろん国王陛下と王妃様。続いて、家族ぐるみで親しくしているノワイユ侯爵。
 オスカーの姿がずっと見えないのが気にかかったが、舞踏の輪にいるのかもしれない。人が多くてわからなかった。
 序列から、次はエヴルー侯爵だった。

 白髪に碧眼の初老のエヴルー侯爵は、鋭利な目で私を見つめている。見るからにこの上なく不機嫌そうだ。
私のエスコートが王太子殿下だった事と、それに続くキスが気に入らないのだろう。
 一緒にいる長男のダンピエール伯爵も苦々しそうな顔をしている。

(あらら……怖い。でも心配しなくていいのにね。私は王太子妃になるつもりはないのだから)

 エヴルー侯爵は、私に向かって何か言いたそうにしていたが、誕生日のお祝いを述べただけで、特に荒事もなく挨拶は終わった。

 エヴルー侯爵家も建国からの名家だが、ここ最近は一族からの国母もおらず、王族からの降嫁もなく、権勢にやや翳りがある。だから、孫娘を正妃にして、宮廷内での権力を取り戻したいのだろう。

(女は道具じゃないですよ?ルイーズ嬢がラファエル様のことを好きならいいんだけど……そんな感じでもなさそうだし……)

 それから親族のクーベルタン侯爵。叔父と叔母の顔をみたらほっとした。そのまま、他の親族と共に一休みしていると、頃合いをみてお母様が呼びに来る。
 今度は挨拶を受けるのだ。(えええええ、ここで座っていたい……だいたい舞踏会って夜遅くに始まるからもう眠いし)と心の中で叫んでいたが、勿論逃げられない。私の誕生日パーティなのだから、今日だけは仕方ないと思い、我慢して笑顔を作っていた。




 日付がかわる頃、ようやく主だった貴族への挨拶もすみ、ご年配の方の中にはそろそろ帰られる方もいる。残るのは遊びたい若者と、結婚相手を見繕いたい未婚者。
 私は、色々な方とも踊り、それはそれは神経を消耗して、立っているのもやっとだった。

(頭がぐらぐらする……部屋に帰りたい。てゆーか眠い)

 先日、ラファエル様がいるにも関わらず大騒ぎしたかいもあって、マーゴはコルセットをゆるくしてくれていたけれど、やっぱり長時間は苦しいし疲れる。
 外に出ようかな、と広間を出たら気が弛んだのか、めまいがした。
 よろめいた私を誰かが抱き止めてくれた。

「大丈夫ですか?」

 その声の主を見て、私の心臓がはねあがった。

 整った上品な顔立ち、黒髪に緑の瞳。
 ずっと探していた人がそこにいた。


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