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30 祝福の鐘の音

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「せっかくの祝宴に水を差すようで申し訳ないが」


 断りの入れ方がもう水を差してるのよ。
 これはこれで、才能ね。

 視界の端で、アルセニオが両親に耳打ちしている。
 私の目の前では、リヴィエラがマックスに柔和な笑みを向けた。


「ソニア」


 マックスが私の名を呼んで、手を、極わずかに揺らした。
 そこを退け、と。

 花嫁の私によくもそんな……なんて身の程知らずなの……私の結婚式よ……でも、許すわ。むしろありがとう。こんな機会は滅多にない。


「マックス。どうしたの? ソニアは主役なのよ?」


 微笑んで窘めるリヴィエラの様子からしても、既に関係は出来上がっている。二人が共同して取り組んでいる教育活動も順調のようだし、本当に思いがけずお似合いで……私、幸せ。胸がいっぱい。

 凝視よ。


「ああ。もし悲惨な結果を迎えたとしても、無敵の花嫁がどうにかするだろう」

「?」


 不器用なりに、誰を頼ればいいかわかっているじゃない。

 マックスは特に居住まいを正すでもなく、いつもと同じ洗練された冷徹さを纏ったままで、ポケットに手を忍ばせた。
 その視線はリヴィエラの腹部辺りで止まり、リヴィエラはリヴィエラで、無邪気に小首を傾げている。


「これから言う事について、あなたには断る権利がある」

「え? なに……?」

「私があなたの信頼を裏切らないという事実は、もう承知していると思う。その精神的な繋がりを、現実的なものに変えたいと、真剣に考えている」

「そう……ありがとう」


 ちょっと目を離した隙に、リヴィエラはマックスと打ち解けて話すようになっていた。まるで恋も知らない乙女のようで、可愛くてたまらない。

 マックス。
 よくもまあ表情一つ変えずにいられるわね。

 しかも天鵞絨の小箱を出すじゃない……!


「今日、神の祝福のもと、誠実な一組の夫婦が生まれた。もし叶うならば、私を、あなたの伴侶とし、神の祝福のもとで永遠に繋ぎとめてほしい」

「……!」


 リヴィエラが息を呑む。
 マックスの開いた小箱には、美しいエンゲージリングが輝いている。

 
「あ……」


 マックスが、あのマックスが、そうこのマックスが、まさか人前で、


「愛している、リヴィエラ」


 愛を伝えた。
 
 辺りは静まり返り、気づくと誰もがリヴィエラを見つめていた。
 やがてリヴィエラは一歩距離を縮め、マックスの手を天鵞絨の小箱ごと小さな両手で包み込み、額を押し付けた。そして、小さな祈りを捧げた。


「神様。あなたが与え賜うたこの義人に、あなたの祝福と恵みが増し加えられ、その歩みを強めお支えくださいますように。永久とこしえに守り、お導きください」


 その様子を見下ろすマックスの眼差しは、いつも通りではなく、静かで深い愛に満たされている。

 やがてリヴィエラが身を起こし、美しく潤む目をマックスに向けた。
 そして、花開くように、微笑む。


「お受けします。あなたに、愛を誓います」


 次の瞬間、喝采と祝福が巻き起こった。
 マックスが彼なりに感極まった様子でリヴィエラと握手し、それから、恭しく抱きしめた。

 重なる幸せに咽び泣く私の事は、そっと寄り添ってくれたアルセニオが抱きしめる。


「よかったね、ソニア。今日は最高の日だ」


 鐘の音が、聴こえるようだった。
 愛しい人を包む祝福の鐘の音が、優しく煌めく、そう遠くはない未来から……



                                (終)
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