上 下
16 / 82

恋愛の終止符2

しおりを挟む
 帰宅後、私はマンションの正面に立って最上階を見上げていた。窓に灯りは点いておらず、八木沢さんはまだ帰宅していないようで、それを少し寂しく感じた。
 ここは、総戸数五十の中規模マンション。一階は管理人室や駐輪場などがあるので、101号室しかないが、二階には六部屋ある。全戸にごあいさつするのは到底無理なので、二階の方にだけお伺いすればいいかな、と考えながらエントランスの中に入った。
 転居の手続きをしないといけないから、来週どこかで半日お休みをもらおう。健康診断の再検査も、同じ日にすればいい。予約を取るのが面倒。真臣のせいで引っ越すことになったのに、手続きで休まなければいけないのも面倒。
 悲しくないのは忙しいからなのか、それとも嘆いてもどうしようもないから諦めているのか、自分でもよくわからない。
 東京駅で対峙していたとき、真臣から「冷たい」と言われたけど、その通りかもしれない。彼からの連絡は、すべて無視し続けている。

 真臣は、新潟出張から戻ると、「お土産買ってきたよ」と言って、照れながら私のデスクにお菓子を置いていった。
 頂いた食べ物を無下にもできず困惑していると、上司から小声で「別れたんじゃないのか?」と確認されたので、「そのはずです」と答えてその手にお菓子を押しつけた。
 目ざとい藤原さんがそのやり取りを見逃すはずもなく、どこで裏を取ったのか、その翌日には破談になったことが会社中に広まっていた。
 真臣は、何か問われても「僕が悪いんです」としか答えていないようで、普段からの印象は真臣のほうが良いせいか、一部の社員さんからは「彼女のわがままのせいで破談になった」と思われているのが腹立たしい。
 一番驚いたのは、普段から賑やかなある女性社員さんが「別れたの? ウケるー!」と言って陰で笑っていたことだった。元気な楽しい人だと思っていたのに。
 何も言わずに差し入れをくれる人もいれば、「戸樫さん、フリーになったの?」と嬉々として食事に誘ってくる酷い人もいた。週末までずっとその状態だったので心底疲れた。

 土曜日。
 荷物が少ないので、搬出作業は笑えるくらいに一瞬だった。立ちあいがあっさり終わったので、真臣と言葉を交すこともなかった。
 だが、挨拶をして家を出ようとすると真臣に引き留められた。「触らないで」と強く拒否したが、痛いくらいに腕を掴まれて、恐怖で身動きできなかった。

「待って、和咲。これだけは言わせてくれ。一番好きなのは和咲だ。やり直せるなら、やり直したい」

 涙混じりの震える声で訴えられて、ほんの少し心が揺らいだことに自分自身が驚いた。やり直す方法があるなら私だって知りたい。

「これからもずっと好きだ」

 だったらどうして浮気なんかしたの!
 そう泣き叫びたかったが、どうして、と繰り返しても時間は戻らない。何も変わらないなら、黙って受け入れるほうがいい。

「……ありがとう。私も好きだったよ。私の初めての恋人だったし、ずっと一緒にいるのかなって夢も見た。でも、もう無理だから。お世話になりました、さようなら」

 泣きたくない。頭が痛い。振り払っても、また腕を掴もうとしてきたので、全力で押し返して逃げるようにマンションを出た。駅まで走って、ちょうど入線してきた快速電車に乗る。真臣はずるい。ずるい、大嫌い。大好きだった。ずるい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】英雄となった騎士は置き去りの令嬢に愛を乞う

季邑 えり
恋愛
とうとうヴィクターが帰って来る——シャーロットは橙色の髪をした初恋の騎士を待っていた。 『どうしても、手に入れたいものがある』そう言ってヴィクターはケンドリッチを離れたが、シャーロットは、別れ際に言った『手に入れたいもの』が何かを知らない。 ヴィクターは敵国の将を打ち取った英雄となり、戦勝パレードのために帰って来る。それも皇帝の娘である皇女を連れて。——危険を冒してまで手に入れた、英雄の婚約者を連れて。 幼馴染の騎士 × 辺境の令嬢 二人が待ちわびていたものは何なのか

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...